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『健康で文化的な最低限度の生活』(柏木ハルコ/小学館)
安易な生活保護バッシングに走る前にこのマンガを読め! 福祉事務所職員が直面する現実
http://lite-ra.com/2015/05/post-1121.html
2015.05.21. リテラ
住民投票で否決された「大阪都構想」。ここでまたぞろ湧いて出てきたのが“生活保護バッシング”だ。
本サイトは先日、今回の住民投票の背景にあったのは弱者デモクラシー=格差対決ではないかと分析したが、しかし、反対票が過半数を獲得した地域の生活保護受給率が比較的高いとされることを根拠として、ネット上では受給者に対するこんな暴言が飛び交っているのである。
「生活保護の選挙権を剥奪するしかない」
「自分のことしか考えていない者に投票権を与えること自体が間違っている」
「あらゆる権利を取り上げろ。こいつらに人権なんぞない」
念のため言っておくが、生活保護制度は憲法で保障された生存権に由来するものであって、個人が生活保護を受けていること自体をバッシングするのはありえない。よしんば「不正受給」にのみ批判の的を絞っているのだとしても、実はその「不正受給」の内容は大きな誤解に晒されているのだ。
そのことについて教えてくれるマンガがいま、話題を集めている。『健康で文化的な最低限度の生活』(柏木ハルコ/小学館)だ。2015年4月現在、第2巻まで刊行されている本作。生活保護のケースワーカーとして配属された新人公務員「義経えみる」の活躍をメインに、その知られざる現場が克明に描かれるのだが、作者の柏木は本作の連載を始めるにあたり、約2年間の取材を行ったことをウェブのインタビュー記事のなかで明かしていている。
その内容は衝撃的だ。第1話で、生活保護受給者の1人が自殺したことを告げられて呆然と立ち尽くすえみるに向かって、同僚がこうささやくのだ。
「どうしようもなかったよこの場合……て言うか、正直 この仕事しているとたまにあるからこういうこと……」
「まっここだけの話、一ケース減って良かったじゃん」
これはフィクションなのだろうか? 作者の柏木は、前述のインタビューで次のように述べている。
「実際にこういうことを言う人がいるということは取材の過程で耳にしました。原稿が出来る前の下書きの段階で福祉関係の方に読んでもらったんですけど、『これちょっと福祉として言ってはいけないから、描くのはどうでしょう』と言われたんです。ただ、現実に起こっていることですし、物語の中でそれは良くないんだ、という回収はしなくちゃいけないなという思いはあります。現実は現実として、理想は理想としてどちらもちゃんと描きたいなと」(ウェブサイト「まんがStyle」より)
そう。本作で描かれる「生活保護」は、社会のどこかに存在する現実を映しているのだ。そして、生活保護を考えるにあたって避けて通れない「不正受給」の問題にも、本作は正面から取り組んでいる。
生活保護の不正受給は感情的な反応を招きやすい。血税が不正に使われているというのだから当然といえば当然だ。しかし、ちょっと待ってほしい。恐らく生活保護の不正受給と言われている現実は、多くの人々が思い描く「不正」のイメージとは大きく異なっている。
たとえば、本作でえみるが直面する不正受給は、ある生活保護世帯に暮らす男子高校生が役所に申告することなくアルバイトをしていた、というもの。
なぜこれが不正受給になるのか? 生活保護は、定められた基準額から被受給者の収入分を差し引いた差額を保護費として支給する、という仕組みだ。そのため、生活保護世帯に暮らす者には所得の全てを役所に申告することが義務づけられている。高校生のアルバイトも例外ではない。
申告漏れが発覚すれば、たとえ高校生のアルバイトであっても「不正受給」が成立する。この場合、無申告のまま得ていた所得の全額にあたる生活保護費を役所に返納しなければならない。
ちなみに、厚生労働省の発表によると、2013年の不正受給は全体で4万3230件。このうち、働いて得た収入の無申告が46%を占める。つまり、本作が取り上げている「不正受給」は、現実に最も多く起こっているケースなのである。
しかし、これを不正受給というのは少し気が引けないか? たかだか高校生のアルバイトじゃないか……。えみるは、困惑する高校生の母親を目前にし、生活保護法第63条を思い出す。
〈本人に不正受給の意志がなく、すみやかに申告しなかったことについてやむを得ない理由があった場合、この63条の適応となり、返還額の一部が控除となり免除される…こともある…〉
役所に帰り、第63条を適応できないかどうかを上司に尋ねる。ところが、
「相手が高校生だろうが何だろうが、不正は不正だ。当然全額徴収してもらう」
と、ピシャリと言い放たれるのだ。聞けば、生活保護を受給するにあたり、男子高校生は自身の収入を申告することを約束する確認書を提出しているとのこと(彼はそのことを忘れていた)。このため、63条の適応は難しいという。また、厚労省からは未成年のアルバイトを厳しく取り締まるようにお達しが来ているとか。したがって、
「バイトで得た収入と同額の保護費を、全額徴収すること! 以上!」
これが結論。法律を正確に適応しているのだから、この判断は少なくとも法的には正しい。だが、えみるはこの「正しさ」に自信を持つことができない。高校生を目の前に、えみるは俯きつつ、たどたどしく不正受給について説明する。
「自分で…働いて………自分で稼いだお金であっても、黙って使ってしまったら、それは悪いことなんです。生活保護を受けている以上…………」
「つまりっ………あなたの家の生活費は国民の税金から出ているわけですから…それは…………は…働いて少しでも余裕ができたら、返してもらわないと…税金を払っている人の市民感情………もありますし」
えみるは〈我ながら………ボロボロ〉と内省するのだった。
彼女は、法律に基づいて不正受給を取り締まっただけだ。しかし、いくら理屈の上では「正しい」ことだと理解しても、それを高校生と彼の家族に押し付けることに、えみるは葛藤する。彼らが懸命に生活を営む姿を見ているからだ。
しかし、本当に高校生のアルバイトは不正受給にあたるのだろうか? 現実に裁判で争われたケースがある。
15年3月に横浜地裁で判決が下された川崎市の事例だ。この裁判では、ある生活保護世帯の少女が学業の為に行ったアルバイトが無申告だったために、不正受給とされてしまったことの是非が争われた。
倉地康弘裁判長は、少女がアルバイトで得た賃金を修学旅行費用と大学受験費用に使ったことを認め、「これを申告せずに生活保護を受けたことを不正と断じるのは酷だ」として不正受給にはあたらないとの結論を出した。市は控訴しなかったため、この判決は確定した。
このように場合によっては寛容な判断がなされることも実際にはありえるのである。
そういえば、第二次安倍政権は、生活保護を一貫して切り崩し続けてきた。政府は生活扶助について13年から15年度末までに670億円減らす方針を決定している。こうした安倍政権の姿勢の背景にも、やはり、受給者に対する“行政を騙して血税をむさぼる怠け者”というイメージがあるのだろう。
だがどうか。たとえば『健康で文化的な最低限度の生活』を読めば、そのイメージはあまりにも画一的で、偏見に満ちたものだということが分かる。はたして安倍政権は、人々に等しく保障されているはずの生存権を守っていく気があるのだろうか──。
もしもあなたが「こいつらに人権なんぞない」などと思っているのであれば、もういちどよく考えてみてほしい。こういう言説が積み重なった結果潰されるのは、「不正受給」ではなく、われわれ自身の“生きる権利”そのものなのだ。決して他人事ではすまされない。
(森高 翔)
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