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中国の定年引き上げが招く子育て崩壊
孫と老人の需要激減でモールは倒産ラッシュ
2015年5月21日(木) 山田 泰司
土曜昼のショッピングモール。広場に設けられた子供用施設は大勢の家族連れで賑わっていた(上海地下鉄13号線・金運駅近くのモール)
今年3月に開かれた全国人民代表大会(全人代、国会)で、中国政府の尹蔚民人事社会保障相が、現行、男性60歳、女性50歳としている定年を引き上げる意向を示した。何歳に引き上げるのか、男女の差を無くすのかなどの具体的なことはなお未定、実施は早くても2022年など、まだ先の話なのだが、2050年には1.3人で1人の高齢者を支える時代が到来するとの試算がある中、年金制度の維持を目的に、定年引き上げの実施は確実な情勢になったと言える。引き上げの年齢は男女とも65歳というのが有力なようだ。
これを聞いて私はとっさに2つのことが心配になった。1つは子育ては誰がするようになるのか。もう1つはゴーストタウン化しているショッピングモールの大量倒産である。例を挙げて理由を説明しよう。
先日、3年ぶりに友人夫妻に会うことになった。2人とも1965年生まれで今年50歳。私と同い年である。
どこで会おうかという話になり、「2歳になる孫娘も連れて行くので、子供が退屈しないところがいい」と言う。同居している息子夫婦は共働きで、孫もまだ幼稚園に行く年齢に達していないため、平日は祖父母である友人夫婦が付きっきりで孫の面倒を見ている。
孫を連れて来るのなら、どこか適当な場所のショッピングモールで会うのがいいだろうということになった。ここ2年ほどにできた新しいモールは、必ずと言っていいほど子供を遊ばせておけるキッズルームやフィールドアスレチックを備えているからだ。
「生涯フルタイムで仕事」を支える祖父母の子育て
ただ、会うのは日曜日。息子たちが休みの日ぐらい孫の面倒は息子夫婦に任せればいいんじゃないの? 3年ぶりに会うんだからゆっくり積もる話もしたいしさと言うと、「息子はその日休日出勤。嫁は、『仕事が休みの日ぐらい動きたくない』と日曜日でも子供の面倒なんか見やしないよ」とボヤく。
上海から400キロ離れた安徽省の農村出身のこの友人夫婦は、結婚後の大半を上海などの大都市に出稼ぎに出て暮らしており、夫はアパートの警備員や工場の工員、妻は主に家政婦や道路やビルの清掃員として働いてきた。ただ、彼らと最後に会った3年前は、ちょうど2人とも仕事を失ってしまったところで、当時21歳だった息子が上海郊外に開いたカット10元(約200円)の理容店の店先を借りて朝食用の肉まんやあんまんを作って細々と売り始めていた。ちなみにこの息子も16歳で上海に出てきて働いている。
その息子が、付き合っていた近所の電子部品工場で働く17歳の女の子に子供ができたのを機に結婚することになった。中国の農村部では、夫の実家で出産するのが習わし。友人夫婦は幼い嫁を連れて安徽省の自宅に戻り、ほどなく女の赤ちゃんが産まれた。ちなみに中国の婚姻法の定める結婚の年齢は男性22歳以上、女性20歳以上だが、農村部の人たち、とりわけ農村から都会に出稼ぎに来ている人たちは一般に結婚が早い。先に結婚式を挙げて子供を作り、法定年齢に達した時に改めて届けを出す、というケースが珍しくないどころかむしろ普通だ。
「女性の50歳定年」が支えた女性の社会進出
一家で唯一の稼ぎ手だった息子は上海に残ってより安定した収入を求めて理髪店を畳み、浦東空港の物流倉庫で働いている。友人夫婦と嫁は出産後も安徽の自宅にいたが、赤ちゃんが2歳になったのを期に、3年ぶりに上海に出稼ぎに来ることにした。友人夫婦のうち祖母である妻は家にいて孫の面倒を見るために働くのを断念、息子の嫁も職探しを始めてほどなく、浦東空港の物流会社でテレフォンオペレーターの仕事を見つけた。ただ、祖父である友人の夫の方はまた以前のように団地か貴金属店の警備員をして働くつもりだったが、50歳という年齢が響いてか、職探しを始めて3カ月経ついまも無職の状態が続いている。「孫のために少しでも稼ぎたいんだけどね」と不安そうだ。
先に、「日曜日でも嫁は子供の面倒を見やしないよ」という友人のボヤきを書いた。ただ、このお嫁さんの名誉のために言うと、この友人夫婦の一家に限らず、中国は基本的に育児は祖父母がし、子供夫婦はフルタイムで共働きという社会だ。そしてこの構図を可能にしているものの1つが、冒頭でも書いた50歳という女性の定年退職の年齢の早さだ。
ひとくちに定年退職といっても、都市と農村では不公平が存在する。都市の戸籍を持つ市民は男性が60歳、女性が50歳(幹部は55歳)で、この年齢になると年金の支給も始まる。これに対して戸籍が農村にある人たちは定年の規定がないため年金の支給が始まる年齢を定年と見なすが、これが男女とも60歳で、都会で働く出稼ぎの人たちも同じだ。
農村の人たちは早婚だと書いたが、中国当局は子供の数を抑えるために長く一人っ子政策を実施すると同時に晩婚を奨励してきた。法定年齢よりも3歳遅い男性25歳、女性23歳以降の結婚が晩婚と見なされ、結婚休暇を長くもらえるなどの特典がある。最近、都市部ではさらに晩婚の傾向が進んでいるのだが、25〜30歳で結婚して子供をもうけ、その子供も親と同じであれば、女親が定年になる50〜60歳で孫ができることになるので、祖母が中心になって孫を育て、子供夫婦はそのままフルタイムで共働きを続けることができる、というのが都市部のモデルケースだった。
定年引き上げで男性は失業増加も
一方、農村の戸籍を持つ子供が都市部の小中高校に通うと学費や入学条件など様々な不利益を被る。このため、私の友人家族のように、孫が小学校に上がるまでは一家全員で上海などの都会で出稼ぎし、小学入学を機に祖母と孫だけが実家に戻り、子供夫婦と祖父は出稼ぎを続けるというケースが多い。ただ、農民の場合は女性の年金支給が60歳のため、仮に50歳で孫を授かったとしても、都市の住民のように年金をもらいながら孫を育てることはできない。定年年齢の引き上げで、都市住民との不平等は解消されるものの、年金支給は遅れる。さらに私の友人のように、肉体労働など職種が限られる出稼ぎの男性が50歳を過ぎて職を探すのは容易なことではない。従って、定年延長は、農村出身の男性にとっては、失業期間が延び、さらに年金支給が先送りされるという事態を招く恐れもある。
一方で都市部では、50歳という女性の定年年齢が、子育てと女性の社会進出を支えてきたと言える。定年の引き上げで、都市と農村、男女の不平等をなくし、一律65歳で定年、すなわち65歳から年金を支給という制度に変わった場合、これまで50代の祖母が中心になって担ってきた都市部住民の子育ては誰がするのかという問題が浮上するのは避けられない。
上海など中国の都市部では現在、お手伝いさんを雇って子供の面倒を見させる家庭も少なくない。ただ雇うには通いで月額5000元(約10万円)、住み込みなら6000元(12万円)が最低ライン。コンビニのフルタイムの月給が3000元(6万円)だということを考えると極めて高額で、雇える家族は限られる。保育園に当たる託児所もあるが、2歳未満の子供を託児所に預けるのは中国では極めてまれで数も少ない。幼稚園や小学校の送り迎えも祖父母がしているという現状も含め、中国の子育ては定年の延長にともない激変する可能性がある。
平日に子供と老人が来なくなる
テナントの入りは悪いが、子供向け施設で生き延びているモールもある(上海普陀区)
子育てと並んで、祖父母が支えている大きなものがもう1つある。平日のショッピングモールの消費だ。
前回のコラムで、地方のゴーストタウン事情を書いたが、上海では近年、ショッピングモールがやみくもに造られている。地下鉄網の充実に伴いさらに雨後の筍のように増殖しているのだが、控え目に見積もっても半数強のモールは、テナントが埋まらず客の入りも悪い。とうに倒産してもおかしくないところだらけなのだが、それほど大型の倒産というのも聞かない。この、潰れないゴーストモールを支えているもの。それがキッズルームやフィールドアスレチックなど子供用の遊具を目的とした平日の祖父母と孫の利用だ。
ショッピングモールは、新興住宅地において、「巨大モールがあるから生活が便利」と文字通り客引きのために建てられることが多い。このため、オープン当初は周辺の居住人口も少ないから客の入りも悪く苦戦するのが常。ただそうした中でも、子供向け施設の周りにだけは人影があるモールが少なくない。オープンから1〜2年目は見事なゴーストぶりを呈していたモールが、平日の子供と老人、週末の家族連れ需要で地下鉄の開通や周囲の人口増まで必至に食いつなぎ生き延びているところも実際にある。
ただこれも、定年が65歳に引き上げられたとしたら、平日の子供と老人の利用は激減するだろう。ゴーストモールが雪崩を打って倒産という悪夢は見たくないが、最も早くて2022年と言われる定年の改定までに、孫と祖父母に代わる需要を見つけられるだろうか。
このコラムについて
中国生活「モノ」がたり〜速写中国制造
「世界の工場」と言われてきた製造大国・中国。しかし近年は、人件費を始めとする様々なコストの高騰などを背景に、「チャイナ・プラス・ワン」を求めて中国以外の国・地域に製造拠点を移す企業の動きも目立ち始めているほか、成長優先の弊害として環境問題も表面化してきた。20年にわたって経験を蓄積し技術力を向上させた中国が今後も引き続き、製造業にとって不可欠の拠点であることは間違いないが、一方で、この国が世界の「つくる」の主役から、「つかう」の主役にもなりつつあるのも事実だ。こうした中、1988年の留学から足かけ25年あまり上海、北京、香港で生活し、ここ数年は、アップル社のスマートフォン「iPhone」を受託製造することで知られるEMS(電子機器受託製造サービス)業界を取材する筆者が、中国の街角や、中国人の普段の生活から、彼らが日常で使用している電化製品や機械製品、衣類などをピックアップ。製造業が手がけたこれら「モノ」を切り口に、中国人の思想、思考、環境の相違が生み出す嗜好を描く。さらに、これらモノ作りの最前線で働く労働者達の横顔も紹介していきたい。本連載のサブタイトルに入れた「速写」とは、中国語でスケッチのこと。「読み解く」「分析する」と大上段に構えることなく、ミクロの視点で活写していきたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150520/281385
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