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「円安でも儲からない」和牛はモ〜からない?〜畜産農家を襲う五重苦の正体〜
2015年5月20日(水) 林 英樹
「あら、日本にもWAGYUがあるのね」
牛肉業界団体の担当者は和牛のPR活動で訪れた欧州で、現地の消費者にこう言われ、唖然とした。相手に、WAGYUのWAという字はそもそも「日本」の意味なのだと説明しながら、虚しさを隠し切れなかった。「満を持して輸出を再開したら、大きな注目を集めた以前とは全く状況が違った。まるで『浦島太郎』のような心境だよ」。
日経ビジネス5月18日号特集「円安でも儲からない」で紹介したように、日本産の高級牛肉である和牛の輸出が想定ほどには伸びていない。最も大きな障害となっているのが、外国産WAGYUの存在だ。
1990年代、研究用として米国に渡った日本の黒毛和牛が現地の品種との交配を重ね、米国産のWAGYUは誕生した。その後、さらに海を渡り、オーストラリアやフランスなどにも普及。ステーキ用の精肉で和牛の3〜5割程度という安さを売りに、世界市場を席巻している。
日本の和牛は90年代から、米国や東南アジアの富裕層向けに輸出を始めたが、2000年に国内で口蹄疫が発生。各国で和牛の輸入禁止措置が取られ、日本から輸出できない状況に陥った。その後、2012年に米国で、2013年にはEU(欧州連合)で輸入が解禁。昨年時点で28カ国と再び取り引きが行われるようになった。
海外のスーパーマーケットに並ぶオーストラリア産のWAGYU。消費者は違和感なく手に取る。
和牛の輸出額は4年連続で前年を上回るなど順調に拡大しているように見える。ただ、現状の伸び率では、政府目標である「2020年の輸出額250億円」の達成には届かない。和牛の輸入禁止措置が取られた10年間で、WAGYUに一気にシェアを奪われたのが響いたと見られる。
それに追い打ちをかけたのが、海外の富裕層を中心とした健康志向の高まりだ。霜降り(サシ)が肉全体に混じり、舌の上でとろける和牛は「脂身」として受け取られ、敬遠されるようになった。
だが、和牛の輸出が思うように伸びない理由はそれだけではない。
日本には、「神戸ビーフ」「松阪牛」など地域ごとに高級和牛ブランドがある。国内では地域ごとのご当地ブランドの訴求力が高く、地域最適を優先した戦略が成功したが、海外ではそれが裏目に出たのだ。
農林水産省が今年1月に発表した調査報告書によると、米国と英国で神戸ビーフの知名度は3割を超えたが、松阪牛や「近江牛」、「米沢牛」など他のご当地ブランドは軒並み1割未満。オーストラリア産WAGYUの知名度よりも劣っていた。香港やシンガポール、タイなどアジア各国でも同様の傾向は見られた。神戸ビーフの知名度は6割を超えたが、ご当地ブランドの大半は5割を大きく下回った。
買い叩かれるご当地ブランド
牛肉の輸出でWAGYUに出遅れたのにもかかわらず、日本勢は地域ごとに単発で海外に売り込みをかける戦略に打って出た。だがその結果、国を挙げて統一した販売戦略を掲げる米国や豪州と比べて訴求力で大きく劣り、和牛ブランドとしての共通価値を浸透させることができなかった。国内での成功体験にとらわれた結果と言える。
「伊賀牛」の輸出を手掛ける中林牧場(三重県伊賀市)のオーナー、中林正悦氏は「伊賀牛として米国に持って行っても、日本は地域ごとにバラバラの戦略であることを見抜かれ、『以前仕入れていた松阪牛はもっと安かった』と買い叩かれるのがオチだった」と悔しさを滲ませる。
WAGYUの台頭と食文化の変化、輸出の戦略ミスに加えて誤算だったのは、円安が輸出の“向かい風”になった点だった。そもそも和牛の輸出は円建てで取り引きするケースが多いため、円安は海外での店頭価格の引き下げにつながりにくい構造的な問題がある。それどころか逆に、円安はコスト増を招いた。
「今のレベルの円安では、日本の畜産農家が輸出するのは難しいだろう。高い原料で作った製品は国際競争力がないからだ」。丸紅穀物第二部部長代理の奥井重行氏はこう話す。
深刻なのが、牛肉の生産コストの4割を占めるエサの配合飼料。トウモロコシを中心とした原料の半分を輸入に頼っている。1トン当たりの価格は20年前に3万円台だったのが、2013年4〜6月期には6万6000円にまで上昇した。内需拡大によってトウモロコシの輸出国から輸入国に転じた中国など、強力な買い手の登場が価格上昇に拍車をかけている。
穀物の海外買い付けを行う丸紅は、最大のトウモロコシ輸出国である米国からの多角化を模索する。奥井氏は「ブラジルやウクライナといった国を新たに開拓し、中国勢の先を行く必要がある。これまでより高く買わないと手に入らない局面も増えてきた」と指摘する。
コスト増は円安に起因するものだけではない。後継者不在による国内の仔牛育成農家の減少に伴う、仔牛価格の高騰も大きな問題だ。2年前にはメスの仔牛1頭が40万円前後の価格だったのが、現在は60万円を超過。ここ数カ月は毎月のように、市場の高値を更新し続けているという。
輸出が途絶えていた間に、消費者の健康志向などグローバルでの事業環境が激変していた。それに加え、戦略ミスやコスト増が重荷としてのしかかる。この「五重苦」と言える厳しい状況を打破しようと、畜産業界が動き出した。
和牛の病歴をスマホで確認
和牛業界団体の中央畜産会は各地域に呼びかけ、和牛の統一ブランド化を進めている。ご当地ブランドの和牛のパッケージに共通ロゴを貼り付け、官民一体で日本産和牛の売り出しに力を注ぐ。「昔は地域ごとの意識が強かったが、海外でWAGYUの猛威を目の当たりにして考えが変わってきたようだ」。同会の担当者はこう指摘する。
さらに、食の安全への関心が高い欧米の富裕層向けに、日本独自の血統管理・格付け制度をアピール。スマートフォンに牛の登録番号を打ち込めば、出身地や病歴などを即座に確認できるシステムを開発するなど、他国産にはない価値を生み出そうと奮闘している。
先述の中林牧場オーナーの中林氏はさらに徹底した安全対策を導入した。約410頭の和牛を飼育・育成している宮崎県の農場で、食品安全の管理システム「HACCP(ハサップ)」の認証を取得。農場の人の出入りを徹底的に管理するとともに、仔牛の仕入れから飼育、育成、出荷までの各工程で、汚染につながる原因を分析し、項目ごとに異常がないかどうかを記録する。和牛を育てる畜産農家のハサップ取得は国内初だ。
徹底管理で和牛の安全対策を行う中林氏。和牛の新しい価値創出を狙う(写真=石井 貞生)
円安で無条件に輸出が伸びるというのは幻想だった。だが、競争力がないという厳しい現実を直視することで、初めて変革への意欲は生まれる。為替動向に左右されず、どう自発的に海外の顧客を作り出せるか。和牛の底力が試されている。
このコラムについて
円安でも儲からない
2年連続の賃上げ、2万円を付けた日経平均株価、急増する訪日外国人──。アベノミクス下で進んだ円安の効果が出始めている。
だが、産業界を見回すと、為替安でも苦戦している企業は少なくない。「円安で利益が増えない輸出企業」や「恩恵が及ばない内需企業」が増えている。
なぜ典型的な加工貿易国なのに、円安で苦境に見舞われるのか。円安でも儲からない企業それぞれの、事情と誤算を取材した。
日経BP社
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150519/281347/?ST=top
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