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大蔵省を経て、現在は慶大ビジネススクール准教授(C)日刊ゲンダイ
GPIF運用委員を務めた小幡績氏が指摘「国民にリスク説明を」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/159521
2015年5月7日 日刊ゲンダイ
ついに2万円の大台を突破した東証株価だが、投資家からはこんな声が聞こえてくる。「クジラの後を泳げばいいのだから楽だ」――クジラとは130兆円もの資金を持ち、株を買い上げているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のことだ。果たして、国民の年金資金をバブルの原資にしていいのか。逃げ遅れれば、国民が損を被るのではないか。2014年4月までGPIFの運用委員を務めた気鋭の経済学者・小幡績氏に是非を問うた。
――まずGPIF=クジラ説、これは的を射た表現ですか?
確かに日銀やGPIFは株を積極的に買っていますが、それをもって、この相場はGPIFと日銀によりつくられたというのは言い過ぎだと思います。株価上昇の理由はいくつかある。まず、これまでが安過ぎたこと。アベノミクスが株式市場の悲観論の払拭には成功したこと。大企業を中心に収益基盤が強化されてきたこと。そうした流れに勢いをつけたのが日銀のETF購入とGPIFのポートフォリオ見直しです。そういう意味で流れを加速化させた。激しくさせた。そういうキッカケをつくったという表現が適切だと思います。
――ポートフォリオ見直しとは、昨年秋に決まった今後5年間の運用中期計画のことですね。これまで国債運用が6割だったのを35%にし、国内株式の割合を12%から25%に倍増させる。外国株式も12%から25%になりました。GPIFの資金量は約130兆円ですから、巨額のマネーが日本市場にも流れ込むことになりますね。
まず外国人投資家が買い、次に国内投資家が追随する。みんなが買えば、流れができる。
――でも、外国人投資家は逃げ足が速い。GPIFには機動性がない。売り抜けられて結局、損を被ることになりませんか?
今買って、すぐに売れるわけじゃないのでリスクはあります。問題はそうしたリスクを国民に説明し、了解を得たのか、ということです。国民がリスクを望んだとして、その次に国内株式25%というポートフォリオが適切なのかという議論が出てきます。
――GPIFとは厚生労働省が集めた国民の年金の運用を委託されている機関ですから、金の出し手である国民にどういう運用をするのかという説明が求められるわけですよね?
株式に50%というのはハイリスク・ハイリターンを狙う運用手法ですが、日本人のテイストとは違うと思います。株を買ってはいけないと言っているわけじゃなくて、国民にローリスク・ローリターンでいくのか、ハイリスク・ハイリターンを求めるのか、まず説明して、理解を求める。国民が「それでお願いします」という意思決定プロセスにすることが必要です。さもないと損をした時に「だから言わんこっちゃない。株なんかやめろ」という議論になる。そうなると、株価が暴落して、最大の買いのチャンスの時に株をやめて撤退するということになる。これは典型的な負けパターンです。
■国内株25%は投資家としてセンスがない
――25%は多過ぎますか?
世界全体の株式市場に占める日本株の割合からいえば、数%が妥当だと思います。それにリターンを求めるのであれば、世界の不動産投資、インフラファンドなどいろいろある。たとえば、インフラファンドは数百億、数千億円というロットで流動性がない。それだけの資金を長期に投資する余裕がないと投資できないが、その分リターンは見込める。その点、株はいつでも誰でも買えるし、流動性もありますが、そういう利便性がある分、リターンにうまみはないのです。長期投資で巨額の資金を動かせる年金資金が上場株を大量に買うのは、投資家としてセンスが悪い。どうしても日本株を買いたい別の理由があるんじゃないかと思わざるを得ません。
――安倍政権の圧力ですか?
それはわかりません。政府の有識者会議が昨年11月、GPIFに対し、国内債偏重の見直しやリスク資産の拡大検討、ガバナンス改革などを求める提言をまとめています。それをもって、GPIF執行部や運用委員会が「もっと日本株を買え」という官邸の意向、間接的提言と受け止めた可能性はありますが、そうだとすると、それはGPIFや運用委員の務めを果たしていないことになります。GPIFの監督官庁である厚生労働省が意向に屈した、とも解釈できますが、いずれにせよ、そうだとすると年金を最適に運用するという責務を果たしていないことになります。
世論をミスリードする塩崎大臣の答弁
2014年4月までGPIFの運用委員を務めた(C)日刊ゲンダイ
――そもそも、GPIFの運用方針は誰がどのように決めるのですか?
運用をGPIFに委託するにあたり、その基準になる指標を決めます。厚労省の社会保障審議会の年金部会が5年に1度、財政検証と呼ばれる年金財政の状況を分析し、制度運営に必要な積立金の運用利回りを算出するのです。09年の財政検証では名目賃金上昇率プラス1・6%が提示されました。14年の改定では、名目賃金上昇率プラス1・7%になりました。今回は、標準ケースを名目賃金上昇率2・8%としているので、運用利回りの目標は4・5%になるといっていいでしょう。
――4・5%とは、そのくらいの運用実績がないと年金が破綻してしまう。つまり、最低限の目標ですね? ちなみに04年は3・6%でした。見直すごとに上がっている。でも、国債の利回りは0・3%くらいしかないわけですよね。国債偏重の運用方法では到底、この利回りは達成できません。4・5%なんて絶対無理で、つまり、年金はもう破綻している。それを隠すために無理な運用利回りを課している。そう見えるんですが、違いますか?
破綻しているというよりは、給付が想定額を大幅に下回る可能性が高い、ということでしょう。一番重要なのは、制度的な維持可能性と運用利回りの問題を切り離して考えるようにすることです。年金制度の維持可能性については、制度として考え、運用は、運用環境から妥当な目標利回りを決めるべきであって、制度の歪みのシワ寄せを運用に持ってこないようにするべきです。今回は、年金制度維持のために高い運用実績を求めるのであれば、GPIFもリスクを取らざるを得なくなる。そのために株式比率を上げるしかない、という議論になった可能性が高い。これは良くない。少なくとも、国民には丁寧に説明すべきです。年金資金確保のためにはリスクを取ることが必要なんだ、理解してくださいと。ところが現在は、説明していないどころか、むしろ「リスクが減った」と公言しているんです。
塩崎大臣は国会答弁で、年金運用の目標利回りを達成できないことがリスクであるという言い方をして、株への投資拡大で、リスクが減るという理屈を述べた。世界にも歴史的にも前例のないリスクの定義です。制度破綻のリスクと運用上のリスクは全く別の話なのに、すり替えてしまった。世論をミスリーディングする答弁です。
――なんだか壮大なサギじゃないか、という気がしてきます。つまり、日銀がインフレターゲットを言い出して、物価上昇や賃金上昇を仕掛ける。それを前提にして、年金の運用目標を立てる。その目標に沿うためにGPIFが株を買う。しかし、物価上昇も賃金上昇も起きていないし、起きないと断言する学者もいる。だとすると、異次元緩和からして、GPIFが株を買い上げるための仕掛けだったんじゃないのか。
それは違うと思います。
――それでは国民がハイリスク・ハイリターンを選択したとして、ハイリターンになるんですか?つまり、年金給付が増えるとか?
税金投入を免れるということでしょう。
――それだけですか。じゃあ、GPIFが日本株の運用を増やすとして、運用担当者は信頼できるのでしょうか?
私が運用委員をやっていた時はGPIF全体で70人あまりの職員がいて、運用部隊はそのごく一部ですが、彼らが個別銘柄を買うわけではありません。どこの運用会社にいくら任せるのかを決める。しかし、この目利きは、自分で個別銘柄を選ぶよりもむしろ難しい。目利きというのは、運用の世界では、もっとも難しくもっとも重要な仕事です。
運用部隊は、金融業界からの転職者や厚労省からの出向など、いろいろな人がいますが、世界指折りの人材が集まっているわけではありません。そもそも日本には人材がほとんどいませんし、運用規模に見合った給与や職場環境が整っているかというと、驚くほど安い賃金だし、オフィスも狭い。加えて、運用の条件がきつ過ぎます。政治家や厚生労働省への説明も求められる。楽な仕事じゃありません。
――ますます心配になってきます。
▽おばた・せき 1967年生まれ。東大卒後、大蔵省を経て慶大ビジネススクール准教授。「すべての経済はバブルに通じる」(光文社)、「ハイブリッド・バブル」(ダイヤモンド社)など著書多数。「GPIF 世界最大の機関投資家」(東洋経済新報社)が話題に。
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