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ロシアで終わりを迎えつつある日本食ブーム
代わりに火がつき始めたテイクアウト型の中華料理
2015.5.7(木) 菅原 信夫
ロシアに登場した新しい形の中華レストラン「キタイチ」。文化大革命時の近衛兵を模したデザインのコスチュームが目を引く
過去、筆者はロシアの日本食ブームについて、何度かJBpressにリポートを掲載してきた。
2009.8.6 「ロシアで人気沸騰の日本食」
2912.4.12 「ロシアで人気の日本食」
2013.1.24 「異次元に移りつつあるロシアの日本食ブーム」
2015.2.26 「ピンチをチャンスに変えるプーチン大統領」
特に、2013年のリポートは、クールジャパンという国家戦略の中に日本食が入ったのはいいが、それをどのように日本の利益に結びつけるのか、という基本的な問題が未解決であることを指摘したつもりであった。
さて、本年5月1日より10月31日まで、ミラノで「食」をテーマとする万博が開催されている。日本も参加国中、最大規模の展示館を建設し、日本食をPRするという。
筆者はローマでワイン輸出業を営んでいた関係で、今回の万博にあたり日本企業からイタリアの日本食品輸入商の照会をいただいた。その話を聞いたところでは、クールジャパン戦略の具体化は、まだ程遠いように思えた。
多くの参加企業の関心は、いかに自社製品を輸入してくれる現地の優良企業を見つけるか、その1点に集中している。食に対して極めて保守的なイタリアという国で日本食をどのように紹介しつつ、ビジネスを作り上げるのか、そういった複眼思考はまだ見えない。
そんなイタリアで日本食が世界の関心を大いに引こうという矢先、ロシアでは、日本食ブームに終焉が訪れている。
今回の寄稿では、ロシアにおける日本食の最新の姿と、終焉の意味するものをご報告したいと思う。
ロシアの日本食ブームは終わるのか
筆者は、ロシアにおける日本食ブームが2000年前後から始まったと考えているが、この日本食ブームは、世界的に見ても相当異常なものだったと言えるのではないだろうか。
何せ、ブーム最盛期に、スシを含む日本食らしきものを提供した飲食店は、モスクワだけで一時は600店以上を数えた。
ブームを牽引した日本食チェーンレストランだけではなく、簡単なロシア料理を提供するカフェと言われる軽食堂、挙句はビアホールに至るまで、スシらしきものを提供する有様だった。
そんなブームが広大なロシアの全域、すなわち西は、カリーニングラードから、東端のナホトカまで、ユーラシア大陸を横断するように、さらには中央アジアのカザフスタン、ウズベクスタンといった国々にまで伝搬した。
世界のどこを見ても、これだけの規模で、これだけの短い時間で、日本食が広まった例を知らない。
そんな日本食ブームに、これまた突然、終演の幕が降ろされかけている。この終わり方と速度も、スタートの時と同じように、全国同時進行であり、また、その速度も速い。
モスクワでの日本食レストランの経営が難しくなりつつあることは、JBpressでもその理由とともに紹介させてもらった(2015.2.26「ピンチをチャンスに変えるプーチン大統領」)。
カネに糸目をつけない富裕層を除き、一般の人にはスシはかなり高価な食事となった。このままロシア政府の食材輸入制限政策が継続され、海産物の入荷が回復しない場合、スシは壊滅するであろう。
そして、この結論が出るのが、今年、2015年だということはまず間違いない。
日本食はどこへ行く?
スシが壊滅したら、スシが代表するロシアの日本食はどうなってしまうのか。これは、ロシアに住む我々邦人にとり、食生活上の一大事であるとともに、何百店舗にまで拡大した日本食レストランには経営がかかる大問題である。
そんな時、筆者は偶然あるインタビュー記事を目にした。
それは、日本食レストランチェーン「たぬき」のオーナー、アレキサンドル・オルロフ氏が日本食の現状と将来について語っている記事だった(Жизнь после суши ? Афиша 2014.11.19)。
「日本食レストランチェーンの時代は終わった。すでに日本食はロシア人の日常食の中に取り込まれ、いまさら日本食だけを取り上げても客は来ない」
「これからは、中国コンセプトだ。麺類、飲茶、春巻きなどを廉価に提供できる簡単な中華軽食堂。すべての料理はテークアウト可能で、価格も安い。第1号店をモスクワのスハレフスカヤにオープンしたが、この店の成長を注意深く見守りたい」
繰り返すようだが、従来の日本食レストランが、今後盛り返すことは、現在の経済不振、国際政治環境を考えると、もうあり得ない。
では、オルロフ氏がオーナーとして、チェーン展開をしてきた「たぬき」はどうなるのか、また、彼の言う「中国コンセプト」は救世主になり得るのか。筆者は早速第1号店に出かけてみることにした。
中国コンセプトによる新店キタイチ
店名は「キタイチ」。ラテン綴りでは「KITAYCHI」と書かれている。漢字を見ると、「中国一智」だ。もともとは、シティバンクのあった場所で、筆者には馴染の建物だ。
中に入ると、一目で全店内が見渡せる。個室や仕切りがない。長時間の店内滞留お断りというタイプの店だ。
大きなメニューと料金表が長いカウンターの上にあって、客はそれを見ながら「注文口」で欲しいものを注文し、そこで支払いを済ます。
すると、ページャー(呼び出し機)が渡され、そのページャーが鳴ると「渡し口」に出向いて、出来上がった料理を受け取るというシステムだ。まるで日本のフードコートに出店する店を1つ切り取ってモスクワに持ってきたようなものだ。
キタイチの店内。カウンターの上部に大きなメニューと料金表が掲げられている
店内で目を引くのは、従業員のユニフォーム(冒頭の写真)だ。
1960年代における中国の文化大革命の映像は、我々日本人の脳裏にも強烈に焼きついているが、まさにその紅衛兵をイメージしたユニフォームをここの従業員は全員着用している。
ロシア人の若者には、このユニフォームが何を意味しているのか、分からないからいいが、中国人の客は絶対に入ってこないだろう。このあたりの文化感度は日本人の方が上であることを感じる。
ホールから丸見えのオープンキッチンには、4〜5人の調理スタッフが、蒸す、炒める、焼くといった調理方法ごとに分かれ、オーダーを処理する。
このスタッフは全員アジア系の顔つきではあるが、彼らの会話を聞いていると、中国人でないことは分かる。スシブーム以来、中央アジアから多くの移民がロシアに入り、調理人として日本食やウズベクスタン料理店などの外食産業で大量に雇用されたが、その名残をここでも見ることができる。
キタイチは、今後のチェーン展開において、すでに日本食レストランのアジア系従業員を吸収する形で展開していくことを、すでに織り込んでいる可能性がある。なぜなら、金髪のロシア人にこの紅衛兵ユニフォームは全く似合わないからである。
待つことしばし、テーブルに置いたページャーが大きな音を響かせる。今回は、チキンカレー丼とラーメンを注文。ともに発泡スティロールの椀でサーブされ、高級感はない。
これで、価格は1品250ルーブルから300ルーブル(500円から600円)といったところ。その量を考えると、オルロフ氏が言うほど安いわけではない。
このほか、点心が10種類、WOK(中華鍋で調理する米ベースと麺ベースの各種炒め物)がそれぞれ5、6種類ある。本格的中華料理を期待して入店すると、がっかりするが、小腹を満たすためなら、まあ許せる店と言えるかもしれない。
再び、話を冒頭のインタビュー記事に戻すが、アレキサンドル・オルロフ氏は、彼の言葉「すでに日本食はロシア人の日常食の中に取り込まれ、いまさら日本食だけを取り上げても客は来ない」をこのキタイチにおいてうまく具体化している。
彼は「たぬき」で経験し、成功したノウハウを数多くこのキタイチに持ち込んいる。具体的に言えば、
●宅配サービス
●醤油中心の東洋風味
●中央アジア移民のスタッフ
●WOK料理の充実
上記のどの要素を取り上げても、それは日本食を扱ったがゆえに学んだ知識ばかりである。
日本食ブームが残したもの
使い捨て型の容器
今や、ロシアのステーキハウスで、醤油を常備していない店は、よほどレベルの低い店である。
先日は、「ポルトマルテーゼ」という地中海料理店へ行き、海産物のミックスグリルを注文したところ、ウエイターが、これは醤油とレモンで食べるのが一番美味しい、と自ら醤油を持ってきてくれた。
ロシア人が醤油を、食事にはなくてはならぬものと理解し始めていることは、キタイチにおいては、シーズニングとして醤油のみが提供されていることからも分かる。そして、醤油の最高級品として、キッコーマンがどの業態においても確実に認知されていることは、日本食ブームの生んだ大きな成果であろう。
また、スシは宅配が可能であったがゆえに、ここ数年各店が競って宅配サービスをスタートさせた。キタイチのメニューは、すべてが宅配可能となっていて、また容器も店内での飲食も、宅配用の使い捨て容器を使用する。
モスクワの飲食店は、24時間営業が多いが、その深夜部分はほとんどが宅配サービスだそうだ。その結果、「たぬき」の中には、売り上げの半分が宅配による、というケースがあって、大都市における宅配の重要性は年ごとに増えている、ということである。
その後、宅配は、ピザやシャシリク(肉の串焼き)などにも応用されるようになり、ロシア人の生活様式をかなり変えてしまった。今や、モスクワ郊外の別荘地近隣には、宅配専門のチェーン店がずらりならび、別荘生活者の貴重な食事供給源となっている。
モスクワ市内で目に止まるのがWOK(ロシア語ではВОК)という文字。中華鍋(WOK)で作る炒め物料理だが、これは冬期に売り上げの下がる冷たいスシの代替として、日本食レストランが導入した苦肉のメニューだ。
そして、キタイチのメニューは、スシ+WOKという「たぬき」のメニューから、スシを外したものにすぎない。スシの代替メニューがついに主役のスシを食ってしまった、そんなイメージだろうか。
丸亀製麺のフランチャイズ契約の1店舗。 オーナー住所は、クルスク州となっている
以上のように日本食ブームは本当に多くのノウハウをロシアの外食産業に残した。
今、ロシアの外食産業はその経営ノウハウを商品として販売していくという、フランチャイズビジネスに血眼になっている。
ロシアにおいて、フランチャイズという概念はかなり古くから存在している。しかし、現実問題として、フランチャイズ契約を通して全く未経験のビジネスに賭けてみるだけの経営者はこれまでなかなか現れなかった。
これが変わってきたのは、今回の経済危機が大きく影響している。何しろ、対前年比で軒並みマイナスを示す主要経済指標の中で、外食産業は、小売売上と並び、ずっとプラスを示す数少ない元気な産業分野なのだ。
(ご参考: ロシア国家統計局(ROSSTAT)によると、2014年のGDP実質成長率は前年比0.6%に対し、外食産業の成長率は1.6%、小売業は2.5%と、かなり高い伸びを示している)
日本からの直接投資で外食チェーン「丸亀製麺」を経営するトリドールロシア社。モスクワ市内に5店舗を開業させ、そのうち3店舗をフランチャイズ希望者に売却したという話である。
結語
外食産業というのは、客から注目されて始めてビジネスとなる。その注目を引くため、常に変化を自ら演出していく。
このロシアの日本食ブームも、そんな客の好奇心を得るためにスタートしたものだった。しかし、経営者がメニューやサービスに真剣に向き合ううちに、この日本食レストラン経営にはいろいろなノウハウが詰まっていることを理解し始めた。
そして、今、日本食レストランは消えても、ここで得たノウハウを吸収し、フランチャイズという形で、中国の装いをまとう新業態が現れてきた。
この新中華レストランのコンセプトは、従来の中華料理店とは明らかに異なる。言ってみれば、日本、というフィルターを通して見た中国なのである。キタイチ店内には、漢字をモチーフとした写真がたくさん飾られているが、出入り口の一番目立つ場所にある漢字は、「神風」であった。
この新業態が受け入れられて、本格的にチェーン展開が始まり、あるいは類似店が出現してきた時、日本食を根幹とする中華、というこれまでにはなかった時代が始まる。
日本の外食産業が、もしロシアに興味を持つのであれば、それはまさにこれからであろう。日本で磨き上げた経営ノウハウをこの国に持ち込み、フランチャイズビジネスとして売り込むのだ。
それを十分理解し、実際に活用できるだけの素地が現在のロシア外食産業には備わってきている。
ミラノ万博においても、日本の外食産業、食品産業が、こういう知財を通した新しいビジネスで日本を世界に示していただきたいと思う。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43709
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