誰しもが抱く疑問に科学が答えを出してくれることがある。
その1つが、「頭のいい子」は遺伝や家庭環境が大きく影響しているはずとの仮説だ。小・中・高校と進む中で、いわゆる「頭のいい子」が同じクラスの中にいたはずだ。
これまで一般論として、「お父さんが東大卒だから」とか「両親ともお医者さんだから」という説明を耳にしてきたかもしれない。本人の努力よりも生まれ持った資質や環境が大きいという主張である。
米医学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」最新号は、子供の「頭のよさ」は幼稚園に入る頃にはおおかた決まり、両親の教育レベルと世帯収入に強い相関関係があるとの結果を発表した。
この医学的結果はこれまで議論が続いていたテーマにあるレベルで答えを出したことになる。
9大学25人の研究者にる調査
同誌に発表された調査は、ロサンゼルス小児科病院とニューヨーク・コロンビア大学医学部を含む9大学の研究者25人よって行われた。
対象は3歳から20歳までの1099人。調査方法は高解像度のMRIによる画像解析と、両親・家庭の社会経済学的要因の聞き取り調査である。
結果は世帯年収が2万5000ドル(約300万円)未満の家庭に育った子供たちは、15万ドル(約1800万円)以上の家庭の子供たちよりも、MRIの計測値で大脳皮質の領域が6%小さかった。
統計学的にサンプル対象者が1000人以上であれば、一応正確なデータが取れるとされている。計測で示された部位は記憶力や認識力をつかさどる場所で、学力を測るうえで重要な役割を担うことが分かっている。
6%の差異がどれほど学力に大きく影響を及ぼすかの言及はないが、少なくとも世帯年収と大脳皮質の領域に関連性があることが示された。
今回の共同研究の執筆者の1人、ロサンゼルス小児科病院の研究者であり南カリフォルニア大学医学部教授でもあるエリザベス・ソーウェル氏は述べている。
「今回の研究データにより、富裕層の子供たちの方が脳の発達段階で、より広範な機会が与えられることで低所得層の子供たちとの間に違いが出ています。ただ両親の学歴や収入が子供の脳の発達と認識力に決定的な影響力を及ぼすかどうかは、慎重に議論しなくてはいけません」
学歴差より年収差の方が影響が大
極めて学者らしい言い回しである。これまでも、子供の学力テストの結果や知能指数の数値が両親の教育レベルや家庭環境と相関関係があるといった論文は出ていた。だが神経科学的な立場から、大脳皮質の大きさに着目して計測した点は興味深い。
さらに特筆すべきなのは、世帯の年収差の方が両親の教育レベルの違いよりも脳に与える影響が大きいという指摘である。
語弊を恐れず端的に述べるならば、最終学歴が東大卒と中学卒の父親の違いよりも、東大卒であっても年収400万円の父親より、中卒であっても年収3000万円を稼ぐ中小企業の社長の子供の方が、学校の勉強ができる可能性が高いということだ。
と言うのも、研究結果では特に言語と認識力をつかさどる脳の部位で差違が出ているからだ。世帯年収が100万円にも届かない貧困層の子供たちと富裕層の子供たちと間には大きな違いが見られた。
同論文の筆頭執筆者でコロンビア大学医学部のキンバリー・ノーブル氏は、生まれ持った資質よりも世帯年収の差違の方が学力に影響を与えると話す。
「極貧困層と言える家庭の子供たちの脳の多くの部位で、富裕層の子供たちと違いが確認できました。その差違が学力に大きく影響していると思われます」
年収の差は、家庭内での食べ物、健康管理、通う学校、学習の機会、遊び場所、また空気の汚染状況などにも違いを生むと述べている。
生まれ持った脳の資質もさることながら、脳が成長を続ける幼少期に望ましい家庭環境にいられるかどうかが高い学力を身につけられるうえで重要ということだ。
親と子供にはIQの相関関係あり
端的に述べれば、所得が高いという経済的な要因が「頭のいい」子供を育てると言えるかもしれない。共同調査を行った研究者は今後、幼少期の子供が生活環境の変化を経験した場合、学力にどう影響するかを調べるという。
読者の中にはこの論文結果に納得のいかない方もいらっしゃるだろう。サンプル数が1000ほどで、米国で実施された1つの調査に過ぎないし、知能と生活環境・遺伝要因との関係というテーマは、これまでも学究的に議論が繰り返されてきた。
米国で1994年に出版された『ベルカーブ:アメリカ生活における知能と階級構造』は、知能は生活環境よりも遺伝によって決まると論じた本で、大論争を巻き起こした。
著者であるチャールズ・マレイ氏は、ワシントン・ポスト紙に寄せたコラムで、「脳のサイズが知能指数(IQ)と相関関係にあることは、すでに知られた事実。親のIQは子供のIQと相関関係にあります」と、生活環境よりも生まれた時点ですでに知能の善し悪しはおおかた決まっていると書く。
前述の論文にはMRIの解析分布図が示されている。
それによると、世帯収入の低い家庭の子供たちの中にも脳の表皮の数値が高い人がいる。逆に、収入が高くとも脳が小さい子供たちもおり、収入と頭のよさは正比例していない。
ノーブル氏も注意を促すかのように言う。
「子供たちの大脳皮質の領域だけで、世帯収入を言い当てることなど決してできない」
「ネイチャー・ニューロサイエンス」に発表された論文は興味深いが、知能と遺伝・環境というテーマにおける1つの考察と解釈した方がいいかもしれない。
裕福な家庭出身が多い東大生
一方日本でも、何年も前から東京大学の在校生の世帯年収が一般世帯より高いとの指摘があった。東大が実施した「2010年学生生活実態調査の結果」によれば、世帯年収950万円以上の家庭が実に51.8%もいる。
厚生労働省が発表した世帯の平均年収は約550万円。この数字は富裕層の子供たちは低所得層の子供たちよりも勉強ができるという、これまで述べてきた仮説を日本でも一定レベルで証明していることにかもしれない。
もちろん、いつの時代にも例外はいる。両親の学歴が高くなくとも、収入が多くなくとも、学校の成績がいい子供はいた。けれども小・中・高校時代に思いをはせれば、勉強のできるクラスメートの多くは富裕層の子弟であることが多かったのではないか。
今後研究者には、世帯収入が低く、大脳皮質も小さいが、学力が高く、さらには社会に出てからも成功している人たちの神経科学的、さらには社会経済学的な要因を探っていただきたいと思うがいかがだろうか。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43670
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