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※ 日経新聞連載
[やさしい経済学]アベノミクス再考
(1)「3本の矢」の影響を分析
安倍晋三政権の経済政策、アベノミクスが動き出してから、2年あまりが過ぎました。アベノミクスが日本経済にもたらす影響を分析し、評価するタイミングではあるでしょう。この連載では、アベノミクスとはどんな政策で、どんな考え方や経済理論を背景にしているのかをおさらいします。政策を評価する判断材料にしてもらうため、アベノミクスに反対したり、疑問符をつけたりする意見も、できる限り紹介します。
アベノミクスは「3本の矢」からなります。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略です。バブル経済の崩壊後、デフレに突入し、「失われた20年」と呼ばれる低迷が続いた日本経済を立て直すのが目的です。安倍首相は2012年末の就任後、3本の矢を次々と放ってきました。
1本目の矢である大胆な金融政策とは、金融緩和を指します。市中に出回るお金の量を増やし、民間投資や消費を促す政策です。黒田東彦日銀総裁は13年4月、「量的・質的金融緩和」に踏み切り、「2年程度で物価上昇率を2%にする」目標を明示しました。14年10月にはこの政策をさらに拡大しています。安倍氏は首相就任前から金融緩和の必要性を訴えていました。最重点を置く政策といえます。
大胆な金融政策の背景にある経済理論は「人々の心理がデフレ予想からインフレ予想に変われば消費や設備投資などの需要が増え、実体経済にもプラスの効果が表れる」という「期待理論」です。
機動的な財政政策とは、公共投資などの政府支出を増やす政策です。政府は13年1月、同年12月に続き、14年12月にも政府支出を伴う経済対策を打ち出しました。公共投資などで総需要を喚起すべしと唱える伝統的な「ケインズ経済学」に基づく政策です。
3本目の成長戦略は、需要サイドではなく、供給サイドに働きかけて日本の潜在成長率を高める政策です。以下の回では3本の矢を巡る議論を順に解説していきます。
(この連載は編集委員の前田裕之が担当します)
[日経新聞4月1日朝刊P.33]
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(2) デフレ要因で見解相違
1本目の矢である大胆な金融緩和の目的はデフレからの脱却です。デフレとはインフレの逆で物価が下がり続ける現象です。物価が下がればモノやサービスを安く買えるからよいとの声もあります。しかし、デフレのもとでは企業の売り上げが減り、企業で働く人の賃金も減りやすくなります。個人の消費や企業の設備投資が細り、経済全体が縮小し、国民全体の生活が苦しくなっていきます。
日本では1990年代半ばからデフレに突入し、20年も続いています。これだけ長い間、デフレが続くのは世界でも珍しく、経済学者の間では、経済を再生させるにはデフレからの脱却が必要だとの見方はほぼ一致しています。安倍晋三政権がデフレからの脱却を目標に掲げること自体に反対する経済学者は少数派です。
デフレから脱却するにはどんな方法や政策が有効なのでしょうか。安倍政権は金融緩和がデフレ脱却に有効と考え、実際に手を打ってきましたが、「金融緩和だけではデフレからは脱却できない」(翁邦雄・京大教授)との意見は専門家の間にもなお根強くあります。
こうした意見の違いが出てくるのはデフレの原因について見解の相違があるからです。金融緩和の効果に疑いの目を向ける論者は、デフレの原因として、中国などからの安価な輸入品の流入、人口減少に伴う総需要の減少、企業の生産性向上に伴う製品価格の下落、名目賃金の下落などを挙げます。デフレは実体経済の動きが原因で起きているので、実体の方が変わらなければ、いくら金融を緩和しても効果はないとみるのです。
一方、金融緩和には効果があると主張する論者は、諸外国のデータと比較した上で、こうした「デフレ真因説」は「理論的、実証的に根拠がない」(片岡剛士・三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員)と退けます。安倍政権は名目賃金の下落がデフレの原因とする説には耳を傾け、産業界に賃上げを要請するなど柔軟な姿勢も見せています。
[日経新聞4月2日朝刊P.28]
(3) デフレ解消に金融緩和
金融緩和はデフレ解消に有効だと主張する、いわゆる「リフレ派」の論者たちが根拠とする経済理論を歴史を遡って説明しましょう。
根底にあるのは米国の経済学者、アーヴィング・フィッシャーらが唱えた「貨幣数量説」です。通貨の供給量と物価上昇率の間には因果関係があるとする学説で、貨幣の供給量が増えればインフレ、減ればデフレになると主張します。
これを数式で表すと、貨幣供給量(M)×貨幣の流通速度(V)=一般物価水準(P)×経済全体の取引量(T)となります。貨幣の流通速度とは、貨幣が一定の期間中に何回使われたかを示す指標です。貨幣数量説では、Vは人々の慣習などで決まり、短期では一定と見なします。TがMとは独立して決まると仮定すると、PはMに比例して変化します。物価を上げたいなら、通貨供給量を増やせばよいことになります。
この考え方を発展させたのが米国の経済学者、ミルトン・フリードマンです。フリードマンは1929年に起きた世界大恐慌から脱出できた国は大規模な金融緩和を実施していた事実をもとに「金融緩和には効果がある」と指摘しました。通貨の供給量を増やせば物価が上がり、不況から脱出できると唱えたのです。
貨幣数量説では貨幣供給を増やしても実体経済には影響が及ばないとみるのに対し、フリードマンは通貨政策は実体経済に影響を及ぼすとした点で異なります。フリードマンの主張は「マネタリズム」と呼ばれ、財政政策を重視するケインズ経済学に対抗する学説として米国の経済学界などで一時、流行しました。
日本のリフレ派は、不況から脱出するには金融緩和が有効と考える点でフリードマンの発想に近いといえますが、違いもあります。フリードマンは危機を脱した平時では中央銀行は裁量に基づく金融政策をとるべきではないと主張し、通貨の増加率を一定に保つことに専念するよう求めました。リフレ派の多くは中央銀行による裁量政策を支持しています。
[日経新聞4月3日朝刊P.25]
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(4)インフレ目標に賛否
日本では第2次安倍晋三政権が誕生する以前から金融緩和が続いています。アベノミクスによる「異次元金融緩和」と従来の金融緩和との違いはどこにあるのでしょうか。
日本で政策金利をほぼゼロにする「ゼロ金利政策」が始まったのは1999年。2度の解除後、現在も続いています。加えて、金融機関が日銀から自由に引き出せるお金の量を増やす「量的緩和」も実行してきました。金融機関が企業や個人にお金を貸しやすくなる環境を整えて市中に出回るお金の量を増やし、経済活動を活発にする金融政策を長く続けてきたのです。
池尾和人・慶応大教授らは「日銀はこれまでにも大規模に金融を緩和してきた。さらに緩和しても金融機関の貸し出しは増えず、市中に出回るお金の量は変わらないので経済には影響を与えない」と異次元緩和の効果は期待できないと主張してきました。
これに対しリフレ派は、日銀が「物価上昇率2%」のインフレ目標を掲げる意義を強調します。従来の日銀は金融を緩和していたものの、どこまで続けるのかが曖昧だったので、人々のデフレ心理が変わらなかったというのです。インフレ目標が示されたことで人々の間に「インフレ期待」が生まれ、行動にも変化が現れるとみます。
インフレ期待の重要性を提唱したのはポール・クルーグマン米プリンストン大教授です。98年に発表した論文で、中央銀行がインフレ目標を示せば人々の間にインフレ期待が起きて実際に物価が上昇し、名目金利から物価上昇率を差し引いた実質金利が下がると論じました。
一方、「人間は多様であり、人により予想は異なる」(伊東光晴・京大名誉教授)と期待に働きかける政策に反対する意見もあります。伊東氏によると、人々の予想は「一つ」ではなく、不確実です。将来の物価上昇予想をもとに消費を増やす人がいる一方で、将来への不安から消費を切り詰める人もいます。「人々の期待が一様で、現実を動かすという発想は誤りだ」と主張しています。
[日経新聞4月6日朝刊P.17]
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(5)株価上昇で投資促す
金融緩和が人々のインフレ期待を高め、実体経済に好循環をもたらすと主張する論者たちはどんな経済の動きを想定しているのでしょうか。もう少し詳しく説明しましょう。経済学者はインフレ目標を設定した後のお金の流れの変化を「トランスミッション・チャンネル(伝達経路)」と呼んでいます。
一つ目は外国為替市場や株式市場の変化です。将来も低金利が続き、市中に出回るお金の量が増えると考える人が多くなると、ドルなど他の通貨に比べた円の価値が下がり、円安が進みやすくなります。海外向け輸出比率が高い日本企業にとって円安は円換算した売り上げや利益の増加につながり、業績が好転します。業績が好転する企業が増えればその企業の株価が上がり、株式市場が活気づきます。
もっとも、円安が日本経済に与える影響はプラスの面ばかりではありません。小幡績・慶応大准教授は「円安による輸入の原材料費の高騰で、国内販売が中心の製造業、サービス業にも大きな影響が生じる。輸入品の価格上昇、とりわけ必需品の価格上昇による生活コスト上昇は消費者を直撃する」と円安のデメリットを警戒しています。
リフレ派の議論に話を戻しますと、株価が上がり始めれば、株式を持つ人の資産価値が高まり、消費や株式以外の資産にもお金が回り始めます。浜田宏一・米エール大名誉教授(内閣官房参与)は株価が上昇すると「トービンのq効果」が働いて企業が設備投資を増やすと主張します。米国の経済学者、ジェームズ・トービンは、ある企業の株式時価総額を実物資産の価値で割った値(q)が1より大きくなればなるほど設備投資が増えると指摘しています。株式時価総額の高さは市場関係者の評価の高さを反映しているため、経営者に投資を促すからです。
浜田氏は金融機関の貸し出しが伸びていない現状を「多くの企業には余裕資金があり、自己資金で設備投資を増やす。貸し出しが伸びなくても経済には好循環が生まれる」とみています。
[日経新聞4月7日朝刊P.25]
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(6)波及経路経ず円安・株高
日本ではインフレ目標政策の導入後、インフレ期待は高まったのでしょうか。インフレ期待を計測する主な尺度は、消費者や企業へのアンケート調査、普通国債と物価連動国債の利回り格差(ブレーク・イーブン・インフレ率)です。どのデータも上昇傾向にありますが、十分かどうかは専門家の間で見方が分かれています。
物価の動きも政府・日銀の思惑通りにはなっていません。黒田東彦日銀総裁が2013年4月、「2年程度で物価上昇率2%」のインフレ目標を掲げてから2年を迎えましたが、目標は達成できていません。黒田総裁は2%目標の達成にはなお自信を示していますが、達成の時期は「2015年度を中心とする期間」と表現が当初よりも後退しています。
インフレ期待が高まったかどうかはさておき、第2次安倍晋三政権の発足前後から円安・株高が進行しました。金融緩和の効果なのか、それとも別の要因が働いたのか、諸説があります。インフレ期待が高まるにつれて円安・株高が進行するという、リフレ派が描く波及経路を経ずに、円安・株高になっています。それでも、リフレ派の論者たちは円安・株高はアベノミクスの成果だと強調します。
反論もあります。円安の背景に関しては「ユーロ危機で世界の投資家がユーロ圏以外への通貨に投資した結果、円高が進んでいた。政権発足の前後にユーロ危機が一服し、再びユーロ圏への投資が増えて円が売られた」(伊東光晴・京大名誉教授)との見方があります。
株高の原因はどこにあるのでしょうか。13年までは外国人投資家の買いが目立ち、投資家の一部の「期待」に変化が表れたとはいえるでしょう。しかし、外国人投資家の買いはその後、減っていきます。「14年ころから日本の公的年金などが株を買い支える傾向が強まり、『官製相場』の様相を呈している」(福田慎一・東大教授)との声も多く、アベノミクスだけが株高の原因と結論づけるのは難しいでしょう。
[日経新聞4月8日朝刊P.27]
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(7) 消費増税が悪影響
異次元金融緩和が実体経済に及ぼす効果を分析する上で、大きな争点となっているのが、2014年4月の消費増税の評価です。
リフレ派の論客の一人、若田部昌澄・早大教授は13年10〜12月期の実質国内総生産(GDP)は政権交代が起きた12年10〜12月期に比べ2.6%の成長を果たしていたと指摘し、アベノミクスの成果はあったと説明しています。しかし、昨年の消費増税で「大きな揺り戻しを受けている」との認識を示しています。
やはりリフレ派の原田泰・日銀審議委員も「本来、消費増税とリフレ政策は無関係。消費増税後の景気悪化がリフレ政策の効果がないことだとされてリフレ政策が頓挫すれば、日本はデフレから脱却できず、長期停滞に戻ってしまう」との懸念を表明しています。昨年の消費増税は第2次安倍晋三政権が発足する前の与野党合意で決まっていた路線であり、リフレ派の主張にも一理あるでしょう。
リフレ派ではない経済学者の間でも「昨年の消費増税が景気に悪影響を与えた」(福田慎一・東大教授)との見方は一致しています。ただ、「リフレ政策は消費増税の影響も加味した上での政策であったはず。リフレ政策の効果が十分に表れていない原因を消費増税にだけ求めるのはおかしい」(宮川努・学習院大教授)との声もあります。
福田氏は「消費が伸び悩んでいるのは、労働者の賃金がそれほど上がっていないため」とみています。また、円安が進んだにもかかわらず輸出がそれほど伸びないのは「経営のグローバル化を進める企業の収益構造の変化を反映しており、必ずしも政府・日銀の思惑通りには経済が動いていない」と分析しています。
景気の落ち込みに危機感を抱いた安倍首相は今年10月に予定されていた再増税を延期しました。このとき、リフレ派の中でも、再増税の延期を強く求める論者と、再増税やむなしと考える論者に分かれました。リフレ派以外の経済学者の間でも再増税の延期には賛否両論があります。
[日経新聞4月9日朝刊P.24]
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(8) 公共投資の効果は減少
アベノミクスの2本目の矢は機動的な財政政策です。公共投資を柱とする景気下支え策で第2次安倍晋三政権の発足後、これまでに3度の経済対策を打ち出しました。
「政府の財政支出は経済成長率を押し上げる」との認識に異を唱える経済学者はほとんどいません。経済対策は一定の効果を発揮したとの見方が大勢です。
問題は財政支出に見合う効果があるかどうかです。伝統的なケインズ経済学では、公共投資を増やすと消費や民間投資にも波及し、投入額を超える国内総生産(GDP)の増加(乗数効果)を見込めるとみます。高度成長期の日本では公共事業で地方の道路を整備すれば企業の工場立地が進み、現地の雇用が増えるといった循環が生まれました。
低成長期の日本では、こうした効果は小さくなっています。内閣府などの試算によると、公共投資の乗数効果は1970年代には1単位の公共投資の実行後、3年目で4を上回っていましたが、90年代以降は実行3年目で1をやや上回る水準です。
金融緩和の効果を強調する浜田宏一・米エール大名誉教授(内閣官房参与)は財政支出による効果は大きくないと主張する論者の一人です。その論拠はマクロ経済学の基本モデルから導き出される「マンデル・フレミング効果」。財政支出が増えると決済需要が増して国内金利が上昇し、為替相場が円高になる公算が大きくなります。すると輸出競争力が下がって貿易収支が悪化し、財政支出によるGDPの押し上げ効果が打ち消されてしまうというのです。ただ、異次元緩和が続く日本では今のところ、こうした現象は起きていません。
英国の経済学者、デヴィッド・リカードが提唱した「中立命題」も、財政支出の効果には疑問符をつけています。政府が公債を発行して財源を確保し、財政支出を増やしても、合理的な消費者は将来の増税を予想するので、消費を増やさないとの見方です。近年の日本で乗数効果が小さくなってきた背景を説明できる命題といえます。
[日経新聞4月10日朝刊P.25]
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(9) 予算執行の遅れ増える
公共投資を柱とする経済対策には「危機対応」という側面があります。デフレから脱却していない日本はなお「有事」なのか、「平時」に戻っているのか、意見が分かれるところでしょう。
藤井聡・京大教授(内閣官房参与)らは2014年の論文で、経済協力開発機構(OECD)に加盟する34カ国のマクロ経済データを活用して、リーマン・ショック後の公共投資と国内総生産(GDP)との関係を分析しました。韓国、オーストラリア、メキシコなど公共投資を増やした国の方が名目GDPが大きく回復したとの結論を導き出しています。
藤井氏は、自然災害に強い国土づくりのためには公共投資が必要とも主張しています。論文でも「レジリエンス」(強じん性=危機の可能性や影響を減らす国民経済の能力)というキーワードを示し、政府に公共投資を促しています。
1997年4月の消費増税後、景気が急速に落ち込み、政権交代につながった橋本龍太郎政権の経験を踏まえ、安倍晋三首相は13年12月に経済対策を打ち出しました。それでも消費増税後にやはり景気は落ち込みました。
公共事業が十分に効果を発揮できなかった理由の一つに「供給制約」の問題があります。建設現場では現在、労働者の人手不足が深刻になっています。政府や地方自治体が公共事業を発注しても、建設業者が労働者を集められずに工事の実施に時間がかかったり、請負ができなかったりする事例が増えているのです。消費増税のタイミングに合わせて発注しようとしても、実際には工事が間に合わず、景気の落ち込みに歯止めをかけられなかったとの見方が広がっています。
政府は今回の経済対策の案件に限らず、こうした予算執行の遅れを懸念し、執行の前倒しを要請しています。しかし、建設現場での人手不足を解消せずに公共事業の執行を優先すると、民間事業を阻害する「生産力クラウディングアウト」を引き起こすと警戒する論者もいます。
[日経新聞4月13日朝刊P.17]
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(10) 出口戦略が重要に
アベノミクスの金融緩和と財政出動による副作用として注視されているのは、国の財政難および日本国債の信用力の低下です。
仮に物価上昇率2%のインフレ目標を達成できた場合、「デフレからの脱却」が可能になり、経済成長率が高まって経済に好循環が生まれるとリフレ派の論者は強調します。株式や土地などの資産価格が上がり、資産を持つ人が得をするだけでなく、労働者の賃金も上がり生活が豊かになる可能性があります。公共投資で建設現場などでの求人が増え、生活に余裕ができる人が増えるかもしれません。
だからといって金融・財政政策にいつまでも頼るわけにはいきません。異次元緩和の柱は日銀による大量の国債購入です。公共事業の財源も主に国債発行で賄っています。こうした政策を続ければ、もともと厳しい国の財政状態がさらに厳しくなります。
金融政策と財政政策をともに国債発行に頼っている現状に危機感を募らせ、「インフレ目標を達成した後の出口が見えない」(加藤出・東短リサーチ社長、チーフエコノミスト)と批判する声もあります。国債は「国の借金」とも言い換えられますが、「国の借金を日銀が肩代わりしている状態」とみる人が増えると日本国債の信用力が落ち、国債価格が暴落(長期金利は急上昇)しかねません。
これまでは長期金利は低く抑えられており、こうした事態には至っていません。日本は貯蓄が豊富で国債の大部分を国内投資家が購入しているので、国債価格が暴落する危険性はほとんどないと主張する論者も多くいます。
しかし、異次元緩和を続けているといつか異変が起きる可能性があります。国債価格の暴落は円の価値が限りなく低くなる「ハイパーインフレーション」につながる危険性があると加藤氏は警戒し、「そうなる前にこの政策を終わらせなければならない」と訴えています。リフレ政策を続ける安倍晋三政権は実体経済への影響を慎重に見極めながら出口戦略を探る努力を怠ってはならないでしょう。
[日経新聞4月14日朝刊P.27]
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(11) 成長戦略で民間を刺激
第3の矢である成長戦略について解説しましょう。成長戦略とは文字通り、日本の成長力を高める戦略です。あくまでも日本全体の話であり、日本企業の成長力と重なる部分が多いですが、必ずしも重ならない部分がある点には注意が必要です。
経済成長とは、国内で生み出される付加価値の総量である国内総生産(GDP)が増える現象です。日本のGDPをいかに伸ばすかを国主導で考え、具体的な対策を練るのが成長戦略の狙いです。
金融緩和と財政出動が経済の需要サイドを底上げする政策なのに対し、成長戦略は供給サイドを伸ばす政策といえます。経済学者の間では「金融・財政政策は短期の景気対策であり、長期を視野に入れた成長戦略が最も重要」(深尾京司・一橋大教授)との見方が大勢です。
経済成長は、個人や企業などの民間主体の経済活動の結果であり、国主導で計画を作るべきではないとの声もあります。しかし、国が打ち出す様々な施策が民間の経済活動に大きな影響を及ぼしているのは確かであり、民間の活動を活発にするための環境作りに国が取り組む意味はあるでしょう。
国内生産を増やす方法は大きく分けて3つあります。工場や機械などの「資本」、機械などを使って付加価値を生み出す「労働力」、1人の労働者が一定の時間に生み出すモノやサービスの量である「生産性」のいずれかを増やせばいいのです。
バブル経済の崩壊後、日本で低成長が続いてきたのは、以上の3要素がいずれも伸び悩んだためとみられています。例えば、労働力は働く人の数と労働時間で決まりますが、人口の高齢化が進む日本では労働力人口が減少しつつあります。この傾向に歯止めをかけ、労働力人口を増やすにはどうすればいいのでしょうか。政府は解決策の一つとして、企業による女性の登用推進を目標に掲げています。成長戦略の対象領域は多岐にわたりますが、個々の項目ごとに一歩ずつ前進するしかありません。
[日経新聞4月15日朝刊P.29]
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(12) 従来手法に厳しい意見
安倍晋三政権は2013年6月、国の成長戦略として「日本再興戦略」、14年6月にその改訂版を発表しました。初回版の発表後、法人税改革や規制改革への踏み込みが足りないと批判する声が上がり、改訂版には法人実効税率引き下げなどを盛り込みました。安倍首相は成長戦略に本気で取り組む姿勢を重ねて強調しています。
成長戦略を具体化する手法は大きく二つに分かれます。一つ目は「産業政策」と呼ばれる伝統的な手法です。政府が特定の分野を「成長分野」と見定めた上で、補助金や優遇税制などで成長を後押しするやり方です。政府は、成長戦略を議論する産業競争力会議の場で、健康・医療、エネルギー、次世代インフラ、農林水産業などの地域資源の4分野を有望な分野として示しました。
高度成長期などの日本で産業政策が効果を発揮したのか、専門家の間でも意見が分かれています。低成長期の現在、伝統的な手法に対して経済学者の間には「政府には成長分野の見極めはできない」といった厳しい意見が目立ちます。半面、中小・零細企業などの間には国による補助金や支援制度を求める声は根強いです。
もう一つが規制改革です。第3次内閣を発足させた安倍首相は2月の施政方針演説で、成長戦略の柱と位置づける、農業や雇用、医療などの「岩盤規制」に切り込む考えを表明しました。「岩盤規制」とは既得権益に守られ、固い地盤を持つ規制を岩に例えた言葉です。本当に切り込めるのか、真価が問われます。
ただ、岩盤規制はあくまでも規制全体の一部であるとの認識も大切でしょう。安倍首相は全国農業協同組合中央会(JA全中)の一般社団法人化を岩盤規制に風穴を開ける象徴と説明していますが、その結果、成長戦略の本来の目的である日本の成長力強化にどの程度、貢献するのか、見極めるべきです。
伝統的な産業政策と規制改革をどのように組み合わせればよいのか、冷静な議論が必要でしょう。
[日経新聞4月16日朝刊P.24]
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(13) 矢の方角の修正も必要
最後にアベノミクスの3本の矢の関係を整理しましょう。1本目(金融緩和)と2本目(財政出動)には賛否両論があります。3本目(成長戦略)についても重点分野や手法を巡って意見が分かれています。
意見が分かれる原因はアベノミクス自身にあります。安倍晋三首相は1本目の矢に重点を置いてきましたが、各方面の意見を取り入れながら経済政策を継ぎ足していくうちに、アベノミクスはどんどん膨れあがっています。3本の矢はもともと同じ方角を向いているわけでもありません。どこに注目するかで様々な評価が生まれているのです。
例えば、吉川洋・東大教授は第1の矢の効果には疑問符をつける論者の一人で、名目賃金の下落こそデフレの原因だと指摘してきました。安倍首相は吉川氏の主張を取り入れ、産業界に賃上げを要請してきましたが、1本目の矢についての両者の見解は分かれたままです。
1本目の矢に期待を寄せる浜田宏一・米エール大名誉教授(内閣官房参与)は2本目の矢はあまり評価していないと先に説明しました。浜田氏は現在の日本は総需要が総供給(潜在成長力)を下回る状態なので、まず1本目の矢で総需要を底上げする必要があると強調します。そして、総需要が増えて潜在成長力の「天井」に到達した頃合いをみて成長戦略を実行すれば、日本経済によい影響を与えるというのです。
3本の矢には、もともと相いれない面があるのです。浜田氏が思い描くような主役交代ができればいいのですが、現実には3本の矢は同時に放たれています。
多様な政策の集合体であるアベノミクスを評価するのは難しい面がありますが、アベノミクスにすべてを委ねるのは危険です。個々の政策がどのように関係し合い、全体として日本経済にどんな影響を及ぼしているのかをきめ細かくチェックし、場合によっては軌道修正を求めるべきではないでしょうか。
[日経新聞4月17日朝刊P.25]
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