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異次元金融緩和は設備投資をまったく増やしていない
http://diamond.jp/articles/-/70213
2015年4月16日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] ダイヤモンド・オンライン
金融緩和政策の本来の目的は、実体経済を成長させることだ。株価や為替レートなどのバブルを煽ることではない。異次元緩和の導入以後2年を経過したいま、これについての検証が必要だ。
現実には、投資や輸出はほとんど増えていない。その意味で、異次元金融緩和政策は失敗であったとしか言いようがない。
■本来、金融緩和政策は投資や輸出を増やすべき
金融政策の効果として期待されるのは、本来は、つぎのことである。
マネーストックが増加し、金利が低下する。これにより、設備投資、住宅投資が増加する。また、海外との金利差が拡大するため、通貨が減価し、輸出が増えて輸入が減る。
このように、金融緩和政策は、投資や輸出を増やさなければならない(金融緩和で円安が進むと物価が上昇し、実質所得が減少するので、実質消費はむしろ減る可能性がある)。
これらの効果がなければ、いかに株価が上昇したところで、バブルでしかない。実際には、以下に見るように、異次元緩和政策の導入以降、設備投資も住宅投資も輸出も増えていない。
したがって、異次元緩和策は、単に資産価格のバブルを煽っただけの効果しか持たなかったと評価せざるをえない。
今後、物価上昇期待が高まるというが、仮に高まったところで、それが投資などの実物変数に影響を与えなければ、無意味である。
■期待が変わらないので設備投資は増えない
現実にはどうか。まず、国民経済計算(GDP統計)における実質民間企業設備(設備投資)の推移を見ると、図表1に示すとおりである(季節調整系列、年率)。
最近のレベルは、2010年頃に比べると高い。ただし、増え始めたのは、11年10〜12月期からである。つまり、異次元金融緩和前からである。これは、後で見るように、消費税増税前の駆け込み需要の影響と考えられる。
異次元金融緩和が導入された13年4月以降も、若干は増えた。しかし、14年1〜3月期に駆け込みで大きく増えたことを除くと、13年中頃以降、ほとんど一定で増えていない。そして、14年4月以降は穏やかに減少している。この結果、14年10〜12月期の値は、11年の同期に比べて0.7%ほど低くなっている。つまり、異次元金融緩和政策は、設備投資を増やす効果を持たなかったと評価される。
企業が将来に関して持つ期待は、主として設備投資に表れる。上で見たように設備投資が増えないということは、企業が最近の利益増を一時的なものとしか見ていないことを示す。前回見た短観は、それをはっきりと示している。
株式などの金融資産は、長期的に値上がりが続くという期待がなくても、うまく売り逃げれば、利益を上げられるかもしれない。しかし、設備投資のような実物投資は、売り逃げることはできないので、よほど将来についての確たる見通しがないと実行できないのである。
異次元金融緩和措置は、為替レートや株価などの資産価格に関する期待は変えたが、実体経済に関する期待は変えていないことになる。
■法人企業統計では設備投資に傾向的変化なし
つぎに、法人企業統計によって設備投資(当期末新設固定資産合計)の推移を見ておこう。まず、全産業(金融・保険業を除く)・全規模についての状況は、図表2に示すとおりだ。
この統計で見ると、季節変動があるのみで、傾向的な変化は見られない。
製造業と非製造業に分けてみても、大きな差はない。つまり、季節変動があるのみで、傾向的な変化は見られない。
これは、先に見たGDP統計の計数とは異なる傾向だ(なお、GDP統計では、名目値で見ても、現在は2010年頃より増えている)。
これは、GDP統計と法人企業統計の対象が異なるためだ。法人企業統計には、金融・保険業が含まれない。また、資本金1000万円未満の小規模事業者や個人事業者も含まれない。設備投資の推移における差は、こうした対象の差から生じたものと思われる(なお、額そのものも異なる。14年10〜12月期における設備投資の額は、法人企業統計では9.7兆円であるが、GDP統計の名目季節調整値は年率68.7兆円である)。
以下では、設備投資の絶対額を問題とするのでなく、その推移の詳細を見るために、法人企業統計のデータを見ることとしよう。
■製造業の設備投資は減少 自動車も微増にすぎない
製造業の設備投資の対前年増加率は、2012年がマイナス17.7%、13年がマイナス6.1%、14年が6.4%だ。
製造業の設備投資の推移を業種別に見ると、図表3のとおりである(季節変動が激しいので、図表3、4、5では3ヵ月移動平均を見ている)。
自動車・同附属品製造業が例外であって、11年7〜9月期以降、ほぼ傾向的に伸びている。11年10〜12月に大きく増加しているのは、東日本大震災による被害からの復旧であろう。13年以降の増加は、円安によって利益が増加した結果だろう。ここでは、生産の国内回帰が起こっていると言える。
しかし、他の業種の傾向は、これとはかなり異なる。他の業種では、設備投資は10、11年頃から傾向的に減少してきた。13年以降やや持ち直しているものの、10、11年頃の水準には戻らない。これは、長期的に生産拠点の海外移転が進んでいることの影響と考えられる。
より詳細にみると、つぎのとおりだ。
鉄鋼業、電気機械器具製造業では、東日本大震災後の一時的な増加が見られる。
これを除くと、鉄鋼業の設備投資は、図に示す期間中、ほぼ傾向的に減少している。12年以降減少が収まったが、これは後で述べる建築ブームの影響だろう。異次元金融緩は、鉄鋼業の設備投資には、ほとんど影響を与えなかった。
電気機械器具製造業は、11年頃がピークであり、それ以降減少している。13年10〜12月以降増加したが、11年頃のレベルには及ばず、14年7〜9月には再び減少に転じた。
情報通信機械器具製造業では、東日本大震災後の増加も見られない。そして、11年頃以降、傾向的に減少している。13年10〜12月から増加に転じたが、緩やかなものだ。
以上で見た業種では、生産拠点の海外移転や国内生産から輸入への転換が生じているためにこうした結果になるのであろう。それは、現在に至るまで引き続いており、製造業全般について円安による国内回帰が起きたとはいえない。
自動車・同附属品製造業では設備投資が増加傾向にあると、上で述べた。ところで問題は、増加の規模だ。
3ヵ月移動平均で見て、12年7〜9月に4073億円であったものが、14年7〜9月に4722億円になっただけであり、その差は649億円にすぎない。これは、後で述べる建設業や不動産業の設備投資に比べると、わずかなものでしかないのである。
■建設業と不動産業は駆け込み需要で増えた
非製造業の設備投資は、傾向的に増加している。対前年増加率は、2012年が0.2%、13年が3.6%、14年が4.1%だ。
業種別の推移は、図表4、5に示すとおりだ。業種によってかなりの差がある。
まず、卸売業・小売業(集約)は緩やかではあるが、傾向的に増加している。
電気業はほぼ一定だが、14年以降落ち込んでいる。情報通信業は12年頃に比べると、低い水準だ。
注目されるのは、図表5に示す建設業と不動産業だ。この2つの業種の合計設備投資額は、12年以降増えた。そして、14年初めから減少している(図に示したのは3ヵ月移動平均なので14年1〜3月から4〜6月にかけて増加しているが、実際のデータは4〜6月期で減少している)。これは、公共事業の増加や、消費税増税前の駆け込み需要で住宅投資が増え、そして、増税後にその反動が生じたことの結果だ。
つまり、非製造業の設備投資増は一時的要因によるものだったのだ。
■設備投資の動向を握るのは製造業ではなく非製造業
ここで注意すべきことが2つある。
2014年10〜12月において、製造業の設備投資額3兆3245億円に対して、非製造業の設備投資額は6兆3834億円と、倍近い規模だ。
業種別に見ても、自動車・同附属品製造業の4918億円に対して不動産業が4879億円と、ほぼ同規模である。
高度成長期には設備投資と言えば製造業のことだった。そのときの感覚がいまだに残っているが、現実は大きく変わったのである。
注意すべき第2点は、先に述べた建設業や不動産業での設備投資増加は、同期間に生じた自動車・同附属品製造業での設備投資の増加より遥かに大きかったことだ。
建設業と不動産業での設備投資増加は、3ヵ月移動平均で見て、12年7〜9月に6626億円であったものが、14年4〜6月に9721億円と3094億円増加し、14年7〜9月には落ち込んだものの8761億円に留まった。12年7〜9月より2134億円多い。
先に述べたように自動車・同附属品製造業では12年7〜9月から14年7〜9月への増加は649億円だ。これに比べると、建設業と不動産業の設備投資の増加は、同期間で3.3倍にもなるのである。
つまり、自動車産業で生じた設備投資の増加よりも、建設・不動産業で生じた一時的要因による設備投資の増加のほうが遥かに大きかったのである。
このように、いまや日本の設備投資の動向を握るのは、製造業ではなく、非製造業である。
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