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「解決金制度」が導入されれば、会社が実質的に意にそぐわない労働者を、カネを払って解雇に追い込むことも可能になり得る(写真:xiangtao/Imasia)
「カネで解雇を買う日」は本当に来るのか 労働者は泣き寝入りするしかない?
http://toyokeizai.net/articles/-/66054
2015年04月11日 武政 秀明 :東洋経済オンライン編集部
「いきなり懲戒解雇なんて納得できませんよ。裁判で解雇無効を争いたいと考えています」
202X年3月。東京都内のA社に勤める40代男性の吉田光彦さん(仮名)は、人事部長に切り出した。
A社は1990年代後半に新卒で入社した吉田さんを、202X年7月に子会社へ出向するように命じたが、それに応じなかったために業務命令違反として懲戒解雇を言い渡した。社長派の上司とウマが合わない面もあったようだ。
■「おカネさえ払えば解雇」が現実に?
反発したのは吉田さんだ。「業務成績は平均以上にもかかわらず、待遇の悪い子会社へ出向させるのは不当」との主張により、吉田さんは解雇無効を求める裁判を起こす旨を人事部長に伝えた。すると人事部長からは、こんな答えが返ってきた。
「わかりました。ただ、裁判には時間もカネもかかりますよ。もし労働者側の吉田さんが申し立てるなら、この解雇を金銭で解決する手段もあります。あくまで一般論ですが、同様のケースでは会社は規定の退職金以外に、1年分の月収に相当する金額を払った先例があります」。
――以上の話はあくまでフィクションだが、現実になる可能性が出てきている。政府の規制改革会議が3月にそんな制度を提言したのだ。裁判で「解雇無効」とされた労働者に対し、企業が一定の金額を支払うことで解雇できるようにする「解決金制度」(金銭解雇)がそれである。厚生労働省は今後、新制度を検討する有識者会議を設ける見通しだ。
この制度は10年以上前から何度か俎上に載せられてきたが、今回は少し中身を変えた。これまでの案では金銭解決は使用者(会社)、労働者の双方に権利が適用される前提だったが、今回は使用者側の申し立ては認めず、あくまで解雇無効を勝ち取った労働者側にのみ金銭解決を求める権利があるとした。
過去を振り返れば、この制度は労働団体や弁護士、学識経験者などから、「カネさえ払えば会社側の意にそぐわない労働者を合法的にクビにできるのは問題だ」という強い反発を受け、導入は実現してこなかった。今回はこれらの批判をかわすように内容を変え、制度導入を進めたいのが政府の考えのようだ。
企業間の競争が激しくなる中で、解雇や賃金切り下げをめぐり、裁判や全国の労働委員会で争われる労使紛争は絶えないが、日本の労働法規は解雇の条件を厳しく制限している。労働契約法には、使用者が解雇を行う場合に、「客観的に合理的な理由と社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」との規定がある。そして恣意的な解雇は判例の積み上げによって規制されてきた。
一方、安倍政権は雇用の流動化を成長戦略に掲げている。そこで、解雇の規制緩和を推し進めるための突破口と狙うのが、規制改革会議による今回の金銭解決制度の提言である。
■実際は職場に戻れず退職するケースがほとんど
解雇が労働法規で厳しく制限されていると言っても、「表に出てきていないだけで、実際は法に沿わない解雇をしている企業は少なくない。その場合は解雇された側が泣き寝入りするケースが多い」と、労働問題の専門家が口をそろえる実態もあり、金銭解決制度ができれば、労働者にとっても一定のセーフティネットになるという見方はある。
ただ、このまま制度が導入されるのは危険な側面もある。当初は制度上で労働者側にしか金銭解決を求める権利がなかったとしても、実質は会社側の思惑に近い格好で、意にそぐわない労働者を解雇に追い込むことも可能になり得るからである。
どういうことか。解雇をめぐる裁判では、「労働者が勝っても、現実的に職場に戻れずに退職するケースが大半を占める」とは厚労省労働基準局が2005年に『週刊東洋経済』の取材に対して示した見解だ。
解決金制度が導入され、会社がカネを払って辞めさせることを前提として解雇に踏み切れば、労働者が職場に戻るのはこれまで以上に難しくなりかねない。裁判には多額の費用と長い年月が必須。再就職で日銭を稼がなければならない労働者にとって、そこまでして争うのは負担が大きく、泣き寝入りさせられるケースだってありえる。
企業にとって働きの悪い、能力の低い従業員を解雇するためには、もっと法的な枠組みが必要だという理屈はあるかもしれない。ただし、このような制度をいたずらに導入すれば、経営者にとって都合の悪い、言うなればウマが合わないという理屈だけで、人格や能力を問われずにいきなりクビを切られる労働者が続出する可能性も否定できない。日本労働弁護団の戸舘圭之弁護士は「使用者がカネを払って合法的に辞めさせることに使われかねない」と指摘する。慎重な議論が求められるところだ。
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