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安倍官邸とすきま風? photo Getty Images
安倍官邸への不信を隠さなくなった黒田日銀総裁。財政健全化と異次元緩和めぐるジレンマの出口とは
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42782
2015年04月07日 町田徹「ニュースの深層」 現代ビジネス
就任3年目を迎えた黒田東彦日銀総裁がジレンマに直面している。
異次元の金融緩和(量的・質的金融緩和)によって「2年程度で消費者物価上昇率2%を達成する」という当初のデフレ脱却公約が実現できないことに批判が強まっている一方で、安倍政権が従来の財政健全化計画を棚上げにするととられかねない新目標の策定に強い意欲を見せ、結果的に異次元緩和の継続・強化が覚束ない雲行きになっているからだ。
■市場からは容赦ない「追加緩和催促」の声
それでも、市場は、対外的な公約であるデフレ脱却を果たすため、月内にも追加緩和が必要だと容赦のない催促の声をあげている。
黒田総裁は決して口にしないが、デフレ脱却と並ぶ重要課題として、消費増税による財政健全化に耐えられる経済環境作りを目指していたはずだ。そのための暗黙の狙いとして円高是正も心中にあったはず。八方塞がりの中で、黒田総裁は、どういう舵取りをするつもりなのだろうか。
2013年3月21日の就任記者会見で、「(物価上昇率を2%に押し上げるために)できることはなんでもやる」と宣言したためか、黒田総裁がデフレからの脱却だけを唯一の政策目標としているかのような印象を持つ人が多いようだが、それは違う。その証拠に、この日の会見の冒頭で、黒田氏は優先度の高い使命として「何といっても、物価の安定」と述べた後、すかさず「もう一つはもちろん、金融システムの安定」と語っている。
その前提条件として、黒田総裁の腹の内に「財政健全化」が深く刻まれていることが垣間見えたのは昨年10月末のことだ。
翌月半ばに消費税の追加増税の可否を決める有識者会合を控える中で、「量的・質的金融緩和の拡大」(黒田バズーカU)を決めた意図を問われた黒田総裁は、有識者会合の決定に関与するつもりはないときっぱりと否定しつつも、あえて「(中央銀行として)政府が中期財政計画を着実に実行していかれることは期待しています」と付け加えることを忘れなかった。
上昇を続けていた株式相場が10月に入って変調をきたし、国民の年金資金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が債券から株式への資金のシフトを検討していた時期のことだ。本来ならば、黒田バズーカUを歓迎してもよいはずの首相官邸は、黒田日銀から事前の相談がなかったこともあり、財務省、厚生労働省、日銀が連携して消費増税実現に向けて外堀を埋めてきた中での苦言に不快感を抱いたらしい。この時から、一枚岩に見えていた官邸と日銀の間にすきま風が吹き始めたというのである。
安倍首相は翌11月18日の夜、首相官邸で記者会見を開き、2015年10月に予定していた税率を10%に引き上げる追加消費増税を17年4月まで1年半延期し、その信を国民に問うことを大義に21日付で衆議院の解散・総選挙を行う考えを明らかにしたのだった。黒田総裁はせっかくの黒田バズーカUの決定にもかかわらず、消費増税を先送りされ、「食い逃げ」をされた格好だった。
■安倍首相が反発、気まずい雰囲気に
そして、今年に入ると、黒田日銀も首相官邸への不信を隠さなくなる。象徴的だったのが、2月12日夕刻、官邸の4階大会議室で開かれた経済財政諮問会議での黒田総裁の発言だ。
議事録をみると、議題は財政健全化だ。議長役の甘利明経済財政政策担当大臣が、従来の指標に加えて、「国と地方の債務残高のGDP(国内総生産)比」という新たな目標を設ける方針と、民間議員だけの会合に具体策作りを委ねる考えを説明した。これに対して、まず、麻生太郎財務大臣が「目標をいかにも変更したと思われるのは困る」とけん制した。
続いて、黒田総裁が「持続可能な財政構造を確立することは、日本経済が持続的な成長を達成していく上で必須の前提」として、「(従来の目標に達成に向けて)具体的な計画を策定していくことは重要であり、(民間議員任せにせず)諮問会議でもしっかり議論していくべきだ」ときっぱり反対の考えを表明した。同総裁は、「日本銀行としては、政府による財政健全化に向けた取り組みが着実に進んでいくことを強く期待している」と念を押すことも忘れなかった。
公式議事録ではここまでしか記録されていないが、日本経済新聞によると、黒田総裁はこのとき、「ここだけの話にしてほしい」と前置きしたうえで、「(バーゼル委員会などで)英独などが自国の国債もリスク資産にすべきだと言っている。そうなれば、(日本国債もリスク資産とみなされ)経済に大変な影響がある」と指摘して、財政健全化を急ぐよう主張したという。これに、財政健全化よりも経済成長を重視している安倍首相が激しく反発し、会議は気まずい雰囲気に包まれたらしい。
■ 日銀のジレンマとは
自分を日銀総裁に推してくれた首相の不興を買うことが明らかなのに、黒田総裁はなぜ、執拗に消費増税や財政健全化に拘ったのだろうか。
その謎を解くカギは、安倍政権が導入を狙っている新たな財政再建目標のカラクリにある。従来のように基礎的財政収支などの赤字額の削減を目指すのと違って、債務残高などのGDP比を目標にすると、低金利が続く中、経済成長さえ実現できれば、赤字そのものはまったく減らなくても目標を達成できてしまというのだ。
こうした目標は、諸外国からみれば、まやかしに過ぎず、日本が財政健全化を放棄したと受け取られるリスクがある。日銀としては、金融・資本市場を混乱させかねず、許容しがたいわけだ。
異次元緩和は、暗黙の狙いだった円高の是正には効果を発揮して、1ドル=80円前後から1ドル=120円前後まで円安が進んだ。その結果、期待したほどのペースではないものの、製造拠点を国内に戻す大手企業も現れ、輸出がけん引する形で徐々に景気拡大に向かっている。折からの米国の好景気もこの傾向に拍車をかけている。アベノミクスの3つの矢の中では、最も経済成長に寄与した施策と言ってよいだろう。
その一方で、金融・株式市場では、今年2月の生鮮食品を除く全国消費者物価指数が102.5(2010年を100とした指数)と、昨年4月の消費増税の影響を除くと前年同月比の伸び率がゼロ%にとどまったことを受けて、黒田日銀に再度の異次元緩和の強化を求める声が強まっている。中には、4月30日の金融政策決定会合での決定を迫る向きもある。さもないと、外国人投資家を中心に日本株売りを招くというのだ。
■財政健全化なき異次元緩和のリスク
こうした中で、財政健全化に向けた政府の確固たるコミットメントという後ろ盾がないまま、黒田日銀が異次元緩和の再度の強化を決定すれば、流通市場経由とはいえ、日銀が財政に巨額の資金供給をしていることの弊害が改めてクローズアップされるだろう。その場合、国債や通貨・円への信任が揺らぐリスクが出てくる。
そうした波乱が直ちに起きる事態を回避できたとしても、いずれ日本経済がデフレからの脱却に成功して、日銀が保有量を積み増している国債や株式を放出する時期が来れば、市場の混乱は避けられない。
そもそも、物価が安定的な上昇軌道に乗り、国債の利払い負担が増え始めることに、借金漬けの財政が耐えられる保証もない。
永田町では、東京オリンピックが開催される2020年まで政権を維持したいというのが安倍首相の本音という見方がある。それまで財政健全化に確固たるコミットメントをしないまま、黒田日銀の異次元緩和を継続させることを目論んでいるとしたら、楽観的過ぎるのではないだろうか。
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