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大学進学率と非正規雇用の意外な関係性 スイスの研究者が日本の労働市場を読む
2015年04月06日
琴坂 将広,ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハ,ゲオルグ・ブリント
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プロフィール
「失われた20年」。バブル崩壊以降、低成長を続ける日本経済は、このようにネガティブに表現されることがほとんどだ。だが、あたかも既成事実のようにこの言葉が先行した結果、評価されるべき事実を見落としている可能性はないのだろうか。スイスのチューリッヒ大学で日本研究を専門とするステファニア・ロッタンティ博士とゲオルグ・ブリント博士は、この時期を日本の「失われなかった20年」と評して我々の意表を突く。本連載では、立命館大学の琴坂准教授との対話を通して、日本の常識を覆す新たな視座が提供される。連載は全4回。(翻訳協力/我妻佑美)
非正規雇用増加の背景には
ポジティブな理由がある
琴坂さて、 前回の対談では、バブル経済前の1988年と東日本大震災直前の2010年の雇用統計を比較すれば、非正規雇用の比率が増加したのは、非正規雇用の大幅な増加が原因であるといえる、という指摘がありました。絶対数に関しても、非正規ほどではないにせよ、正規雇用もむしろ増加していた、という視点が示されました。
ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハ
Stefania Lottanti von Mandach
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
1996年、日本に留学。2000年、チューリッヒ大学日本学科と経営学を卒業したのち、経営コンサルティング会社に就職し、主にスイスとイギリスで活動。2006年、プライベートエクイティ会社に転職して、日本および韓国市場を担当。2010年、博士号を取得。2011年より現職。最近の研究は、日本のプライベートエクイティ市場、労働市場と流通制度を対象。
ただ、日本全体ではそう見えても、おそらく産業によって大きく差異があること、また業種によっては非正規雇用への移行がより顕著なため、正規雇用が非正規雇用に置き換えられている、というイメージが先行している可能性があることにも触れましたね。
たしかに、1990年代のバブル経済とそれに付随する雇用拡大期から現在を比較すれば、正規雇用は減少しており、正規雇用から非正規への振り替え行動も確認できるはずです。しかし、異常とも言えるバブル経済の影響の小さな時期から比較すると、生産年齢人口が低下している期間にもかかわらず雇用が増加していると理解できることは、肯定的に捉えてもよさそうです。
その指摘には納得する一方で、そのほかにも「失われた20年」に関して議論されている点はあるかと思います。たとえば、「世代間の格差」を指摘する声が多いのではないでしょうか。特に若者の非正規雇用の比率が増加しているという資料や、新卒者が正規雇用の職を得ることの難しさを指摘する調査報告はとても多いように感じています。近年では、国内の新卒採用よりも海外からの新卒採用を増やす方針を打ち出す企業も注目されています。
ブリントそうですね。そうした懸念については我々もよく耳にしますので、関連する雑誌新聞記事や調査レポートにも目を通しています。そして数字だけを見れば、まさにおっしゃる通り、15〜24歳の若者における非正規雇用の割合が大きく増加しているのは事実です。しかし、我々はその増加は非常にポジティブな理由から生じているのではないかと考えています。
琴坂若年層の非正規雇用割合が増加する背景にはよい理由がある、と。なぜ、若者世代の非正規雇用の増加という事実を肯定 的に受け止めることができるのでしょうか。
ロッタンティ非正規雇用の増加それ自体ではなく、その増加の背景をポジティブに捉えることができると考えています。まず、若者層の進学率を示した下図をご覧ください。この20年間で、大学に進学した人の割合は確実に増加しています。
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ゲオルグ・ブリント
Georg D. Blind
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
スイスのザンクトガレン大学で経済学修士、フランスのHEC経営大学院で経営学修士を取得したのち、2004年、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。その後、2008年からの1年間、京都大学経営管理大学院で日本学術振興会の外国人特別研究員を務め、2010年より現職。2014年、ドイツのホーエンハイム大学で経済学博士号を取得。主な研究テーマは日本の起業活動、労働市場、経済学方法論。最近の論文に「Decades not lost, but won」(ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハと共著)がある。
ブリント労働市場の観点からは、大学進学率の増加は通常良いニュースと捉えられます。人的資本の層が増加し、分厚くなるからです。とくに技術革新による経済成長が重要な日本のような国にとって、それは強く求められる要素でしょう。
琴坂近年、大学進学率は頭打ちの傾向ですが、過去20年程の進学率は、ほぼ2倍に増加していますね。しかし、この事実が若者世代の非正規雇用の増加にどうポジティブに影響するのでしょうか。進学率上昇との関連性は考えられなくもないですが、直観的にはネガティブな事実のようにも思えます。逆に、いまや多くの若者が大学の学位を取得しているのに、非正規雇用しか働き口が見つからない状況はどういうことか、という声も出てくるのでは。
ブリント我々が注目したのは、在学中のアルバイトです。学生である以上は、当然、パートタイムのアルバイトしかできませんよね。15〜24歳の年齢層における非正規雇用の割合が大きく増加しているのは、このためではないかと考えています。
琴坂つまり、過去20年程度でより多くの若者が高等教育に進むようになり、大学進学率も伸びたことが若年層の非正規雇用の比率の増加につながったのではないかと。たしかに18歳から22歳前後の若年層の多くが大学に進学し、その大半がアルバイトで生活費を補っていると考えると、その可能性は大いにありそうですね。しかし、他の要因も働いているとは考えられませんか。
ロッタンティこの推測だけで本当に非正規雇用の割合の増加をすべて説明できるのか、当初、我々も懐疑的でした。しかし、よく考えてみれば、学生アルバイトが1人増加することは、単に非正社員が1名増加したことを意味するのではありません。これは同時に、正社員のポテンシャルを持つ者が1名減少しているともいえるのです。そういった意味では、非正規雇用の割合に二重の影響があると言えます。従って大学進学率増加の影響はかなり大きいと考えています。
次のページ 2つの問いから非正規雇用と教育の関係を考える
ブリント下のグラフを見て下さい。この2つは、どちらも15歳から24歳の就業者の正規雇用と非正規雇用の比率を示したものです。唯一の違いは、左は「就学中」の労働者を含めたデータ、右は「就学中」の労働者を除いたデータを元にしたグラフであることです。
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これを見ると、就学中の労働者を含めた左側のグラフでは、非正規雇用の就業者の比率が大幅に増加しているように読み取れます。その一方、就学中の労働者を除いた右側では、非正規雇用の比率は確かに増加していますが、全体から見るとわずかです。
このグラフは、2002〜2012年までのデータを元にしていますが、それ以前には「就学中」と「未就学」グループを区別した非正社員データはありませんでした。大学進学率が著しく上昇した2002年以前のデータもあれば、この傾向はより顕著に示されたのではないかと考えています。
2つの問いから
非正規雇用と教育の関係を考える
琴坂将広(ことさか・まさひろ)
立命館大学経営学部 国際経営学科 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業。在学時には、小売・ITの領域において3社を起業、4年間にわたり経営に携わる。 大学卒業後、2004年から、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に在籍。北欧、西欧、中東、アジアの9ヵ国において新規事業、経営戦略策定のプロジェクトに関わる。ハイテク、消費財、食品、エネルギー、物流、官公庁など多様な事業領域における国際経営の知見を広め、世界60ヵ国・200都市以上を訪れた。 2008年に同社退職後、オックスフォード大学大学院経営学研究科に進学し、2009年に優等修士号(経営研究)を取得。2013年に博士号(経営学)を取得し、同年に現職。専門は国際化戦略。 著書に『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)などがある。
琴坂なるほど、大学進学率の伸びによるアルバイトの増加の影響を除けば、若年労働者の非正規雇用の比率は必ずしも大幅には増加していないのではないか、という意見ですね。しかし、もしそれが事実だとしても、依然として高等教育と非正規雇用の関係については2つの重要な疑問が残ります。1つは、学生は在学中に働きたいと思って働いているのか、それとも働かざるを得ないから働いているのか。もう1つは、より多くの若者が大学に進学するのは、そうでなければ就業先を見つけることが難しいからではないのか。この2つの質問にはどう回答しますか。
ブリント1つ目の質問に対しては、私は一般的な見解しか出せませんが、通常、親の収入と子どもの学歴には顕著な相関関係があります。進学率の大幅な増加を考えると、親の所得がそれほど多くない家庭で育った人も大学に進学するようになった、と考えられます。それは、学生アルバイトをする必要性の増加を示唆する要素です。その一方で、子どもが一人だけという家庭も増えてきています。これは教育費を分配しなくてはならない兄弟の数が減ったということですから、全体として大きな変化はないと思いますが。
ロッタンティ2つ目の質問は、日本の企業が新入社員に要求していることにも関係しているでしょう。ただ因果関係とは双方的なものですから、学生側の視点だけでは回答が難しい質問ですね。たしかに雇主側が求める人材要件が上がったことで、高次教育に進む若者が増えていることは十分考えられます。つまり、企業が大学卒という資格を求めるので、大学進学率が上がるという要素はもちろんあると思います。しかし同様に、高次教育を受けた人材が増加したからこそ、企業側の人選基準が上がったとも言えます。これはさらなる研究の価値があるトピックだと感じます。
琴坂なるほど、この2つの設問にはすぐに明確な答えを出すことはできないですね。実はもう1つ、学生たちからよく聞かされることがあります。彼らは、大学の学部を卒業して学位を持って就職活動に挑んでも、自分たちの望むような正社員の職を獲得するのがどんどん難しくなってきている、と言います。大学生のアルバイトの増加で非正規雇用の比率の増加は説明できるのかもしれませんが、実際のところ若者は大学を卒業しても正社員の職を見つけづらくなっているのではないでしょうか。
ブリント全体の数字から見てみると、これはリクルートワークス研究所が発表した求人倍率のデータですが、私企業における大学卒の正社員募集数は、1987年の60万8000件から、リーマンショック直後の2010年でも72万5300件と増加しています。2000年を除き、すべての年で常に志願者数を大幅に上回っています。この数字だけを見ると、正社員になるのが昔に比べて難しくなっているようには思えません。
琴坂とすると、求人倍率の数値は学生の志望状況を反映しているとは言い難いですね。たとえば、大学生は通常、大企業を好んで志望します。一方、大企業は新卒採用を絞り込んでいるのではないでしょうか。
ブリントそういった事実は数値からは読み取れません。従業員1000人以上の大企業の求人数は、1996年から2010年の間に、6万4500件から15万9700件まで増加しています。もちろん大学生の数も増加していますが、求人倍率も近年にかけて改善傾向を示しています。こうした数値といまうかがった学生の主張とはかみ合っていませんね。
ともあれ、既存産業の再構築が進む時代の流れのなかで、知名度のある伝統的な大企業が雇用を減じている可能性もあります。新卒者の多くが希望就職先として挙げるような、たとえば従業員2万人以上を擁する大企業のみに絞ったデータは我々の手元にはありません。実際のところ、従業員1000人以上の規模の会社は、多くの新卒者にとっては第二志望グループというわけなのですね。こうした企業の中には成長力の高い優良企業も多いだけに、そうであれば残念です。
琴坂すると、「就職先を見つけることが難しい」という就活生の感覚は、何か別の変化を示唆しているのかもしれませんね。たとえば、就職活動時期がどんどん前倒しになったために、プレッシャーを感じる若者も多かったとか、インターンシップに参加しないと不利になるとか、最初の企業面接を大学3年時に受けることもありましたからね。インターネットで気軽に出願できるようになった反面、有名企業に就職希望が殺到して、逆に書類選考で落とされる学生も増加したのかもしれません。
ロッタンティ企業がより良い人材を求めているからこそ、人材の争奪戦が激化しています。たしかに、就活は時間がかかり面倒です。しかし学生には、就活市場は「売り手市場」であること、そして、優秀な人材の確保により大きなプレッシャーを感じているのはむしろ企業だと理解してほしいと思います。
次のページ なぜ、低進学率のスイスで失業率が低いのか
これは前回の「視点」の問題、つまり日本人は「失われた20年」という固定化した視点からしか労働市場を見ていないのではないか、という指摘ですが、学生にはそのような視点に捕われることのない柔軟な思考で就職活動に挑んで欲しいと思います。
といっても、金融危機が表面化した際、いくつかの大企業が行った雇用契約の一方的な破棄は、就職活動をする世代にとってショッキングな出来事だったでしょう。それでも欧州諸国の多くで生じている、若年層の恐るべき失業率の実態を知れば、日本で就職活動をするのはそんなに悪いことではない、とその見方も変わるかもしれません。
なぜ、低進学率のスイスで失業率が低いのか
琴坂就職活動といえば、欧州では若い世代にとって仕事探しが困難だと聞いています。とくに若年層の失業率は近年20パーセント以上で推移しており、現在でも10パーセントを上回ることがない日本の若年層失業率とは大きな差があります。スイスでも同じ状況なのですか。
ロッタンティ実は、日本と同じように若年層の失業率は高くありません。一方で、日本との違いはスイスの大学進学率が驚くほど低いということです。2013年の大学進学率は、たった14%です。日本の50%以上と比較した場合、日本は、そこまで必要のない人的資本、高学歴な人材をつくりすぎているのかもしれませんね。
ここで言及しておかなくてはならないことは、スイスには大規模な職業訓練の仕組みがあることです。これは職業専門学校と企業の連携によって、高校卒業者が実習生として標準化された職業訓練を受けることができるというシステムです。これが企業と若年層の間のミスマッチを防ぎ、低い失業率を実現している1つの要因です。
ブリント加えて、日本との大きな違いを、学生の視点から考えて1つ挙げるとすれば、授業料が日本よりもはるかに安いことですね。教育には国からの大きな支援があるため、たとえばチューリッヒ大学では、スイス国籍の学生の場合、1学期あたり720CHF(約9万円)、外国籍の場合でも1220CHF(約15万円)の負担で済みます。
また、スイスは開放経済の度合いが非常に進んでおり、国際的な人とモノの取引きがとても活発です。2007年以降、3億人のEU国籍者がスイスの労働市場に実質的なフリーアクセスを持ち、スイスで働くことができる状況です。しかも賃金は、隣国のドイツ、フランス、イタリアの2倍以上、その他多くのEU諸国と比較しても5〜10%高いため、スイスの労働市場には激しい競争があるのです。にもかかわらず、2013年における15〜24歳の若年世代の失業率はわずか3%ほどでした。
ロッタンティもう1つの違いは、スイスの企業には一般的に、日本のように洗練された、複数段階の採用手続が無いということです。それは、仕事に不適合と判明した人材を容易に解雇できるからです。学生の視点からみれば、仕事探しが難しくない一方で、採用されたからといって、その仕事をずっと保持できる保証もありません。良い意味での緊張関係が継続しますね。
琴坂つまり採用されてからが勝負ということですね。ところでブリントさんは、自分の研究成果を日本の大学生に紹介して、その反応を見たことはありますか。私はときおり学生たちに、今日の日本で生活できることはとても幸せなことだ、と伝えていますが。
ブリント実は数ヶ月前、同志社大学のセミナーで研究の一部を発表する機会がありました。その時ある女子学生が、発表を終えた私に「まるで噓のようです。母からいつも『あなたはかわいそうな世代に生まれてきた』と言われていたので」と言ったのです。彼女は「あなたたちは女性として、むしろ“恵まれた世代”に属している」という私の見解に、おそらく納得し同意してくれたのでしょう。女性の労働環境の議論については別のテーマに入り込んでいるので、次回の対談で取り上げてもよさそうですね。
琴坂なるほど、それは男女の格差の問題でもありますね。では、次回はこの問題をさらに掘り下げましょう。
次回更新は、4月13日(月)を予定。
【書籍のご案内】
『領域を超える経営学』(琴坂 将広:著)
マッキンゼー×オックスフォード大学Ph.D.×経営者、3つの異なる視点で解き明かす最先端の経営学。紀元前3500年まで遡る知の源流から最新理論まで、この1冊でグローバル経営のすべてがわかる。国家の領域、学問領域を超える経営学が示す、世界の未来とは。
「スイスの視点で日本のいまを読み解く」の最新記事» Backnumber
• 第2回 大学進学率と非正規雇用の意外な関係性 スイスの研究者が日本の労働市場を読む(2015.04.06)
• 第1回 データが語る「失われなかった20年」 スイスの研究者が覆す、日本の“常識” (2015.03.30)
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