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1月6日、安倍首相は官製春闘へ経営者たちに「賃上げ」を呼びかけた photo Getty Images
「官製春闘で賃上げ」は、安倍首相のお手柄なのか?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42490
2015年03月17日(火) 町田 徹「ニュースの深層」 現代ビジネス
■「官製春闘」のヤマ場到来
いよいよ明日(3月18日)、春闘の最大のヤマ場である「集中回答日」を迎える。
春闘は、毎年、2月から3月にかけて行われる、我が国独特の労使交渉だ。ただし、今年も昨年に続き、安倍首相が先頭に立って経営側に賃上げを迫る“官製春闘”という特異な形になった。政権の経済政策の一枚看板であるアベノミクスの成功を演出するため、国民総生産(GDP)の6割を占める個人消費を伸ばすべく、家計の所得を増やそうと、政府は賃上げの実現に躍起なのである。
結果としては、一定の効果が出るとみていいのだろう。新聞報道によると、民間のシンクタンク10社が、今年の賃上げ率が2・35%(ベースアップ=ベアと定期昇給の合計)と昨年実績(2・19%)を上回るとみているという。
だが、安心するのは早計だ。こうした賃上げは、雇用の2割を支えている大企業に限定した話に過ぎないからだ。一方で、人手不足という構造問題も横たわっている。各地で開花が近づく桜のように、春本番の到来と手放しで喜ぶには、まだまだ多くのリスクが残っている。
若い人には信じられないかもしれないが、今年で60回(年)目を迎える春闘の歴史を振り返ると、前年比の賃上げ率が32.9%という驚異的な数字を記録した年もある。
厚生労働省の「春季賃上げ状況」によると、それは1974年のことだ。前年10月に勃発した第4次中東戦争に端を発する第1次石油危機が、「狂乱物価」と呼ばれた激しいインフレーションを引き起こし、日本中が翻弄された時代のことである。余談だが、この年の暮れには、政治資金の出所を巡る疑惑が原因で、田中角栄内閣が総辞職する騒ぎもあった。
その後、高度経済成長の終えん、バブル経済の崩壊などが響いて、賃上げ率は低下の一途を辿った。1992年から5%を切ることが珍しくなくなり、2002年から1%台で低迷するようになったのだった。
背景にあるのは、後述する潜在成長率の低下だが、給与所得者の間では、会社との協調路線が行き過ぎて経営と馴れ合う労働組合や、非正規労働者の増加で組織率の低下に苦しむ労働組合が珍しくなくなり、労働組合や春闘の存在意義が問われるような時代になっていたのである。
■安倍政権のお手柄と見てよいのか
高度成長期に比べれば、わずかながら「賃上げ」
そんな中で、「春季の賃上げ率」が2001年(2.01%)以来13年ぶりに2%台を回復したのが、昨年(2014年)の春闘だ。
その賃上げ率は2.19%。好調な企業業績や潤沢な企業の内部留保と並んで、安倍政権の経営者に対する執拗な賃金引き上げ要請が一定の効果をあげたことは事実だろう。
この時点では、まだ多くの経営者が「賃上げは賞与など恒久化しない形で行うのが適当で、春闘における基本給部分の引き上げは時期尚早だ」と二の足を踏んでいたからである。
そして、安倍政権は二匹目のドジョウを狙った。今年1月6日に、経済3団体が共催した新年祝賀会で「経営者のみなさん。勇気を持って、やるなら『今でしょ』」と賃上げを促したことを覚えている読者も多いはずだ。
首相の呼びかけに呼応したわけではないだろうが、連日、「(国策支援を受けて再建を果たした)日本航空(JAL)が14年ぶりのベアを実施する」とか、「賃上げが日本経済を刺激する好材料になるとの思惑から外国人が入り今月12日の東京株式相場が急伸した」といった景気の良い話が新聞紙上を賑わせる状況になっている。
今回の春闘について、民間のシンクタンク10社が昨年より0.16ポイント高い賃上げ率を見込んでいることは、その数字の差以上に大きな意味があると言えなくもない。
というのは、議論の対象になっている賃上げ率は、あくまでも名目の数字だからである。昨年の場合、4月1日付で消費税が3%引き上げられた影響が大きく、実質的な賃金は上がるどころか下がっていたからだ。賃上げを実感できなかった原因の多くはここにある。
それに対して、今年は消費増税がないため、賃上げと可処分所得の増加を実感できる労働者が増えるはずである。こうした点については、安倍政権のお手柄だと、素直に評価してもよいかもしれない。
ただ、それでも恩恵を受けられる人は限られている。厚生労働省の「春季賃上げ状況」が集計対象を「資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上の労働組合のある企業の労働者」としていることからも明らかなように、春闘で賃上げが議論されるのは大企業の労働者だけだ。
しかも、実際にカウントされるのは、毎年、同省が妥結額 (定期昇給込みの賃上げ額)などを把握できた企業に限られている。具体的に言えば、2014年の場合は、わずか314社の労働者の話に過ぎなかった。
多くの労働者が働く中小企業は対象外だし、それらの企業は大企業に比べて規模が小さく体力も乏しいため、賃上げの余力は劣っているはずだ。
■安心感がまだまだ足りない
実際、同じ厚生労働省が公表している「毎月勤労統計調査」をみれば、その辺りの事情は明らかだ。2014年分確報によると、平均月間現金給与は前年比0.8%増の31万6567円と4年ぶりに増加したものの、実質賃金は前年比2.5%減と相変わらず減少が続いている。
もし、国民総生産や経済成長率を押し上げるほど個人消費を増やすことを狙っているのならば、1、2年という短い期間、少しばかり名目賃金が上がっても非力すぎると言わざるを得ない。若い人が家庭を持ち、住宅を購入し、子育てに踏み切り、耐久消費財や自動車などを買おうと思うには、将来にわたって安定的に実質賃金が増えていくと感じられる安心感が不可欠だからである。
また、昨年を上回る見込みとはいえ、賃上げ率の絶対水準が2%台と低いレベルにとどまることも問題だ。そもそも、企業業績は絶好調であり、もっと出せるはずなのだ。
日本経済新聞の集計によると、3月期決算の上場企業1520社の2014年4〜12月期の9ヵ月の決算は、売上高が前年同期比で5.1%増の367兆1804億円である一方、その期間の儲けを示す経常利益は7%増の24兆9564億円に達したという。つまり、昨年の春闘で賃上げ率2.19%と低く抑えた結果、増収率を上回る増益率を確保できたというカラクリが浮き彫りになっているのである。
しかも、あるベテランアナリストによると、このところ、輸出型の製造業大手を中心に、決算調整で利益を圧縮している企業が少なくないらしい。それゆえ、「今回、4、5%台の賃上げをしても、それが原因で2016年3月期の決算が減益になるような事態は考えにくい」というのが、このアナリストの見立てである。
今後は、そういった収益環境を踏まえて、「労働組合が昔の積極性を取り戻して、しっかりした賃上げ要求を出すことも重要だ。さもないと、潜在成長率が低下する中で内部留保優先に傾いてしまった経営者マインドは簡単には変わらない」。
そこで、もうひとつ指摘しておかざるを得ないのが今春闘での賃上げの流れを決定的にした人手不足の問題だ。過去2、3年を振り返ると、この問題は、東日本大震災の被災地での建設労働者の不足や物流業界の大型トラックの運転手不足など一部の分野で指摘され始め、次第に外食などサービス業や製造業全般にも広がってきた。
その深刻さがはっきりと浮き彫りになったのは、昨年9月の日銀短観だ。企業が雇用の過不足感を回答する「雇用人員判断」で、大企業から中小企業まで全規模・全産業で不足超過となったのである。これは2008年3月以来の“異変”だ。中でも中小企業が人手不足感はマイナス16と1992年以来ほぼ22年ぶりの大きさだった。
最新の日銀短観(昨年12月分)では、この人手不足感がさらに強まっていた。9月比で、大企業が1ポイント、中堅企業が2ポイント、中小企業が4ポイント、全規模合計で1ポイント、それぞれ不足感が増したのである。
■結局、「第3の矢」(成長戦略)が出せるかどうか
短期的には、人手不足は、それを補う生産性向上のための設備投資や賃金の引き上げ・消費の押し上げに繋がり、物価や経済成長の押し上げに寄与することが多いとされている。いつまでも非正規労働者を安い賃金で雇って事業を維持するような経営手法では、企業も生き残れなくなるからだ。
とはいえ、今回の人手不足が人口減少や本来の経済のポテンシャルを示す潜在成長力の低下と密接に絡んでいることは、重要な問題点だ。総務省統計局によると、日本の総人口は2050年までに現在より3000万人以上少ない9500万人に減る予測だ。内閣府や日銀の推計ですでに0.5〜0.6%程度まで低下したとされる潜在成長力が、2040年代にはマイナスに陥ると見る専門家もいる。
こうなると、アベノミクスの問題点にも注目せざるを得ない。ここでいうアベノミクスは、「黒田バズーカ2」と呼ばれるような「異次元の金融緩和」をいつまで継続できるのかといった議論や、政権発足1年目に補正予算で大盤振る舞いをして2年目には早くも息切れしてしまった「機動的財政」の余力の問題ではない。いつまで経っても主役が登場しない「第3の矢」(成長戦略)の重要性である。
中長期的に潜在成長力を回復して、低失業率と高めの賃上げ率を維持していきたいと安倍政権が本気で考えているのならば、過去2年間のように経営者にばかり責任を押し付けてはいられないはずだ。むしろ、経営者たちが安心して研究開発、設備投資、人材育成に取り組めるように、カラ手形化して久しい手形、つまり成長戦略を履行してみせる必要がある。
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