01. 2015年3月16日 08:22:46
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急展開する日本のコーポレートガバナンス、 年金財政との危うい関係 株価続伸の「官製相場」、必要なのは本物の改革 2015年03月16日(Mon) 加谷 珪一 東証システム障害、241銘柄の午前売買が停止 東京証券取引所。株高と年金財政悪化の関係とは(2012年2月2日撮影、資料写真)〔AFPBB News〕 日本のコーポレートガバナンスをめぐる状況が大きく変わろうとしている。 直接的なきっかけは、アベノミクスの成長戦略にコーポレートガバナンスの強化策が盛り込まれたことである。成長戦略については、他の2つの矢とは異なり、ほとんど成果を上げていないというのが実情だったが、このガバナンス強化策だけは、唯一の例外といってよい。しかも、改革がもたらす影響は極めて大きく、外国人投資家の日本に対する見方が一変する可能性もある。 ただ、完璧に見える今回の改革にも一抹の不安がある。背後には年金財政の悪化という政府の台所事情が、一連の動きに微妙に関係しているからである。市場関係者の一部は、ガバナンス強化策が、いわゆる「官製相場」の一部に組み込まれていることについて懸念している。 法改正と東証の上場ルール変更で一気にガバナンスを強化 今回のガバナンス改革の柱となっているのは以下の2つの制度である。 1つは、5月に施行予定の改正会社法、もう1つは、6月から適用開始となる東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードである。 改正会社法は、2014年6月に国会で成立したもので、法律の枠組みからガバナンスを強化しようというものである。改正法の施行後は、上場している大企業が社外取締役を設置しない場合、なぜ社外取締役を設置しないのか、理由を説明しなければならない。実質的には社外取締役の設置義務に近いものと考えてよいだろう。 同時に、監査等委員会設置会社という制度も導入される。監査等委員会には取締役が就任し、委員の過半数は社外取締役であることが求められる。従来の監査役は取締役ではないため、取締役会に対して直接的に影響力を行使することができなかった。今回の措置によって、従来の監査役よりもより強い監督機能を持たせることが可能となる。監査等委員会を設置した企業には、取締役会の決議事項軽減といったメリットがあるため、移行を選択する企業は多いはずだ。 一方、東証のコーポレートガバナンス・コードは、主に東証1部と東証2部に上場する企業に対して6月1日から適用される(それ以外の市場は部分適用)。東証と金融庁は2014年、共同で有識者会議を開催し、上場企業におけるコーポレートガバナンスのあり方について議論を進めてきた。ここでの内容を具体的な指針としてまとめたのが、コーポレートガバナンス・コードである。 東証の新ルールは、各社がこのコーポレートガバナンス・コードを受け入れることを前提としたものとなっている。独立性の高い2名の社外取締役の設置を求めており、もし設置しない場合には、その理由を投資家に説明する義務が生じるほか、説明を怠った企業に対しては、企業名の公表というペナルティもある。 株式持ち合いの解消が進む可能性も このほか東証の新ルールでは、日本独特の不透明な慣行としてしばしば取り上げられてきた、株式の持ち合いについても一定の歯止めをかける仕組みが設けられた。 株式の持ち合いを行う場合には、企業は投資家に対してその目的を説明しなければならない。買収防衛策についても同様で、経営者の保身のためではないことを説明する必要が出てくる。 よく知られているように、日本企業の経営者は従業員からの内部昇格者が多く、これまで株主を向いた経営はしてこなかった。経営者の行動をもっとも強力に束縛するのは、株主による議決権の行使だが、株式を持ち合うことで、相互に干渉しないという不文律が出来上がっていたのである。この慣行は、海外の投資家から見ると、非常に不透明に映る。説明義務が課された意味は大きく、今後は、さらに持ち合いの解消が進むと考えられる。 東証の新ルールは投資家保護という観点が強い内容となっているが、これをクリアしなければ現実問題として上場ができなくなることを考えると、その効果は絶大だろう。 コーポレートガバナンスに関する議論はこれまで何回も行われてきたが、改革はほとんど進まなかった。サラリーマン社長が多い日本の財界が改革に消極的だったからである。また社会全体として、“企業は従業員のモノ”と考える傾向が強いということも大きく影響している。 これまで、まったくといってよいほど前進が見られなかったガバナンス改革だが、今回だけはなぜか一気に改革が進んでいる。日本の制度改革は、いわゆる外圧によって実現することも多いのだが、今ほど外圧が少ない時代もない。また企業の所有権に関する国民の意識が変わったとも思えない。ガバナンスを取り巻く環境が変化していないにもかかわらず、これほどスムーズに改革が進むというのは、少々奇妙ですらある。 年金の運用原資は年々減少している この謎を解く鍵は、国内の機関投資家、もっと具体的に言えば公的年金にある。 現在、日本の公的年金は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によって運用されている。GPIFはこれまで安定運用を最優先するという立場から、国債中心の運用を行っていた。しかし、アベノミクスの実施によって、今後はインフレが見込まれるようになり、場合によっては保有する国債に損失が発生する可能性が出てきた。このため安倍政権では、有識者会議を開催し、国債を中心とした従来型ポートフォリオの見直しについて検討を進めてきたのである。 GPIFはこれを受けて2014年10月に新しい運用方針を発表し、運用対象を国債から株式に大胆にシフトさせることを決定した。従来のポートフォリオでは60%ほどあった国債の比率は35%に引き下げられ、代わりに、国内株の比率は12%から25%に引き上げられることになった。株式については、外国株を合わせると50%に達する。 だが、今回のポートフォリオの変更はインフレヘッジだけが理由ではない。年金財政の悪化により、GPIFのパフォーマンスを上げなければならないという切実な事情があるのだ。 現在、GPIFには約137兆円ほどの運用資金があるが、高齢化によって年金の徴収よりも給付の方が多くなっており、運用資金は毎年3兆円から4兆円ずつ減少している。何もしなくても、単純計算であと30年から40年で運用原資が底をついてしまう計算なのである。 国債の期待リターンは約2.6%、株式の期待リターンは6%なので、現実問題として、期待リターンの高い株式にシフトしなければ、年金の運用ができなくなってしまう状況にある。 投資家サイドの制度変更が改革を後押し だが、いくら期待リターンが高くなったといっても、現実問題として、株価が上昇しなければ、このリターンを実現することはできない。そのためには、諸外国と比べて低いと言われてきた日本企業の「ROE(株主資本利益率)」を向上させるのがもっとも現実的ということになる。具体的には、手元資金を有効活用した自社株買いや増配といった措置である。 日本企業は、株主からの圧力が少ないため、積極的に自社株買いを行ったり、増配するという企業は少なかった。唯一の例外は、株主として大きなメリットのあるオーナー企業だけである。 法人企業統計によると、2014年12月末時点において日本企業が保有する現預金は前年同期比10.8%増の164兆7400億円に達している。内部留保の半分が現金として遊んでいる状態だ。欧米企業のように、この多くが株主還元に回るようになければ、株価は一気に跳ね上がることになる。つまり、株主利益の追求は、てっとり早く株価を上げる最良の方法なのである。 金融庁は、コーポレートガバナンス・コードの策定と平行して、スチュワードシップ・コードの策定も進めてきた。これは、機関投資家が投資家としての利益を確保するため行動指針のことで、もともとは英国で策定されたものである。議決権行使のポリシー策定や企業との対話などが盛り込まれているが、現実には、ROEの向上を企業に強く要請する役割を果たすことになる。 GPIFは2014年5月、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明し、その後、多くの機関投資家が同様にスチュワードシップ・コードの受け入れを決定している。最大の機関投資家が株主としての発言権行使を表明した意味は大きく、企業側がROE向上策に邁進することはほぼ確実となったわけである。 公的年金はすでに本格的な買い出動を行っている 市場関係者の一部は、一連のこうした動きが官製相場につながるとして懸念している。実際、GPIFの株式シフトは、新しい運用方針の見直しが表明される前から実質的に始まっていた。 2014年3月末時点におけるGPIFの株式保有残高は約21兆円であった。だが6月末には22兆円に、9月末には24兆円に、12月末には27兆円にまで増加している。株式の売買動向でも同じような傾向が見られる。4月以降、公的年金と思われる買いが継続して入っており、累計では2兆8000億円程度の買い越しとなっている。 株価との関係性に着目してみると、日経平均が急落した局面で公的年金が積極的に買っていることが分かる。2014年5月の株価下落局面では、公的年金が2カ月間で約9000億円を投じ、これをきっかけに株価は上昇に転じた。10月の急落局面においても、7000億円の公的年金と見られる買いが入っている。その後もGPIFが継続的な買いを行っており、これが現在の株高につながっていることはほぼ間違いない。 これまで日本のガバナンス体制については、一部の外国人投資家が懸念を表明してきており、このことが長期的スタンスに立つ外国人投資家の日本株買いを妨げる原因ともなってきた。背景にどのような事情があるにせよ、ガバナンスが強化されることは、継続的な株価上昇を後押しすることになるだろう。 だが一方で、自発的な市場メカニズムによらないガバナンス強化策であるがゆえに、十分に機能しない可能性も残されている。株価の上昇によって、とりあえずは時間的猶予ができた格好だが、一旦歯車が逆回転することになるとその影響は極めて大きい。一連の動きを本物の改革につなげることができるのか、日本市場の真価が問われている。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43183
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