02. 2015年4月03日 11:45:50
: FukSluggek
安達 誠司安達誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 2015年03月26日(木) 安達 誠司 【第81回】 ECBによるQE政策の実現可能性はいかほどか?〔PHOTO〕gettyimages ユーロ安がユーロ圏経済の回復に寄与している 3月に入って、遂にECB(欧州中央銀行)による量的緩和(QE)政策が実行された。今回のQE政策は、「来年前半には名目4%成長、及び2%のインフレ率を実現することが十分可能」なレベルのQE政策であると考える(詳細は「第75回 ECBの量的緩和政策がユーロ圏経済にもたらす効果とは?」参照のこと)。ただし、これは、「もし、『月600億ユーロの国債購入』を来年9月まで続けることが可能であれば」という大前提があってのことだ。 このECBによるQE政策の思惑もあってか、ユーロは他通貨に対して大きく下落している。そして、ユーロ安によって、このところのユーロ圏経済は、底打ちから回復に転じつつある。例えば、ユーロ圏全体の2014年10-12月期の実質GDP成長率は、前期比年率換算で+1.3%となり、2013年1-3月期までのマイナス成長、そしてその後のゼロ近傍の低成長から脱しつつある。 その中で回復を牽引しているのは、設備投資と輸出である。12月の貿易統計によれば、輸出金額は前年比+8.1%の大幅増となった。そして、次第に回復感が顕著になりつつある輸出に牽引されて、設備投資も回復傾向にある。生産指数は依然として低下傾向で推移しているが、GDP統計をみると、3四半期連続で在庫水準が低下しており(特に2014年10-12月期の低下が著しい)、在庫調整が急速に進んでいる姿がみてとれる。このまま輸出の回復が続けば、在庫調整も終了し、生産拡大のステージに入っていく可能性が出てきた。 このユーロ圏経済の回復を牽引しているのは、ドイツとスペインである。同時期(10-12月期)の実質GDP成長率はドイツが+2.8%、スペインが+2.7%であった(どちらも前期比年率換算)。これは、フランス(+0.3%)、イタリア(-0.1%)とは対称的である。ドイツやスペインは、他のユーロ加盟国に先駆けて、生産や設備投資も回復、そして、雇用環境が改善している(完全失業率の低下)。また、消費(小売売上高や新車販売等)も回復している(自動車購入の軽減税制の効果もある)。 このドイツやスペインの回復が、明らかに昨年半ば以降のユーロ安が寄与している。ユーロ安を梃子とした輸出拡大が、製造業の在庫調整を進捗させ、生産増から設備投資拡大、そして雇用改善が消費拡大へと経済の好循環を生み出している。繊維(アパレル)、機械、自動車、化学等の製造業の中には比較的高い国際競争力を有している産業が散見されるイタリアも、ユーロ安の恩恵から輸出は回復傾向にある。 このようにユーロ圏経済は、昨年半ばから進行してきたユーロ安の恩恵が次第に広がっている。 ECBのQE政策に感じる2つ疑問 ところで、このようなマクロ経済環境を演出してきたユーロ安は、マリオ・ドラギ総裁率いるECBの矢継ぎ早の緩和政策とギリシャ危機によってもたらされたものである(このうち、後者のギリシャ危機が、ユーロ安を通じて結局は、ユーロ圏経済にメリットをもたらしている点については、「第78回 ギリシャの「交渉ゲーム」がユーロ圏経済の回復に寄与するという意外な経路」を参照のこと)。そこで、今回は、ECBの金融緩和について考えてみる。 ECBのQE政策は、ユーロ安の進行と同時にユーロ圏の株高をもたらしている。これは、利上げが近いとされる米国(ドル、及び米国株の低迷)とは対照的である。そして、これは、「ユーロ株買い+米国株売り」のポジションを拡大させているヘッジファンドの存在で増幅されている側面もあるようだ。すなわち、ECBとFRBの金融政策(及びその先行きについての予想)の差が通貨市場、株式市場の対照的な動きをもたらしている。 だが、よく考えてみると、現在のユーロ安は、(ECBというよりも)「ドラギ総裁が一昨年4月の日銀による『異次元緩和』を上回るQE政策を実現してくれる」という「期待」がもたらしている側面が強いのではないか。 そう考えると、果たしてドラギ総裁は、アナウンス通りのQE政策を約1年半(来年の9月まで)にわたって実行することが可能であろうか。筆者はその点に疑問を感じざるを得ないのである。よって、現在のユーロ安の動きが反転し、ユーロ高へ転じる局面が近い将来起こるのではないかと考えている。 筆者が、ECBのQE政策に疑問を感じるのは以下の二点である。 第一点は、ECBはユーロ加盟国の国債を金融機関から購入する代わりに現金等価物(簡単にいえば準備預金)を供給するが、果たして、それにどの程度の金融機関が応じる(すなわち、国債を売却する)のであろうかという点である。 これを考えるためには、ECBがQE政策に先んじて、準備預金(預金ファシリティ)に「マイナス金利」を導入してしまった点を考慮する必要がある。この「マイナス金利」は、ユーロ圏の金融機関が、ECB(もしくはECBに加盟する各国中央銀行)に準備預金として預け入れている部分に関してはECBに金利を支払わなければならない仕組みである。 ECBとしては、準備預金の金利をマイナスにすることによって、金融機関がより貸出や資産運用に積極的になるように、言い換えれば、より大きな「ポートフォリオ・リバランス効果」をもたらすことができるような制度設計をしたつもりだろう。だが、この「マイナス金利」のもとで国債購入した場合、金融機関は国債保有による金利収入を放棄して、預け入れた準備預金に対して金利を支払うことになる。 例えば、現在、ドイツの10年国債利回りは0.2%前後と異常に低いが、ECBの国債購入に応じた場合、低いながらも0.2%の金利を放棄する代わりに、0.2%の金利を支払ってECBの準備預金に預け入れることになる。このため、金融機関はECBのQE政策に協力することで計0.4%の金利収入を失うことになる(機会損失)。仮に、国債売却によって得た資金を他の運用に回すとしても、他の運用手段に対して、何もしなくとも得ることができた0.4%の金利と比較して高いリスクプレミアムを要求することになるだろう。 なお、ECBによれば、3月の国債購入額は、3月20日時点で263億ユーロにとどまっており、月600億ユーロの3分の1強にとどまっている。残り10日で337億ユーロの国債購入が可能かどうかは不明だが、国債購入が数ヵ月連続で未達という事態になれば、ECBのQE政策の実行性に疑問が投げかけられる懸念もあるのではないか。 第二点は、著しく金利が低下した国債を購入して現金等価物を供給したところで、QE政策の効果が発現するのかという疑問である。例えば、ドイツの10年国債利回りは、前述のように、0.2%近傍まで低下している。フランスの10年国債利回りは0.5%、オランダは0.32%である。ここで、2000年初め頃の日本のQE政策についての論争を思い起こしてみよう。 当時、日銀は残存5年程度までの国債を購入対象としていた。当時、5年物国債利回りが、現在のユーロ圏主要国の10年国債利回りの水準であった。当時の議論では、「利回りが0.3〜0.5%程度の低金利の国債を購入して、代わりの現金を供給したところで、現金と現金等価物の交換に過ぎず、QE政策の効果はない」という意見が主流であった。当時の日銀は、QE政策においてより効果が高いと思われる、金利が高いより長期の国債の購入を「財政政策の領域」であるとしてかたくなに拒否した。 当時の日銀の対応はさておき、今回のECBのQE政策でも、購入額が大きいと思われるユーロ主要国の10年国債の利回りは、著しく低下しており、ユーロ圏の長期国債市場で2000年初め頃の日本での議論がそのまま当てはまる可能性がある。もし、この見方が正しいのであれば、ECBのQE政策は、計画通りに国債を購入したとしても、想定されるQE政策の効果を上げることができないかもしれない。 マーケットはQE政策の実現可能性を見極める局面に入りつつある 現在、マーケットは、ドラギ総裁のQE政策が所定の効果をユーロ圏経済にもたらすことが可能であるとの見方に立っているようにみえる。もし、QE政策が計画通りに実行され、2015年前半に4%の名目成長、及び2%のインフレが実現されるとすれば、1ユーロ=1ドルを大きく割り込み、0.8ドル近傍までユーロ安が進むという大手投資銀行の中期予想は妥当である。 だが、計画通りに国債購入が進まない、もしくは、すでに金利水準が低い長期国債の購入がリフレーション効果をもたらさない場合には、「ユーロデフレシナリオ」がどこかのタイミングで復活する懸念もある。振り返ってみると、ドラギ総裁は、就任以来、かなり頻繁に新たな政策を打ち出しており、これが市場に評価されてきた。だが、これまでドラギ総裁が打ち出してきた政策のうち、ほとんど実行に移されていない、もしくは効果があったとは思えない政策が多々ある(例えば、カバードボンドの買いオペなど)。 ドラギ総裁は、卓越したプレゼン能力で、市場にインパクトを与えた後、実際の政策があまり有効でないことが明らかになってきたところで、次の政策を打ち出すという形で凌いできた。だが、QE政策まで行き着いてしまったドラギ総裁が次に市場にインパクトを与えるような政策を打ち出せるのだろうか。ギリシャに対する資金援助の「ゲーム」でユーロ安を演出することは可能だが、これもあまり頻繁にやると、やがて市場がギリシャ危機に慣れてしまい、効果を失う可能性がある。 よって、少なくとも、第一の疑問である「国債購入の実現可能性」があやしくなるとすれば、4-6月期のいずれかの時期である可能性が高いため、マーケットはそろそろ、ECBのQE政策の実現可能性を見極める局面に入りつつあるのではないかと考える。 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42624 |