01. 2015年2月06日 08:03:28
: jXbiWWJBCA
岸博幸の政策ウォッチ 【第1回】 2015年2月6日 岸博幸 給料だけじゃない!保育士不足を生む本当の原因 これまで「クリエイティブ国富論」というタイトルの下で連載してきましたが、あまりクリエイティブではない経済政策批判を書くことも多く、タイトルと中身が合っていないなあと時折反省していました。加えて言えば、個人的に今年からはバラエティ的な仕事を徐々に減らし、経済政策の世界に戻ろうと考えていることもあるので、今回から「政策ウォッチ」という新しいタイトルの下で経済政策にフォーカスした形に変えさせていただきます。どうか引き続きよろしくお願い致します。 そこで、今週は記念すべき(?)第1回にふさわしく、保育士の資格を巡る利権構造の存在を説明したいと思います。巷では保育士不足が喧伝されることが多いのですが、あまり語られることのないこの深刻な問題も影響しているのです。 保育士不足の深刻な実態 保育士不足は待遇の悪さだけが原因ではなく… 保育の充実や待機児童の解消は、社会保障分野における重要な政策課題となっています。実際、2017年度末には保育士が7万4000人も不足すると厚労省は予測しています。
それでは、なぜ保育士が不足するのでしょうか。最大の理由として挙げられるのは、責任が重く重労働の割には給料が安いなど待遇が悪いという点です。保育士の月給は平均21万円台と全産業平均に比べて10万円以上低いことからも、それは間違いないでしょう。 しかし、保育士不足の原因はそれだけでしょうか。色々と探ってみたところ、もう一つ重要な問題があることが分かりました。 保育士として働くには保育士の資格を取得することが必要ですが、そのためには、指定保育士養成施設(大学、短大、専門学校で計約620ヵ所)で教育を受けて卒業するか、都道府県単位で実施される保育士試験に合格するかの、どちらかが必要となります。それを経て、都道府県単位で保育士の登録を行なえば、晴れて保育士として働けるのです。 ただ、2013年度末で累計での養成施設卒業者数が160万人、保育士試験合格者数が38万人いるのに対して、都道府県に登録されている保育士の数は124万人と、全体の約60%に止まっています。この事実から、おそらく大学や短大などを卒業した新卒学生は、保育士の資格は取得したものの、待遇などの面から保育士以外の職業を選んでいるのではないでしょうか。音楽大学を卒業した学生の多くが音楽とまったく関係ない企業に就職するのと同じです。 そう考えると、保育士不足に対処するには、保育士試験の合格者の数を増やす必要があります。実際、2013年度の保育士試験合格者は8900人と、同じ年に養成施設を卒業して保育士資格を取得した人数(約4万人)の20%強に過ぎません。例えば子育て経験のある主婦がパートタイムなどで保育士として働けるようにすることが必要ですが、そうした人ほど学校に入り直して2年も学ぶ余裕がないことを考えると、なおさらです。 保育士資格を巡る利益相反 その障害となるのが、保育士の資格を巡る既得権益の構造です。 保育士試験の問題を作成しているのは一般社団法人全国保育士養成協議会(保養協)です。試験を実施するすべての都道府県が保養協に試験問題作成を依頼しているのです。その一方で、保養協の会員名簿をみると、約500の会員はすべて保育士養成施設となっています。さらに言えば、保養協の役員の大半はそれら養成施設のトップか教授です。 ここで当然の疑問が湧いてきます。保育士資格取得の片方の手段である養成施設の集まりである保養協が、もう片方の手段である保育士試験の問題を作成していて、果たして利益相反は生じないのだろうかということです。 保育士養成施設の側は当然ながら、少しでも多くの学生が入学して、大学なら4年間、短大や専門学校なら2年間、高い授業料を納めてくれることを目指します。しかし、もし保育士資格取得には保育士試験での合格を目指す方がコストや時間の面で合理的となれば、それらの養成施設への入学者数にはマイナスの影響が生じることになります。 となると、日本全国の保育士試験の問題を一手に作成している保養協の側からすれば、試験問題を難しくして合格者数が多くならないようにしようというインセンティブが働いてもおかしくありません。実際、保育士試験は難しいという評判は方々から聞こえてきます。ちなみに、2013年度で受験者数が5万1000人に対して合格者数8900人ですので、合格率は17%です。養成施設の入試の倍率よりは格段に厳しいと言えるのではないでしょうか。 もちろん、保養協が悪意ばかりで難しい問題を作っているとは思いません。保育士は子どもの命を預かる責任の重い仕事であり、保育士になるにはそれ相応の大変さが伴って然るべきです。 それでも、一部の養成施設での実習の質の悪さが聞こえて来たり、保養協には厚労省からの天下りが3人もいることを考えると、養成施設や厚労省の既得権益を守りたいという思惑も働いてこの利益相反の構造が長い間解消されないのでは、と考えてしまいます。 地域限定保育士潰しによる 既得権益構造の温存? そうした状況の中でも、政府の側は保育士の数を増やす努力をしています。その典型は、国家戦略特区で自治体が“地域限定保育士”(登録した都道府県でのみ働ける保育士)という資格を創設できるようにしたことです。 保育士試験のうち実技試験が免除され(研修受講で代替)、また受験勉強に必要なコストの一部が補助されるなど、保育士の増加に前向きに取り組む自治体にとっては朗報です。地域限定保育士の試験問題の作成を保養協に委託せず、独自に作成しようと考えている自治体があることも、保育士の資格を巡る利益相反の構造を変えるのにも有効です。 更に言えば、保育士試験はこれまでずっと年1回しか行なわれてこなかったのですが、厚労省は年2回に増やすことを決めました。今後は、地域限定ではない一般の保育士試験の受験勉強に要するコストも、地域限定の場合のように一部ではなく全額が補助されるようです。 こうした動きからは、保育士の数の増加に向けて様々な取り組みが行なわれ出していて、良い流れになってきたように見えるかもしれません。しかし、その内情を仔細にみると、やはり既得権益を温存したいというインセンティブが働いているように感じられます。 あまり知られていませんが、だいぶ前から、保育士試験が年1回では保育士の数が増えないから試験の回数を増やすべきという議論が、規制改革会議などの場で行なわれていました。一方で、その度に厚労省(とおそらくその背後で保養協)の強い反対で実現していませんでした。 しかし、国家戦略特区で地域限定保育士の資格の創設が決まると、途端に保育士試験の年2回実施が決まったのです。保育士の数を増やすことが至上命令になったとはいえ、受験勉強に必要なコストへの補助でも差がつけられていることも考えると、この動きは地域限定保育士潰しと見ることもできます。地域限定保育士を導入する自治体が増えず、一般の保育士試験が主流のままだったら、おそらく保養協が試験問題作成を一手に担い続け、利益相反の構造を解消しなくて済むからです。 加えて言えば、もしこれまでの保育士試験が上述のような背景により必要以上に難しくなっていたとしたら、その受験勉強のコストを国費で補助するというのもおかしな話です。まずこれまでの保育士試験の内容が適正であったか、利益相反により必要以上に難しくなっていなかったかを検証した上で、それでも必要であれば国費で補助するのが筋だからです。 このように見てくると、保育士養成施設により構成される保養協が保育士試験問題を一手に作るという、利益相反と既得権益の構造を変えない限り、過度の財政負担なしに保育士の数を実効性ある形で増やしていくのは難しいように感じられます。 厚労省には期待できませんから、官邸は、もちろん保育士の給料の増加など待遇の改善に取り組むと同時に、この利益相反と既得権益の構造も変えるべく努力すべきではないでしょうか。ちなみに、保育の問題の背後には当然族議員もいますが、今の自民党の大幹部の一人もそこに名を連ねています。それでもこの問題に取り組んでこそ、官邸の改革に向けた本気度が世に伝わるのではないでしょうか。 http://diamond.jp/articles/-/66361?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=dol
|