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シェール開発、早すぎたバブルの終焉 環境破壊、原油下落…米国生産現地ルポ〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150126-00000018-sasahi-bus_all
AERA 2015年2月2日号
エネルギーの「革命」とまでもてはやされたシェールガス。過ぎ去りつつあるブームは、米国人の意識の確実な変化も示している。(ジャーナリスト・津山恵子)
「このシェール(頁岩<けつがん>)は、何百万年も前に形成されて、天然ガスが含まれていた層だ。破片を分析すれば、すぐにそれが分かるよ」
と、米コーネル大学石油技術博士アントニー・イングラフィア(67)。
地面と水平に横に裂けて重なった、古城の壁のように美しい表面に、雪とつららがちりばめられたシェールの崖が、深い滝つぼと真っ白に凍った川の両側に広がる。
彼が住むのはニューヨーク・マンハッタンから約350キロ北西にあるコーネル大の城下町、ニューヨーク州トンプキンズ郡イサカ(人口約3万人)。米北東部の5州にまたがる広大なマーセラス・シェール層(約480万ヘクタール)が地下に眠る。
「北部にある小川で、マッチの火をかざすと水面に火がつくところがあるのよ。天然ガスが水面に薄く漏れているのね」
同地域の環境団体「サステイナブル・トンプキンズ」のゲイ・ニコルソン会長(62)もこう語った。
●住民と業界に衝撃
こうした話は、米国の地底がいかに天然ガスに恵まれたシェール層に覆われているかを物語る。しかし、それを地面から抽出することがいかに危険なことか。イサカ周辺の住民は2009年頃から学習して行動を起こし、ニューヨーク州政府にシェール開発の禁止を働きかけた。
昨年12月17日、クオモ同州知事は、健康への懸念がある上、経済効果が見込めないとして、シェール開発で使われているフラッキング(水圧破砕)法を州全域で禁止する方針を示した。
雇用など経済効果を期待してシェール開発を支持する住民と、健康被害を理由に反対する住民。州北西部は住民が真っ二つに分かれていたが、州政府の決定は、住民とエネルギー業界に大きな衝撃を与えた。
これまでクオモ知事を板挟みにした住民の対立の中で、イサカは、一体となって「フラッキング反対」を叫んだ稀有な地域だ。
「12年にコーネル大に入学したとき、街中に“フラッキング反対”“太陽光発電にしよう”といった看板が、あちこちに立っていて、反対運動の最中だった」
コーネル大数学専攻で博士号論文を書いている運動家ジェフリー・バーグフォーク(35)はそう回想する。
●健康被害も懸念
郊外に住む獣医ミシェル・バンバーガー(59)と、夫でコーネル大分子医学教授ロバート・オズワルド(61)は09年春、ルイジアナ州でフラッキングの現場にいた家畜牛が、何かに接触してから1時間以内に死亡したという事件に関心を抱いた。
「フラッキングは安全だとシェール企業は言うけれど、牛のような大きな家畜が、呼吸困難で死ぬんです」(バンバーガー)
フラッキングは、天然ガスやオイルを採掘する新しい技術だ。地上から約3キロもの地下にあるシェール層まで井戸を掘り、そこから水平に掘った穴に、特殊な化学物質を含む大量の「フラッキング水」を高圧で流し込む。すると岩盤に毛細血管のような割れ目ができ、そこから天然ガスやオイルが取り出せる。
シェールガスの採掘現場は、原油や石炭などと違って、一般の農地にあることが多い。高圧がかかるため垂直に掘った井戸が爆発したり、採掘用の化学物質が入った水が漏れたりする危険もある。もし漏れた化学物質が水源に入れば、「汚染事故」が起きてしまう。
そうなれば、農作物、飲料水、肉やミルクまで化学物質の影響を受ける可能性が高く、人の健康にまで被害が及びかねない。夫妻は、フラッキングがすでに行われていた、隣接するペンシルベニア州などに調査に行き、その被害をつぶさに見て戦慄した。
12年、夫妻は「ガス採掘が人間と動物に及ぼす影響」という論文で、汚染の影響を受けやすい家畜のオーナーへの調査を行った結果を発表した。すると2日以内にオーストラリアの新聞が掲載し、各国の多くの媒体も数日内に論文を取り上げた。
その後、夫婦はシェール論争に揺れる街々で、講演やワークショップを開き、地域住民や農家に警鐘を鳴らし続けてきた。論文や書物も次々に発表した。
「地域での反対運動も盛り上がった結果、ニューヨーク州北西部の世論は、『フラッキングNO』にシフトしてきたと思う」(オズワルド)
シェール層は、実は、人類が触ってはいけない「聖域」だったという。前出の石油技術博士アントニー・イングラフィアも08年ごろからフラッキングについて関心を持ち、研究を進めていたが、その結論は明らかだった。
「ばかげているとしか言えない。高コストな技術を使って、リターンが異常に少ない。しかも健康に悪い。さらに気候変動がこんなに世界的に問題になっている最中、人々の裏庭や農地にフラッキングを持ち込むのは、懸念が大きすぎる」
●原油価格の下落が影響
イングラフィアら科学者グループと、住民運動の側面から連携したのが、地域の環境保護活動をしていた前出の「サステイナブル・トンプキンズ」のニコルソン会長らだ。
イサカは、氷河で形成され、滝やブドウ畑など美しい自然に恵まれたケイユガ湖に接している。同湖を含む無数の湖があるフィンガー湖地域に、シェール開発の計画が浮上した時に、ニコルソンらが立ち上がった。同団体は「ニューヨーク州政府によるフラッキング禁止」を最も早い時期に要請した団体だとい
う。
地域や遠く離れたニューヨーク市の環境・市民団体と連携し、絆を深め、フラッキングの危険性を知らせるイベントで住民を教育し、州都オールバニのロビイストに働きかけ、デモも何回も開催した。
「州政府による禁止というのは、ナイーブだという運動家もいたわ。でも、とにかく、クオモ知事の目にとまるような行動を続ければ、米大統領選への出馬を目指しているかもしれない州知事が、有権者をみて、政治的な判断をせざるを得ないだろうという戦略だったの」(ニコルソン)
実際に、クオモ知事のフラッキング禁止の決断は、同州健康局の調査や報告に基づいたものだ。同州環境保護局は健康局の勧告を受け、今後、拘束力のあるフラッキング禁止勧告を出す見込みだ。
一方で、ノースダコタ、ペンシルベニア、テキサスなどの州では、フラッキングが天然ガス・石油のブームを引き起こし、「シェール革命」とまで言われた。
州経済を潤し、リーマン・ショックの後、10%にも達した全米の失業率を横目に、1桁の失業率を誇った。その結果、世界の原油価格も劇的に下落し、家計を助けた。
しかし、「シェールバブルの終焉」(前出のニコルソン)には、原油価格のさらなる下落が大きく影響した。ニューヨークで取引される原油のWTI先物価格は08年に一時、1バレルで147ドルの最高値をつけたが、昨年からじわじわと下落し、1月22日現在は約47ドルと3分の1だ。シェール企業が、予想産出量をこれ以上の価格でヘッジし
ていれば大赤字となる。
●シェール倒産の第一号
このため、シェール企業の株価は、原油価格が下降し始めてから軒並み大幅下落した。減産や設備投資の見送りも始まっている。ノースダコタ州バッケン・シェールの生産大手コンチネンタル・リソーシーズなどは、15年の設備投資計画を撤回した。
年明けには、南部テキサス州の小さな石油企業WBHエナジーが、連邦破産法
11条(日本の民事再生法に相当)の適用申請をして経営破綻し、米メディアは「シェール倒産の第1号」の可能性が高いと報じた。マーケットは今後もシェール倒産が相次ぐのではないかと懸念してい
る。
ニューヨーク州の決定、そして、イサカなどの住民や科学者からの情報発信も含め、米国のエネルギー問題に対する意識は、少しずつだが確実に変化し始めている。
10年ほど前は、「大きくて、ガソリンをたくさん食う車ほどいい車だ」といったエネルギーの過剰消費を当たり前としていた米国人だが、現在は、低燃費車を購入するのが当たり前。ハイブリッドカーがニューヨークのタクシーに多く採用されている。
この10年の間に、明らかに「脱化石燃料」の流れが生まれてきた。
「キーストーンにNO!」
1月13日夜、ニューヨーク・マンハッタンなど全米各地で、カナダからの石油パイプライン「キーストーンXL」敷設に反対するデモが開催された。ニューヨークでは、零下10度近い中、100人以上がプラカードを用意して集まった。
カナダ・アルバータ州北部のオイルサンドとテキサス州の製油所を結び、一日当たり83万バレルの原油を輸送する計画。パイプラインは全長2700キロ超で、南側は完成し、送油を始めている。
●大量消費信仰が変わる
焦点となっているのは、米国とカナダの国境をまたぐ北側半分で、州政府が敷設を認可していないところもあるほか、6年にわたり、反対運動で計画が宙に浮いたままであることだ。
しかし、保守派でエネルギー業界との結びつきが強い共和党が多数派の議会は、キーストーン計画の承認法案を採決する意向だ。オバマ大統領は、同法案が可決された場合は拒否権を行使する意向を示唆。それに期待をかけた反対派が、デモを繰り返している。これも
10年前であれば、全米規模には及ばなかった運動だ。
世界有数の石油産出国で、大量消費に対する信仰が強い米国が変われば、エネルギー問題で、世界に影響を及ぼすことも可能になる。
人口わずか3万人の大学街イサカの住民は、それを信じて、フラッキングの全州における禁止を提案した。今後も、温暖化ガス削減の動きの中で、新たな挑戦に挑んでいくに違いない。
(文中敬称略)
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