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【第286回】 2015年1月23日 岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
岸博幸のクリエイティブ国富論
賃上げ政策をめぐる日米政府の根本的な違い
米国のオバマ大統領が1月20日に一般教書演説を行ないました。その内容をみると、働く人の賃上げに向けた政府の取り組みで、日米には大きな違いがあることが分かります。
働く人の生産性を上げる
コミュニティ・カレッジの無償化
米国では、グローバル化とデジタル化という構造変化により中間層の仕事が減少し、勤労者世帯の所得が停滞する中で、オバマ大統領はそれへの対応策として、子育て世帯の税額控除の増額や大学の学費への補助/税額控除に加え、コミュニティ・カレッジの学費の無償化を打ち出しました。
日本ではあまり馴染みのない概念ですが、コミュニティ・カレッジは2年間で準学士号を取得できる短大に近い教育機関です。4年制大学に編入するための基礎知識の取得に使われることもありますが、主には仕事をする上での基礎技能の取得、特定の職業技能の取得の場として活用されています。
米国では、勤労者の賃金はその人が持つ学位、即ち高卒か大卒・院卒かによって大きく異なります。高い学位を持つ人ほど高い職業スキルを持つからです。従って、コミュニティ・カレッジの無償化は、安い賃金に甘んじている中低所得者層に高等教育の機会を提供することで、技能や知識を向上させて賃金の増加につながるようにすることを狙っていると言えます。
もちろん、全米で1000以上あるコミュニティ・カレッジの無償化には10年で600億ドル(約7兆円)かかることから、特にオバマ政権がレームダック化している現実を考えると、米国でもその実現は疑問視されています。しかし、賃金は本来、生産性(付加価値生産額/労働投入時間)に比例して上昇することを考えると、勤労者のスキルアップによる生産性向上を目指しているという意味で、オバマのアプローチは非常に真っ当と言えるのではないでしょうか。
それと比べると、米国と同様に賃金水準が停滞している日本での安倍政権のアプローチはだいぶ異なります。米国が働く人の側に働きかける政策を志向しているのに対して、官邸が経営者に賃上げを一生懸命要請するという、働く人よりも企業の側に働きかけているからです。
もちろん、これにはやむを得ない面もあります。日本企業の内部留保は今や320兆円と、安倍政権が発足してからの2年で40兆円以上も増えているにも拘らず、昨年の賃上げは大企業で2%強、中小企業で1%強と内部留保の増加と比べる微々たるものだっただからです。
中低所得者の賃上げにつながる?
冨山和彦氏の“L型大学”提案
しかし、それよりも留意すべきは、日本の政府は賃上げに関しては企業に働きかけることばかりになっていて、肝心の働く人の生産性を上昇させるという部分での政策は弱いままではないかということです。
そこで思い出されるのが、経営共創基盤の冨山和彦氏が文科省の審議会で提案した、大学をG型とL型に分けて、一部のトップ大学を除くL型大学では学問よりも実践力を身につけさせるべきではないかという提案です。
改めてこの提案をみてみると、7ページ目に示されている内容は、まさに米国のコミュニティ・カレッジで学ぶような職業技能を学べる機会を日本でももっと増やすべきという提案に他ならないのではないでしょうか。
もちろん、日本でもそうした実践的な技能を学べる場として高専(高等専門学校)や専門学校があります。ただ、高専は工学・技術系の専門教育の場として既に高い評価を得ているものの、日本全国で57校といかんせん数が少ないと言わざるを得ません。
また、専門学校は日本全国で約2800校と数だけでは米国のコミュニティ・カレッジの2倍以上ありますが、入学者数でみると約半数が医療・衛生・社会福祉の分野に入学していることを考えると、分野に若干偏りがあるのかなという気もします。
ちなみに、少子化により大学は志望者が全員入学できる“全入”時代になったと言われていますが、大学入学者数は全国で61万人、専門学校入学者数は27万人(2013年度)と、専門学校に対するニーズも根強いことが分かります。
その一方で、格差の拡大は米国だけの問題ではありません。グローバル化とデジタル化という構造変化は米国のみならずすべての先進国に押し寄せており、日本でもアベノミクスの正否に関係なく今後間違いなく格差は拡大することになるからです。
そうした現実を考えると、冨山氏が言うように多くの大学をL字型にフォーカスさせるでも、または高専の数を増やしたり専門学校の教育を拡充するでもいいのですが、日本も米国を見習って中低所得者層が職業技能を学べる場を増やすようにすべきではないでしょうか。
日本では、学校教育という文科省所管の世界は仕事、職業といった実社会から切り離されてしまい、職業技能の習得というと企業によるOJTかハローワークが提供する職業訓練ばかりになってしまっていますが、こうした行政の縦割りの弊害を取り除いていかない限り、企業の経営者への賃上げ要請という社会主義的なアプローチだけでは限界があります。
冨山和彦氏の提案には、特に教育関係者の側から否定的な意見が多かったように思いますが、オバマ大統領の提案を踏まえて考えると、職業技能の習得の機会の増大という非常に重要な問題提起をしていると思います。今一度、関係者はこの提案を真剣に検討すべきではないでしょうか。
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