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スイス中銀がもたらした衝撃 〜最高の「調達通貨」だったフラン暴落の意味と影響〜 (近藤駿介 証券アナリスト)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150120-00010003-scafe-bus_all
シェアーズカフェ・オンライン 1月20日(火)6時0分配信
◆ 物価下落に苦しむ中で通貨高政策に転じたスイス
「スイス国立銀行(中央銀行)は15日、自国通貨スイスフランの上昇を抑えるために対ユーロで設けていた1ユーロ=1.20スイスフランの上限を撤廃すると発表した。2011年9月以降、外国為替市場で無制限にスイスフランを売り、ユーロを買ってフラン高を防いできたが、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和観測もあって異例の政策の継続を断念したとみられる」(16日付日本経済新聞 「スイスフラン上限撤廃」)
市場は完全に「虚」を突かれた形となりました。2015年は、中央銀行にとって試練の年になるだろうことは想像していましたが、このタイミングでスイス中央銀行が対ユーロの上限撤廃に動くことは想定外のことでした。
スイス中銀の突然の決定を受けスイスフラン(CHF)は、「ユーロに対して一時41%上昇し、1ユーロ=0.8517フランの過去最高値を付けた。チューリヒ時間午後4時5分現在は1.03782フラン。対ドルは13%高の1ドル=0.8885フラン」(Bloomberg)と、急騰しました。
フランの急上昇を受けスイスの株式市場も急落。代表的なスイスSMIは▲8.67%下落し、ボラティリティは36.6%と、2011年9月にスイス中銀が対ユーロでの上限設定直前の8月に付けた43.5%以来の高水準となりました。スイスSMIのボラティリティは概ね13%前後でしたから、今回のスイス中銀の決定の衝撃の大きさが現れています。
スイス中銀の今回の決定が想定外であったのは、スイスもユーロ圏諸国と同様に物価の下落に見舞われていた(12月のCPIは前年比で▲0.3%)ことに加え、スイスフラン高を抑える政策を維持すると思われていたからです。
デフレからの脱却を目指すのであれば、明言できないものの、日銀のように通貨安政策をとるのが常套手段です。今回のスイス中銀のように、スイスフラン高を招きかねない政策は、輸入物価の下落を通して物価押し下げ要因になるからです。
「中銀の抱えるユーロ建て資産が際限なく拡大するリスクを無視できなくなったもようだ」(同日本経済新聞)という指摘もありますが、中銀資産のリスク拡大に対する不安もスイスフラン安要因ですから、物価下落に歯止めをかけるためにはそれを容認する選択肢もあったはずです。
結局のところ、今回スイス中銀はスイスフラン高に伴う物価の下落よりも、中央銀行の資産劣化に伴う信用力低下による通貨下落の方を懸念したということかもしれません。
蛇足ですが、日銀の営業毎旬報告によると、1月10日時点での日銀総資産は304兆6980億円で、そのうち84%に相当する255兆3145億円を国債が占めています。さらに、その内長期債は204兆8012億円(総資産の67%)となっており、純資産(資本金+準備金)が2兆8863億円に過ぎない日銀は、大きな金利上昇リスクを抱えているといえる状況です。
日銀は資産劣化による日銀の信用力の低下よりも、輸入物価上昇による物価高を優先しているということで、今回のスイス中銀の決断によって、姿勢の違いが明確になった格好になりました。
◆ 負けるはずのない戦を止めたスイス中銀
スイス中銀はスイスフラン高を抑えるために無制限の介入を続けて来ました。中央銀行と市場との戦いとしてまず思い出されるのが、「イングランド銀行を潰した男」として名をあげたジョージ・ソロスが1992年に仕掛けたポンド売りです。
しかし、ソロスがイングランド銀行を打ち負かすことが出来たのは、ポンド売りだったからです。イングランド銀行はソロスの仕掛けたポンド売りに対して「ポンド買い+外貨売り」介入で対応したわけですが、この介入は「売れる外貨」を持っている、調達する必要がありました。つまり、自国通貨の買い介入には限界があるということです。
これに対してスイス銀行が実施して来た介入は「自国通貨売+ユーロ買」でした。中央銀行は事実上自国通貨を幾らでも刷れるわけですから、イングランド銀行のように市場に負けることはあり得ない立場にいたといえます。
それにも拘らずスイス中銀が今回スイスフランの上限撤廃に踏み切ったのは、中央銀行の資産の劣化というコストに見合うだけの成果が上げられないと考えた証左かもしれません。
◆ 量的緩和では物価下落を止められない
スイス中銀は対ユーロでの上限を維持するために大量の「スイスフラン売+ユーロ買」を実施して来ました。この介入は、介入資金を吸収するオペを実施しない非不胎化介入でしたから、スイス中銀は大規模な資金を市場に供給して来たことになります。
スイスフラン売の介入で大量の資金がばら撒かれたにも関らず、スイスの消費者物価は足下マイナス圏まで落ち込んで来ています。つまり、市場に大規模な資金を供給することでスイスフラン高を抑え込んで来たのに、物価下落に歯止めをかけることは出来なかったということです。これでは中央銀行の資産内容の劣化というコスト(リスク)を掛けてまで自国通貨高を止める意味はありません。
直近で5%という高い経済成長を見せた米国でもディスインフレ懸念は払拭できていませんし、「異次元の金融緩和」で50%近い自国通貨安を実現した日本でも、デフレ経済への後戻り懸念が根強く残っています。このような事実が突き付けているのは、量的緩和では物価下落を止めることは出来ないということです。
このような金融政策の限界が見え始めているなかで、欧州中央銀行(ECB)も大規模な量的緩和に踏み切ることが見込まれています。ECBが効果が疑わしい量的緩和に踏み切るとしたら、スイス中銀が対ユーロでの上限を維持するためには、介入規模をさらに増やし、資金供給量を増やさなければなりません。それは同時にスイス中央銀行の資産内容の劣化を招くものでもありますから、スイス中央銀行がこれ以上お付き合いするのは無理だと判断したとしても当然かもしれません。
スイス中央銀行の対ユーロでの上限撤廃は、日米を中心に実施されてきた量的緩和政策のコストパフォーマンスに対して疑問を投げ掛けたものとなりそうです。ECB内でも量的緩和に対する意見が分かれていると報じられていますが、量的緩和による効果やコスト/リスクに対して世界の中央銀行が一枚岩ではなくなったことを白日の下に晒したという点において、今回のスイス中銀の決定は衝撃的であったといえそうです。
◆ 軽視してはいけない「最高の調達通貨」
スイス中銀の今回の決定は、金融市場にも大きな影響を及ぼしそうです。それは、スイスフランが金融市場において重要な「調達通貨」だったからです。
「調達通貨」の必要条件は、「通貨が切り上がらないこと」と「金利が上昇しないこと」の2つです。スイス中銀がこれまで対ユーロでの上限を1ユーロ=1.2スイスフランに設定して来たということは、ユーロに対しては為替リスクがないということでもありました。
さらに、ユーロ自体が対ドルで下落基調にありましたから、事実上対ユーロと固定相場になっていたスイスフランは、対ドルでも「切り上がることのない通貨」でした。しかも、物価も下落していますから「金利上昇リスクがない通貨」でもあるうえ、政策金利がマイナス金利にある唯一の通貨でもあります。
つまり、スイスフランは、キャリートレードにおいて「最高の調達通貨」であったといえます。
こうした状況のなかで、スイス中銀が対ユーロでの上限撤廃に踏み込んだということは、スイスフランが「切り上がる可能性のある通貨」に変貌したことを意味するものでもあります。スイスフランが「最高の調達通貨」から「切り上がる可能性のある通貨」に変化したことは、これまでキャリートレードを行って来た投資家にポジションの修正を迫るものです。
資金調達ポジションの修正を迫られる投資家が出てくるということは、当然資産サイドにも影響を及ぼすことになります。それに伴い、リスク資産市場のボラティリティが上昇することは自然の流れだと思われます。
メディアでは株式関係者の間を中心に、スイスフランはドル、円、ユーロという基軸通貨ではないから市場への影響は限定的であるという見方も紹介されているようですが、スイスフランがキャリートレードにおいて「最高の調達通貨」であったことを甘く見てはいけないと思います。
◆ 金利が消え、ボラティリティだけが残った
今回のスイス中央銀行の突然の対ユーロでの上限撤廃は、米国を中心にフォワードガイダンスによる中央銀行と市場の対話という世界の潮流の終焉を告げるものかもしれません。
米国のフォワードガイダンス修正に続いて、10月末の日銀の追加緩和、今回のスイス中央銀行の決定と市場の虚をつく金融政策が続いて打ち出されたということは、フォワードガイダンスに基づく金融政策の運営が制度疲労を起こし、世界の潮流ではなくなりつつあることを強く感じさせることです。
フォワードガイダンスが世界の潮流でなくなるということは、今後金融市場でボラティリティが上昇して行くことを想像させるものです。この10年ほど金融市場はフォワードガイダンスという名の下で中央銀行と馴れ合いを続けて甘やかされて来ましたから、フォワードガイダンスがない金融市場に対する投資家の対応能力はかなり落ちていると考えなくてはなりません。
フォワードガイダンスがない金融市場に対する投資家の対応能力が低下するなか、「金利」も低下し、0金利やマイナス金利も珍しいものではなくなって来ています。
金利がなくなりつつある中で、リスク資産のボラティリティが上昇する。
世界の投資家は、こうした「これまで教科書に存在しなかった金融市場」のなかでどのように戦っていくのでしょうか。世界の資産運用業務も岐路に立たされているという覚悟を持つ必要があるのかもしれません。
少なくとも「アベノミクスは買いだ」という安易な発想で運用計画を立てるような投資家は淘汰されていく運命にあるのかもしれません。GPIFの投資委員会の有識者達はどのように考えているのでしょうか。
近藤駿介 証券アナリスト 元ファンドマネージャー 経済評論家 セミナー講師
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