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サントリー、不振キリン買収観測広まる 三菱系出身・新浪新社長就任の“意味”
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150118-00010001-bjournal-bus_all
Business Journal 1月18日(日)6時0分配信
サントリーホールディングス(HD)は昨年10月1日、ローソンから招聘した新浪剛史氏が社長に就任し、創業家以外が初めて経営トップになる新体制が始動した。サントリーHD会長の佐治信忠氏がグループ売上高4兆円を達成するため、「プロ経営者」と評される新浪氏を招いた。
新浪氏は三菱商事時代にM&A(合併・買収)の衝撃を経験したことがある。1999年の某日、ダイエー創業者の中内功氏から「ローソンを売ることになったけど、興味はないか」と直接電話を受けた。当時、三菱商事は新規の大口出資先を探していた。その候補先の1つがコンビニエンスストアだったこともあり、社内では課長級を集めて「ローソン買収」の勉強会が開かれ、当時流通担当課長の新浪氏が事務局長を務め、リーダーが当時副社長で三菱商事現会長の小島順彦氏だった。
「小島さんはわかっていない」
勉強会では、小島氏に18歳年下の新浪氏が激しい口調で詰め寄る姿が見られた。紳士の集団といわれている三菱商事では、副社長に面と向かって声を荒らげる部下はいなかった。小島氏との出会いが、新浪氏のサラリーマン人生を決定づけることになった。
2001年2月、三菱商事は経営が悪化したダイエーに代わってローソンの筆頭株主になった。小島氏がそのローソン社長に白羽の矢を立てたのが新浪氏だった。02年5月、新浪氏はローソン社長に就任。わずか43歳という若さでローソンの社長に大抜擢された彼を、マスコミが放っておくはずがなかった。大企業の安全地帯からコンビニに飛び込んだ新浪氏の気概を、経済ジャーナリストは「コンビニ界の風雲児」と絶賛した。
●創業家以外から初のトップ誕生
「サントリー社長の話を受けたいと思います」
14年春、新浪氏は三菱商事会長になっていた小島氏や相談役の佐々木幹夫氏を訪ね、自らの進退と後任について相談した。経営者として最初のレールを敷いてくれた佐々木氏と小島氏にまず相談した上で、佐治氏に初めて「イエス」を伝えたという。
この頃、新浪氏はローソンの経営から財界活動に軸足を移していた。政府の産業競争力会議の民間議員を務め、農業の規制緩和でも過激な発言をしていた。情報発信力が官邸の目に留まり、経済財政諮問会議の民間議員に格上げになった。一時は経済同友会の次期代表幹事の有力候補に上ったこともあった。
再び、経営の第一線に立つことを決意したのは、母親の一言だったといわれている。玉塚元一氏をローソン社長にすることを決めて、自身の進路に悩んでいた時のことだ。
「『母が弟と自分を呼んで言ったんだよ。“人生チャレンジして、前に進みなさい”と』まもなく、母は他界した。『そうだよなぁ、おふくろの言うとおりだよなぁ。悩んでないで前に進まないと』。もやもやしていた気持ちが晴れたという」(『プロ経営者 新浪剛史 ローソン再生、そしてサントリーへ』<吉岡秀子/朝日新聞出版>より)
佐治氏からの誘いは以前からあったが、新浪氏の胸にストンと落ちたのはこの頃だったようだ。佐治氏は新浪氏より10歳以上年上だ。しかも伝統のある企業のトップ。そんな佐治氏が「一緒にやろう」と同じ目線で新浪氏に声をかけ、その言葉が心に響いて新浪氏はサントリー入りを決めたという。
そして14年7月1日、新浪氏のサントリーHD社長就任が発表された。創業116年の名門企業が創業家以外からのトップを初めて選んだ。
●一度は頓挫したキリンHD買収
佐治氏は新浪氏を「社外で最も『やってみなはれ』の精神、わが社のDNAを持った人」だと高く評す。一方で佐治氏は冷徹な経営者でもあり、数値目標を常に掲げる。「20年のグループ売上高4兆円、蒸留酒売上高1兆円」が、佐治氏が新浪氏に課したコミットメント(必達目標)である。これを達成するために、国内外での次の大型買収が必要になる。そこで「ターゲットにしているのは、業績低迷中のキリンHD」(業界関係者)とみられている。
佐治氏が以前からキリンHDに対するM&Aに強い意欲を持っていたことは、よく知られている。サントリー社長になってまだ間もない02年当時のインタビューで「5年以内に国内でM&Aを実行する可能性がある。その場合の対象はキリンビールになるだろう」と語っている。しかし当時、この佐治の発言は話題にすらならなかった。キリンHDは三菱系の社長会「金曜会」の有力メンバーであり、いかに大企業サントリーHDといえども三菱系の中核会社を買収できるはずがないと思われていた。
サントリーHDが現在の持ち株体制に移行し、初代社長に就任した佐治は09年、キリンとの経営統合に動きだした。この時は、「(サントリーに)ひさしを貸して母屋を乗っ取られるようなことがないように心せよ」とキリンHDのトップは三菱グループの長老に叱責された。結局、三菱グループの反撃に遭い、サントリーは撤退した。
しかし、キリンHDを買収する野望が消えたわけではない。三菱グループ企業幹部は「サントリーHDはキリンHDへのM&Aに再チャレンジすることになる。三菱商事出身の新浪剛史をトップに招いた本当の意味はそこにある」と語る。サントリーHDや三菱グループ周辺でも同様の見方が広がる中、果たして新浪氏はキリンHDを手に入れるための先兵の役割を担うことになるのか。
編集部
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