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特別座談会「アベノミクスと日本の現在」1-3
http://www.asyura2.com/15/hasan93/msg/120.html
投稿者 eco 日時 2015 年 1 月 18 日 06:56:30: .WIEmPirTezGQ
 

特別座談会「アベノミクスと日本の現在」

    出席者
    □ 山崎 元:経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員
    □ 北野 一:バークレイズ証券日本株チーフ・ストラテジスト
    □ 河野龍太郎:BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 
    □ 村上 龍 
  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
(第1回)
村上:山崎さんが最近のダイヤモンド・オンラインに「2015年、バブルは来る
か」という原稿を書かれていて、面白いと思ったのは「バブルが来るか」という表
現です。「今はバブルなのか」「バブルになるのか」「バブルはいつ弾けるのか」
という言い方はよくするけど、「バブルは来るか」というのは地震みたいでリアリ
ティがありました。現状、株価はバブルだと言えるのでしょうか。

山崎:現状がバブルだとはまだ思っていません。バブルの定義は、概ね、長期的に
は維持できないくらいの高い資産価格が大規模に続くことだと思いますが、現在の
株価が説明できないほど高いかというとそうではないと思う。PER16〜7倍とい
うと、株価1000円に対して60円ぐらいの利益がある。絶対値として高すぎる
ということはない。でもここからデフレ脱却に向けて、資産価格を上げようとして
いるわけです。そこに、いくつかの好条件が重なる可能性があります。

先ず、アメリカの景気が絶好調であること。加えて、原油価格が下がったというこ
と。まあ原油価格の下落にはいろいろな影響があって、必ずしもいいことばかりで
はないですけれども、特に日本にはトータルではプラスに働くはずの要因です。そ
こに、アベノミクス第2弾が加わる。端的にいって4月に消費税を上げたのが失敗
だったわけですが、その後始末をしながら、もう1回エンジンをふかそうとしてい
ます。やり方としては必ずしもいいと思えない面がありますが、日銀が公的年金の
持っている国債を買い、公的年金に株を買わせ、大規模に株を買う形での特殊な金
融緩和をしようとしているわけで、もう少し資産価格が高くなる可能性は十分にあ
る。

ただその高くなった資産価格というのはその後、日本成長率であるとか、アメリカ
の金融緩和が終わるとか、そういうことを考えると行き過ぎになる可能性がある。
経済と資産価格の循環を、時計のイメージで語ることが多いのですが、今は、アメ
リカが11時半から12時くらいの感じです。11時と1時を結ぶ線の上は資産価格が
高すぎで、5時と7時を結ぶ線の下は主にバブル崩壊後の株価などが低すぎる状態
のイメージです。現代の経済は、これが循環していて、どうしてもバブルまでいっ
てしまう。

その理由は、金融業が信用を拡大しすぎてしまうからで、そういうインセンティブ
が金融ビジネスの中にビルトインされているので、バブルに至らないで経済を維持
し続けるというのはどうやら難しい。そういうパターンを考えると、このまま景気
が頓挫するような形で終わる可能性がないわけではないのですが、1回バブルにい
ってしまうかも知れない。その場合でも、サブプライム問題の前とか80年代バブル
崩壊の規模のものにはならないと思いますが、そうして次の下落にサイクルに入っ
ていくのではないか。そんな可能性はあると思います。

そう考えると、株価が上がるとしても、2万円から先はあまり信用できない株価だ
な、とは思っています。ただ、現時点では、このへんでもう危ないよという賭けを
するか、それとも早売りしたいたちだけどもうひとつお祭りがあるよということに
賭けるかだとすると、少し後者の可能性があるという仮説を書いてみたわけです。

北野:バブルとは何かなのですが、まず、マネーが潤沢に供給されるからモノの値
段が上がる、というのはバブルではないと思っています。そんなことは起こらない
と思っているので。それよりも、むしろ僕らの頭の中に、循環論法が成立したとき
がバブルだと思います。上がるから買う。買うから上がる。上がるから買う…。下
もあります。下がるから売る。売るから下がる。下がるから売る。こういう循環論
法が成立するのがバブルだとすると、今、バブルの可能性があるのは下向きのバブ
ルだと思います。

BISのチーフエコノミストのヒュン・ソン・シンという人が、12月に書いたレポー
トが面白くて、ドル高が金融危機の引き金を引くのではないかというものでした。
なぜドル高が危険かというと、新興国の企業を中心に、ドル建て債務をかなり増や
している。残高でいうと1000兆円ぐらいあります。ドルが下がっているときに
は、債務は縮小するのでことなきを得るけれども、ドルが上がると、債務が膨らん
でしまう。バランスシートが悪化する。銀行が貸さなくなる。結果として世界経済
が縮小する。そういう仮説です。

今の原油安というのも、もちろん供給要因もあるけれども、需要要因もあるはずで
す。年に需要見通しを4回も下方修正している。原油安になったということを受け
て、日銀は緩和をするわけです。ECBもデフレは終わってないと言って緩和するの
ではないかと言われている。そういう中でドル高という期待が生まれる。緩和、ド
ル高、引き締め、需要の低迷、原油安。で、また緩和、ドル高……要するに日本銀
行は、デフレを脱却したいと思って追加緩和をしたのかもしれないけれど、結果的
には新たなデフレを生む。

今回の追加緩和そのものが、その輪がつながったという証拠だったのではないかと
いう見方もできる。そういう悪循環があると、原油価格というのは、コストから見
たら1バレル40ドルです、というのを突き抜けて下がる。新興国経済はむちゃく
ちゃになる。当然それは先進国に跳ね返ってくる。そういう循環がつながりつつあ
るのではないか、そういう下向きのバブルではないかと僕は思っています。

村上:そっちのほうが怖いですね。

北野:もちろんです。

河野:アメリカは相当な金融緩和状況が続いているので、実体に乖離して株なり不
動産なりが上がっていると思っています。日本の話から少し外れますが、資産価格
の話をするのであればアップサイドとダウンサイド、両方ありだなと思っています。

山崎さんがおっしゃるように、原油価格が下がっていること自体は、アメリカを含
めた先進国にとって、プラスです。原油価格の下落は、原油輸入国にとっては減税
と同じ効果があり、内需を押し上げます。一方で現象面では原油価格の下落がある
とインフレ率が下がっていく。インフレ率が落ち着いているので、中央銀行は金融
引き締めを急がなくていい、というロジックが広がってくる可能性がある。インフ
レは落ち着いている、減税効果もある、おまけに低金利が続くということになれば、
資産価格は上昇します。既に秋以降、こうした観測からアメリカを中心に株高が起
きているということはあると思います。

ただ、そもそもなぜ原油価格の下落が加速しているのか。我々がJMMで座談会を
やっていた15年前、原油価格は1バレル30ドルぐらいでした。それがこの10
年くらいは100ドルを越えるような状況が続き、2008年には一時、147ド
ルということもありました。基本的に中国をはじめ新興国で石油の需要が大きく増
えたので、原油価格の水準が30ドルから100ドルに変わった。ただどうやら2
011年初頭に中国は低所得国から中所得国への移行がほぼ完了し、高成長が終わ
った。そうすると以前のようなペースで石油需要の拡大は続かない。

2011年当時、私は原油価格は下がると思っていたのですが、そのときは下がら
なかったんですね。なぜ下がらなかったかというと、ひとつは日米欧、とりわけア
メリカのアグレッシブな金融緩和があったからなのですが、ついに2014年の1
0月にQE3のテーパリングが完了した。要は中国などで需要が落ちても、マネーの
力で価格が押し上げられていたのが、それがなくなり、本来の姿に戻ってきた。だ
とすると、ほかの資産にもこうした動きがあてはまるかもしれない。

まさに北野さんがおっしゃったことに対応するのですが、新興国からもっとお金が
出ていってもおかしくなかったのだけれど、アメリカが相当な金融緩和を行なって
いたからこそ、アメリカの低金利を嫌気したマネーが新興国市場とか原油市場とか
いろいろなところに流れ込んで価格を高値で支えていた。アメリカの政策転換で原
油が下がったのだとすると、新興国からもお金が出ていくし、さまざまなリスク資
産からもお金が出ていくということはあり得る。今後アメリカが政策金利を上げて
いくということになると、リスク資産の調整もあり得るのかなと思いました。

山崎:原油価格が下がることで、ロシアが大変なのではないかとか、ロシアは十分
な外貨準備があるけれども、ベネズエラやナイジェリアだとか相当あちこちで綻び
が出そうですね。あれこれ考えると、南米やアフリカに貸し込んでいる、あるいは
ロシアに債権を持っているという意味で、ヨーロッパの金融機関がもう一度火種に
なるのではないかという気もするのですが、ヨーロッパの金融機関に勤めている方
としてはどうですか。

河野:あり得ると思います。ただ確認しておきたいのは、10月以降の原油価格の
下落は多くの国で名目GDPを1%以上押し上げる効果があります。日本についてい
うと私の計算では1.5%名目GDPを押し上げます。ただし名目GDPを押し上げると
いっても実質成長率がそのまま高まるということではありません。減税されてもも
らった分だけお金を遣うわけではないのと一緒で、ガソリンの値段が下がっても浮
いたお金を全部遣うわけではありませんから。ただそれでも多くの先進国にとって、
トータルではプラスのはずです。

山崎:だから原油価格が下がるから株価も下がるというのはおかしい話ですね。

北野:ただ、原油価格が下がる原因をもう少し考える必要はあるんじゃないですか。
需要が弱いから下がるのであって、もちろんポジティブな要素はあるにせよ、世界
的に景気が鈍化しているから。アメリカは絶好調というけど、10月から利益はピ
ークアウトしているし、前年比で3%以上成長したのは2006年以降、1回もな
い。そんなに絶好調ですか、ということもあると僕は思います。

村上:北野さんのおっしゃるマイナスのバブルである可能性があるのだとすると、
それは安部政権が今後アベノミクスを推進していくうえでも何か影響を与えるので
しょうか。

北野:僕が思っているような悪循環が始まると、やはりアベノミクスはうまくいっ
てなかったんだな、というパーセプションにはなると思います。日本銀行がレジー
ムチェンジをして、物価目標を掲げてうまくいっているのだと思ってらっしゃるか
もしれないけど、何もしなくても今ぐらいにはなっていたんじゃないですか。外部
環境が悪くなると、結局何も効果はなかったんじゃないかという認識が広がると思
います。

村上:アベノミクスは勢いがなくなるということですか。

北野:そう思います。

河野:あるいはもっとやっちゃう。

北野:自分で自分の首をしめるようなことにもなりかねない。要するに金融政策が
為替レートに影響を与えるのだとすると、そのリスクはありますということです。
与えないのだとしたら、もともとそれはうまくいかない政策なんです。どっちに転
んでも厳しいのではないかと思います。

河野:私は2013年の終わり、もしくは2014年の初頭からアベノミクスはも
う破綻していると思っています。山崎さんが消費増税はやってはいけなかったとお
っしゃって、それは増税のあった4〜6月、7〜9月がマイナス成長になっている
からだと思うのですが、実は過去1年で、プラス成長になったのは、消費増税前の
駆け込み需要が起こった去年の1〜3月だけなんです。あとは2013年の10〜
12月からマイナス成長でした。

2013年の7〜9月まではアベノミクスの効果はあったかもしれません。中央銀
行ファイナンスによる大規模財政で成長を押し上げたかもしれないけれど、201
3年末には需要不足、スラック(余剰資源)がほとんどなくなっていた。そのこと
によって財政政策、金融政策の効果がほとんどなくなり、むしろ弊害のほうが大き
くなってしまいました。弊害は何かというと、たとえば追加補正を2014年の2
月に決めたけれど、建設労働者が足りないから公共投資ができない。民間の建設投
資もできない。あるいは労働集約的な産業、運輸業や小売業は人手が足りなくなり、
ビジネスが思うようにできなくなる。一種のクラウディングアウトが起きているの
で、アベノミクスの第2の矢はうまくいかなくなっている。

ここは議論の分かれるところですが、第1の矢について効果があったのだとするな
らば、金融緩和が円安を招いたということだと思いますが、円安になっても輸出が
増えない。むしろ2013年の終わりぐらいから消費は弱かったのですが、その理
由は円安によって家計部門の実質購買力が抑制されたからです。我々は消費増税前
の高い成長と、その後の反動減ばかりに気をとられていたけれども、実際には20
13年の終わりからアベノミクスの効果はなくなっていた。

山崎:第2の矢がどれだけ効果的なのかというのは、金融緩和に賛成の人も反対の
人も意見の分かれるところだと思います。ただ金融緩和に賛成の立場からいうと、
金融を緩和してもそれが中央銀行にブタ積みの状態で貯まるだけでは仕方がないの
で、需給ギャップを縮小する必要はある。ただそのやり方は適切ではなかったとい
うことでしょう。例えば公共事業に集めてしまうのはあまりうまいやり方ではなか
った。個人に広く購買力を与えればいいのだから、子ども手当でもやればいいんで
すよ。

減税でもよかったくらいのところで逆に増税してしまった。貨幣価値を下げて資産
価格を上げるということは、富裕層は儲かる。もうひとつ労働市場の最弱者層の雇
用は明らかに改善してきた。輸出は増えてないけれども、輸入品との競合で改善し
た分野もある。日本人の実質賃金を下げないと雇用は改善しない。中間層の実質所
得は明らかに落ちているわけです。でもそれはアベノミクスを始めたときからビル
トインされていた政策です。円安にして雇用を改善するというところまでは、そこ
そこうまくやってきたということ。

村上:安倍首相が「雇用が改善した」ということを批判するロジックとして、「正
社員が増えていない。増えたのは非正社員だけ」というのがありますが、山崎さん
のおっしゃっているのは、最弱者層は改善しているということですね。

山崎:バイトの時給はずいぶん上がっていますから。正規と非正規についていえば、
はっきり言って正社員の制度が悪すぎるんだと思います。雇うとクビにできない硬
直的なコストになるので、企業を経営する側からすると、人手不足でもできるだけ
非正規で間に合わせる。それで様子を見るのがうまい経営。一方ではそうやって経
営効率を上げてROEを上げろと言っている。ROEを上げろというのと賃上げをしろ
というのを両方言うというのは、ブレーキとアクセルを一度に踏んでいるような感
じがします。

ストーリーでいうと、富裕層にはお金を使ってくれ、と。失業してるような弱者層
には雇用を改善していく。中間層については生産性が賃金に反映されてこないと上
がっていかないわけだから、それは3本目の矢が飛んでくるとか、あるいは生産性
の改善というのはうまくいっても年間1%程度のものだから、そういうペースでし
か改善しないはずです。それなのに3%増税して、1年半後に2%増税するという
のは、不景気を予約しているようなもの。今回の増税の延期は適切だと思うが、1
年半後にやると決めてしまったのはリスク要因だと思います。

北野:アベノミクスという政策が2012年の11月からなのか、2013年の4
月からなのかはともかく、それがなくても、例えば有効求人倍率が今と同じになっ
ていた可能性は僕はあると思います。日本はほとんどアメリカと同じサイクルでし
か動いてないですから。アメリカと日本の株を相対価格で見たときに、日本の株価
は2011年より低いレベルで横ばっているわけですから、特別に日本の株だけが
買われたわけではない。それはアメリカも金融緩和をやっているからだろうという
声に対しては、まったくやっていないドイツとも株価的には同じなので、日本の政
策が効いたのかというのはきちんと検証してみないと分からない。最初の議論をき
ちんとやらないといけない。

河野:私も同じ立場で、安倍さんはある意味で運が良かったと思います。なぜかと
いうと、2012年の11月が循環的な景気の谷で、そこから回復が始まったんで
す。安倍さんが出現したから景気が良くなったのだと言いたい人がいるかもしれま
せんが、2012年5月から11月までの景気減速は世界的なものなので、安倍さ
んのおかげでアメリカや中国の景気が回復したというのは言い過ぎでしょう。

同時期に円安が始まったわけですが、私は当初、安倍さんが口先介入をしていたか
らかなと思っていたのですが、2012年秋というのはヨーロッパの債務危機が収
束して、それ以前のユーロ売り円買いのポジション調整が起きて円安に向かってい
た。あるいは2011年3月の東日本大震災にともなう原発停止による化石燃料の
輸入急増や、電機セクターの海外移転の増加で経常黒字が大幅に減少したというこ
とも円安の原因になっていた。回復が始まったこと自体はきわめて循環的な要因が
強かったと思います。

重要な点として、日本経済は2013年度に2.1%成長しているんです。私の計算
では日本の潜在成長率は0.3%なので7倍の成長ですが、その中身を分析すると、
半分は追加財政によるものです。4分の1は消費増税前の駆け込みの押し上げ。残
り4分の1が循環的な回復。私は金融緩和の効果というよりは、大規模財政の効果
だったのだろうと思います。大規模財政で成長が高まったらいいじゃないかと言わ
れるかもしれませんが、2012年度補正予算でどれだけ使ったかというと、10
兆7000億円、GDP2%強の資金を使って2%しか成長しなかった。これをうま
くいったと言っていいのか、というのが私の思いです。費用対効果でみたらまずい
政策ではないかと思います。

北野:河野さんと同じ意見です。ありがたい呪文を唱えたら病気が治ったとみんな
信じているけれども、呪文など唱えなくても治ったかもしれないという話です。そ
れぐらいのことは専門家と言われる人たちは河野さんのように分析して議論しない
と。
(つづく)

特別座談会「アベノミクスと日本の現在」(2)
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河野:金融緩和による円安効果はどう見てらっしゃいますか。

北野:2013年5月で切ると日本とアメリカの金利差のわりには、ずいぶん円が
安くなったなという面はあります。ただ、2013年5月から8月までの3ヶ月で、
アメリカの金利が1%上がりました。日米金利差も1%拡大しました。しかし為替
レートは103円から97円になりました。もしアベノミクスが非連続的な変化を
もたらすものならば、2013年5月から8月の間で、103円からたぶん120
円になってないといけない。それが横ばったということは、アベノミクス的な効果
は否定されたということだと思います。横ばいながら暴落していたというのが20
13年夏の出来事でした。

その後はずっと横ばいで、直近になってまた円安が進んだわけですが、これも金利
差から見ると正当化できないレベルまできている。ただこれに関しては、ひょっと
するとキャピタルフライト的なことが起こっているのかもしれない。アメリカの金
利が2013年より上がらず横ばいなのであれば、ドル円が急落するという形で調
整するかもしれないし、アメリカの金利が3%を超えるほど上がったとしたらドル
円レートはこのまま横ばいになる。そのどっちにもならないのだったら、ちょっと
悪い円安を考えざるを得ない。

なぜ悪い円安かというと、2013年の円安というのは、株でいうと銀行株と一緒
に上がっていったんです。円安になって、インフレ期待が出てきて、借り入れ需要
が増えて、銀行も恩恵を受ける。でも現在、銀行株は対TOPIXで最安値を更新して
います。株を見る限り、インフレ期待は生まれてないと思います。

山崎:アベノミクスのスタートをどこで見るかということですが、ひとつには解散
しますと言ったところ、もうひとつには渋る白川さんにインフレ目標を言わせて、
インフレ目標が2%なんだという期待をつくったところ。いわゆる異次元緩和とい
うのを発表したところではない。2%のインフレ目標というのはインフレ率が2%
になるまで金融緩和はやめませんということですから、先の金融緩和まで予約して
提出する効果があるので、それが円安につながる。物価は変動するとしても、2%
が目標ということは、物価が1%ちょっとまできてもまだゼロ金利のままだという
ことだから、将来に対する実質金利の期待値が変わるということです。

実質金利の期待値が変わるということは、やはり為替には強力な効果がある。イン
フレ目標付きで大規模な緩和をやったということですが、大規模な緩和というのは、
むしろインフレ目標を本気でやりますということの裏書きするような効果だった。
ただ銀行が持つ国債と日銀が持つ当座預金をとりかえっこする程度のことで、世の
中に直に大きな効果があるわけでもないし、あんなに大規模に買って出口があるの
かという声もありますが、入口でたいしたことが起きてないのだから、出口もたい
したことはないだろうなと思います。規模に驚いているだけではないか、と。

そういう意味で円安には、大規模緩和というより、インフレ目標が効いたのではな
いかと思います。

村上:前提として円安というのがいいものだというアナウンスメントがありますが、
貿易が赤字で輸出が増えないという中で、本当にいいことなんですか。

河野:私は悪いことだと思います。ただし理由が少し違っていて、2013年の終
わりか2014年初頭に経済が完全雇用に近づいた段階でむしろ円高のほうが望ま
しかったということです。円高がいいとか円安がいいというのは、貿易収支が赤字
か黒字かということとは関係ないです。もし経済に大きなスラックが残っているな
ら、円安によって、日本の商品が割安になって、輸出が増えれば、国内の生産が増
え、企業業績が良くなるだけではなく家計が受け取る雇用者所得も増えるので、全
体のパイが増える。多少円安によって輸入物価が上がっても、雇用者所得が増えて
いるから相殺できる。

けれども2013年の暮れから去年にかけては、円安になっても輸出は増えない、
輸出が増えないから生産も増えていない。一方で家計は円安で実質購買力が抑制さ
れている、だから消費が弱い。輸出企業の業績がいいといいますが、業績がいいの
は円安のせいではなくて、海外経済が好調だから儲かっているということ。確かに
海外で儲かった利益を日本に持ち帰るときに、円安によって換算上は膨らむという
効果はありますが、家計部門や圧倒的多数の内需セクターの実質所得を犠牲にした
もので、国全体ではプラスマイナスゼロです。

輸出企業が円安によって受けているメリットは、家計部門と内需セクターからの所
得の移転が起きているということで、むしろ所得分配や資源配分を歪めている。こ
のことを黒田さんがわかっていたら、消費増税の悪影響を、例えば量的緩和を手仕
舞いすることで円高に誘導し、輸入物価を押し下げることで、相殺することすらで
きた可能性があると思っています。消費増税で実質購買力が抑制されているところ
に、さらに円安で家計部門の実質購買力を下げてしまったというのが、私は201
4年夏の消費低迷の真犯人だと思っています。

北野:オーソドックスな説明は河野さんの話に尽きていると思います。為替レート
がどうなるかなんて誰にも予想できないことなので、当たった人にはいいけど当た
らなかった人には悪いという話なのですが(笑)、ミクロからいうと、2007年
は円安が進み、製造業の製造拠点の国内回帰が言われて、パナソニックが尼崎に工
場を作ったり、シャープが亀山工場を増設したり、いろいろやりました。そのとき
にサムソンはウオン高でしたから97年以来の大リストラをやりました。

その後リーマンショックが起こって急激な円高が起きると、その前に大幅な設備投
資をした企業は潰れるか潰れないかというレベルまでいきました。サムソンはひと
り勝ち。河野さんのいう資源配分の歪みがどう起こるか、それがいいほうに転ぶか
どうかにも関わってきます。

山崎:完全雇用ができた状態でさらに円安にする必要があるか、その円安は良くな
いことではないかということは、ある程度は言えると思います。ただその完全雇用
に達する前に、あるいは達した瞬間に、そこから円高に戻せばいいのかというと、
まず政策のプライオリティとしてはデフレを脱却することなので、デフレの脱却と
円安に持っていくというのは大まかにいって整合的です。

1ドル110円からは円安にしないで100円に戻したほうが良かったのか、12
0円への流れを維持することで良かったのかというと、政策的な順序としては12
0円のほうが良かったんじゃないでしょうかね。

北野:円安にするとかしないという議論を普通にやっていますが、それはできるの
かということも確認しておきたいと思います。私はできないと思っているので。

山崎:その点は確認が必要ですね。

河野:私が言いたかったのは、本来であれば円高が望ましかったところで、円安を
助長するような金融緩和をやってしまったことへの批判です。円高にできたとは思
ってません。

山崎:金融引き締めをすれば円高になったとは思いますよ。

河野:そういうことですね。

北野:同じようなことを、例えば2003年から2004年にかけて、1年半で3
5兆円も介入していても円高に進んだこともありますし、何とも言えないですね。

村上:山崎さんがおっしゃるデフレからの脱却が最優先というのは、ある程度コン
センサスがあるように思うのですが、

河野:私は最優先とは思っていません(笑)。

村上:幸せになれないのはデフレのせいになっているような気もするのですが、デ
フレというのは経済の停滞の原因なのか結果なのか、よくわからない。河野さんは
歴史的にみればそれほどひどいデフレではないとおっしゃっていますよね。

河野:それもあるのですが、2000年ぐらいにJMMで座談会をやったときは、資
産価格の下落とともに、金融部門が不良債権を抱えていて、デフレが問題だったの
は間違いないんです。でも多くの人が2000年代にデフレだと思っていた現象は、
実はデフレではない。今回のアベノミクスによるアグレッシブな金融緩和を用いた
円安政策の根っこには、2000年代半ば、日本人がデフレによってすっかり貧し
くなってしまったという認識があるわけですが、私はこの認識が間違っているのだ
と思っています。実際に分析すると、2000年代に物価は下がっていません。

ひとつだけ下がっているデータがあって、それはGDPデフレターなのですが、その
一番大きな理由は、中国をはじめ新興国ブームによって、彼らの旺盛な需要で原油
価格が相当上がった結果、日本から産油国に所得の移転が起こったからなんです。
さらに言うなら、2000年代半ばには円安にもなっていたので、もっと海外に所
得移転が進んでいた。我々が貧しくなった理由は資源高による輸入物価の上昇なの
であって、物価下落が引き起こしたわけではなかった。にもかかわらずそれをデフ
レが引き起こしたと思って今回の政策をやって、また実質購買力を下げてしまった。

なぜ2000年代半ばと同じ失敗を繰り返しているのか、というのが私のアベノミ
クスへの批判です。

北野:半分そうだと思うのですが、ただ所得移転で交易条件が悪化したというのは、
日本が得に悪化していて、ヨーロッパはそうでもないですよね。ということは、日
本は資源価格の上昇に対する対応にまずいところがあったんだと思うんです。

河野:私の分析では、ヨーロッパは当時ユーロ高だったので、原油価格の上昇をあ
る程度相殺できた。日本は円安だったので悪影響を増幅してしまった。あとヨーロ
ッパは資源価格の上昇を、輸出品に価格転嫁できたんです。日本はできていない。

山崎:資源高がダメージだったというのはその通りですが、1〜2%の物価上昇が
ノーマルだとしたときに、ゼロ近辺というのはやはりデフレですよね。2%の物価
上昇率がある状態で、実質金利をマイナスに落とせるような金融政策が使える状態
と、そうでない状態とでは、明らかに金融政策の効果が違う。例えば完全雇用を達
成しようとしたときに、使える手段が違うわけです。

河野:金融緩和の効果が限られるからデフレがまずいということですか。私が理解
できないのは、インフレ期待があれば不況は避けられるのかということです。例え
ば4月に増税すべきではなかったというのは、デフレだからですか。デフレから脱
却できてたんじゃないですか。

山崎:まだ脱却できていません。2%程度のインフレ率が継続した場合に、脱却で
きたと言えるんじゃないですか。

河野:2%のインフレ率が継続していれば、消費増税しても大丈夫だった?

山崎:大丈夫だった可能性はあります。しかし、完全雇用に十分近づく前に需要を
吸収したらデフレを脱却することはできない。

河野:デフレから脱却すると、景気に負のショックが加わっても不況になりにくい?

山崎:例えば金融緩和の効果を出しやすいので、不況になりにくいとは言えます。

北野:今の議論を整理すると、消費税を増税すると、景気にネガティブな影響を与
えるのは当たり前の話なんです。それに対して将来の財政再建がトレードオフの関
係にあるわけですけれども、山崎さんは財政問題をそれほど深刻視していないし、
河野さんは財政健全化のほうが重要だとたぶん思ってらっしゃる。そこでズレがあ
るので、消費税と景気の関係の議論というのはあまり意味がないと思うんです。

河野:私は4月に消費増税がなくても、2013年の10〜12月から需要不足が
ほとんど解消されていたので、需要不足が解消されれば、経済というのは潜在成長
を超えては大きく成長できない。日本の潜在成長率はほぼゼロですから、日本はこ
の1年、増税がなくてもゼロ成長だったんじゃないか。景気の先行きが心配だから
と言って今回増税を先送りしましたが、2017年4月も、潜在成長率はゼロに近
いわけだから、改善してることはないというのが私の認識です。
(つづく)

 特別座談会「アベノミクスと日本の現在」(3)
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村上:北野さんがおっしゃった2007年のことですが、なぜか日本の電機メーカ
ーは、アップルとホンファイのようなことができなくて、その後莫大な利益を失い
ましたよね。日本の不況感の原因のひとつは、デフレとか増税というマクロなこと
のほかに、これまで日本をリードしてきたメーカーがあまり利益を出せなくなった
ことも大きいですよね。

山崎:大きいですね。新しいビジネス、元気な会社がなかなか出てこない。いちお
う楽天グループに勤めているので、いい会社もあるぞという話をしなければいけな
いかもしれませんが、全体としてはそういうことですね。ただ電機に関しては、産
業構造がいけてなかったという問題があります。電機の人たちの投資は、利益が出
たら投資する、みんなで一緒に投資する。だからお互いに叩かれる。小売、流通の
ほうでも、徹底的に価格を叩かれる。日本では大手家電といわれても世界ではそれ
ほど大きくないメーカーが、このマーケットのサイズのところにひしめいているわ
けですから、経営的には厳しかったですね。

河野:もちろん一番大きいのは経営判断のミスですが、当時の極端な円安というの
を実質ベースでみると1980年代半ば、プラザ合意以前以来の円安だったわけで、
その円安がなければ、ひょっとしたらソニーはファブレス企業になれたかもしれな
いし、ものづくりに自信がある企業は、ファウンドリーとかEMSになれたかもしれ
ないと思います。本当は人件費の高い日本では国内生産能力を増やしてはいけなか
ったはずなのに、相当な円安に動かされてしまった。

ドイツとの違いでいうと、ドイツは原油高でも価格転嫁ができるような付加価値の
高い製品をつくっている。日本の大きな問題は、輸出価格を引き上げることができ
ないことなんです。私が一貫して思っているのは、1970年代、ブレトンウッズ
体制が終わった頃から、日本の企業は円安で輸出するというスタンスを変えないと
いけなかったということです。ところがブレトンウッズ体制が崩壊し、新興国が割
安なレートでドルにペッグして大量に輸出するようになっても、同じ土俵で戦った
ので、人件費の高い日本企業は当然負ける。その典型が電機セクターだったのでは
ないかと思います。

マクロ政策と結びつけてお話ししたいのは、通貨安によって輸出を増やそうという
戦略自体が、すでに破綻している。今回のアベノミクスによる円安を通じた輸出主
導での回復は、それって昭和の発想じゃないの、という気がします。

北野:2007年の円安で企業がヘタをうった背景としては、あのときの円安が言
ってみればバブルだったからだと思うんです。当時、多くのエコノミストが言って
たのは、円キャリートレードで、円は永遠に安くなるということです。円が安くな
ると、円でお金を借りる人が増える。お金を借りる人が増えるとまた円安になる。
円安になることでまた安く調達できる。このサイクルはどうやって終わるのか。終
わらないから永遠に円安だというわけです。

もし企業経営者が同じことを思えば、永遠に円安なのだから日本で作ったほうが得
だというふうになる。でもそれはバブルだったわけです。もう1点、みんな同じタ
イミングで投資したというのはその通りだけれども、先日、日経の記者のインタビ
ューを受けてROEの話になって、「日本企業が目指すべき経営指標は何ですか」と
聞かれたんです。でも日本企業が同じROEの%を目指したら、みんな同じことをや
るに決まってるじゃないですかという話をしました。

同じことをやって失敗したのが歴史の教訓だとしたら、今やろうとしている政策な
どはまた同じことを強いることになる。いろいろな意味で何も学んでないという気
がします。為替政策しかり、企業経営のガバナンスの問題しかり。

村上:『カンブリア宮殿』をやっていて、最近、成功企業が小規模になっている気
がしてしかたないんです。もちろん大企業もあるのですが、何か小さな旗があちこ
ちで点々と振られていて、それが線にも面にもなってないような印象があります。
そういうアナウンスがあふれているので、それも幸福感が薄い原因なのかなと思い
ます。

河野:資源配分のゆがみという話をしましたが、既に1990年代の終わりから、
労働力の減少が続いています。生産年齢人口は10%近く減っている。いろいろな
理由で日本の企業は海外に工場を移転させていますが、多くの企業からすると、日
本は特に若年の雇用が減っているので、継続的に安価な雇用を確保できなくなって
いる。マクロ的に見ると、限られた労働力が、ものづくりからサービス、貿易財か
ら非貿易財の生産に移転しているんです。

ここで無理に円安政策なりで輸出を刺激しようとすると、本当は非製造業部門で生
まれつつある成長分野の芽を摘んでしまうことになると思います。輸出を刺激する
というのは既存の大きな企業を刺激しているということで、その結果、将来生まれ
てくるであろう内需セクターの成長分野の出現を邪魔している。そして2007年
のときのように輸出企業が国内に工場を戻すと、恩恵を受けていた輸出セクターも
過剰設備や過剰雇用を抱えることになってしまう。それは結局、経済の実力そのも
のを下げていることになるのではないか。

今回の円安というのは実質的には1973年に相当するこれほどの円安なのだけど、
今のところ安心しているのは、2007年の電機セクターのトラウマがあるので、
簡単には国内で工場を増やしていない。政府の意に反して民間が投資をしないこと
に、安心しています。学んでないのは政府だけという気がします。

山崎:新しいビジネスが出にくいということでいうと、若くて優秀な人が何を選ぶ
かと考えたときに、大きな組織を選んだほうが得である、人材の流動性があまりな
い中で、リスクをとることのコストが高すぎる。昔ある人が「東大を出ると社長に
なれない」という本を書いたのですが、東大を出るとわりといい職場に就職できて
有利な人生を歩むことができるから、リスクをとって起業しようという話にならな
い。

そういう意味ではアメリカは、リスクをとって失敗してもまた再チャレンジができ
る点が、雇用制度としても社会の雰囲気としてもいい。日本場合、よくベンチャー
に資金が回らないのがいけないのだということが言われますが、たぶん足りないの
は金ではなくて人だと思います。真に優秀な人たちがこぞってスタートアップに集
まってくるようなゲーム構造になっていない。お金については様々な金融機関がベ
ンチャー向けの資金を用意していて、少しでも有望な会社があると一斉に群がって
くるようなところがある。

村上:河野さんと山崎さんの話を合わせると、日本人の考え方にしろ企業経営にし
ろ、近代化から高度成長のころまでは最もよくマッチしていたものが、その後はず
っと合っていないということだったら、すごく暗い話になりますね。

北野:合ってないのはその通りだと思います。この20年間の構造変化でいうと、
株主構造がだいぶ変わったんです。ほとんど日本人どうしが持ち合っていたものが、
今は外国人が3割近くなっています。日本経営に欧米流を導入しましょうというこ
とが言われてきましたが、それが日本人の体に合ってないのではないかと思ってい
ます。その意味でマッチしてないんだと思います。

例えば東証1部と2部。2部のほうがROEは低いです。しかしこの20年の株価の
パフォーマンスを見ると圧倒的に2部のほうが高い。結果的に高くなるのはいいこ
とですが、果たしてROEみたいなものを目的にしてしまうことの弊害に、あまりに
無頓着なのではないか。それをさらに強化しようとしているのが今の状況なので、
もっと悪くなる可能性はあると思っています。

マッチしていないというのはその通りですが、なぜマッチしてないかというと、欧
米のやり方が唯一の正しい答えであるかのように受け止めてしまっていることでは
ないでしょうか。それぞれの体、歴史、文化に合った経営のやり方はあるし、一ツ
橋大学がCFO育成とか言っているけど、CFOなんて要らないんじゃないですか。番
頭さんがいればいいでしょう、と。信用できる番頭さんがいるほうがよほど日本企
業にはマッチしている、というような議論がなさすぎると思います。

村上:世界標準に合わせようとして、逆に合わなくなってしまったということです
ね。

北野:以前、ソニーの社長が文藝春秋に寄稿して、EVA経営でソニーはおかしくな
ったと書いてありましたが、そういうことがずっと起こっているんじゃないかと思
います。結果としてROEが高いことには賛成なのですが、それを目標とすると、余
計なものを全部省いていってしまうことになる。そのことのデメリットにもう少し
自覚的であるべきではないかと思います。

河野:ガバナンス構造が変わったことで、日本の企業が投資なり採用なり支出を抑
制したことが、マクロ経済に大きな抑制効果をもたらしたと思いますか。

北野:大きいかどうか程度はわかりませんが、抑制効果はあったと思います。これ
は大事なポイントで、「ファーム・コミットメント」というコリン・メイヤーとい
うイギリスの経済学者が書いたなかなかいい本があるのですが、彼はこう書いてい
ます。株主価値を目標とすることが、その企業及び業界に対して、悪影響を及ぼす
ことに自覚的であるべきだ、と。

それを読んで、神戸大学で経営学を教えておられた加護野忠男先生に、「コリン・
メイヤーはここまで書いておきながら、どうして株主価値を目標とすることが、国
民経済にも悪影響を与えると書かなかったんですか」とお聞きしました。 すると、
「それを書いたら、新古典派経済学者と全面戦争になりますからね」と。経営学者
と経済学者はここのところで棲み分けているところがありますね。

河野:会社は誰のものかというときに、株主のものだという答えは、経済学的には
自明のものではなくて、多くの国で法律的にそうなっているからなんですね。

村上:北野さんがおっしゃっていることはなかなか賃金が上がらない理由でもあり
ますね。

山崎:そうですね。いわゆるトリクルダウンは自然には起こらないし、まさにそれ
を起こさないようにガバナンス改革と言われるようなことをやっている。

北野:山崎さんが最初におっしゃった、ROEを上げると言って賃金も上げろという
のはおかしい、というのと同じことです。

山崎:コストを抑制して利益を出す。キャッシュがあればそれを賃金に回すよりも
自社株買いや配当に回して、自己資本をスリムにする。数値目標としてのROEをて
っとり早く達成するにはそういう話になりますよね。

北野:外国人に見せると「へー」となるのは、日本の社長の平均在任期間なんです。
4年以内の人が50%と、短いんです。それぐらいしかやらない人がROEを上げろ
と言われたら、コストカットしかやれることがない。相手を見て目標を与えてあげ
ないと。

河野:アベノミクスで一番評価しているのは、賃金を上げましょうと働きかけてい
ることです。ただここで悩ましいのは、株式保有構造が変わったというのはグロー
バルで起きていることなので、一国経済に悪影響があるとしても、うまく回避でき
るツールがあるのか、ということです。

北野:ただ資本コストは国によって違いますから、そこをきちんと理解せずに、適
当に7〜8%と言ってる国が一番ダメージを受けるんじゃないですか。河野さんが
言うように潜在成長率がほぼゼロの国に、なぜ他の国と同じ資本コストを要求して
くるの、ということを議論しなければならない。要はそこのところで事実上の金融
引き締めをやっているということではないですか。

山崎:賃上げするのがいいことかどうかというと、理屈の上ではそれは政府が言う
べきことではない、政府は完全雇用になるような環境を提供し、後は個々の企業に
任せるべきである、になるのだと思います。そういう意味では円高よりは円安のほ
うがいいと思うけれども、賃金が上がらない状態で物価上昇期待をつくるのは非常
に難しいので、首相がそんなことを言うのも仕方がないのかな、という気がします。
すべての組合を合わせたより安倍さんひとりのほうが役に立っちゃったりしますか
ら。

河野:為替の変動には両サイドありますよね。輸出をする人は円安になるとメリッ
トを受けるけど、輸入をする人はデメリットを受ける。為替に働きかけようとする
のは所得分配にも影響することなので、企業部門と労働者部門での所得分配が歪ん
でいるという認識をするならば、為替に働きかけることもそれとそんなに変わらな
いことだと思います。

北野:ROEを上げようとすることと賃金を上げようとすることを両立させようとす
ると、結局は売上高を増やせということになるんです。だったらストレートに売上
を増やせと言えばいいんです。でも売上高を増やせと言った瞬間にみんな思考停止
になってしまうんです。

山崎:少なくとも社外取締役を増やしたところで売上高は増えませんからね。

北野:本当はどうやったら全体として売上を増やせるかを議論しなければいけない
のですが、それに答えを持っている人はほとんどいないんじゃないですか。

河野:円安によって輸出を増やそうとすることと、低賃金労働によって輸出を増や
そうということは、結果的に同じことだと思っています。韓国と日本が典型的なの
ですが、両方とも低い輸出価格で大量に輸出しようとする。円安になると日本が有
利になって韓国は苦しくなる。韓国は人件費を削る。円高になったら、やはり日本
は安く輸出しようとするから賃金を削るしかない。結局、安い価格で輸出を増やそ
うとする戦略自体が、低い賃金の雇用をもたらしている。

北野:河野さんがおっしゃるような矛盾はあちこちに出てきている。売上高を増や
さないとそれらを解決できないんですよと言ったときに、みんなが頼るマジックワ
ードがイノベーションなんです。イノベーションを起こせばいいと言うんです。そ
う簡単に言うけど、どうやったらイノベーションを起こせるんですかというのを教
えてくれる専門家はほんとにいないんです。教科書にも最終的にイノベーションを
起こさないといけないと書いてあるけれども、それで責任を果たしたかのような書
き方をしている。

山崎:簡単に起こらないありがたいものだからそう言うんでしょう。

河野:でもアベノミクスの第3の矢の成長戦略もそういうことですよね。

北野:まさにそうです。

村上:イノベーションを僕はただの技術革新だと思っていたのですが、オムロンの
創業者の立石一真さんは、真のイノベーションとは、科学の発展と、技術の進歩、
それに社会、その3つが、相互に関係し合うような変化を生み出すことだと言って
るんです。実際、自動改札とか銀行のATMとかは社会を変えてしまったわけですが、
そう考えると、イノベーション、イノベーションといくら言っても、なかなか起こ
らないだろうなと思うんです。もちろんメーカーだけではないのでしょうが。

北野:東京マラソンもイノベーションと言われていますから(笑)。でも2000
年ぐらいももうみんな欲しいものはないなどと言っていましたが、それから何十億
台も売れるスマホが出できたりもしてますから。

村上:みんなアップルの名前も出しますよね。スティーブ・ジョブスが出てくれば
いいんだ、とか。

北野:どうやってイノベーションを起こせるかというと自分にも答えはないのです
が、イギリスのジョン・ケイという経済学者がイノベーションについて書いていま
す。それによるとイギリスが誇るイノベーションは3つあって、それはDNAの構造
を解明したこととコンピュータとペニシリンだ、と。本当にイギリスなのかという
疑問は別にして、この3つに共通するのは、生み出した組織というのはノンガバメ
ントで非営利だというんです。日本の処方箋というのは政府主導で株式会社化すれ
ばうまくいくというものじゃないですか。イノベーションというものを科学してな
い人の考えなんじゃないの、という気はします。

山崎:ビジネス的に有望な新しい組み合わせがイノベーションだとすると、およそ
イノベーションから一番遠いところにいる人たちが指導してあげようと言っている
のが日本的成長戦略の相当部分ですよね。ほっといてくれというか、何か分野を決
めて、STAP細胞みたいなものを作らないといけないんだと言って研究費をつける
ようなことをするよりは、優秀な人が自由にできるような環境を作ることが、新し
いビジネスをつくっていく上で大きいんだろうなという感じがします。
(つづく)

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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.828 Extra- Edition4
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【発行】村上龍事務所
【編集】村上龍
【発行部数】92,621部
【お問い合わせ】村上龍電子本製作所 http://ryumurakami.com/jmm/  

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コメント
 
01. 2015年1月19日 14:08:45 : xEBOc6ttRg
特別座談会「アベノミクスと日本の現在」(4)
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村上:イノベーションをやろうと言ってやった人ってほとんどいないらしいですね。
これも本で読んだのですが、80年代にスイスの機械式時計メーカーが、デジタル時
計に駆逐されそうになったらしいんです。それでスイスの機械式時計産業の雇用が
3分の1に減ったそうなのですが、そのときメーカーが何をやったかというと、愚
直に作り続けた、とあるんです。デジタルを取り入れようとかは全然しないで、従
業員は減らしたけれども作り続けた。そうしたら1周して風が吹いたというか、今
では高級式機械時計は世界でたくさん売れて、全盛期に近いレベルに戻ったという
んです。

河野:日本とイタリアだって、日本のほうが貿易収支は赤字で、日本人はブランド
品とかを買っているわけですよね。たぶん何がいいかは、リアルタイムでは当時の
スイスの人もわからなかったんだと思うんです。やはり政府が介入しないことが重
要なんだと思うんですね。

村上:政府が介入したら何か起こるというのが身にしみついているんじゃないです
か。

河野:前政権がビジネスにまったく無関心だったので、今回の政権はプロビジネス
でいいと思っている人がいるのですが、私からすると、既存の企業をサポートする
ことで新規参入のハードルを高めているだけなので、政府がやるべきことは、新規
参入のハードルを下げる規制緩和だけだと思っているんです。この文脈で、繰り返
しになりますが、財政政策や金融政策で極端なことを続けてしまうと、結局は既存
の企業をサポートするだけになる。この20年間の極端な財政政策や金融政策の継
続や長期化が、めぐりめぐって新規参入を阻んでいると思います。

山崎:清算主義と言われませんか。

河野:極端な財政政策や金融緩和の下で、雇用や設備投資が増えたとしても、マイ
ナスの実質金利でしか採算の取れないようなビジネスが増えるというのは、意味が
あるのか、ということだと思うんです。そういうことを続けているからこそ、輸出
価格を引き上げることができないような生産性の低い産業が温存されているのでは
ないか、と。退出すべき人がしなくて済む環境を、極端な財政や金融緩和が作り出
しているので、それが新規参入を阻害しているのではないかと思います。

山崎:その面はあるでしょうね。15年前にJMMをやっていたころと比べると、完全
にひっくり返ったわけではないのですが、何となく河野さんと私の論調が入れ替わ
っている(笑)。河野さんはどちらかというと当時、需要が足りなくて完全雇用で
はないのだから何かしてやるべきだというわりと優しい人で、私はどちらかという
と山一證券みたいな会社を残していてもダメなんだから、潰れるものは潰れて淘汰
すべきだ、というような話をしていました。

河野:ですから私は今の政策は当時、15年前とか17年前にやるべき、遅れてきた政
策だと思っているんです。あの頃やっていれば、弊害よりメリットのほうが大きか
った。2012年秋の段階ではすでに需要不足は2%まで改善していたので、なぜ
こんな極端な政策をやるのか、と。もうひとつは北野さんがおっしゃったように、
今の状況で中央銀行ファイナンスによる財政政策をやるのだったら、せめて財政健
全化プランを同時に出してくれなければ。理論上、否定をしているわけではないん
です。ただ、公的債務がGDPの2倍ある今の日本でこれをやってしまうのは危険だ
し、さらに、完全雇用になっているのにさらに追加緩和をやることが疑問なんです。

山崎:でもある程度、完全雇用で人手不足の状態を維持しないと、賃金は上がらな
いですよね。

河野:2%成長を達成するために、将来世代の所得を先食いする形で、大規模財政
をやる意味があるのかな、と。それほどのコストを使うほど意味のあることをやっ
ているのか、やはり疑問です。

北野:山崎さんはなぜ立場が変わったんですか。マクロ安定化策には否定的だった
じゃないですか。

山崎:金融緩和をしても、最終的には財政を使わないとインフレを起こせる保証は
ない。でも財政を使うとそこで資源配分の歪みが起こる。どうしたらいいか、解が
ないではないかというところで、減税をするとか、ベーシックインカムを入れると
か、要は金の形で配ればいいではないかという解に気がついたからです。

河野:でも実際に行なわれたのは、追加財政10兆円の大盤振る舞いでした。

山崎:そこは全然、賛成ではないです。やるんだったら子ども手当みたいなことを
やれば良かったし、あるいは消費税を下げるとか、人の手元にお金を出して、金融
緩和して貨幣価値を下げるというのはわかりやすい。そもそも金本位でも何でもな
い通貨というのは人工的な制度なので、通貨の価値を経済活動に心地よい状態に保
つためには、ある程度、人工的に手を加えないといけないと思うんです。

北野:山崎さんは首尾一貫して財政赤字は大きな問題ではないとおっしゃっていま
すよね。

山崎:財政赤字そのものが大きな問題だとは思ってないです。発散してしまってマ
ネージができなくなると問題でしょうが。

北野:そうなりかけているんじゃないですか。

河野:アベノミクスの第3の矢が成功して、収益性の高い投資プロジェクトがどん
どん増えても、国内でそれをまかなう貯蓄がなくなっているんです。民間の純貯蓄
はたくさんあるのですが、社会保障の膨張で財政赤字が民間の貯蓄を食っているの
で、官民合わせた貯蓄は2009年以降、ほとんどプラスマイナスゼロです。もち
ろん日本は閉鎖経済ではないので、海外から資本を輸入することはできますが、そ
れは経常収支赤字の定着を意味します。

また、海外から資本を引き寄せる過程では金利が上がるので、GDPの2倍の公的債
務を抱える日本の財政がそれに耐えられるのかという問題もある。財務省的に言う
と、財政健全化のために社会保障制度改革をやらないといけないということになる
のですが、それだけでなく、潜在成長を高めるためにも社会保障制度改革をやらな
い、そこまで追い込まれていると思っています。

山崎:社会保障は早く手をつけるべきだと思いますね。2004年に年金の制度改
革をしているのですが、そのときにやらなければいけなかったことを先送りして、
民主党政権になって年金に期待がかかったわけですが、こと年金制度に関していえ
ば民主党の3年は失われた3年間でした。アベノミクスというのは分配論を欠いた
パッケージなので、アベノミクスにすべてを求めるのはどうかと思いますが、年金
は明らかに計算のつじつまが合ってないです。

国家公務員共済の年金運用の運用委員をやっていますが、無理なものを無理でない
ことにしてギャンブルを始めたのがGPIFで、共済などもそういうものに付き合わな
いといけないのですが、年金については給付の抑制が必要です。早い話が70歳か
ら払えばいいんですよ。高齢者の労働力参加が必要だとか言っているわけですから、
ほぼ世界一ぐらい寿命が長いのだし、70歳に早急に移行すべきでしょう。

北野:山崎さんでも発散は心配しているのかと思ったのですが、僕は個人向けCDS
という商品がこれから流行るんじゃないかと思っているんです。

山崎:日本の財政の破綻にかけるCDSですか。

北野:そうです。1億円の日本国債がデフォルトすると100万ドルがもらえると
いう商品で、円は紙くずになっているのでドルでもらわないと意味がない。今だっ
たら年間68万円ぐらいで買える計算ですが、僕たちは生命保険とか火災保険とか、
全部足したら年間50万円ぐらい払っているじゃないですか。

村上:売れそうですね。

山崎:老後不安とインフレ対策は金融業界の大きな商材なんです。

北野:インフレ連動債というのはあるんですけど、インフレ連動債を出しているの
は国ですから、インフレから守られるよりもデフォルトされたことを考えたら、あ
るんですよ。

河野:今、新しい政策で、地方再生というのがありますよね。過去20年間、景気
対策という名のもとに、地方に所得の移転を行なってきたわけですが、サポートさ
れる側もなかなか改革をしてこなかった。仮に何もサポートされなかったら、ひょ
っとしたらそれなりに価格も下がって生活しやすくなっていたかもしれないし、新
しいビジネスが生まれていたかもしれないという気がします。

村上:おっしゃる通りで、『カンブリア宮殿』に出てくる地方の特に一次産業の方
などが言うのは、とにかく政府は何もしてくれるなということです。補助金を出す
からダメになる、と。でもその声はまだ大きくはなっていないですね。

河野:自分の足で立つことができない人をつくってしまったなというのがこの20
年の財政政策の弊害で、ここは意見が一致するところではないかと思います。

村上:お上に頼らないとやっていけないという人は減ってないんじゃないですか。

河野:むしろ増えたと思いますよ。

北野:お上経営で現役世代に頼る人は明らかに増えたんじゃないですか。

村上:そうだとするとあまり明るい話題がないですね。そんな中で小さな可能性を
感じるのは、山崎さんも書いてらした地方のマイルドヤンキーで、その価値観とい
うのは悪くないんですよ。大都市での競争はもう嫌で、生活圏が半径5キロ圏内で、
コミュニティと家族を大事にして、車はワゴンでみんなでモールに行って買い物を
するのが楽しみだという人たちで、そういう人たちを対象にした地方の企業という
のはいい線をいってるようなんです。北関東に坂東太郎という和風のファミレスチ
ェーンがあって、東京の人は知りませんが、3世代で食事に行く人たちでいっぱい
なんですよ。そういうサービス業はすごく増えている気はします。

河野:僕はまさにそういうところが成長分野なんだと思っています。昭和の発想で
いうと、とにかくモノでしたが、生産性が高くなって値段が安くなっても、テレビ
にしろスマホにしろ何台も買うわけではないですよね。豊かになった先進国の人た
ちはそういったサービスにもっとお金を使っていくはずです。その中心は政府が思
い描いているような大企業ではなくて中小企業だし、上場してないところが圧倒的
な数のはずです。歴代政権の成長戦略が常にこけてきた理由もそこにあって、そう
いう小さい企業は政府が助けるとか助けないということとは関係なく出てくるので
はないでしょうか。

村上:もうひとつ最近、面白い傾向だなと思うのは、地方に根付いている企業は東
京を目指そうとしていないところが多いことです。ひと昔前の地方生まれの企業、
ユニクロや山田電機は東京を目指して日本一になっていくようなところがあったと
思うのですが、それともまた違うんですね。

河野:ビジネスだけでなく、よくNPOで町おこしをやっている方なども、東京はま
だ地方から人口が流入して増えているので、変化がわかっていない、と言いますね。

北野:地方創世という概念は「地方消滅」という本から出てきているのですが、な
ぜ地方に人を戻さないといけないのかというと、東京の出生率が低いから、そこに
人が集まると日本の人口が減ってしまうという理由なんです。人を地方に戻せば人
口減少に歯止めがかかる、と。ムチャクチャな論理だと思いませんか。よくこの論
理に基づいて政策を打ったなと思いました。だったら東京に原発をつくればいいと
いうぐらいの話ですよ。

山崎:地方創世と言っている政治家の選挙の広報で、具体的なことを言っている人
は誰もいません。地方の声を国会に届けるとただ言ってるだけで、地方創世などと
いうのは事実上やりようもない。勝手に発展する地方もあれば発展しない地方もあ
って、大まかにいえば消滅していくところが多いということなのでしょうが、消滅
していくのであればある程度の集積は必要だろうし、近隣するところが連係するよ
うなことも必要でしょう。いずれにせよ全体が小さくなるのだから、規模の経済を
働かせないといけないのははっきりしていて、むしろ東京の居心地をメンテナンス
したほうが、投資の効率としてはいいですよね。

河野:今回は大規模な財政措置がとられることが決まってしまっているので、厄介
な政策になりそうですね。

北野:なると思いますよ。一方で地方銀行の再編のようなこともやっていますが、
それと地方創世は整合性のある政策ではないですし。

山崎:地銀の問題というのは金融不安のときにやり残した問題がまだあった、とい
うことですね。やらないといけなかった宿題をそろそろやらないとやばいというよ
うな話で、国債の利回りが上がるところに、タイミングが間に合うかどうかは微妙
なところです。仮に1億円あったら、地銀への預金は嫌だなと率直に思います。

河野:全体的に昭和の政策になりつつありますね。当たり前ですが、経済というの
は発展するときは不均等に発展していきます。格差が広がっていて、そこにはいろ
いろな理由があるのですが、経済が成長するときには起こるものでもあります。国
土の均衡ある発展とよく言いますが、その政策をやってしまうと、どこも成長でき
なくなってしまう。そういう意味でもまずい政策だと思います。

北野:いろいろな矛盾があって、やはり選挙があるからかと勘ぐりたくなってしま
います。

河野:間違いなく2015年4月の地方統一選があるからでしょうね。
(つづく)


特別座談会「アベノミクスと日本の現在」(5)
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村上:以前JMMの座談会をやっていた頃と現在と、日本は変わったところと変わっ
てないところがあると思うのですが、いかがでしょうか。

北野:変わったところでいうと、15年前には、成長戦略という言葉すらなかった
ことです。

山崎:当時から改革をするんだという話はあって、それはテーマを変えつつずっと
同じように存在してきましたね。利益集団としての官僚の強力さというのが背景に
あって変わらないのですが、小泉政権では構造改革ということが言われ、民主党政
権では脱官僚と言っていたけど空振りに終わり、安倍政権では第3の矢とか言って
いるわけですが、おそらく来年の通常国会で法案になってないものは、たぶん審議
会送りで時間を稼がれ、項目としては出てきても骨抜きにされることになるので、
官僚を中心にした既得権のビジネスモデルが強力だというのは、15年前も今もあ
まり変わっていませんね。

そのことが閉塞感をもたらしているし、国民はそこに気がついているのだけれども、
関わるべき政治家がそれに関わるような仕組みになっていない。政治家に情報と人
材が集まらないような仕組みになっている。2009年の選挙で民主党が支持され
た原因と安倍政権が支持される原因とが、あまり変わってないんですね。そこが患
部だということがわかっていても変えることができないということはあります。

北野:もうひとつ言えるのは、焦りというのがすごく強まっている気がすることで
す。これがラストチャンスだとか、だからできるんだとか。焦りから、決められな
い政治というのも必要以上に悪く言われたように思います。ゆっくり議論すること
が大切なときもあるのだけれども、議論というものを重要視しなくなった。アベノ
ミクスでうまくいくと言ったら、きちんとした論証もせずそれに乗っかってしまう。
国民全体が焦って浮き足立っているように感じます。それがこの15年で強まった
気がします。

一方でものすごく変わったのは先程も言った株主の保有構造です。98年、フリー
・フェア・グローバルと言われましたが、ひとつの分水嶺だったと思います。97
年というのが、日経新聞がROEという言葉を一番多く使った年なんです。JMMを始
めるにあたって村上さんが、金融に一番エッジみたいなものが見えるとおっしゃっ
ていましたが、まさにそれが起こっていた。ただ残念ながらそれが、いい方向に変
わったのではないと思っているんです。

村上:もっと貧しい国もあるし、もっと不況の国もあって、相対的に見れば日本は
そうひどい国ではないと思うのですが、なぜみんな焦るんでしょうね。

河野:ほとんどの先進国が、議会制民主主義のもとで、決められない政治というこ
とが話題になっていて、このピン1本倒したら全部解決だという政策があるという
思い込みが存在するためではないでしょうか。工業化社会が終わった後、ポスト工
業化社会はどうなるのというときに、人々が政治に対して求めるものが多様化して
いるので、政治の場で決められなくなってしまっている。能力がなくなっていると
いうよりは、政治的なもの自体が多様化してしまったので、そもそも政治が解決で
きなくなっている問題が増えてきたことが大きいと僕は思います。

北野:最近出た、ジョゼフ・ヒースというカナダの哲学者の「啓蒙思想2.0」とい
う本があるのですが、直感に頼るのは間違っていて、理性というものにもう1度戻
らないといけないのではないかと書いてありました。理性というのは時間がかかる。
直感が正しくないというのは山崎さんは行動経済学でよく見られていると思うので
すが、正しくない直感に対して、理性というのは本来人間に備わっていない。だか
ら理性を働かせると苦痛に感じるんだというのです。直感に頼るほうが楽らしいん
です。だから直感に頼るように世の中の仕組みがどんどんそっちのほうに向かって
いる。

で、理性を働かせるためのひとつの仕組みが二院制です、というのです。二院制な
んて何もいいところはない、同じ意見だったら無駄だし違う意見だったら時間がか
かるだけだと言われるけれども、二院制の一番のポイントは時間をかけるというこ
となんだ、と。無駄だと言われる上院にもし価値があるのだとするなら、議論のス
ピードを遅くしていることだ、と。そういうことは、あらためて言われないとわか
らないですよね。

河野:ここ数年間の日本で、参議院があるから問題が解決ができないと言われるけ
れども、参議院があるから我々もじっくり考えることができる。今回は違いました
けれども、2005年以降、衆議院選挙は大きく振り子が振れてきたけですが、1
回の振り子で全部を変えないというのは二院制の大きなメリットですよね。

北野:決められない政治が悪なのではなくて、決められないぐらい世の中が難しく
なっているということなんじゃないでしょうか。どこがそんなに難しくなったのか
をきちんと見ないで、決められない、決められないと言うから焦ってしまうんです。
議論の持っていき方そのものが間違っているような気がします。

河野:コリン・ヘイというアメリカの政治学者は、先進国は早急に改革をしないと
やっていけないという発想が広がったこと自体が、政治不信を広げてしまったと言
っています。改革を訴えていた自分たちが政治不信を助長していたという話に私は
ショックを受けたのですが、これは重要な話で、民主主義というのは時間がかる。
でも金融にいる我々は答えを瞬時に求めようとする。株式市場から高い評価を受け
ようとして政治が物事を決めるようになったら、お粗末な結果になってしまうのは
当たり前なのかな、と。民主主義というのは時間がかかると、あらためて認識する
必要があるのなと思います。

山崎:そもそもふたつ以上のイシューがあるときに、投票では決められないですよ。
経済政策は自民党でいいけれど国防は反対、社会福祉も違うとなったら、決めよう
がないですから。

北野:ジョゼフ・ヒースが本の中で言っているのは、自分たちは民主主義の中で、
投票行動にあまりにも重点を置きすぎているということです。確かに全チャンネル
が同じことを放送したりしてるわけですから。でもその後の議論なりが過小評価さ
れている。

河野:民主主義を選挙だと思っていること自体、間違っている可能性はあると思い
ますね。

山崎:頭数ウェイトで決めるか、金銭ウェイトで決めるか。市場を使ったほうがう
まくいくこともあるし、一人あたま一票というものを使ったほうがうまくいくもの
と、両方あるのでしょう。

北野:金融市場ですら今、短期主義の弊害というのがすごく言われているわけです。
四半期決算なんて何の意味があるのかという話も出ている。でもそのキング・オブ
金融市場である株式市場の株価に、自分たちの政治の評価を委ねている政権という
のは、僕はすごく危ないと思います。

河野:同意見です。もともと政治は近視眼的に物事を決めるのに、金融市場参加者
はさらに物事を短期的に判断する。これをベンチマークに政策を決めたら、政策の
結果はお粗末になるでしょう。個人主義方法論と合理的選択というのは経済学の基
本ですが、1970年代以降、政治学でもそれらが前提になっていて、経済学をベ
ースとする議論と変わらない。私は、経済合理性で決まらない問題は政治学的要因
で決まるといつも書いてきたのですが、政治学でも扱ってないと知って少しショッ
クでした。

北野:古い政治学で、カール・シュミットというナチスドイツの理論を支えた人に、
政治学というのは敵と友に分けるという有名な言葉があるのですが、何年か前、山
崎さんが「安倍さんってどういう人?」というのに答えて、敵と友の識別機ができ
てるものだとおっしゃっていたと思うのですが、そういう意味では何も変わってな
いですね。敵と友を分けるのが政治、というのをやってくれているわけですから。
進んでいるようで、何も変わってないことはあるじゃないですか。

山崎:ただ安倍内閣が選挙に勝ったから磐石かというと、そうでもないような気が
します。官僚のサポートが外れたら、普通の政権のスピードで劣化すると思います。

北野:今回の選挙にしても、自民党は比例復活当選というのが多くて、1対1では
結構負けていますから。文藝春秋の1月号に、佐々木毅さんが「安倍総理よ、驕る
なかれ」というのも書いてらっしゃいましたが、こうすれば良くなるというような
政策はもう要らないんだ、と。もう我々は過剰なほど政策を持っている。それより、
ぎりぎり今の日本の姿はどうなんだと教えてくれる政治家がほしいと書いてありま
したが、その通りなんじゃないかなと思います。

河野:もともと北野さんは、政策をやってもそんなに変わらないよという立場だっ
たじゃないですか。

北野:そうですね。ただ波を縮めるという政策はありだと思いますよ。

河野:波を縮める代わりに波を大きくしてしまったというのがここ数年間だったな
という思いがあります。2013年度は日本の本来の潜在成長率0.3%の7倍の成
長をしたという話をしましたが、もともと消費増税を2014年4月1日にやるこ
とになっていたので、駆け込み需要で2013年度が高い成長になることはわかっ
ていたんです。にもかかわらず、消費増税をやる政治環境をつくるためにさらに持
ち上げてしまった。波を大きくしまったわけです。

山崎:潜在成長率というのはどれくらい信頼の置ける数字ですか。

河野:個人的にはコブ・ダグラス型の生産関数であるとか、成長率そのもののトレ
ンド相計であるとか、4つぐらいの計算でやって、だいたい同じ結論になりました。

北野:山崎さんが言われた潜在成長率がどれくらい信頼できるのかというのも、僕
らがえんえんと議論してもいいほどの重要なテーマではあるんです。あらゆる政策
はそれをベースにできているところがあるから。でもメディアの文脈では7〜9月
のGDP成長率をなぜこの人はこんなに外すんだ、みたいな話になってしまう。そん
などうでもいいことを必死にやっている。

河野:ただ、潜在成長率や需給ギャップを民間できちんと推計しているのは数社し
かないんです。民間のエコノミストが高めの数字を言うのは、内閣府が高めの数字
を発表しているからなんです。

北野:政府の数字というのは、しょせん政府が言ってるからだと僕らが受け止めて
しまうところがあります。独立した機関が数字を出してくれなかったら、本当は政
策議論なんてできないはずです。
(つづく)


【第169回】 2015年1月19日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長]
日銀の政策続けば待つのは“死”
長年の積み上げ崩れる国債市場

?何事もやり過ぎはよくない。量的質的緩和策の下で日本銀行が猛烈に国債を買い続けた結果、1月中旬に国債の利回りが、3カ月物から4年物までマイナス金利、5年物もほぼ0%になる異常事態に陥った。


日本銀行が猛烈に国債を買い続けた結果、異常な超低金利状態が続いている
Photo by Ryosuke Shimizu
?ロナルド・マッキノン?スタンフォード大学教授は、中央銀行が過度に金利を低下させると民間銀行の収益が悪化してしまう問題を指摘していた。彼らの体力が弱ると、中小企業向けなどリスクを伴う融資は結果的に行えなくなってくる。金融緩和策のやり過ぎは逆効果になり得る、という警告であり、「国債の金利を直接的に押し下げようとする政策はやめるべきだ」と提言していた。

?イングランド銀行とFRB(米連邦準備制度理事会)は、国債を購入して長期金利を押し下げる政策を行ってきた。しかし、当座預金に払う金利は、前者は0.5%、後者は0.25%より引き下げていない。両行とも極端な金利低下誘導は金融産業の収益を不必要に悪化させ、市場機能を弱めてしまうと懸念していたからである。

?その点においては、両行はマッキノン教授の考えに共鳴していたともいえる。「やり過ぎ」を避けた2行が、先進主要国の中央銀行の中では先に出口へ向かえそうになってきたのは象徴的である。

?今のような日銀の政策が続くと、国債市場は死んでしまうだろう。今の国債市場では、証券会社が財務省の発行入札で買ってきたものを、日銀の買いオペに持ち込むという流れが取引の大半となっている。日銀による全額国債直接引き受けと事実上変わらない。

?こうなると、国債関連のビジネスは成り立たなくなってくるため、縮小や撤退が起き始めている。昨年暮れの米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスによる格下げもあって、海外でも日本国債を敬遠するムードが強まっている。

?膨大な国債発行量を市場で円滑消化するために従来、日本の金融・財政当局と市場関係者は、国債市場の整備を進め、参加者の裾野を広げようと努力してきた。

?しかし、今の日銀は、そうやって積み上げてきたものを壊してしまっている。それは、将来の出口政策を困難にするだろう。日銀が国債購入を縮小する際、代わりに国債を受け止める流動性の厚い市場が存在しないと、金利は急騰する恐れがあるからだ。

?ところで、10月の追加緩和策の根拠を日銀は原油価格が大幅に下落したため、と説明していた。そのころよりも原油価格は4割以上も下落している。しかし、最近の日銀幹部から感じられるニュアンスは次のようになるだろう。

(1)10月の追加緩和は、原油下落の中でも2015年春闘での賃上げ実現を狙ったものだった

(2)そのもくろみは成功したので原油下落=追加緩和とはならない

(3)ガソリン価格の低下と賃上げが重なれば春以降の日本経済は加速する

(4)その場合、コアコアCPI(エネルギーと食料を除いた消費者物価指数)は徐々に上昇を始め、原油がどこかで上昇に転じれば、インフレ2%が見えてくるはず……

?15年度中のインフレ2%達成はやはり困難となれば、日銀は追加緩和を選択するだろうが、しばらくは様子見ではないか。実際問題、国債購入の増額は無理があるし、上述のような問題をさらに深刻化させるため、それは避けるべきである。日銀の事務方も、他に市場から購入できる資産がないか探し回っていると思われる。

(東短リサーチ取締役?加藤 出)

http://diamond.jp/articles/-/65269 
【第28回】 2015年1月19日 野地 慎 [SMBC日興証券シニア金利ストラテジスト]
独長期金利目先は反転の公算も中長期には低下基調が続く
?2014年後半から続く原油価格の下落傾向に歯止めがかからない中、世界の債券市場では長期金利の低下が続いている。日本の10年国債利回りの0.3%割れに関心が集まっているが、ドイツ10年国債利回りの0.5%割れも注目に値する。これまでの利回り低下ペースに鑑みれば、日本の10年国債利回りを下回る可能性もある。
拡大画像表示
?第27回の本欄でも指摘したように、原油価格下落はデフレ圧力を高め、ユーロ圏の長期金利を低下させやすい。ECB(欧州中央銀行)がデフレ回避のために強力な量的緩和政策を行うとの思惑を高めやすく、その手段として国債買い入れが実施されるとの期待を起こさせるからだ。
?ECBの超過準備(当座預金)の付利金利がマイナスであることを考えれば、ユーロ圏の銀行はプラスの利回りの国債を売却してマイナスの当座預金に資金を滞留させる動機に乏しく、そのことがユーロ圏短中期債の利回りのマイナス化を促し、さらには長期金利を押し下げている格好だ。
?ただし、ECBによる国債買い入れ政策はいまだ決定されておらず、超過準備のマイナス金利という「量的緩和政策遂行の障壁」をいかにクリアしていくかについても不透明だ。つまり、現在のドイツ長期金利低下はそのほとんどが思惑によるものであり、リバウンドするリスクを大いにはらんでいると言わざるを得ない。
?それでも、中長期的にはドイツの長期金利は低下傾向にあり、容易には上昇しないだろう。ECBは既にバランスシートの拡大、つまり量的緩和政策導入についてはコミットしているが、この政策によって供給されたマネーの行き先を考えた場合、結果として国債などの債券が選択されやすいためだ。
?ユーロ圏各国の銀行の健全性が、幾度かのストレステストや資本注入を経て高まっていることは事実。しかし、銀行規制強化の潮流の中、米日の銀行と比して預貸率が依然高いことなどに鑑みれば、引き続き貸し出し資産圧縮のインセンティブは高いだろう。
?企業サイドの資金需要の低迷も重要だ。ユーロ圏の設備稼働率は長期平均を下回って久しく、また、長きにわたる経済成長率低迷や今後予想される少子高齢化などを前に、企業における期待成長率が伸び悩めば、今後も投資の活発化は期待できない。つまり、資金需要は高まりそうにない。
?貸す側、借りる側の問題からユーロ圏で貸し出しが伸び悩むことを想定すれば、ECBによって供給されたマネーの多くは国債に流入しやすい。当面はリバウンドしやすいものの、ドイツ長期金利が低下傾向を続けるシナリオの公算が大きいことにも留意すべきだ。
(SMBC日興証券為替ストラテジスト?野地 慎)
http://diamond.jp/articles/-/65270 


 

情報BOX:米一般教書演説、中間層支援を強調へ
2015年 01月 19日 12:33 JST
[ワシントン 18日 ロイター] - オバマ米大統領は20日、2015年の一般教書演説に臨む。ホワイトハウス当局者によると、今年のテーマは中間層の家計支援になる。

以下は一般教書演説のポイント。

<税制改革>

税制改革を中心に中間層の家計支援に向けた措置を表明。富裕層に恩恵が偏る税の抜け穴を封じ、中間層の教育や子育ての支援強化を打ち出す。

<通商問題>

環太平洋経済連携協定(TPP)と環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)への支持を呼びかける。

貿易協定の議会承認を円滑にする大統領貿易促進権限(TPA、通称ファストトラック)法案の可決へ強い意欲を表明する。

ファストトラックをめぐっては、一部の共和党議員のほか、民主党からも反対意見がある。

<移民法改革>

オバマ大統領は昨年11月、一部の不法移民の本国送還を見送るなどの内容になるとみられる移民制度改革について、大統領令などを使い断行する考えを表明した。野党共和党は強く反発したが、今回も改革を推し進める姿勢を示す。

<外交政策>

キューバとの国交正常化に向けた方針を改めて強調し、対キューバ禁輸措置を撤廃するよう議会に訴える。イランの核開発問題の協議にも言及し、追加制裁の回避を議会に求める。

<サイバーセキュリティ>

大手企業や連邦政府の最近のハッキング被害を受け、サイバーセキュリティ強化のための法案可決を議会に求める。

<グアンタナモ収容>

キューバにあるグアンタナモ米海軍基地の収容施設の閉鎖を改めて表明し、捕虜を他の場所に移転させる計画の障害を取り除くよう議会に訴える。

そのほか、警察官による黒人暴行事件を受けた警察権力の改革の必要性や、パリの新聞社銃撃事件をふまえた過激派組織への対策強化などを表明する。


日銀は「落とし前」追加緩和か、量的・質的緩和に限界説も−サーベイ

(ブルームバーグ):原油価格の急落で日本銀行の2%物価目標の達成が一段と困難になっている。消費者物価上昇率が鈍化して0%に近づくタイミングで、2年という期限の断念と併せ、追加緩和に踏み切るとの見方がエコノミストに強い。長期金利が連日最低を更新し、量的・質的緩和の副作用が強まる中、その限界を指摘する声も出ている。
ブルームバーグ・ニュースが9日から14日にかけてエコノミスト33人を対象に行った調査で、20、21日の金融政策決定会合は全員が現状維持を予想した。原油価格の急落により2年での目標達成困難が明白になるタイミングで追加緩和が行われるとの見方が強く、その時期は3−4月が9人、6−7月が7人、10月が10人という予想になっている。

クレディ・アグリコル証券の尾形和彦チーフエコノミストは、「2年で2%」という目標達成期限との整合性の観点から、4月末あたりをめどに追加緩和が行われるとの期待が高まる可能性があると言う。
その上で、生鮮食品を除くコア消費者物価(CPI)前年比が0.5%割れとなる春先は追加緩和なしで乗り切ったとしても、「さすがに10月末の展望リポートのタイミングで『2年で2%』の期限切れが衆目の事実となるため、達成時期の1年先送りとともに、市場を納得させるため、『落とし前』の意味も含めて追加緩和に動く」とみる。

日銀は昨年10月31日の決定会合で、「消費税率引き上げ後の需要面での弱めの動きや原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として働いている」とした上で、「短期的とはいえ、現在の物価下押し圧力が残存する場合、これまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクがある」として追加緩和に踏み切った。

コアCPIはマイナス転落も

原油価格の指標であるWTI(ニューヨーク原油先物)は日本時間16日4時現在1バレル=46ドル台と、昨年10月末から足元にかけての下落幅は43%と、前回中間評価を行った7月中旬から10月末までの下落幅(20%)を大きく上回っている。

JPモルガン証券の菅野雅明チーフエコノミストは「原油価格が当面現状並みで推移すると仮定すると、コアCPI前年比は本年央までにマイナスになる可能性は高い。日銀が主張し続けてきた『2年以内に2%物価実現』の公約は早晩見直す必要性が出てくる」と指摘する。

エコノミスト調査では、半数近い15人がコアCPIは年内にマイナスに陥る可能性があると回答した。HSBCホールディングスのデバリエ・いづみ日本担当エコノミスト(香港在勤)は「コアCPIのマイナス転落は日銀の追加緩和の引き金になる」と予想する。

デバリエ氏は「コアCPIの下落は原油価格下落が主因であり、その影響は一時的とは言え、人々のデフレ心理を永遠に取り除こうと躍起になっている日銀にとっては深刻な障害となる。信認という観点からも、メディアがコアCPIのマイナス転落を騒ぎ立てている状況を日銀が傍観するとは考えにくい」と語る。

量的・質的緩和に限界説も

シティグループ証券の村嶋帰一チーフエコノミストは「今後、実際のインフレ率が前年比0%に近づけば、政策決定の論理を変更しない限り、日銀はインフレ期待への波及を防ぐため再度の金融緩和に踏み切る」と予想する。

明治安田生命保険の小玉祐一チーフエコノミストも「黒田総裁は『物価目標至上主義』的な立場を崩しておらず、物価目標の達成が困難となれば追加緩和に踏み切らざるを得ない」とみる。

一方で、長期国債を大量に買い入れる現在の量的・質的金融緩和の枠組みは限界に近づいているとの見方も出ている。現物債市場で長期金利 の指標となる新発10年物国債の337回債利回りは16日、日本相互証券が公表した前日午後3時時点の引値より2ベーシスポイント(bp)低い0.225%で開始し、過去最低を付けた。

日銀は新しい手法を模索

BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「追加緩和期待はあるが、実現可能性の観点から、追加緩和は相当難しい」と指摘。「インフレ率の低下が続く中、黒田総裁は苦しい対外説明を余儀なくされるが、エネルギーを除いたCPIがあまり低下していないことなどを強調し、市場からの追加緩和プレッシャーをかわす」とみる。
大和証券の野口麻衣子シニアエコノミストは「黒田総裁は『できることは何でもやる』姿勢を強調しているため、いずれ再度追加緩和が投入される可能性を完全に排除することはできないが、既に実務的に限界に近い緩和策が打ち出されていることから、追加緩和なしをメーンシナリオとしている」という。

東短リサーチの加藤出チーフエコノミストは「日銀は景気が春以降加速すると見ているので、15年度のコアCPI見通し(政策委員の中央値)が1%台前半でも、年度後半には2%に行くと言い続けると同時に、食料及びエネルギーを除く総合、いわゆるコアコアCPIへの着目を促しながら、現状維持をしばらく続ける」とみる。

しかし加藤氏は、「15年度の2%達成はさすがに困難となったら、追加緩和策だろう。国債買い入れの増額は厳しいので、別の新たな資産を探していると思われる」としている。


 


焦点:原油40ドル台なら物価上昇ゼロへ、15年度成長率2%台に押し上げ
2015年 01月 19日 13:56 JST
[東京 19日 ロイター] - 原油価格が1バレル40ドル台で当面推移すれば、国内物価上昇率がゼロ近辺に低下するものの、15年度の成長率は2%台まで押し上げられる──。こんな姿を多くの民間調査機関が描いている。

ただ、一部では原油安による新興国経済の混乱も指摘され、金融・資本市場の価格変動を通じたリスクを指摘する声もあり、原油安は世界経済にとり両刃の刃となりかねない。

<40ドル台継続なら、CPIはゼロ%近辺に>

米WTI原油先物CLc1は、1月中旬にいったん1バレル45ドルを割り込んだ後、足元では48ドル台に反発している。

国際エネルギー機関(IEA)が16日に発表した月報で、今年後半には北米での供給が減少するとの見通しを示したことが材料視された。ただ、石油輸出国機構(OPEC)が減産の意向を示していないため、市場では本格的な価格反転の時期は依然として不透明だとの見方が多い。

こうした情勢の下で、複数の民間調査機関は、今年春ごろまで40ドル台で推移した場合、夏ごろまでに消費者物価上昇率(CPI)が前年比でゼロないしマイナスに落ち込むとの見通しを弾き出している。

SMBC日興証券は、3月までにCPIの前年比がマイナスに、15年度平均はプラス0.5%程度とみている。みずほ総研は、15年4─6月期に前年比プラス0.2%まで低下すると予想。ソシエテ・ジェネラル証券は15年7─9月期に同ゼロ%程度まで低下すると予想している。

50ドル台に戻した場合でも、物価は0%台前半まで落ち込むとの見方が多い。BNPパリバ証券は、50ドル台半ばでしばらく推移するとすれば、15年4月に同プラス0.1%まで低下、みずほ総研はプラス0.3%まで低下すると試算。バークレイズ証券は15年末でも同0.5%程度の伸びにとどまると予想している。

バークレーズ証券は、原油価格自体が30ドル台まで低下する可能性もあると想定している。昨年12月にサウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相が「たとえ原油価格が20ドルまで下落しても減産せず」と発言したが、石油輸出国機構(OPEC)が減産しないまま事態が推移すれば、15年末に30ドル台まで下落する可能性があり、日本のCPIは16年1月に前年比マイナスに落ち込むとみている。

<原油安で、15年度実質GDP2%台へ>

他方、成長率にとって原油価格下落は押し上げ要因となる。1月に公表されたフォーキャスト調査(民間エコノミスト41人の見通し平均)では、原油価格の平均が15年度に66.7ドル程度、前年度比28%下落するとの前提で、実質国内総生産(GDP)は15年度にプラス1.75%まで押し上げられるとの結果が出た。

エネルギー価格やガソリン、電気料金の低下で経済活動には減税と同じ効果が表れるためだ。調査機関の多くは、原油価格の見通しを一段と低く修正し、成長率を高めに修正しようとしており、2%台の成長率に乗せる可能性を指摘する民間機関が増えそうだ。

BNPパリバ証券は、50ドル台に戻して推移した場合には実質GDPを0.4%押し上げるとみている。

みずほ総研は、原油価格が10%下落すると実質GDPは0.1%程度上昇すると予測。15年度は原油価格を平均61ドルとして、実質成長率は2.4%程度と予測しているが、このうち原油価格による押し上げ効果は0.5%ポイントと見ている。

SMBC日興証券は、同様に60ドル台を前提とし、実質成長率は3%程度と予測。従来の80ドルを前提にした場合の2.1%成長に比べ、大きく押し上げられる見通しだ。

<政府は名目GDPの大幅回復期待、デフレ脱却へ>

政府は、原油価格下落による効果について、実質GDPよりもむしろ名目GDPへのプラスについて注目している。

1月12日に公表した政府経済見通しでは、原油価格の見通しを機械的に直近相場の平均値69.3ドル、前年平均から26%下落と仮定した。

原油下落20%で実質GDPを0.2%押し上げる程度という効果を含め、15年度の実質GDPはプラス1.5%とし、民間予測(同1.75%)に比べるとやや弱い姿を示した。

一方、名目はプラス2.7%と、民間見通し(同2.45%)に比べて高めの見通しを作成、原油価格下落に伴う交易条件の改善が寄与して経済活動が活発化し、デフレ脱却に向かうとの展開を想定した。

政府高官は、名目GDPは原油下落でデフレータが上昇するので、それが表れる1─3月期以降にはかなり強くなるとみている。名目GDPの大幅な伸びは、基本的には税収の伸びにつながるとみられ、財政再建にも一役買いそうだ。

政策当局と民間調査機関とも、原油価格の低下は長期化しないとの想定でほぼ一致している。一時的に40ドル割れとなっっても、エネルギー投資が不採算になり投資が減少すれば、供給が減少し価格が回復していくとの見通しだ。

バークレイズ証券は、今年末に70ドルまで回復するのがメーンシナリオ。物価上昇率の低下も、年後半には下げ止まり、再び上昇に転じるというのが大方の見立てとなっている。

<原油価格下落は、世界経済に両刃の剣>

原油価格の下落は、産油国以外の世界各国にとってもプラス材料となる。JPモルガン証券によれば、14年度後半の原油下落は15年度世界経済を実質GDPで0.5%押し上げる。

原油安に伴う世界経済へのリスクについて、政府や日銀では、欧州だけでなく中国や新興国におけるデフレ懸念の台頭や、シェールガス関連企業の倒産リスクなどが指摘されている。

だが、その実現可能性については、現時点では低いとみている。リスクがロシアやベネズエラといった一部の国に限定されている、というのがその根拠だ。

ただ、新興国では事情がやや異なるとの指摘も民間にはある。「原油安によるオイルマネー縮小といったリスク要因を抱える中、これまで先進国より成長率が高かった新興国が減速してくる」(日本総研)との分析も出ている。

特に産油国では、原油安が財政を直撃し、地政学的リスクの高まりも予想され、原油価格の振れが大きくなる見通し」(日本総研)だという。新たな均衡を模索する不安定な動きが続くリスクが意識されそうだ。

原油安がどの程度で下げ止まるのか、不安定な動きが短期間で収まるのか、あるいは世界経済に波及するのか──。誰も予想しなかったほどの原油価格下落は、世界経済や地政学リスクの観点から、先の見えない不透明感にもつながっている。

(中川泉 取材協力:スタンレーホワイト 編集:田巻一彦)


  


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