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スイス中銀が匙を投げた日
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kubotahiroyuki/20150117-00042310/
2015年1月17日 8時30分 久保田博幸 | 金融アナリスト
1月15日の日本時間の夜6時半あたりで為替相場が急変した。スイスフランが急騰したのである。スイスの中央銀行であるスイス国立銀行が、スイスフランの上昇を食い止めるために設定した対ユーロの為替レートの上限を撤廃すると発表したことが要因であった。
スイス中銀は信用不安が拡大していた2011年9月に、通貨スイスフランの上昇を防ぐため、ユーロに対する為替レートの上限を1ユーロ=1.20スイスフランに設定した。この水準を維持するため、つまりはスイスフラン高を防ぐため、外国為替市場での無制限介入、スイスフラン売りユーロ買いを実施してきた。この無制限介入を終了すると発表したのである。
その上限の撤廃と無制限介入の終了の理由として、スイス中銀は、昨年からユーロとスイスフランが米ドルに対し大幅に下落し、国内産業への脅威も後退したため、上限を設定する大義は薄れたためとしていたが、本当の理由は異なると思われる。
わずかな時間でスイスフランがユーロに対して40%も急騰したことをみても、市場参加者はまったくこの上限撤廃と無制限介入の終了は意識していなかったことが伺える。まさにサプライズと言えたが、ここにいったいどのような理由があったのか。
スイス中銀は対ユーロの為替レートの上限を撤廃の代わりとして、超過準備に適用する金利をマイナス0.25%からマイナス0.75%とし、政策金利のLIBOR誘導目標レンジもマイナス1.25%〜マイナス0.25%に引き下げた。つまり利下げを実施した。マイナス金利ではあるが、ある意味伝統的な金融政策手段に戻した格好となった。しかし、これはほとんど歯止めにはならなかったことからも、スイス中銀はいったい何を考えているのかということにもなりかねない。
これにはスイス中銀としてはやむを得ない事情があったと推察せざるを得ない。そのひとつの要因として推測されるのが、1月22日のECB理事会である。この会合で量的緩和策を導入する可能性が高まっている。ドイツなどの反対は根強いが、ユーロ圏のディスインフレ傾向は強まっており、ドラギ総裁としては通貨安などでの物価上昇を意識した量的緩和を実現させようとしている。そのあたりの動きの情報をスイス中銀がキャッチしたことで、1ユーロ=1.20スイスフランに押さえ込むことは物理的にかなり厳しくなると判断したのではなかろうか。また、ギリシャの総選挙が迫り、安全資産としてのスイスフランへの買い圧力がさらに強まることも意識した可能性もある。
さらに、この無制限介入という物量作戦にもかなり無理が生じてきた可能性がある。スイス中銀のバランスシートは膨れあがり、スイスの外貨準備はGDPの7割を超える規模に膨らんでいる。これ以上無理を重ねることに対して、大量に保有するユーロ資産のリスクが大きくなるなど、国内でこれ以上の介入に対して反対の声が上がっていたであろうことも想像させる。
スイス中銀は、患者の治療方法が見つからず、医者(漢方医)がこれ以上の治療はないと見切りをつけ、その匙を投げ出してしまった、つまり匙を投げたということになるまいか。
為替レートの上限設定にはかなり無理があったであろうことも確かであるが、むしろここまで良く続けてきたものともいえる。それほど規模が大きくないスイスフランであればこそできたかもしれないが、それでもかなりの無理をしてきたことも確かである。
同様のことが日本の中央銀行である日本銀行の金融政策にも言える。すでに発行額相当の国債を買い入れているような状況下、ここからの国債買入はかなり無理がある。来年度の国債発行において中短期債は減額される。公的年金などが国債売却を進めるにしても限度はあるし、これは銀行にとっても同様である。ましてや追加緩和によるこれ以上の国債買入増額は技術的には無理がある。現在のペースの買入でもいずれ行き詰まってしまうことも予想されている。しかもこれだけの国債買入を実行しているにも関わらず、スイスと同様に結果が出ていない。日銀の物価目標2%は風前の灯火どころか、4月にむけて前年比マイナスとなる可能性すら出てきている。
今回のスイス中銀の動きは、金融政策や為替政策には限度があることをあらためて見せつけた。すでにFRBはうまくタイミングを見計らってこのゲームから降りており、イングランド銀行も同様である。そのなかで無理を続けている日銀と、その日銀同様に無理をしようとしているのがECBとなる。これからはこの歪みが金融市場にとっての大きな課題となりかねず、その徴候を今回のスイスフランの急騰が示していたようにも思える。
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