一見好調のニッポン株式会社がこのままでは沈む理由 持続的に成長するための2つの課題とは 2016.1.4(月) 加谷 珪一 日本企業は体質改善が待ったなし。どこに向けて針路をとればいいのか?(写真はイメージ) このところ日本企業の利益が拡大している。2015年12月末に2016年度予算の政府案が閣議決定されたが、好調な企業業績を背景に税収は前年度で3兆円の増加となった。 だが日本企業の業績拡大は、そろそろ頭打ちとなる可能性が高い。その理由は、業績拡大の多くの部分が円安効果によるものであり、必ずしも持続的な成長軌道に乗っているわけではないからだ。 米国は昨年末とうとう利上げに踏み切ったが、米国経済は過熱が心配されるほどの水準ではなく、利上げペースが緩やかなものになることは確実である。日銀がさらに大胆な追加緩和に踏み切らない限り、この先、大幅な円安は期待できないだろう。そうなってくると、日本企業の業績も伸び悩む可能性が高くなってくる。 2016年は、日本企業が本当の意味で体質転換できるのか正念場の年となるだろう。 大手メーカーの収益率は拡大しているが・・・ リーマン・ショック以降、日本企業の業績は大幅に拡大した。2010年度から2014年度の5年間に、売上高は約5%増加し、当期利益は2倍になっている(法人企業統計)。株主に対する配当も約1.5倍に拡大した。2010年度の株価はだいたい1万円前後だったが、利益が倍増したことを考えれば、株価が2万円に達したのは当然の結果といってよいだろう。 だが今後も同じようなペースで利益が増加し、それに応じて株価も順調に上昇するのかというと、必ずしもそうとは言えない。日本企業の収益拡大は、円安による円換算の売上増加と人件費の抑制によってもたらされている可能性が高いからである。本当の意味で収益体質に転換したわけではないため、円安効果が一段落してしまうと、利益成長のペースが鈍化してしまうリスクがある。こうした状況は、企業の経営状況をもう少し詳しく見るとよりはっきりしてくる。 日本企業の収益拡大を牽引しているのは、主に大手の製造業である。このセクターにはトヨタなど日本を代表する企業が含まれているが、こうした企業群の業績は極めて好調である。 資本金10億円以上の製造業は、過去5年間で営業利益率を3.5%から5.0%に拡大させており、収益力の上昇が顕著となっている。だが稼ぐ力が拡大したのは、円安による名目上の売上高増加による部分が大きい。 日本メーカーは、国内の下請けメーカーから主要部品を調達し、国内あるいは現地で生産を行うという業態が多い。円安によって売上高が拡大する一方、売上原価はあまり変化しておらず、この差分が利益となって顕在化していると考えられる。つまり、金額ベースでは業績が拡大しているものの、数量ベースではあまり状況が変わっていないことになる。 中堅企業は逆に売上高を減らしている そうなってしまうと、大手メーカーに部品を納入する中堅・中小メーカーはあまり潤わないことになる。実際、大手メーカーの下請けになっている可能性が高い資本金1000万円から1億円未満の製造業(便宜的にここでは中堅企業とする)については、過去5年間の売上高がマイナスとなっている。マスメディアなどでは、多少センセーショナルに「大企業ばかりが儲かっている」と報道されているが、この図式はあながち嘘ではない。 ではこうした中堅企業の利益が減っているのかというとそうではない。このセクターの営業利益率は大企業ほどではないが、やはり増加傾向が続いている。こうした中堅企業は、売上高がマイナスなのに、どうやって利益を捻出しているのだろうか。それは人件費の大幅な削減である。 このセクターで働く従業員の数は5年間で約10%減少した。平均給与は約330万円とあまり変わっていないので、とにかく社員の数を減らすことでなんとか利益を拡大させたという状況である。 一方、大企業の従業員数はあまり減っておらず、平均年収は逆に650万円から680万円に上昇した。大企業の社員の待遇が上昇しているのも本当であり、中堅企業の雇用にそのしわ寄せが来ている。 こうした利益成長シナリオは、円安が継続すればある程度までは持続可能だが、円安のペースが鈍化すると一気に崩れてしまうリスクがある。日本企業のPER(株価収益率)はここ数年10倍台で大きく変化していないのだが、PERは企業に対する市場の期待値であり、ビジネスモデルに対する市場の評価と言い換えることもできる。つまり、PERが変化していないということは、市場は日本企業の基本的な事業構造が変わっていないと判断していることになる。 日本企業の基本的な仕組みが変わっていないことは、以前から指摘されてきたことである。バブル崩壊以後、業績の悪化によってリストラに追い込まれた企業は少なくないが、日本企業が行ってきたリストラは、ほとんどが人件費の削減や資産の売却などにとどまっている。根本的な体質改善まで踏み込んだところはほとんどないといってよいだろう。 大手電機メーカーの成否を分けたもの 日本企業復活のモデルケースといわれた日立製作所も状況は同じである。同社は「総合電機メーカー」の象徴的存在であり、かつては11兆円を超える売上高を誇っていた。2009年に7800億円の赤字を計上し、事業のリストラクチャリングが実施されたが、その方法は、選択と集中をやめ、各部門でコスト削減を徹底し、利益を捻出するという消極的なものだった。 コスト削減策を徹底した結果、同社の収益力は改善し、過去最高益を更新するまでに業績は回復した。日立はカバーする領域が広く、相互に関連しない部門を社内に多数抱えている。よく言えば多角経営であり、悪く言えばいわゆる「ダボハゼ」経営だが、これが功を奏した格好だ。 パナソニックやソニーも業績悪化から復活を果たしているが、基本的な図式は同じである。選択と集中をやめ、各部門でのコスト管理を徹底させ、全体の利益率を拡大させるという手法が採用された。 シャープや東芝が復活のきっかけをつかめないのは、同社が、日立やパナソニックのように幅広い事業ポートフォリオを持っておらず、業績が悪化した事業部門のコスト削減だけでは、全体の利益を捻出できないからである。コスト削減で対応したという点においては、シャープとパナソニックに根本的な違いはなく、企業体力のみが運命を分けたといっても過言ではない。 このように、抜本的な事業構造の改革を実施せず、コスト削減だけで利益を回復するというのは、短期的には効果があっても、持続的な成長はもたらさない。 製造業に属する大企業はこの5年間で売上高を2%拡大させたが、この数字はグローバルに(相対的に)見た場合、マイナスの結果ということになってしまう。同じ期間で全世界の名目GDP(国内総生産)は約18%成長しており、先進国に限っても約10%の伸びとなっている。日本の名目GDPは約2%の伸びとなっているので、日本企業の売上高はGDPの伸びをわずかに上回っているに過ぎないというのが現実である。 日本メーカーの相対的な規模が縮小しているということは、原材料や部品の購買力が低下することを意味しており、長期的には競争力の低下につながってくる。日本が閉じた経済圏でない以上、国内市場を基準にした成長が実現できればよいというわけにはいかないはずだ。 サービス業の生産性は年々低下している こうした製造業のいびつな成長の結果、中堅メーカーの人員削減で減らされた従業員の受け皿になっているのが、国内の非製造業(サービス業)である。大手サービス業における雇用者数は過去20年で30%、中堅事業者における雇用者数は25%も増加した。日本経済はすでに成熟国家のフェーズに入っており、製造業からサービス業に人材がシフトするのは当然の結果であり、マクロ経済的に見ても望ましい動きではある。 だが、問題なのは、国内のサービス業が人員の増加にともなって経営効率を悪化させていることである。 国内におけるサービス業の1人あたりの売上高は基本的に減少が続いている。国内市場は人口増加率の鈍化に伴ってほぼ横ばいで推移しており、各社とも売上高はあまり変わっていない。売上高が変わらず、雇用者が増えているということは、同じ規模のビジネスをより多くの人員でこなしているという解釈になる。1人あたりの売上高を単純に生産性と解釈すれば、日本のサービス業における生産性は年々低くなっているわけだ。 おそらくその原因は、日本の雇用制度にある。日本の労働法制では原則として解雇は禁じられており、新しい人材を採用すると、その分、従業員総数は増えるだけとなる。サービス業の売上げは横ばいでも、経済の成熟化に伴って事業の中身は大きく変わっている可能性が高い。新しい業態に対応するために新規で人材を採用したものの、余剰となった雇用は維持しなければならず、結果的に過剰な雇用が維持されている可能性が高い。 労働者の賃金が上昇するためには、最終的には生産性が向上する必要がある。政府が企業に賃上げを強く要請しているにもかかわらず、なかなか賃金が上昇しないのは、企業の生産性が向上していなからである。実際、マクロ経済的に見たサービス産業における全要素生産性(TFP)は90年代、2000年代ともにマイナスである(経済産業研究所)。過剰な雇用を抱えていたままでは、生産性は上がらない。 もっとも注力すべきなのは新サービスの創出 全体を俯瞰してみると、2つの課題が浮かび上がってくる。1つは製造業のビジネスモデルの転換であり、もう1つはサービス業における生産性の向上である。 製造業については、これまで述べてきたように、コスト削減で利益を拡大させる基本戦略がそろそろ限界に来ている。日本の製造業における事業構造の転換は待ったなしの状態といえる。これが実現できないと、日本経済を継続的な成長軌道に乗せることは難しいだろう。 大手メーカーが事業構造を転換させるということは、中堅・中小メーカーが、従属的な下請け構造から脱却するということも意味している。自立できない企業は淘汰されることになるだろうが、これは産業構造の転換期において避け通ることができないものである。 一方、サービス業は製造業と異なり、簡単に生産性を上げることはできない。サービス業は属人的な仕事が多く、1人が接客できる相手の数には限度があるからだ。すべての事業者がスターバックスのような、客単価の高い高付加価値型サービスに移行することも難しいだろう。 このような環境において、サービス業全体の生産性を上げるためには、1社あたりの従事者の数を減らす必要があり、そのためには、余剰となった人員の受け皿となる新しいサービスが必要となる。今の、日本において求められているのは、雇用の受け皿となる新しいサービスの創出であり、本来であれば経済政策はこの方向を向いているべきだろう。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45671
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