コラム:アベノミクス初の円高局面入りか=山田修輔氏 バンクオブアメリカ・メリルリンチ チーフ日本FXストラテジスト [東京 28日] - 国内外の市場関係者の中では、ここ2―3年は「円安派」が多勢だったが、2016年は「円安派」と「円高派」に割れそうだ。筆者もこれまで円安派だったが、16年に関しては円高派に属する。16年は、アベノミクスの円安要因が剥落する中で外部環境がドル円を支配する展開を予想する。 安倍政権下での円安進行、円高圧力軽減は、以下の3つの要因が支えてきた。 ●安倍政権は支持層を広げ政治基盤を強化すべく、リフレ的で、株式市場・ドル円・景気に対してフレンドリーな経済政策を優先している。 ●その根幹として、政府・日銀がデフレ脱却と2%の物価安定目標の達成を目指し日銀が量的質的緩和(QQE)を遂行する一方、米連邦準備理事会(FRB)が正常化に向かう中、日米金融政策の乖(かい)離が進む。 ●そうした政策環境が直接的、間接的に国内投資家の安全資産からリスク資産へのポートフォリオリバランスを推し進める。 この政策パッケージは円安(13年、14年)要因であり、円高圧力を軽減しドル円の歴史的安定(15年)に寄与した。また、こうしたストーリーの下、海外マネーもドル買い円売りを進めた。しかし、この円安環境に陰りが見える。 対外環境は15年にすでにドル高・円高圧力をかけていたが、その構図が継続し、筆者は安倍政権下では16年に初めて対ドルでも多少の円高を見込んでいる。16年3月までは政策かい離を背景にドル円がドル高円安方向への上昇トレンドを維持する可能性はなお小さくないが、春先以降のリスクはドル安円高方向への下振れである。 <人民元下落がドル円下落に作用する可能性> FRBが利上げに踏み切り、市場ではひとまず米国短期金利が上昇している。ただ、当社は16年に3回の利上げを予想しており、約2回の利上げを織り込んでいる市場の追加的織り込み余地は大きくない。 よって、ドルに対するリスク要因は外部から舞い込んでくる可能性が大きい。日本の政策当局も現行の為替水準を適当と見なしている可能性が高いため、為替に関してはより消極的な政策対応が予想される。 14年後半から「ドル高・原油安」が市場を形づくっている。この間、米国が金融政策正常化を模索する中、新興国の金融環境はタイト化し、供給側要因も相まって、コモディティーの需給バランスが急激に緩み、「交易条件ショック」が発生した。 為替相場ではドルの需給が逼迫(ひっぱく)したが、ドル指数が90を超えるあたりからドル高の弊害が米国株式市場でより明確に認識され、コモディティーや新興国通貨下落の圧力がドル買いのみでなく、ファンディング通貨である円買いにも波及した。 ドル高、新興国通貨安の水準調整が進んだことで、16年に過去18カ月間見られた規模のショックは予想されない。しかし、調整の終わってない可能性が高い通貨がある。中国人民元である。FRBが利上げに踏み切る一方で、中国は金融緩和を模索しており、中国人民銀行が徐々に為替介入を緩める中で人民元が市場想定を超えて下落する可能性が高い。 人民元下落は新興国(アジア)通貨全般にもネガティブで、一時的に中国からの資本流出を伴いドル需給の逼迫が予想される一方、中国の購買力低下はコモディティー需給にネガティブな意味合いを持つ。 ブレント原油価格が16年に底打ちするシナリオを描いてはいるものの、反転の勢いは弱く、下方リスクを見ている。もし原油価格下落に歯止めがかからなければ、サウジアラビアによる通貨切り下げという「究極のテイルリスク」が現実味を帯びてくる。 <追加緩和でも「質」重視なら為替への影響は限定的> 当社は16年もドルが(円や、いくつかの通貨を除き)全体としては上昇すると予想しているが、米国経済が依然として2%そこそこの成長基調にある中、さらなる米国経済成長の加速に裏付けられない(外部要因が引き起こす)追加的なドル高は、緩慢な利上げサイクルの加速を拒み、米国の実質金利を押し下げる可能性がある。 過去の原油価格下落と米国実質金利低下の局面では、円は買われてきた。よって、ドルが円やユーロといったファンディング通貨対比で上昇するためには、日銀と欧州中銀(ECB)の追加緩和が必要となる。 確かに、経済物価情勢や政治日程を考慮すると、16年前半に日銀が追加緩和に踏み切る可能性は残っている。米利上げサイクル入り直後に追加緩和が発動されれば、政策かい離が印象付けられ、一時的にドル円は125円を超えて上振れる可能性もある。しかし、追加緩和があるとしても、上場投資信託(ETF)購入ペース倍増など質的緩和の側面が強く、為替への持続的影響は限定的となろう。 12月の日銀政策決定会合で発表された補完措置に対し、ドル円や日本株がネガティブに反応したのも、市場が日銀の緩和オプションの限界について警戒を強めている証左と言える。 <国際収支についても資金流出ペースは減速へ> 次に国際収支の基調だ。筆者の試算では、14年夏に本格化した年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と3共済の外国証券へのリバランスはすでに半分以上進展しており、残り数兆円が15年度末までに大方終了すると推測される。 それまではドル円サポート要因だろうが、これら公的年金のリバランスが終了すれば、対外証券投資は鈍化するだろう。FRBの緩慢な利上げサイクルや依然緩やかな世界経済成長(15年の3.1%から3.4%へわずかに加速)を前提とすると、他の投資家層が年金の買い越し減少分を取り戻すほど外国証券投資を活発化させるとは予想し難い。 また、確かに原油価格が回復すれば経常黒字は16年にわずかに縮小するかもしれないが、対外直接投資も円安や内需主導の成長により減速する可能性がある。 総じて、基礎的国際収支の対外流出傾向は恐らく保たれるだろうが、より中立的となり、この円相場の水準をさらに押し下げる力に欠けるだろう。 <「無敵の日銀」前提が崩れれば、ドル110円も視野に> 最後に政治だ。16年は7月に参議院選が予定されている。この選挙は、その後の衆議院解散や総裁任期の特別延長がなければ、自民党総裁の任期が18年に到来する安倍首相にとって最後の国政選挙となる見込みだ。また、政治日程を考慮するとダブル選挙となる可能性も指摘されている。 与党圧勝となる可能性は十分あるものの、憲法改正を自らの政治使命としてきた安倍首相が、選挙後にこれまでと同等に経済政策に政治的資本を最優先に投下する確約はない。経済政策の優先度が相対的に低下すれば、市場の期待に影響が及ぶ可能性もあろう。 このように見ていくと、16年春以降は、これまでドル円を支えてきた環境が変化する可能性が高い。16年末のドル円予想は120円とするが、さらなる円高方向のリスクには注意が必要だ。円高が発生した場合、1ドル=115円と想定される黒田プットが試される。過去3年間、市場は「日銀に逆らわない」姿勢を学んできたが、市場では昨今、日銀の手詰まり感が意識され始めており、日銀の信認が試される形でドル円、クロス円ともに下落圧力が強まるシナリオも念頭に置きたい。 円高に対応できなかった場合、「無敵の日銀」の前提が崩れ、ドル円が110円程度まで下落する可能性も16年に関しては無視できず、付利引き下げを含む政策フレームワーク変更の可能性も出てくる。 *山田修輔氏はバンクオブアメリカ・メリルリンチのチーフ日本FXストラテジスト。PIMCOをはじめとして米国の金融機関でマクロ経済、市場分析に従事し、2013年より現職。2005年マサチューセッツ工科大学(MIT)学士課程卒、2008年スタンフォード大学修士課程卒。CFA協会認定証券アナリスト。石川県小松市出身。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら) http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-shusukeyamada-idJPKBN0UA0A920151228?sp=true コラム:円高ロジックの落とし穴=政井貴子氏 新生銀行 執行役員・金融市場調査部長 [東京 28日] - 「2016年の為替は」と問われて、「15年よりも円高傾向だろう」と答える方が、体内時計には素直だ。というのも、変動相場制移行後、4年以上継続した円安局面はない。いわゆるローソク足で年足を見た場合、年初の始値よりも年末の終値が円安水準となる年、つまり「陽線」が連続するのはせいぜい2年だ。 3年目には年初の始値が年末の終値よりも円高で終了し、後続年も円高傾向で推移するパターンが多い。3年目も年足が陽線となっているのは、1995年から97年と、今回の円安局面である2012年から14年の2回のみだ。 このうち1995年から続いた円安局面は、4年目の98年に1ドル=147円台の大幅円安をつけたものの、ロシア危機が勃発。非常に短期間の間に暴力的に円の買い戻しが進行し、年間の高安差が約36円という振れ幅を伴う円高の年となった。 また、わずか1年で60円を超える円高を誘発し、その後の日本経済に大きな影響を与えたプラザ合意のあった1985年の前数年は、カーター政権のドル防衛策や米金利の高止まりによって円の安値が年々ドル高方向へ切り下がるドル高円安傾向が続いていた。つまり、円安傾向が長期間続けば続くほど、円高方向への揺り戻しは、大きいものだったという苦い経験則がある。 翻って、2015年は円安傾向4年目となり、前年の円の安値を超え125.86円をつけたものの、年間取引レンジが約10円という変動相場制以降で最小の変動幅で終わろうとしており、異例だ。これまでの経験則からすれば、16年あたりには円高に切り返すほうが、しっくりくる。 また、現象面からも一層の円安は限界的に見えやすい。まず、約10.4兆円の貿易赤字を記録し約2.6兆円という過去最小の経常黒字だった2014年と比べて、15年は10月時点ですでに経常黒字が10兆円を超えて通年で久しぶりに11年来の規模になることが確実だ。貿易赤字も15年は10月までで約5700億円と、10兆円近くの円安フローが消滅した。対外直接投資は15年も10兆円規模を維持しているが、相当改善されている。 当局の姿勢にも変化が見られる。2015年7月の国際通貨基金(IMF)による対日4条協議の総括では、円の水準がファンダメンタルと整合的な水準よりも減価していると評価した上で、円安に過度に依存した状態を回避すべきだと指摘している。 また、市場心理も、これ以上の円安進行は輸入物価上昇につながり消費マインドを冷やすとの見方から、政府・日銀がこれ以上の円安を望んでいないのではないかとの思惑に傾きやすい。さらに、米議会が日本の輸出優位につながる実質円安水準(1970年代並みの実質実効為替レート)を容認しないのではないかとの憶測もある。こうしたことから、一層の円安予想が難しくなっている。 <緩やかな米利上げペースとともに円も「じり安」へ> しかし、果たして足元で過度な円安は本当に進行しているのだろうか。実は、2014年に比べれば、一方的な円安は解消されつつある。ドル以外のその他通貨に対して、15年は円高が進行した年だった。 ブラジルレアルや南アフリカランド、トルコリラといった通貨に対しては、20%以上の円高。カナダ、ノルウェー、オーストラリアといった先進国の資源国通貨に対しても10%以上の円高だ。量的緩和を強化しているユーロに対しても円高が進行している。わずかながらでも年初来円安となっているのは、対スイスフランとドルぐらいだ。追加緩和政策の影響で、全方位的に円安が進行した2014年とは対照的だ。また、ドル円を見ても、14年後半以降、単純移動平均に対して実勢レートの円安方向へのかい離が進んだが、今ではほぼ解消している。 日米の貿易財価格比、実質金利差やマネタリーベースを基にした為替の推計値と実勢レートを比較しても、まだ円安方向にかい離はしているものの縮小傾向だ。長期的な円の方向性を示唆する日米物価格差を基に計算される購買力平価は、原油安で日米ともに名目インフレ率はゼロ近辺で推移しており、傾きは失われた状況が続いている。 米国側から見た、ドルの貿易加重平均為替レートを確認すると、確かにドル高は進行しているが、日本を含む主な貿易相手国7カ国ベースの指数は94程度と、過去の平均値近くでの推移となっており、ここ数年の歴史的なドル安水準から平均値に回帰してきたとの見方ができよう。 また、円キャリーの規模を図る1つの目安とされる外国銀行在日支店の本支店勘定の資産規模を確認すると、2015年5月の約11兆円をピークに10月は約7兆円と縮小傾向。過去最大規模(07年の20兆円超)より相当に小さい。何らかのショックでキャリー解消が急激に起こったとしても、リーマンショック時ほどの事態は考えにくい。 こうした状況に鑑みれば、過度な円安が進行中だとは言い切れない。120円台といった絶対値に対する経験上の高値認識はあるものの、日米金融政策の方向性を素直に評価し、2016年を見通すべきではないかと考えている。 米国は、12月に9年半ぶりに政策金利を引き上げた。その折、ドル円は120円台からじわじわと円が売られ、123円をうかがう展開となった。日米2年債金利差は1%に迫り、短期の金利差が実際に拡大すれば相応に円安に反応することを確認したと言えよう。 2016年中の利上げ回数は米連邦公開市場員会(FOMC)のメンバーの予想で4回。市場の先物価格によれば、約2回の利上げが織り込まれている。16年も、低成長、低設備投資、金融緩和傾向継続から、金利差優位が全体のメインシナリオとなるのであれば、緩やかなペースの米利上げとともに、円もじり安傾向と見ている。この見通し通りに米国が進むかを見極めるために、原油安の企業業績への影響、大統領選挙といった様々な材料が市場の関心事となっていくだろう。 <市場に脱デフレの本気度を問われている> 最後に、円の水準感をつかむ1つの目安として、2013年以降の日米2年債金利差とドル円の関係を確認すると、金利差が1%に拡大した時のドル円の水準は130円超えとなっている。120円を割れそうな足元の地合いからは、かなりかい離した風景だ。 この原因は、資源価格安を主因とした株安が不安心理を増幅し、安全通貨としての円の価値を高めているという部分もあるかもしれない。だが筆者は、市場が日本のデフレ脱却に対する本気度を確認している側面もあるのではないかと受け止めている。短期的には次のように解釈できるのではないだろうか。 12月18日に日銀による補完措置発表後、金融政策の専門家以外にはわかりにくかった側面もあり、123円台から円が急騰、年末に向かって徐々に流動性が失われる中、テクニカルにドルの上値を重くしてしまい、年内反発のきっかけはつかみにくい状況となっている。そんな中、補完措置に関して専門家の中には、手詰まり感を指摘する声が多いように見受けられる。量的な緩和余地が乏しいとの発想から、円買い戻しとの整理だ。 2016年は、1月4日に通常国会が召集される。1月末には再び日銀の政策決定会合が予定されている。改めて政府・日銀のデフレ脱却姿勢が確認されれば、日米金利差に準じた緩やかな円安傾向に回帰するだろうと見ている。 *政井貴子氏は、新生銀行執行役員・金融市場調査部長。トロントドミニオン銀行、クレディ・アグリコル銀行などを経て、2007年5月新生銀行に入行。キャピタルマーケッツ部部長、市場営業部部長などを歴任後、2013年4月に新生銀行初の女性執行役員として、市場営業本部市場調査室長に着任。同年7月より現職。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら) http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-takakomasai-idJPKBN0U80RD20151228?sp=true
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