なぜ雇用は増えたのに賃金は下がるのか 超高齢化で大きく変化する労働市場 2015.12.24(木) 池田 信夫 2012年末の総選挙で安倍首相が「輪転機をぐるぐる回せばデフレは脱却できる!」と発言して、奇妙な政策「アベノミクス」を始めて3年たった。しかし今年の後半に入って消費者物価指数(生鮮食品を除く)はマイナスが続き、デフレに戻ってしまった。 では成長率はどうだろうか。あの民主党政権でも3年間で5.7%成長したのに、安倍政権の3年間で2.4%だ(内閣府調べ)。そんな中で失業率だけは3.1%と過去最低を記録し、安倍政権はこれを唯一の成果として誇っているが、本当に喜んでいいのだろうか? 人手不足なのに実質賃金は下がり続ける 失業率が改善する長期的な原因は、日本の生産年齢人口(15〜64歳)が毎年1%以上減っているため、人手不足になることだ。短期的には、リーマン・ショックのあと完全失業率は2009年末に5.5%まで上がったあと、図1のようにずっと下がって来た。 図1 完全失業率(%)と実質賃金の推移(出所:厚生労働省) 特に2011年の東日本大震災のあと、復興需要で建設労働者が人手不足になり、失業率も大きく下がった。安倍政権のスタートした2013年初めには、すでに4%近くまで下がっていたのだ。 普通は失業率が下がるときは労働供給に対して需要が増えているので、賃金(労働サービスの価格)も上がるはずだが、図1のように実質賃金(ボーナスを除く)も下がり続けている。 これは賃金が下がっているので失業率が下がったとも考えられるが、すでに人手不足が生じ、自然失業率(労働需給の均衡する率)を下回っていると思われるので、いまだに下がっているのはおかしい。この原因は、労働市場に変化が起こっているためと思われる。 「正社員」中心の時代は終わった 実際に労働する就業者数はどうだろうか。これも図2のようにリーマン・ショックで大きく減ったあと、増えている。これが安倍政権が「雇用の改善」を誇る理由だが、増え始めたのは民主党政権の2010年からで、アベノミクスが原因ではない。 図2 就業者数と非正社員数の推移(単位は万人、出所:厚生労働省) その原因は図2に描いたように、非正社員が増えていることだ。特に団塊の世代が60歳の定年を迎える2009年から300万人も増えており、これは同じ期間の就業者数の増加(150万人)を上回る。 就業者というのは、厚生労働省の統計では1カ月に1時間でも仕事をした人のことだから、パートもアルバイトも含まれる。したがって正社員が定年になってパートタイマーとして再雇用されると、就業者数は同じでも労働時間は減る。 現実には、正社員数も総労働時間も減っている。つまり高齢化で退職した人がパートとして再雇用され、現役のときより安い賃金で働くようになったため、就業者数は増えたが労働時間は減り、実質賃金も下がったのだ。 要するに、最近の労働市場で起こっているのは、政府が宣伝しているように「アベノミクスで景気がよくなって雇用が改善した」という現象ではなく、高齢化によって正社員がパートに代替されるという構造的な変化なのだ。 これ自体は必ずしも悪いことではなく、退職後の経験を積んだ労働者が働き続けることは、年金をもらってブラブラしているよりずっといい。こうした非正社員は、今年40%になり、これからも増え続け、遠からず半数を超えるだろう。 自由な働き方をサポートする労働行政への転換を それに合わせて、労働政策も根本的に変える必要がある。今まで厚労省は正社員だけを労働者と考え、契約社員や派遣社員を規制して正社員にさせる政策をとってきたが、これは逆である。 今後は1つの会社に縛られない自由な労働者が多数派になるのだから、彼らをサポートする必要がある。彼らにとって最も望ましいセーフティネットは、失業保険をもらうことではなく、新しい職がすぐ見つかる柔軟な労働市場である。 もう政府が労働者を「保護」する時代は終わったのだ。民主党の「夢は正社員になること」などというスローガンも時代錯誤だ。生産年齢人口が減る日本で成長を維持するには、労働生産性を上げるしかない。それには多様な仕事がいつでも見つけられる柔軟な労働市場を整備する必要がある。 それは「無縁社会」などと嘆くような新しい状況でもない。戦前の日本の労働市場は世界でもっとも流動的で、1つの職場の勤続年数が平均3年以下だった。今でも「終身雇用」と呼ばれる労働者は、大企業の大卒男性社員に限られ、労働人口の1割に満たない。 新しい自由な働き方を支えるのは、労働者がリアルタイムで仕事を見つけることのできるシェアリングエコノミーだ。政府はこうした労働形態を厳しく規制しているが、これは逆である。むしろネットで労働条件をモニターし、サービスの質を維持できるようになったのだ。 高齢化する日本は、こうした新しい労働形態の先進国である。高齢者の最大の生きがいは、働くことだ。医療費や介護のコストを減らすためにも、正社員や労働組合を守るのではなく、多様な働き方を可能にすることが厚労省の仕事である。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45631
韓国で吹き荒れるリストラ台風 新入社員も対象? 年代不問の猛烈な人減らし 2015.12.24(木) 玉置 直司 韓国産業界では企業の大リストラが猛威を振るっている(写真はソウル市内 (c) Can Stock Photo) 「名誉退職」――。こんな言い方の企業の大リストラが韓国の産業界で猛威を振るっている。2016年の経営が苦しくなるという見込みのもとでの「先手を打った危機管理」と説明するが、度を越したリストラに批判の声も強い。 「大企業『20代希望退職』、いくら苦しくても一線を守れ」。2015年12月18日、大手紙「朝鮮日報」にこんな見出しの社説が載った。 大企業の安易なリストラを戒めた内容だった。 新入社員も「希望退職」対象者に? 韓国ではそれほど、リストラの嵐が吹いている。中でも、最近大きな話題となったのが、財閥の有力グループ企業である斗山インフラコアの「希望退職」だった。 建設機械を主力とする同社は、中国景気の低迷や業界内の競争激化で経営環境は悪化している。 2015年に入って2月と9月に課長級以上、11月に生産職を対象に「希望退職」を実施した。830人以上をリストラしたが、これでも足りないと判断した。 12月に今年4回目の「希望退職」を実施した。「リストラは最後の手段。実施するのなら一気に」という一般的な考えとは異なり、人減らしを繰り返している。 4回目の「希望退職」は一般事務職が対象だった。 斗山インフラコアは、それほど業績が悪いのか。確かに4半期ベースでの営業利益は減っているが、黒字を維持しているのだ。にもかかわらず、これほどの人員削減だ。これだけでも、「やり過ぎ」と言われかねないのだが、今回の対象には2014年1月以降に入社した「1、2年生社員」が入っていたことから一気に批判が高まった。 いくら業績が悪化したからと言って、入社した社員にすぐ辞めて下さいというようなものだから顰蹙(ひんしゅく)を買うのも当たり前だった。 700人以上が「希望」したが・・・ それだけではない。今年に入って実施した「希望退職」は、名称こそ「希望」だが、執拗に希望を募り、応じない場合は、さまざまな嫌がらせをしていることがメディアやネットで相次いで報じられたのだ。 出勤すると携帯電話を預けさせる、トイレに行くことも制限する、今辞めなければ割増金は出ないと繰り返し説明する、一部グループ有力役員の子供は先に他のグループ企業に異動した――。 斗山グループの朴容晩(パク・ヨンマン=1955年生)会長は、大韓商工会議所の会長を務める韓国を代表する財界人だ。相次ぐ批判に、「1、2年生は対象から除外する」ことを指示したが、「希望退職」は予定通り実施した。 嫌気が差したのか、会社の「募集努力」が功を奏したのか。 12月18日までに事務職全体の23%にあたる702人が応募した。これで4回あわせて社員の27%が退社することになった。すでに役員も2年連続して30%ずつ減らしており、まさに猛烈リストラになった。 だが、産業界全体を見ると斗山インフラコアは例外企業ではない。 造船3社で2000人削減 韓国でも造船業界は深刻な不況が続いている (c) Can Stock Photo 不況の造船業界。現代重工業は課長級以上など1300人を一気に減らした。大宇造船海洋も部長級以上300人が退社した。サムスン重工業を含めて、つい数年前まで「空前の好況・空前のボーナス」で有名だった造船3社は、1年間で2000人以上を退社させた。 このうちの1社の役員はこう話す。 「どんどん人が減っていく。役員が減るとその何倍ものスタッフ、部下が辞める。あるフロアはがらがらになってしまった。夜、残業をしていると気味が悪いほどの静けさだ」 こうした「不況対応型人員削減」の特徴は、年齢、役職不問であることだ。役員は激減させる。さらに部長級、課長級、専門職、生産職、事務職・・・と徐々に範囲を拡大する。年齢不問で、斗山インフラコアのように新入社員を対象にすることは珍しいが、20代、30代も例外なく対象にした企業は多い。 黒字でも削減 さらに目立つのが、「黒字企業」の人員削減だ。 最近多いのが、「定年延長」に備え、中年層を狙い撃ちにしたと取られても仕方がない「希望退職」だ。 韓国では法改正があって、2016年から企業規模に応じて順次定年が60歳に引き上げられる。 これに対応して、50歳前後の社員を早期に退職させようという動きが広がっている。 特に金融機関は、退職一時金をかなり上積みすることで、40歳、45歳以上の社員を一気に減らしている。ある大手銀行は2015年に1000人以上を削減した。別の外資系銀行も1000人近くを「希望退職」で減らした。 サムスンも例外でない 携帯をチンして37万円だまし取った男に懲役1年、韓国 韓国を代表するサムスングループも、リストラと無縁ではない〔AFPBB News〕 人員削減の嵐は、サムスングループでも例外ではない。 サムスン重工業は200人を減らした。 2015年7〜9月期に1兆ウォン(1円=10ウォン)を超える営業赤字に陥ったサムスンエンジニアリングは、「希望退職」とグループ他社への異動で700人を減らした。 この会社は、「辞めるも残るも地獄」だ。残った全社員に対しては12月から順番で1カ月ずつの「無給休暇」を取ることになった。役員は、1か月分の報酬返上だ。ただでさえ利益連動分のボーナスが激減している上に、1カ月無給休暇または報酬返上という異例の措置になった。 サムスン物産も希望退職を実施しているほか、サムスン電子も研究職などの削減に踏み切っている。 銀行を含めて今年の特徴の1つは、「黒字企業も果敢なリストラ」の出ていることだ。 筆者は、ある黒字有名企業の幹部に、「どうして業績が良いのに人を減らすのか?」と聞いてみた。 「来年の業績見通しは不透明だ。危機管理という面でも、人減らしは当然ではないか」という答えだった。 「危機管理」で会社を辞めさせられてはかなわない気がするが、これも今の韓国の産業界の1つの風潮だ。 韓国では、1997年の「IMF危機」の際に、ほとんどの企業が大規模の人員削減を実施した。 「名誉」でも「希望」でもない退職 このとき、「希望退職」を「名誉退職」を呼ぶようになった。最近は、以前ほど「名誉退職」という言い方はしなくなったが、今でも依然として頻繁に使う。もちろん、実態は、「希望」でも「名誉」でもないことがほとんどだ。 退社を拒否すると、執拗に説得を受ける。「待機」となって仕事が何もなくなる例もある。 ある大企業の役員は、「IMF危機の際、ほとんどの企業が『名誉退職』を実施した。人員削減という劇薬で、比較的短期間に業績を回復させることができたが、それ以来、経営者は少し業績が悪くなるとすぐにリストラに走る傾向が強まった」と説明する。 年齢も条件も不問 以前は、「名誉退職」と言えば、比較的高給の中高年が対象だったが、最近は、条件不問になってきた。 この役員は、「企業の中長期的な競争力を考えた場合、人材への投資が重要なことは分かっている。だが、大企業CEO(最高経営責任者)と言ってもオーナーが絶大な権限を持っており、CEOは実績を残さなければすぐ更迭される。だから、早め早めにリストラに乗り出す」と嘆く。 「来年、わが国経済を取り巻く条件は厳しい。供給過剰で全般的に停滞する業種については先制的な構造調整をしなければ業界全体が危機に陥り、大きな危機に陥って大量失業時代が起きかねない」 2015年12月14日、朴槿恵(パク・クネ=1952年生)大統領は青瓦台(大統領府)で開いた首席秘書官会議でこう話した。 経済関連法の早期国会通過を求めた趣旨だったが、大統領もこれだけ経済の先行きを厳しく見ているのだ。 先制的な対策を取らなければ大失業時代になりかねない。だが、現実は、すでに大リストラが始まっているのだ。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45609
アラブの大富豪はいつまでその生活を続けられるのか 産油国経済のしくみと実情(第2回) 2015.12.24(木) 鶴岡 弘之 ドバイ航空ショー開幕、華麗なアクロバット飛行 アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開幕したドバイ航空ショーで、エアバスの新型機A350の展示飛行を見る人たち(2015年11月8日撮影)。(c)AFP/MARWAN NAAMANI〔AFPBB News〕 日本は石油のほぼすべてを海外から輸入している。そのうち、中東からの輸入の割合は8割以上に達する(「化石エネルギーの動向」資源エネルギー庁)。 それだけ私たちの生活は中東の石油に依存しているのに、私たちは石油産出国のことをどれだけ理解しているだろうか。 例えば、石油産出国はどのような政治・経済システムで成り立っているのか。またアラブには「石油王」と呼ばれる大富豪がいるというが、どれくらい大金持ちなのか。そして、「石油王」に供給され続けている莫大なオイルマネーは未来永劫続くのか。 国家が持つ天然資源を国王が管理し、国民に利益を分配するシステムを持つ国を「レンティア国家」という。中東の石油産出国は典型的なレンティア国家である。 レンティア国家は、石油需要が低下していく世界の到来に危機感を抱いている。国学院大学経済学部の細井長(ほそい・たける)教授は「レンティア国家がどうやって生き延びてくのかは、日本の経済を考えていくうえでも極めて重要」だという。それによって日本政府の石油政策や日本企業のビジネスが大きく左右されてくるからだ。 細井氏に、知られざるレンティア国家の仕組みと国民の暮らし、そしてレンティア国家の今後について教えてもらった。 (第1回はこちら「実は持ちつ持たれつ、サウジとアメリカの微妙な関係」) 病院も教育もすべて無償 ──レンティア国家の基本的な経済システムについて教えてください。 細井長氏(以下、敬称略) 普通の国は政府が国民から税金を徴収します。その税金を使っていろいろな経済活動を回していく。一方、レンティア国家では石油収入を政府が、つまり王族が得て国民に分配していきます。 ──どのように分配するのですか。 細井 まず、福祉です。国民は医療を無償で受けられます。自分の国では治らない病気を外国に行って治してもらう場合も、付添いの人の旅費も含めて全部国が出してくれます。教育も無償です。学校、大学まで全部授業料はただ。留学費用も国が出してくれます。 また、電気代や水道料金などの公共料金がものすごく安い。ガソリン代はサウジアラビアだとリッター20円くらいですね。 ──至れり尽くせりなんですね。 細井 さらに、分配方法の1つとして、国民を公務員として雇うんです。給料がいいから、国民はみんな公務員になりたがります。 ──そんなに給料がいいのですか。 細井 例えば、UAE(アラブ首長国連邦)で、連邦政府のトップ層では初任給が月給200万円を超える人もいます。そこまででなくとも、日本人よりは相当多いことは確かです。 朝7〜8時から働いて、午後3時ぐらいで仕事は終わり。ちゃんと秘書がいて、夏には1カ月ぐらいのバカンスを取ります。月給が200万円レベルだと高級車に乗るのは当たり前で、ボートやヨットを所有するレベルになってくる。 UAEでは土地を所有することができませんが、家を建てるときには国から無償で土地を貸してもらえます。自己負担するのは建物代だけです。だから豪邸のような家に住んでいます。しかも結婚すると、家を建てるための補助金が出るんです。住宅ローンもほぼゼロ金利で借りられます。 恩恵を受けられる「国民」は一部だけ ──うらやましい限りですね。 細井 ただし、そういう国では選挙がありません。レンティア国家では王様の権力は絶対です。金をやるから、政治に文句を言うな、口を出すなということです。 細井長(ほそい・たける)氏。國學院大學経済学部教授。2004年立命館大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。主著に『中東の経済開発戦略』、『アラブ首長国連邦(UAE)を知るための60章』。 ──民主主義はないということですね。 細井 また、全員が石油の恩恵を受けられるわけではないんです。すごくいい暮らしをしているのは、国籍を持っている「自国民」だけ。自国民と外国人では水道料金も電気料金も値段が違うんですよ。自国民しか恩恵を受けられない。 ──自国民の割合はどれくらいですか。 細井 例えばUAEだと自国民は1割ほどしかいません。あとは外国人、つまり移民です。 ──なぜそんなに外国人が多いのですか。 細井 1970年代に湾岸諸国は急激に豊かになって経済活動が活発になりました。そのとき自国民だけではやっていけないので、労働資源として移民をどんどん受け入れたんです。そうした外国人労働者のおかげで湾岸諸国は発展していったという背景があります。 国民にお金を分配できないとデモ、反乱が起きる 細井 レンティア国家が抱える問題はそれだけではりません。昔は産油国が石油価格をコントロールできましたが、今はそれができにくくなっています。 国を支配している王族としては、できるだけ石油収入を増やして「支配の正当性」の源を確保したい。なので、いかに石油収入を得るかというのは死活問題なわけです。 石油価格が低下すると、国民への分け前の原資が減ってくる。国民に対して高福祉を提供できなくなる。さあ、困ったということになります。 ──どのように解決するのですか。 細井 サウジやクウェートなどは石油収入を全部国民に分け与えるのではなく、一部を政府が運用しています。運用して、石油価格が下がったときにそれを取り崩すようにしている。 ここ1〜2年で石油価格が下がっているので、実際に取り崩す状況になっています。現在、所有している日本株の売却が始まっていて、日本の株式市場に与える影響も小さくはありません。 また、UAEは最近ガソリンの値段を上げました。リッターで今70円ぐらい。その前が40円ぐらいでしたから結構上がっています。自国民にとっては大した額ではないけど、かつかつの生活をしている外国人にとってはものすごく痛いですよね。 ──もっとお金がなくなってしまうとどうなりますか。 細井 デモ、反乱が起きるでしょうね。例えば2011〜2012年にアフリカ・中東諸国で「アラブの春」と言われる一連の反政府活動が起きました。 バーレーンで大規模なデモが起きたとき、隣国のサウジは軍を派遣して沈静化を図っています。何としてもサウジ国内に伝播することを避けたかったということでしょう。 分配の仕組みを維持するための2つの方向性 ──政府が石油収入を得て国民に分配していくという仕組みはいつまで続けられるのでしょうか。 細井 その仕組みをどう維持していくのかは、産油国が共通して抱える大きな課題です。方向性としては2つあります。1つは従来の形のままレンティア国家を何とかして維持していこうという方向。代表的なのがサウジやクウェートです。これまでと変わらない形で石油収入を得て、それを分配する。 ──もう1つの方向性は? 細井 石油だけに頼らない新しい分配の仕組みをつくっていこうという方向です。ドバイやカタールなどがこれに当たります。 ドバイは、もともと貿易拠点として発展した国なので、海運業や物流業などが盛んです。また、外国企業を優遇措置で誘致して、中東ビジネスの拠点として集積する政策をとっています。 「フリーゾーン」と呼ばれる経済特区で、土地やオフィスビルなどを外国企業に貸して賃料を取るんです。元々ドバイは石油収入が少なかったのでこうした路線を取らざるを得なかったという側面もあります。 本当はサウジも2つ目の方向に行きたいんでしょう。けれども人口が多くて国が大きいので小回りが利かないんですよ。また、メッカとメディナがあるイスラム教の聖地ということもあって、イスラム教の戒律が非常に厳しいんです。お酒も飲めません。外国人の駐在環境としては厳しく、多くの企業が進出に二の足を踏んでいる状況があります。 ──レンティア国家の仕組みと課題がよく分かりました。どうもありがとうございました。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45589 欧州の衰退は世界的な懸念材料 EUに限らない深刻な病、向こう1〜2年内に大きな試練 2015.12.24(木) Financial Times (2015年12月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
欧州連合(EU)や各国政府は四方八方から押し寄せてくる困難に耐えられなくなっているように見える (c) Can Stock Photo ギリシャの詩人コンスタンディノス・ペトルゥ・カヴァフィスは1898年の「野蛮人を待つ」という作品に、崩壊しつつある権力構造を支えるために外国からの謎めいた脅威を作り出したり誇張したりする政治体制を登場させている。このカヴァフィスの代表作に描かれた冷めた口ぶりのエリートたち、空疎な儀式、あちこちに見られる破滅の予兆は、2016年の欧州への警鐘になるはずだ。 四方八方から押し寄せる困難 テロ、移民、国内での極右・極左勢力の台頭、ユーロ圏の統一性、失業、さえない経済成長、欧州の防衛――。 どれを取っても、ブリュッセルにある欧州連合(EU)の機関とその加盟国政府は、四方八方から一度に押し寄せてくる数々の困難にますます耐えられなくなっているように見える。 これにはヨーロッパ人だけでなく、米州やアジアのパートナーや友人たちも懸念を覚えているはずだ。 これはEUという枠をはるかに超える規模の問題だ。そもそも、欧州で起こること(あるいは起こらないこと)のすべてがEUのせいであるわけではない。この問題は、世界において欧州が相対的に衰退し、近隣諸国での出来事にさえも容易に対処できなくなっているということでもある。 また西側社会全体で文化、経済、政治、技術に変化が生じているということでもある。この変化のためにおなじみの暮らしのパターンが乱され、統治者に対する市民の信頼が揺らぎ、政府も果断に行動しづらくなっているのだ。 それでもなお、懸念の中心はやはりEUである。計28カ国で人口も5億人を超える裕福な民主主義国のクラブでありながら、次々に発生する危機への対応が不適切なために、EUは部分の総和が必ず全体以下になる運命なのだという残念な印象を持たれてしまっている。 「ニワトリの群れの方がよっぽど統制の取れた戦闘部隊」 政治指導者たちからはもっと効率的で緊密に統合されたEUを目指すという威勢のいい声が上がる――2015年にも数多く聞かれた――ものの、理想に対するリップサービスで終わってしまうことがあまりにも多い。 この問題がよく分かる実例は、防衛協力におけるEUのひどい取り組みに見ることができる。「欧州の共通防衛政策を見て思うのは、ニワトリの群れの方がよっぽど統制の取れた戦闘部隊に見えるということだ」。今年10月にこんなことを言ってのけたのは、ジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長その人だった。 EUは分裂寸前だと言っているわけではない。ユーロ圏危機のときに見られたように、そして昨今の難民・移民の非常事態においても見られるように、欧州の指導者たちは緊急の問題に対処する、有効性の確立した手段を持ち合わせている。一時的ではあるが辛うじて及第点を付けられる、そしてEUを何とか維持していくという目的に資することを主眼に置いた解決策を見つけている。 このような姿勢で指導者たちは、ギリシャに対する恐ろしく高額な金融支援策を3つ取りまとめてきたが、ギリシャの債務の包括的な償却という困難に果敢に立ち向かうことは拒んでいる。 共通の銀行監督メカニズムと銀行破綻処理メカニズムを備えた準銀行同盟は作り出したものの、共通の預金保険制度はまだ整っていない。 どちらのケースも、障害になっているのは各国内の――主にドイツ国内の――政治的圧力だ。 南北だけでなく、東西でも亀裂 ユーロ圏危機が欧州通貨同盟を南北に分断してしまったように、難民の非常事態はEUを、昔から加盟している西欧の国々と後から加わった中東欧の国々に割ってしまっている。EU統合の土台の1つである、国境を自由に越えて移動できるシェンゲン体制はすでに東西の境で崩れかけている。1989年以前に欧州を2分割していた壁を再び作るつもりがないのなら、西側の国々は、冷戦時代のようにせいぜい15カ国ほどで連合していた方が豊かになれただろうにという想像を控えることが肝要だろう。 EUはシェンゲン体制の完全な崩壊を避けようと、中東や北アフリカ、さらにはもっと遠いところからやって来る戦争難民や移民の波をトルコが押しとどめてくれることに、いくらかの望みと30億ユーロの資金を託している。また、強力な国境沿岸警備隊の立ち上げも提案している。 EUが2016年に直面する最も深刻な問題は、こうした施策がいずれも奏功しなかったら、そして11月13日にパリで起こったようなテロが欧州のほかの都市でも発生したら一体どんな事態になるのか、というものだろう。 またそれに関係するリスクとして、フランスで12月13日に行われた地方選挙では、主流派の民主政党が極右の国民戦線(FN)を逆転で退けたにもかかわらず、右派のポピュリストが欧州の権力中枢にさらに近づくことが挙げられる。 ただ、民主主義にとってこれ以上に有害な脅威は、欧州の中道右派に属する立派な政治家たちが極右のライバルのレトリックや政策を借りるのを厭わないことにある。そうした行動が実際に取られれば、複雑な問題に単純な解決策を適用することが約束され、公の場での議論が蝕まれてついには成り立たなくなってしまうからだ。 神聖ローマ帝国のような緩やかな衰退 EUは今後1〜2年、すさまじい災難や混乱の連続に対して脆弱な状態が、それも1957年のローマ条約によりその前身が作られて以来最も脆弱な状態が続くと思われる。 EUの存続そのものが危ぶまれるとは限らないが、すべての事象がEUの統一にとって致命傷になる可能性を秘めている。英国で2017年末までに行われる、EU残留の是非を問う国民投票などは特にそうだ。 詩人のカヴァフィスが想像した国のように、あるいは1806年にナポレオンによって安楽死させられるまで1000年続いた神聖ローマ帝国のように、EUは分裂こそしないもののゆっくりと衰退していくのかもしれない。権力も今日性も失った連合の儀式を政治家や官僚のエリート層が忠実に守り続けるだけのものになってしまうかもしれない。 少しでも常識のあるヨーロッパ人であれば、そんな結果を望むはずはないだろう。しかし、そんな結果になるわけがないと一蹴することは、もうできない。 By Tony Barber http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45622
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