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深刻な大気汚染。北京では先日、初の「レッド警報」が発令された〔photo〕gettyimages
日本の病院に中国人が殺到! 4泊5日で100万円、訪日「健康診断」ツアーが大盛況 深刻な大気汚染で高まる健康不安
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46957
2015年12月18日(金)経済の死角 中島 恵 現代ビジネス
文/中島恵(ジャーナリスト)
■もう我慢できない
「視界全体に霞みがかかったようで、数メートル先は何も見えません。なんだか変な臭いもするんです。まだ朝なのに、もう夕方みたいな感じで……。こんな中で生活していたら、誰だって体調不良になりますよ」
北京に住む友人、毛燕燕(28歳)さんはPM2.5に汚染された空を見上げながら、ため息交じりにこうつぶやく。北京の名門大学を卒業後、IT企業に勤務しているキャリア女性だ。
移動はできるだけタクシーを使うようにし、なるべく外は歩かないようにしているが、それでも限界があるため、大学時代の友人が多く住むニューヨークに引っ越すことを真剣に検討している。北京の空気があまりにも悪過ぎるからで、とくに12月に入ってからは「もう我慢できない」と、中国版LINEの微信上で嘆いている。
一人娘なので、両親は彼女のアメリカ行きを反対しているというが、それでも「将来、子どもが産めない身体になったらどうするのよ」と彼女がいうと、両親も黙りこんでしまう。
PM2.5が人体にどれだけの害を与えているか、まだ明確なデータは示されていないが、友達も口々に心配しているという。
毛さんは理系だったが、クラスメートの3分の1は現在、アメリカや香港、日本など海外に住んでいる。大学を卒業後、大学院進学のために海外に出て、そのまま戻らない人が多い。キャリアアップのためもあるが、半分は、中国の生活環境を心配していることは明らかだ。
■大気汚染が原因で引っ越す
毎年冬になると、日本でも大きく報道されるPM2.5(微小粒子状物質)。中国語では「霧霾」(ウーマイ)と呼ばれる。「霧霾」は冬以外でも、ときによっては深刻化することがある。
私も北京を訪れた際、何度か数値の高い日にぶつかったことがあり、朝ホテルから出るのがつらかった。ふだんはマスクを嫌がる中国人も、そんな日はさすがにしっかりマスクをしているが、医療用マスクでも「効果があるのか?」と不安になる。
北京のみならず、中国東北部や内陸部の工業都市でも公害は深刻だ。あまり物事に頓着しない中国人でさえ、最近の空気の悪化には“危機感”を感じている。
日本でも水俣病やイタイイタイ病のような病気があったが、その時点で身体に問題がなくても、数年後にどんなことが起こるのかわからないからだ。
そんな中、引っ越しを決意し、実行に移す人が増えている。
北京に隣接する河北省に住む知り合いは、今夏、海南島に引っ越した。夫はそのまま河北省で働いているが、自分(妻)と子どもだけ海南島にマンションを買い、そこに住んで、夫が年に数回、海南島に通うという二重生活を送ることになった。
「これほど空気が悪かったら、もうどうしようもない。もともと子どもの気管支が弱く、将来のために決断した。海外に住むことは難しいけれど、国内ならば、お金さえ払えば行き来は自由ですから」
上海に住む友人の母親は天津で教師をしていたが、3年前、定年を機に広東省に引っ越した。「比較的空気のよい南方に住みたい」と考えたからだ。
といっても、中国は広い。天津から広東省までは数千キロも離れているうえに、言語や習慣も大きく異なる。知り合いがひとりもいないどころか、まるで違う国に引っ越すようなものなのだが、その母親は離婚して一人暮らしだったこともあり、あっさりと転居に踏み切った。
今では、地域のマンションで催されるダンス教室などに通うほど溶け込んでいる。私の友人にも「大気汚染を気にせず暮らせるのは幸せだわ」と話しているという。
大気汚染が原因で引っ越しまで余儀なくされるというのは日本人には信じがたい話だが、引っ越しには仕事や住居、言語や習慣(中国の場合)、コミュニティなどあらゆる問題が関係するため、そう簡単にできるものではない。一部の特権階級や富裕層しかできないといっていいだろう。
普通の人はひたすら我慢するしかないのだ。
■訪日医療ツアーが大人気
そんな中、「せめて自身の健康状態をチェックしたい」「もし病気が見つかったら日本で治療したい」と思い、日本の病院で検査を受ける人が増えている。旅行会社などが行っている「訪日医療検診ツアー」に参加して日本にやってきているのだ。
筆者がこのほど新刊『「爆買い」後、彼らはどこに向かうのか?』の執筆のため取材したのは、福岡を中心拠点に医療ツアーを手がけているビジット・ジャパンという企業だ。
同社はこれまで人材ビジネスを手掛けていたが、13年から中国人富裕層向けの医療ツーリズム(医療観光旅行)事業を開始した。医療と観光をセットにして販売するもので、医療にプラスアルファの付加価値をつけているのが魅力。
「爆買い」だけでなく、最近ではこうした新しい形態の日本ツアーに注目する中国人が増えている。
具体的には、同社がつき合いのある長崎県の西諫早病院などと組み、中国人のPET(陽電子放射断層撮影)-CT(コンピュータ断層撮影)検査、がん検査などを行い、温泉施設などに宿泊してもらうというコースを数パターン販売している。
佐賀県・嬉野温泉にある老舗旅館、和多屋別荘には、健康診断を受けるために来日した中国人が露天風呂に入り、佐賀牛に舌鼓を打つ姿があった。
「お客様をエスコートする通訳が付き添ってくれますので、私たちも安心です。検診の前に日本の旅館でリラックスしていただいています。これを機に旅館のリピーターになってくれたら、なおうれしい」と旅館の営業担当者は喜ぶ。
豪華な客室に宿泊し、温泉と懐石料理を堪能した上で、1日かけて全身の検査を行う。リラックスして旅行を楽しみつつ、身体検査も行えるとあって、中国人の間でクチコミで人気が広がっている。
ビジット・ジャパン社長の井上智樹氏によると、コースはオーダーメイドなので料金には幅があるそうだが、2泊3日(PET-CT検査、航空券、宿泊などを含む)で日本円にして1人約60万円程度だという。いちばん高いコースは4泊5日で1人100万円ほど。温泉旅館の客室などによっても料金は変動するといい、スタッフがその都度、コースを見積もっている。
申し込むのは主に40〜50代の夫婦や友人同士などで、経済的にゆとりのある企業経営者やエリートビジネスマンが多い。
実際にツアー客を受け入れた西諫早病院の千葉憲哉院長はこういう。
「驚いたのですが、中国の中高年の方々は、採血をしたことがほとんどなく、これまで病院できちんとした医療を受けた経験もあまりないようなんです。医師が検査内容や結果を丁寧に説明すると、それだけで感激し、非常に喜んでくださいます。
せっかく日本の病院に来たのだから、といって、薬の処方を望まれる方も多いですね。彼らが日本で検診する機会がもっと増えればと思います」
■中国の医療事情
中国では医師と患者の信頼関係が薄く、病院を信用していない患者が多い。医師の待遇も悪く、優秀な人材が医師になりたがらないなどの悪循環が続いている。
私の知人も、数年前、清華大学医学院という、医師になるコースとしては最高峰の大学を卒業したが、インターン期間中、労働条件の劣悪さを思い知り、結局医師にはならなかった。人格者だったので、彼のような人にこそ医師になってほしかったが、外国人である私が彼の将来についてあれこれいう立場にはなかった。
中国は経済成長を優先し、医療を後回しにしてきたが、現在でもその状態は変わっていない。
2015年、日本を賑わせた流行語は中国人の「爆買い」だった。ひとつの商品を数十個と購入していく中国人の姿は日本人の目に鮮烈に焼きつき、彼らの金満ぶりに目を見張った人も多いだろう。
しかし、GDP世界第2位になり、経済的な豊かさを享受している中国人でも、まだ手に入れられないものがたくさんある。そのひとつが、日本人にとってはあって当たり前の生活環境であり、高度な医療事情だ。
これらの点を中国政府が解決するのはまだしばらく時間がかかるだろう。そう考えると、日本にはまだビジネスチャンスがあると思うし、中国人にとっても望むものが日本にあるのだ、と痛感する。
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