2. 2015年12月04日 09:03:19
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TPPは日本企業にとって メリットかデメリットか? DOL経営解説委員会〜経営の達人が教えるリーダーの教養 【第7回】 2015年12月4日 高橋進 [日本総合研究所理事長]
日本は蘇るか?経営者が知っておくべき「経済の新潮流」高橋進・日本総合研究所理事長 満を持して打ち出されたアベノミクス「新三本の矢」は内需拡大の起爆剤となるか。日本を下支えする地方の経済は蘇るか。そして、中国経済の減速やTPPの大筋合意が日本に与える影響はどれほどのものか。経済財政諮問会議議員など政府の要職を歴任し、国の中枢から日本経済の行方を見据えながらあるべき姿を提言し続けてきた高橋進・日本総合研究所理事長が、足もとで企業経営者が知っておくべき「経済の新潮流」を解説する。 アベノミクス「新三本の矢」は なぜ打ち出されたのか? アベノミクスの新三本の矢、中国経済減速、TPPの大筋合意など、激動の時代を生きる経営者が心得ておくべき「経済の新潮流」とは アベノミクスの第一ステージにおける旧三本の矢が「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」だったのに対して、アベノミクスの第二ステージでは、新三本の矢として「希望を生み出す強い経済」「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」が打ち出されました。アベノミクスの「新三本の矢」は、どのような理由で考案されたのでしょうか。
まず、「強い経済」を謳った第一の矢は、旧三本の矢を状況の変化も踏まえながらさらに強化していくという観点から生まれました。そして第二、第三の矢は、第一の矢で経済を強化する一方、財政や所得の再分配に目配りすることによって、大きな構造的な問題だった少子化や社会保障(特に介護)にも斬り込んでいくという覚悟を示したものです。 旧三本の矢は、デフレ脱却、経済再生を第一に考えたものでしたが、新三本の矢は旧三本の矢の進展を見据え、より構造問題に踏み込んでいくという意味合いが強いと言えます。 そもそも新三本の矢が打ち出される以前、今年6月末に発表された成長戦略の改訂版(「日本再興戦略」改訂2015)では、すでに「アベノミクス第二ステージ」という言葉が使われていました。これまでのアベノミクスは、経済の好循環が始まり、デフレ脱却宣言までは至らないものの、景気回復基調がそれなりに見られるなか、世の中の需要をいかに押し上げていくかに主眼を置いた政策運営でした。 一方、アベノミクスの開始から2年半が経ち、供給サイドにおける人手不足や雇用問題など、労働のボトルネックが見え始めた。企業の投資がなかなか盛り上がらないこともあり、生産性上昇の壁も見えて来ました。そのため、より供給サイドに目配りすべく、労働力の引き上げに主眼を置く成長戦略の改訂が行われたのです。 さらに、その後思わぬ不透明要因が出てきました。1つは中国経済の減速で、外需を頼みとする日本にとって大きな不安となり、内需の強化もさらに重視されるようになりました。2つ目は、昨年の消費税引き上げの後遺症が思いのほか長引いていることです。そうした経済環境の変化を踏まえた上で、新三本の矢が打ち出されたのです。 景気回復は本格化するのか? 「新三本の矢」の理念と特徴 では具体的に、「新三本の矢」の理念と特徴は何でしょうか。まず、1本目の矢とされる「強い経済」の中には、前述のように、旧三本の矢で掲げられていた規制緩和、コーポレートガバナンス強化、投資拡大による生産性引上げ、地方創生(ローカル・アベノミクス)など、成長戦略に関する様々な政策が継承されています。 なかでも、民間企業の収益がここまで改善しているなか、それをいかに賃金の引き上げや設備投資につなげていくかが、今後強い経済を実現する上でのキーファクターとなります。世の中のデフレマインドが払拭されていないなか、企業の前向きな動きを引き出すために、政府は様々な働きかけを行ってきましたが、賃金アップへと動く企業は増えてきたものの、引き上げ幅は十分とはいい難く、投資にいたっては大企業では計画ベースの毎年2ケタ増に対して、実績では1ケタ増に留まっています。今後は政府としては、法人実効税率のさらなる引き下げなど投資の環境整備を行う一方で、「官民対話」という枠組みなどを通じて、さらに企業への働きかけを進める見通しです。 次に、二本目の矢とされる「子育て支援」はどうか。これには、日本経済がデフレを脱却したとしても、少子化問題を解決しない限り、さらなる経済成長は難しいのではないかという問題意識があります。背景には、2年ほど前に内閣府の調査会が出した「2060年人口1億キープ」という理念があります。今のままだと50年後には日本の人口は9000万人を切ってしまい、その後も人口減に歯止めが掛かりません。出生率を引き上げることで人口規模や労働力をできるだけ確保していかなくてはならない状況にある。少子化問題は言い換えれば、経済の需要面と供給面双方にとって最大の構造問題の1つであり、第二の矢は政府がそこに斬り込む意思を表しています。 少子化の背景には、デフレ不況下で若者の経済力が低下し、それが出生率の低下につながったという側面が間違いなくある。だから経済をよくすることが最大の少子化対策であることは間違いないのですが、家計をより強くするためにはそれだけでは足りません。たとえば、女性がフルに能力を発揮して働けるようにワークライフ・バランスを改善する、教育費や医療費に圧迫される家計を下支えする、そして低所得世帯にテコ入れして貧困の連鎖を断ち切る、といった考え方により、構造問題に対応するための様々な政策を横串にしながら、少子化対策を強化していくことが必要です。 現在、日本の合計特殊出生率は1.4ポイント程度ですが、実際に日本の家庭が持ちたいと望む子どもの数を希望出生率とすると1.8ポイント程度となり、現実と理想のあいだには開きがあることがわかります。そこに政策を打てば、短期的には子育てや教育に関連する市場の消費が増えるし、中長期的には日本の労働力の強化につながるでしょう。子どもを持ちたくても持てない家庭の将来不安を解消することは、経済全体で見た需給双方の改善につながっていくのです。 そして三本目の矢となる「安心な社会保障」ですが、こちらは介護と仕事の両立にウェイトが置かれています。その理由は2つ。1つは介護がネックとなって思うように働けない家庭の状況を改善するために、公的な支援だけでなく民間の多様なサービスも充実させ、介護負担を軽減して行くこと。もう1つは、訓練を受けた優秀な介護従事者が集まりにくい介護市場の人手不足状態にテコ入れすることです。これらについては、民間の介護産業が膨らめば、介護に従事する人たちの所得も上がって行き、人手不足も解消していくと思われるため、まず介護市場を育てることが市場の需給両面にプラス効果をもたらすでしょう。三本目の矢も、労働力の供給や需要の創出を促し、結果として強い経済をつくるベースになっていきます。 一方で、安心な社会保障の実現は国の財源とも深く関係してくるので、所得の再配分の在り方も変えなくてはいけない。すでに待機児童対策として2回にわたる消費税引き上げ分の中から財源手当てがなされていますが、この先は幼児教育の無償化、教育費・医療費の負担軽減までを見据えて、手当てを厚くする必要があるでしょう。これは極めて大きな課題ですが、これまであまり踏み込まれなかった部分です。 足もとでは安倍政権の下で短期的に税収は増えており、雇用情勢の改善を反映して雇用保険特別会計にお金がだいぶ余っているので、それを使うこともできる。また、高齢者に偏り過ぎている社会保障給付をより子育て層に向けて行くことも必要です。将来的には高齢者の手元に眠っているストックを活かすために資産課税を行なうことなどによって、社会保障費を捻出しなければいけないと思います。 アベノミクスの「新三本の矢」の特徴は、おおむねこのようになっていますが、とりわけ二本目の矢、三本目の矢について、安倍内閣は「一億総活躍大臣」というポストを新設し、マクロ的な視点から包括的に取り組んでいこうという姿勢を見せています。女性、非正規の若者、働きたい高齢者などの潜在的な労働ニーズは、今の日本にたくさん眠っている。それを引き出して労働力を強化し、供給面を強化する。そして彼らの所得を増やせば需要面にもよい波及効果が出てくる。新三本の矢は、経済成長と分配の好循環をつくるために、お互いが連動するように設計されているのです。 経済財政諮問会議とは別に、安倍総理や総理のブレーンの方々の意思が前面に出ていることが、新三本の矢の特徴だと思います。 旧三本の矢をどう総括するか? アベノミクス第二ステージへの課題 アベノミクスの第一ステージは、一定の成果を出しました。ただ、着手当初は世の中のマインド変化が顕著でしたが、その後の成長鈍化、中国経済の減速などを踏まえると、これまでの効果がいくぶん剥落してきた印象はあります。今後もマインド変化が乏しい状況が続けば、改めて金融・財政政策を発動しなければならない局面も出てくるかもしれませんが、それよりも民需を活性化することの方が望ましいわけです。そうした課題を踏まえて、新三本の矢は出されました。 そもそもデフレ脱却は短期ですんなりステージが変わるわけではなく、しつこいほどの取り組みが必要です。当初の安倍政権は、ある意味で経済環境に恵まれていましたが、前述のようにここにきて不透明要因も出てきました。 今の構造改革には弾は込められていますが、これからも不断に改革を打ち出し、世の中のマインドをはっきり変えられるところまで政策を重点化して行く必要があります。政府として絶対やってはいけないことが、デフレ脱却の歯車を逆回転させること。したがって、今後の経済成長率を睨みながらもし逆回転の兆しが見えれば、機動的に動いてそれを止めなくてはいけません。 一方、政府の中から民間の状況を3年近く見続けて思ったことですが、私は、構造改革は政府の取り組みだけでは実現できないものだとも思います。これだけ内部留保が溜まっているにもかかわらず、それが十分に賃金や投資に回っていない現状を見ても、現在の日本企業の経営観は、ある意味近視眼的になっているのではないか。国を挙げて生産性の向上に取り組むのが成長戦略のキーワードですが、企業が本当にそのことを理解しているかどうか疑問です。 アベノミクスの最初の局面では、賃金を上げようとする政策は企業関係者にかなり違和感を持って受け止められたのではないかと思います。しかし、内需の好循環をつくるためには、生産性が上がり収益が伸びたら、それに合わせて賃金も上げる、そして所得の拡大をマーケットの拡大につなげる、という好循環を意識的につくる必要があった。その過程において、収益が伸びても賃金を上げないという企業のデフレマインドを変えるべきだと、政府は働きかけを続けました。 足もとでは賃金も投資もだいぶ動き出したものの、まだまだ低水準です。安倍政権発足前の日本は六重苦の状態にあり、だからこそ企業は賃金アップや投資ができなかったと言えますが、鈍いと言われている規制改革についても各分野でそれなりの実績が出て、投資が出始めているように、足もとでは状況が変わり始めています。収益力が上がってきた今こそ競争力をつけて、差別化するチャンスだということを、企業経営者は改めて考えるべきでしょう。 日本再生は地方再生から ローカル・アベノミクスが目指す姿 「地方の再生なくして日本の再生なし」というのが私の考え方です。モノやカネを中央から地方へ再分配する従来型の活性化策は、もはや日本では効かないとみています。今後は、いかに地方の自立的な取り組みの芽を育てるかを重視すべきです。 たとえば、観光や農業などの稼げる産業をきちんと地元で育てることにより、モノやカネの流入を図るとともに、医療・介護サービスなど域内需要の流出を止めることで、地元経済の縮小均衡状態を止めて行く。加えて重要なのが、安倍政権になって強調され始めたヒトの流出を止めることです。ヒトの流出が続けば、需要の縮小に歯止めが掛かりませんし、人材が流出するれば、活性化の知恵も生まれません。ヒトの流出を止め、流入を図集る仕組みをつくらないといけません。 また、地方自治体は公的サービス、つまり社会保障費の流入によって支えられている側面もあります。現在は高齢化が進むもとで、社会保障費の流入が増加していますが、この先高齢者が減り始めると社会保障の流入さえ細ってくることになります。そうなると、公的なセクターやマネーに依存している地方自治体は、もはや立ちいかなくなる。今からいかに民間主導のメカニズムをつくっていくかが、重要になります。 政策を打つ際も、中央主導では自治体が自立する動きを育てられないため、地方の自立度を上げていくやり方考えるべきです。理想は、「頑張る地方自治体を支援する」という政策の枠組みに変えていくことです。 民間主導の仕組みをつくる上でのターニングポイントは、今まさに訪れつつあります。地方は、公的セクターで高度成長期やバブル期に建てられた箱モノが老朽化し、更新時期を迎える段階に入ります。その際、単純に施設を更新しようとしても、財政的な余裕や住民のニーズはないので、PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)などの手法を使って、民間のカネと知恵を取り込み、インフラの更新・再編をしていくことが望ましい。いわば官民連携で、地方の民間の力を育てていくべきです。 実際のところ、民間を育てながら意欲的な取り組みを行おうとする自治体、より踏み込んだ行政改革を行う自治体などは、足もとで増えています。経済財政諮問会議は、そうした自治体が取り組む先進事例を集めて分析し、自治体の自助努力を促すための枠組みをつくろうとしています。 たとえば東京都の豊島区は、以前は財政的に逼迫しており、区役所を建て換えようにも資金が乏しい状況でした。そのため、民間資金を利用して高層ビルをつくり、その中に新しい役所をオープンすることにしました。その高層ビルは、10階までは区役所で11階から49階までがマンションというつくりになっている。結果的に、再開発によってその地区の地価も上がったため、ただで新しい役所をつくれたばかりか、おつりがくる状態になっています。人口密集地であれば、似たような取り組みは他の自治体でも可能なはずです。 他に興味深い例として、静岡県の掛川市が挙げられます。同市には、徳川家ゆかりの掛川城という城があります。通常、城や城跡を持つ自治体は、指定管理者制度によって公園などの管理を民間業者に任せていますが、掛川市の場合は民間業者に一定の自由を与え、公的資産を使ってビジネスをしてもいいことにしました。この試みは成功し、指定管理制度なのに自治体からお金の持ち出しはなく、逆にお金が入ってくるスキームになりつつあります。 さらに、図書館を民間委託する自治体も出ています。TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブが参入した神奈川県の海老名市立図書館や佐賀県の武雄市図書館などは、若干選書の問題が指摘されたものの、同社が参入する前と比べて図書館への来客数は何倍にも増えていると聞きます。今や地域のコミュニケーションを活性化させる場としても、重要な役割を果たしているのです。 他にも、自治体が行なう市町村の窓口業務を民間委託して、サービス向上やコスト低減を図る、近隣自治体が共同で税や保険料の徴収を行なう、クラウド化を進め、IT関係のコストを半分に低減する、といった取り組みを行う自治体も出始めました。行政が業務改革に取り組みつつ、地場の民間の力を引き出して育てることは本当に重要であり、こうした姿こそ地方再生への理想的な取り組みと言えます。 スローダウンは続くのか? 日本が頼みとする中国経済の行方 足もとで、中国経済のスローダウンが鮮明になっています。今後さらにスローダウンして行くのか、それとも中国政府の対策によって持ち直すのか、足もとでは不透明です。中国経済の行方いかんによって世界経済が少なからず影響を受ける可能性もあるので、これは小さくない不安材料です。 秋口と目されていた米国の利上げは見送られましたが、その背景には、米国経済のスローダウンや利上げによる世界への影響といった不安よりも、中国経済のスローダウンが米国経済に及ぼす影響の予測がつかないという不安のほうが、大きくあったのではないかと思います。利上げのタイミングとして次に注目されているのは12月のFOMCですが、果たしてどうなるでしょうか。 中国経済の実態は、そもそも本当に7%程度の成長を維持しているのか、それともその半分程度なのか、はたまたマイナス成長なのか、実はよくわかりません。中国ウォッチャーの間では、実態の成長率は3〜5%ではないか言われています。いずれにしても、しばらく不透明な状況は続くでしょう。私は中国経済について、さらに大幅にスローダウンするリスクは大きくないものの、世界経済への影響は決して小さくないとみています。 TPPは日本企業にとって メリットかデメリットか? TPPがの大筋合意に達しましたが、その日本への影響については、結果的に日本の関税がある程度守られたこと、為替が円安方向に振れていること、日本が長らくデフレだったことなどがあって、農産物の内外価格差がほとんど解消されていることなどから、最大の懸念分野だった農業部門に短期的に大きな影響が出ることはないとみています。もちろん、為替は絶えず動くものだし、中長期的な影響は見極めないといけません。 しかし今後日本は、農業保護に多額のカネを使うのではなく、農業の競争力を強化し、輸出を増やし、生産性を上げるために土地の集約・大規模化を図るといった、ポジティブな面にお金を使うべきでしょう。 また日本企業には、TPPの全体像が意外とよく見えていないのではないかと感じます。非製造業も含めてグローバル・サプライチェーンをより形成し易くなるなど、よく考えれば、TPPには日本が世界市場を攻める上で追い風になる要素もたくさんある。だから日本は、TPPのデメリットばかりを考えるのではなく、メリットを引き出すための研究を、もっとやっていかなくてはなりません。 さらに大きな視点で見ると、今回のTPPの大筋合意には、中国に主導権を持たせず、先進国主導で交易や市場開放に関するより高次元の国際ルールをつくれるという意義があります。今後、中国が主導する貿易圏との間でアジアが2分されるのではないかといった懸念が語られることもありますが、そうした可能性は低いと考えます。 たとえばRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓のFTAよりも、TPPのほうがより質の高い取り決めであることは明らかであるため、いずれ世界の貿易圏はバンドワゴン効果により、TPPへと再編成されていくでしょう。日本企業の経営者も、そうした中長期の視点からTPPの本来の意義を認識し、ビジネスチャンスを前向きに狙ってほしいと思います。 http://diamond.jp/articles/-/82690 |