2. 2015年12月01日 18:34:35
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コラム:人民元SDR採用は日本の国益か国患か 植野大作三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト [東京 1日] - 11月30日、国際通貨基金(IMF)は理事会を開き、特別引き出し権(SDR)の構成通貨として人民元を採用することを決めた。来年10月以降、人民元には10.92%の構成比が与えられ、ドル(41.73%)、ユーロ(30.93%)に次ぐ序列第3位の国際通貨としてデビューする。日本円には8.33%、英国ポンドには8.09%の構成比が割り振られ、人民元の後塵を拝することになる。 SDR採用決定により、今後の人民元相場や我々の日常生活にどのような影響が及ぶのだろうか。正式参入まであと1年程度あるが、あらかじめ頭の体操を行っておく必要があるだろう。 SDRへの参入がその後の人民元相場に与える影響については、短期と長期に分けて考える必要がある。 まず短期的にみると、人民元の国際化に伴って進められる為替取引の自由化により、当面は人民元に対する下落圧力が意識されやすい局面が続くだろう。中国経済は現在減速中で、中国人民銀行(PBOC)が断続的な金融緩和を実施している最中だからだ。 翻って米国では12月15―16日の連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げが決定されそうであり、教科書通りに考えれば、ドル高・元安圧力が高まりやすい。実際、ドル人民元相場の12カ月先物をみると、現在は1ドル=6.65元台と、現物の同6.40元前後よりも若干ドル高・元安水準で取引されている。 ただ、今のところ、中国政府は極端な元安を容認しない姿勢を鮮明にしている。習近平・国家主席や李克強・首相ら超ハイレベルの要人から元安をけん制する発言が相次いでいるほか、9月下旬以降には中国当局がオンショア市場での元買い介入だけでなく、オフショア市場でも国有銀行を通じて同様の為替介入を行った模様だ。 中国景気の減速懸念がささやかれる中、自国通貨安による輸出振興には捨て難い魅力があるものの、人民元の先安観が強まり過ぎると海外への資本逃避観測が強まって国内金融市場が著しく不安定化するリスクを抱えるほか、中国企業によるドル建て債務の返済負担が増大することで、かえって景気下押し圧力を発生させかねない。 中国当局による最近の介入実績などを踏まえると、8月上旬の「人民元切り下げショック」直後につけた1ドル=6.45元界隈が、当面のドル人民元相場の「PBOCシーリング(天井)」になりそうだ。人民元の国際通貨デビューに際し、より多くの国々の人や企業に保有と利用を促さないといけない初期段階で、あまり極端な元安期待が台頭するのは望ましくない。人民元の国際化を円滑に踏み出そうとする中国当局の方針から、大幅な元安は是認されないのではなかろうか。 <「人民元はまだ割安」、米政府の言い分に一理あり> 一方、長期的にみた場合には、人民元の国際化と自由化の進展に伴って、構造的な元高圧力が強まりやすいだろう。理由として、以下の2点を挙げておきたい。 第1に、人民元の国際化が進む過程では、官民の準備資産としての保有動機が強まる可能性がある。世界の外貨準備をみると、中国以外の国が保有する金額が9兆ドル程度ある。現在、人民元は外貨準備としてほとんど保有されていないが、SDRに採用されていない豪ドルや加ドルでも数%程度のシェアがある。人民元がSDRの一角を担うようになれば、最低でも豪ドルや加ドルは抜きそうであり、長期的には日本円の3.8%や英ポンドの4.7%を超える可能性もあるだろう。 中国以外の国が持つ外貨準備のうち、例えば5―10%が人民元になったと仮定した場合、公的準備だけで4500―9000億ドル程度の元買い需要が発生する。中国と関係の深い民間企業などでも元建て流動性資産の保有動機が強まる可能性を考慮すると、官民合わせた元買い需要が1兆ドルを超えるとの見方もあるようだ。官民における元建て準備の保有残高がある一定のレベルに到達するまで、相場環境にあまり左右されない元需要が染み出てくる可能性がある。 第2に、米国と中国の2国間貿易収支の動きをみると、過去約30年間にわたって一方的に米国の貿易赤字(=中国の貿易黒字)が拡大、今年上半期分の年率換算では赤字が約3700億ドルと空前の規模に達している。2国間の貿易不均衡としては、恐らく世界の経済史上、最大の金額に膨張しているだろう。 両国の景気循環とほぼ無関係に、一次関数のような形状で貿易不均衡が膨張し続けている点に鑑みると、「人民元はまだ割安」という米国政府の言い分は恐らく正しいのではないか。この先、自然体の為替需給が人民元の価格形成に反映される自由化改革が進むにつれ、日々のマーケットに染み出てくる「実需の元買い・ドル売り」を通じた元の割安修正がジワジワ進む可能性が高い。 人民元の割安修正が一巡する水準を特定するのは難しいが、今から四半世紀以上前の1980年代末期には、人民元はもともと1ドル=4元台で取引されており、米中間の貿易収支もほぼ均衡していた。90年代半ばの「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」加盟直前に中国政府はこれを約半値の8元台に切り下げたが、今から思えばこの掟破りの通貨半値政策が米中間の一方的な貿易不均衡拡大の一因となった疑いが濃厚だ。 この先、中国政府が公言する「自然体の需給」を反映させた為替変動メカニズムが強化されるなら、将来的には1ドル=5元台への突入は十分にあり、超長期的には4元台への里帰りもあり得るのではなかろうか。 <パワーアップする爆買い、日本への影響は> こうした筆者の見立てが正しかった場合、人民元は対円でも一段高の可能性がある。現在の元円相場は1ドル=122円台を6.3元台で割るので19円台で取引されているが、ドル円相場を割る計数が1ドル=5元台や4元台になったら対円相場には大幅な上昇圧力がかかるからだ。その時のドル円相場の水準にもよるが、仮に1ドル=110円と今より円高だったとしても、5で割れば22円、4で割れば28円と今の19円台より何割も高い値がつくことになる。 その際、日本人の暮らしには、悲喜こもごもの影響が錯綜することになるだろう。良い面から言うと、日本の地方の観光地や都市部のショッピング街などでの中国人旅行者による爆買いはさらにパワーアップする可能性がある。人民元が強くなれば、中国製の工業製品や農産物の値段も上がるので、中国産品と競争している日本の町工場や農家にとっては少しだけ競争条件が緩和するかもしれない。 ただ、中国人の購買力が強くなり過ぎると、日本の土地や不動産がとてつもない高値で買い占められたり、高級な海産物や希少金属などの入札で日本人が買い負けしたりするリスクもある。中国と日本の経済規模の格差が一段と開けば、国際会議やビジネスの現場における中国と日本の影響力の差も一層開く可能性もあり、我々にとって良いことずくめではなさそうだ。 いずれにせよ、今後想定される人民元の国際化に伴い、元相場の変動はこれまで以上に上下双方向に促されるようになりそうだ。上下どちらに動いた場合でも、メリットとデメリットは錯綜するはずであり、今のうちからプラス面を生かしてマイナス面を抑える工夫を、国や企業、個人のレベルで考えておく必要がある。ドル円相場に負けないぐらいの緊張感をもって、今後は人民元円相場に対しても接しなくてはいけない時代が到来しそうだ。 国際通貨基金(IMF)は30日に開いた理事会で、特別引き出し権(SDR)構成通貨に中国人民元を採用することを承認した。 *植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。 http://jp.reuters.com/article/2015/12/01/column-daisakuueno-idJPKBN0TK32E20151201?sp=true
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