2. 2015年11月27日 05:38:07
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森信茂樹の目覚めよ!納税者 【第104回】 2015年11月27日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 生鮮食料品の範囲を超える軽減税率は 2つの「パンドラの箱」を開ける 総合合算制度をやめる? 逆方向に向かう税制・財政政策 生鮮食料品に加えて一部の加工食品が軽減税率の対象になることは、「2つのパンドラの箱」を開けることになる 24日、安倍首相が軽減税率は「税・社会保障一体改革に影響を及ぼさない範囲で」と、谷垣幹事長と宮沢税制調査会長に指示をしたという。この発言は事実上、「4000億円の財源がかかる総合合算制度の導入を取りやめて、その財源の範囲で軽減税率を導入する」ということを意味している。
幅広く1兆円前後の範囲で軽減税率の導入を目指す公明党としては、「受け入れられない」ということで反発した。そこで菅官房長官は、「総理のそのような発言はなかった」と否定して見せた。 常識的に考えて、何らかの指示がなかったら総理たちが会談するわけがない。官房長官の対応は、反発した公明党に気を遣ってのものだろう。 ここで導入が見送られる「総合合算制度」というのは、低所得者の医療費や介護費などに負担の上限を設けるという、まさに低所得者対策である。それを取りやめるということになれば、そのこと自体が、税・社会保障一体改革の理念に逆行することになる。 加えて、高所得者により利益が多く及ぶのが軽減税率である。つまり、総理の指示は、「低所得者から高所得者への税金の移転」ということになり、アベノミクスの税制・財政政策が、これまでの政策と逆方向に向かうことを意味する。今どき先進国でこのような政策をとる国はないだろう。 25日付の読売新聞朝刊は、「税・社会保障一体改革改革の枠内とは」という見出しで「社会保障の充実影響なし」という記事を掲載しているが、これは意図的な(?)誤報である。一体改革で決められている社会保障財源が振り替わるのだから、社会保障が影響を受けない(縮小されない)わけがない。 ついでに言えば、いまだ一部の新聞は、新聞紙の軽減税率の適用にこだわっているが、これは低所得者対策ではないし、ましてや一体改革とは何の関連もないものである。 社会の公器が「公益」と「私益」を混同すると、読者離れが一層進むのではないかと危惧している。ネットに溢れるこの声を新聞社の幹部は読まないのだろうか。 4000億円の範囲内での軽減税率ということは、生鮮食料品を対象とする場合の3400億円を600億円超えることになる。つまり、生鮮食料品に加えて、「一部の加工食品」が軽減税率の対象になることを意味する。 4000億円の財源は 2つの「パンドラの箱」を開ける この理由は、「低所得者は生鮮よりも加工食品を購買する例が多い」ということである。確かに、単身世帯や高齢世帯では、米(生鮮)を買って自宅で研いでご飯を炊くより、コンビニで弁当やおにぎり(加工食品)を買ったりすることの方が多いのかもしれない。 しかしこの600億円というのは、2つの「パンドラの箱」を開けることになる。 1つは、8000億(2%当たりの消費税減収額)とされる加工食品の箱である。加工食品を法令で区分したものは見当たらないので、どこまで範囲に含めるかという点で、議論はヒートアップする。 パンが入れば弁当もおにぎりも、うどん・そばなどの麺類が入ればカップラーメンも、という具合である。加工食品を600億で区切るには、相当の議論と利害調整の手間がかかり、12月10日と予定されている与党税制調査会の期限に間に合わなくなる。これは、2017年4月からの消費税10%引き上げ時に、軽減税率の導入が間に合わないということでもある。 もう1つは、「加工食品と外食サービスの区分」である。カップラーメンが軽減税率対象になった場合でも、コンビニで買った後その場(イートインコーナー)でお湯を注いでで食べる場合には、外食サービスということになり、軽減税率は適用されないだろう。 このコンビニやファストフード店におけるイートイン(標準税率)とテイクアウト(軽減税率)の区分こそ、欧州諸国で最も悩ましい問題となっており、わが国でも絶対避けるべき問題である。(連載第92回、93回参照) 連載第71回を見ていただきたい。欧州における軽減税率導入の実態を報告したものである。 英国は当初、お客さんの申告に従って、イートイン(標準税率)とテイクアウト(ゼロ税率)を区分していたが、「テイクアウトと言ってイートインする客が大勢いて、税制当局は「温度」で決める方式に変えた。この規則(Hot take-away food and drink regulation)は大変細やかで、とても順守されているとは思われない。 ドイツやフランスでも、それぞれ自国独自のルールを決めているが、お世辞にもうまくいっているとは思えない。 いずれにしても、600億円という「隙間」ができて、加工食品という「パンドラの箱」が空いた瞬間に、消費税を巡る状況は大混乱に陥る可能性がある。そのツケは国民に降りかかる。 どうしても今回導入するというなら、法令で定義され、外縁の明確な、生鮮食料品に限定すべきだ。600億円をどうするのかと言われれば、それは給付に回すしかないのだろう。 税・社会保障一体改革の当事者 だったのに、情けない民主党 これだけ問題の多い軽減税率導入の議論が連日大きく報道されているにもかかわらず、そもそも税・社会保障一体改革を企画・立案・成立させた民主党はなぜ沈黙しているのだろうか。 三党合意を踏まえた民主党の主張は、法律にきちんと残っている。税制改革法7条に、給付付き税額控除での対応が検討事項として書かれているのである。引用すると次の通りだ。 税制改革法第7条 一 消費課税については、消費税率の引上げを踏まえて、次に定めるとおり検討すること。 イ 低所得者に配慮する観点から、番号制度の本格的な稼動及び定着を前提に、……総合合算制度、給付付き税額控除等の施策の導入について……検討する。 ロ 低所得者に配慮する観点から、複数税率の導入について、……検討する。 ハ 施策の実現までの間の暫定的及び臨時的な措置として……簡素な給付措置を実施する。 もともと税制改革法で、低所得者対策として総合合算制度を導入することを決めたのは民主党である。また軽減税率ではなく、給付付き税額控除で低所得者にピンポイントで給付を行うと明記したのも民主党だ。 ひとたび与党で決められてしまうと、あとは国会論戦になる。国会論戦も必要だが、国会提出された予算関連法案を廃案にさせる力が、民主党に残っていないことは明白だ。 世論に訴えかける反対のタイミングは「今でしょ!」である。 筆者は、「単なる選挙協力目当て、安保法制への協力のお礼」ということで軽減税率が導入されることに我慢がならないが、次回の選挙までそれを意思表示する手立てはない。一方で、現在沈黙している民主党に一票を入れる気にもならない。安倍一強政権の現実とは、このようなものなのだろうか。 http://diamond.jp/articles/-/82303 |