1. 2015年11月18日 18:30:51
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コラム:パリ攻撃で揺らぐドイツ経済の成功体験斉藤洋二ネクスト経済研究所代表 [東京 18日] - 13日金曜日の夜、パリで大規模な同時多発攻撃が起きた。今年1月の週刊誌「シャルリー・エブド」襲撃事件以来、過激派組織による攻撃が続いていたことからフランスでは最高レベルの警戒態勢が敷かれていた。だが、その警戒網をかいくぐっての犯行だった。 2001年の米同時多発攻撃を受けてブッシュ米大統領(当時)がイラクでの戦火を開いたが、同時に過激派はその対抗手段として米国の同盟国や友好国などへの攻撃に軸足を置く動きを強めた。特に過激派組織の「イスラム国」とアルカイダはヒト・カネを得るためにアピール合戦の様相を強め、その行動がエスカレートしている。 「フランスは戦争状態にある」とのオランド仏大統領の言葉が示すように、米国主導の有志連合と過激派組織との間でさらに激しい衝突が起こることが懸念されるが、同時に今回の犯人の1人が難民ルートをたどりシリアから潜入した可能性が高いことは、難民の受け入れについての反発を一層強めることになるだろう。 欧州内のイスラム教徒はすでに1700万人に上り、フランスには600万人いるとされる。さらに「アラブの春」に続く混乱と過激派組織の脅威にドイツなど欧州諸国を目指す難民は後を絶たない。ドイツ政府が、今年流入する難民の数が昨年の4倍で過去最高の80万人に達すると8月時点で予測しているように、この戦後最大規模の難民大移動は欧州を根底から揺さぶっている。 <難民問題でドイツ社会が不安定化する恐れ> 欧州連合(EU)各国は緊急会議をたびたび開いて難民対応を協議しているが、受け入れに比較的前向きな西欧各国と経済的負担感の大きい中東欧各国との対立の溝は深い。 難民受け入れについて足並みが乱れる欧州の中で、メルケル独政権は一貫して寛容な難民政策を打ち出してきた。この背景には、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害という苦い経験に加えて、これまで難民・移民を多数受け入れて安い労働力へと転換させた結果、成長が実現できたとする経済的な成功体験があるのだろう。 1990年10月に東西ドイツが統一されてから四半世紀を経過したが、この間ドイツは旧東ドイツや東欧の安い労働力を得るとともに市場の拡大を図り経済成長を遂げた。フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏が著書「ドイツ帝国が世界を破滅させる」で詳述しているように、今や「ドイツ帝国」と呼ばれるほどにドイツは政治・経済両面で世界をリードする国家へと発展した。 この成功体験は統一ドイツの発足にさかのぼるが、当時オストマルク(東ドイツマルク)はドイツマルクと一定額まで1対1の等価で交換され、また東ドイツにあった社会保障制度が引き継がれるなど、旧西ドイツは巨額の統一コストを支払った。そして、ドイツはそのコストを付加価値税増税や労働市場改革などシュレーダー政権による構造改革により乗り越えることができた。 しかし、近年のドイツは出生率が世界で最低レベルに落ち込むなど少子高齢化が進み、労働力不足が目立ち始めている。実際、政府による子育て支援策は十分に機能せず、これまでに築いた経済優位性を早晩失うのではないかとの懸念が高まりつつある。さらに、自動車大手フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題に端を発してドイツ製造業の威信が揺らぐなど国内経済は変調の兆しを示している。 また、旧東ドイツの所得水準が旧西ドイツより大きく劣後し地域間格差が残ったことで、移民・難民に対する嫌悪感はドイツ社会に根強い。特に今夏以降の難民の急増ぶりに恐怖感も広がるなど国民感情は揺れている。今後、難民問題は国論を二分して社会を不安定化させる恐れがある。 <VW国有化あるか、強まる中国傾斜> それでも、これまでは経済成長が様々な国内矛盾を覆い隠してきた。しかし、ここにきてVW問題が加わり、社会の亀裂に加えて経済の変調が明らかとなっている。ドイツは環境保護を優先する国とのイメージが強かっただけに、今回のVW問題は同国製造業のブランドを失墜させ、さらに環境技術水準の高い国家としての威信を大きく損なった。 VWについて言えば、同社の自己資本は今後、損害賠償金や、米国当局から課される制裁金、さらにリコール(回収・無償修理)費用などによって大きく毀損される恐れがある。そうした事態を避けるために、業績が堅調な傘下のアウディなどを売却したり、中国事業を手放したりして、資本増強を図る可能性が一部で報じられている。 そして、最後の手段が国有化だ。もちろん、企業救済にあたっての税金投入には国民の納得感を得ることが必要である。とはいえ、自動車産業の裾野は広く、多くの雇用を生み出している点から、最悪の場合には国有化の選択肢は排除できないだろう。 ところでドイツ経済の特徴は外需依存度の高さであり、欧州域内に加えて、中国市場に強みを持つことだ。メルケル首相は10月末、自国の主力企業を帯同して在任10年間で8度目となる訪中を行った。そして、独フランクフルトでの人民元建て金融商品国際取引所の開設、130機(総額約170億ドル=約2兆円)に上るエアバス製航空機売買契約、さらに中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)を軸に両国企業が共同でシルクロード域内に進出するといった大型商談をまとめ、ドイツ経済の中国依存度を高めることを明らかにした。 ただし、減速傾向を強める中国経済への傾斜が、新たな成功体験創出につながるとは考えにくい。実際、中国の貿易総額は減少を続けており、輸出産業への打撃を通じてドイツの産業活動全般への下押し圧力になる可能性が懸念されている。 これまで述べてきたとおりドイツ経済は、生産年齢人口の減少、ブランド力と輸出競争力の低下、そして金融力の陰りなどに直面し、変調の色が濃くなっている。これを打開するために各民族それぞれの独自文化を尊重し共存を目指す文化多元主義へのシフトをより鮮明にし、人口減少対策として難民の受け入れを積極的に図ることに徹するのではないだろうか。 *斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら) http://jp.reuters.com/article/2015/11/18/column-yojisaito-idJPKCN0T60HF20151118?sp=true |