2. 2015年11月18日 06:00:10
: jXbiWWJBCA
日本国債格付けの引き下げで必然的に近づく量的金融緩和の出口【第23回】 2015年11月18日 宿輪純一 [経済学博士・エコノミスト] 前回のこの連載で、日本銀行が進めているインフレターゲットとそのエンジンである量的金融緩和などの金融政策が転換する兆しについて書きました。特に、「新アベノミクス」では、「インフレ(物価上昇)」から「景気」に重点が変更になっています。麻生財務相の「金融(政策)でできる範囲は限られてくる」等の発言からも、その転換が伺われます。 10月30日に開催された日本銀行の金融政策決定会合と事前のレポートでは、インフレ率の低下と目標達成時期が先に延びたこと等が報告されました。いままであったら、追加緩和など何らかの手を打ったところです。世界のマスコミも日銀が何もしなかったことを疑問視しています。 量的金融緩和を止めて正常な金融市場に戻すことを出口戦略と言います。米国では「正常化」と呼ばれています。具体的には、今、非常時の政策として、国債を年に80兆円購入し、同額の資金供給を行っていますが、それを縮小して最終的には止めて、金利が存在する金融市場に戻ることです。 出口戦略は、まだ発表されていません。しかし、筆者は単純な経済政策の転換ではなく、日本経済にとってこの量的金融緩和が限界に来ており、実際に出口戦略がスタートしている、と考えています。このように考えると、今後、追加金融緩和の可能性は低いと言わざるを得ません。 日本国債の格付け低下がもたらす 日本企業への悪影響 9月16日、米国の格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)が日本国債(長期)の格付けを「シングルAプラス」に引き下げました。S&Pが日本国債を史上最低のシングルA格にするのは初めてです。 S&Pは先進国で最悪の水準にある日本の財政赤字について「重大な弱み」と強調し、「アベノミクス」の効果が見込めないことを格下げの理由にあげました。日本の政府総債務残高(対GDP比)を見ると、ダントツの約250%の債務比率になります。2位は約170%のギリシャでかなりの差を付けて、1位となっています。ちなみにドイツや中国は約80%です。 昨年12月にムーディーズも債務削減目標をめぐる不透明感の高まりを理由に日本の格付けを、同様にA1というシングルA格に引き下げています。 今回の格下げで、S&Pの格付けでは日本国債は欧州債務危機の発生源となったアイルランドやイスラエルなどと同じ格付けとなり、景気の減速感が強まっている中国や韓国(いずれも、AAマイナス)よりも下位に位置付けられることになります。 国債の格付けは、その国の経済・金融と密接な関係があります。国債の格付けが天井とまでは言いませんが、その国の企業の格付けも大きく影響を受けます。 今までも、日本国債の格付けが下がると、メガバンクなどの金融機関も同じように格付けが下がることが一般的でした。ちなみに、現在の三菱東京UFJ銀行の長期格付けは、S&PがA+、ムーディーズがA1です。 筆者は海外で銀行の資金繰りも実務として担当していました。海外支店の場合、例えば米国の場合は、ドルの調達が重要な役割となっています。この辺の業務は実際にやってみないと分からないことが多いのではないでしょうか(現場経験のない方の記事は、なにか違うな、と感じることもたびたびあります)。 基本的にドルの資金繰りは、インターバンクのフェデラルファンド(Fed Fund)で調達します。日本でいうと無担保コール(オーバーナイト)です。他に、大企業の運用部門からの短期預金や、円があるときには円からドルへの為替スワップ(フォワード)で調達することもあります。 しかし、実は今年5月ぐらいから、邦銀の資金調達にジャパンプレミアム(上乗せ金利)が乗ってきており、高いコストでの資金調達を余儀なくされています。今回のジャパンプレミアムは、一連の日本国債の格下げ=財政悪化の影響と考えられます。このジャパンプレミアムの急拡大によって、本邦金融機関向け金利が急騰することも考えられます。こうなると金融機関の経営的にも大きい影響があります。 もちろん、現在、日本銀行と米国の中央銀行FRBとの「通貨スワップ協定」があるので、本当の非常時における資金調達はなんとなるかもしれません。しかし、この調達コストの高まりは、既に金融機関の経営に悪影響を与えています。 例えば、海外では邦銀は資金の貸し出しをして、資金繰りとしてフェデラルファンドで資金の調達を致しますが、仮に1%のジャパンプレミアムが付くと、そもそも貸出しで利ザヤが取れない現状では、「逆ザヤ」になる可能性が高いのです。 しかし、日本国債市場に対する影響はありません。なぜならば、日本国債はそうでもなくても、日本銀行が年間80兆円購入するからです。つまり新発債40兆の他にも40兆円の既発債も購入するからで、格付けとは関係のない人工的な需要に支えられているからです。 当然、日本企業も同様に日本国債の格付け低下の影響を受けます。貸付を受ける金融機関の影響で調達金利が上がるのはもちろん、企業の格付けも、国債の格付け低下の影響を受けます。日本国内であればそれほど問題になりませんが、海外だと外国企業であり、財務(金融)以外でも入札など契約などの業務にも格付けが影響を及ぼします。現在、海外で稼いている日本企業の活動にも悪影響を及ぼすのです。 量的緩和に限界 必然的に「出口」に追い込まれ始めた このように国債の大量発行による格付けの低下は金融機関・企業の経営体力を削ぐことになり、国債の値崩れを防ぐことはできても、経済に対して悪影響が出てきており、必然的に「出口」に追い込まれ始めていると考えています。 この時点で「新アベノミクス」が、量的金融緩和と日銀の国債購入のベースとなるインフレターゲットを外して、景気目標に変更したのはある意味、正しい判断ということもできるのではないでしょうか。インフレターゲットは国民に不人気で、麻生財務相「今すぐ日銀の金融緩和だけによって本来の目的に行きにくい状況にある」としています。来年に参議院選挙を控えていることもあり、物価上昇よりも景気に経済政策のウェイトを移し始めているとも判断できるのではないでしょうか。 まずは、日銀の一部の審議委員が主張しているように、新発債が40兆円であるときに80兆円の購入はあまりに多いので、約40兆円に減額することを実行するのが宜しいのでは、筆者はと考えます。それでも新発債は十分にカバーできます。 もはや、2年半にわたって量的金融緩和をやってきても、外部要因もありますが、株価は上がったとしても、GDPは2期連続マイナスになっています。麻生財務相がいうように金融政策にできることには限度があるので、本格的に経済の改革に手を付けないと、GDPが増えません。米国は利上げを検討していますが、日本ではGDPがある程度伸びないと無理だとは思いますが。 ※「宿輪ゼミ」は2015年9月に、会員が“1万人”を超えました。 ※ 本連載は「宿輪ゼミ」を開催する第1・第3水曜日に合わせて、リリースされています。連載は自身の研究に基づく個人的なものであり、所属する組織とは全く関係ありません。 【著者紹介】 しゅくわ・じゅんいち 博士(経済学)・エコノミスト。帝京大学経済学部経済学科教授。慶應義塾大学経済学部非常勤講師(国際金融論)も兼務。1963年、東京生まれ。麻布高校・慶應義塾大学経済学部卒業後、87年富士銀行(新橋支店)に入行。国際資金為替部、海外勤務等。98年三和銀行に移籍。企画部等勤務。2002年合併でUFJ銀行・UFJホールディングス。経営企画部、国際企画部等勤務、06年合併で三菱東京UFJ銀行。企画部経済調査室等勤務、15年3月退職。兼務で03年から東京大学大学院、早稲田大学、清華大学大学院(北京)等で教鞭。財務省・金融庁・経済産業省・外務省等の経済・金融関係委員会にも参加。06年よりボランティアによる公開講義「宿輪ゼミ」を主催し、来年の4月で10年目、まもなく200回開催、9月に会員は“1万人”を超えた。映画評論家としても活躍中。主な著書には、日本経済新聞社から(新刊)『通貨経済学入門(第2版)』〈15年2月刊〉、『アジア金融システムの経済学』など、東洋経済新報社から『円安vs.円高―どちらの道を選択すべきか(第2版)』(共著)、『ローマの休日とユーロの謎―シネマ経済学入門』、『決済システムのすべて(第3版)』(共著)、『証券決済システムのすべて(第2版)』(共著)などがある。 Facebook宿輪ゼミ:https://www.facebook.com/groups/shukuwaseminar/ 公式サイト:http://www.shukuwa.jp/ 連絡先:info@shukuwa.jp http://diamond.jp/articles/-/81881
|