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「公的年金が数兆円の運用損!」が、想定内のニュースである理由 - 加谷珪一 経済ニュースの文脈を読む
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20151110-00159349-newsweek-nb
ニューズウィーク日本版 2015/11/10 16:05 加谷珪一
〔ここに注目〕変更された運用方針
公的年金の運用に巨額損失が出ているという話が市場関係者の間で取り沙汰されている。一部メディアでは10兆円の損失などと報じられたが、まだ知らない人も多いだろう。
7〜9月期における運用実績の公表は11月中の予定だが、これまでの株価の動きを考えると数兆円の損失が出ていることはほぼ間違いない。あまりに巨額なのでびっくりする人もいるかもしれないが、この金額は専門家の間では想定されていた水準であり、特に驚くべきものではない。日本の公的年金はすでに株式を中心としたリスク運用にシフトしており、株価が大きく変動すれば年金運用も変動する仕組みになっているからである。
日本の公的年金は株式中心のリスク運用
日本の公的年金を運用しているのはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という組織だが、現在、GPIFの運用残高は140兆円ほどになっている。これまでGPIFは、積立金のほとんどを安全な国債で運用してきたが、安倍政権になり、運用方針の抜本的な見直しが進められた。インフレが進むと債権価格が下落するため、債権中心のポートフォリオでは損失が発生するリスクが出てくるというのがその理由だ。
昨年10月にまとめられた新しい運用方針では、国債の比率が60%から35%に低下し、国内株の比率は逆に12%から25%に引き上げられた。外国株を合わせると全体の50%が株式という構成になっている。
こうした運用方針の見直しについては、一部から株価対策ではないのかという批判が出ていた。実際、GPIFのポートフォリオ変更に伴って、数兆円の資金が株式市場に流入しており、空前の株高が演出された。結果として、2014年度(通年)の運用実績は15兆2922億円のプラス、2015年4〜6月期の運用実績も2兆6489兆円のプラスであった。GPIFは自らの買いで株価を押し上げ、高い運用実績を上げたのである。
だがポートフォリオの変更に伴う資金流入はそろそろ終了するタイミングであり、今後は自らの買いによる株価上昇は期待できない。運用資金の約半分が株式に投入されていれば、当然、今後の運用益は株式市場の動向に大きく依存することになる。
8月に入って株式市場は、中国ショックをきっかけとした全世界的な株価下落に見舞われた。当然のことながら、7〜9月期の運用成績はその影響を受ける。6月末時点におけるGPIFの日本株の比率は23.4%、外国株の比率は22.3%であり、合計すると45.7%が株式で運用されていた。6月末時点から現在までの間に、日経平均は約14%、ダウ平均株価は約8%下落しているが、外国株は米国株のみと仮定し、機械的にこの数字を当てはめると約7兆円の損失が発生している計算になる。
報道では、証券アナリストの試算として8兆円という数字が取り上げられている。外国株の銘柄をどう見るのかで最終的な数字は変わってくるが、おおよそ7兆円から10兆円の範囲になる可能性が高いだろう。
株式にシフトした本当の理由は、年金財政の悪化
この数字は特別なものではなく、株式中心の運用スタイルに変更すれば、当然に予想される結果である。GPIFでは日本株の期待リターンを約6%、1年間で想定されるリスク(ボラティリティ)を最大(2σ=確率95%)で±50%としており、外国株もほぼ同様の数値を設定している。金融工学的な用語なので分かりにくいが、要するに、株式投資の収益率は年率で約6%と仮定しており、最悪の事態が発生した場合には、株価が半分になる可能性も考慮している、という意味になる。
昨年12月、民主党の長妻昭議員はGPIFが想定する損失額について質問主意書を提出している。政府は、想定される最大損失額が約21.5兆円になるとの回答を出しているが、この数字は上記の金融工学的な前提条件から導き出せる数字とほぼ一致する。つまり、今回の株価下落で数兆円の損失が出ることは、当初から想定されていたということになる。
ただ金融工学的には正しくても、これだけの損失額が出る可能性について、国民の間で十分なコンセンサスが得られているとは言い難い。実際に運用実績が公表された場合、数字の大きさに動揺が拡がり、政治問題化する可能性は否定できないだろう。
先ほど筆者はGPIFの株式シフトについて、株価対策との批判が出ていたと書いたが、実は株価対策よりも、さらに切実な事情がある。それは年金財政の悪化である。
公的年金は高齢化の進展で、年金の給付額が、年金保険料の徴収額を上回っており、GPIFの積立金は毎年3兆円程度減少している。つまり、何もしなければあと数十年で年金積立金がなくなってしまう状況なのだ。大きなリスクを覚悟してでも、期待リターンの高い株式にシフトしなければならない本当の理由はここにある。
だが、年金運用の株式シフトは、国民的議論がほとんど行われないまま、拙速に進められてしまった。公的年金は国民にとって最後の拠り所となる資産である。高いリスクを取って年金の給付額を維持すべきなのか、安全性を優先する代わりに年金の減額を受け入れるべきなのか、意見は分かれるところだろう。ちなみに米国の公的年金は、全額が国債などの低リスク資産で運用されており、株式投資は行われていない。
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