3. 2015年10月28日 12:08:15
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家計襲う「偽りの脱デフレ」 背景に企業の物価観悪化 編集委員 清水功哉 2015/10/26 5:30日本経済新聞 電子版 食料品など身の回りの商品の値上げが増えており、家計部門に「脱デフレ感」が出ているとの指摘がある。しかし、十分な賃金引き上げを伴わないため生活は楽にならないままで、消費者心理もなかなか改善しない。いわば「偽りの脱デフレ」が家計を苦しめている。この構図を生み出しているのは企業部門に根強く残るデフレ心理だ。安倍晋三政権や日銀、そして企業はいまだに消えないデフレ心理の「岩盤」の破壊に全力を傾けるべきだろう。麻生太郎財務相が23日指摘した通り、金融緩和だけでは効果に限界がある。3者の協調が重要だ。■冷え込むインフレ期待 「予想物価上昇率の低下が気になる」――。最近、日銀内で聞かれる声だ。特に目に付くのが企業部門のインフレ期待が冷え込み始めている点だ。 日銀がまとめた9月の全国企業短期経済観測調査(短観)をみてみよう。企業の消費者物価上昇率見通し(全規模全産業、消費増税など制度変更の影響を除く)は1年後が1.2%。3カ月前と比べると0.2ポイント低下、1年前比では0.3ポイント下がった。3年後、5年後についても低下している様子が確認できる。
日銀の量的・質的緩和(通称、異次元緩和)の目的は、人々の予想物価上昇率を2%程度に引き上げること。この1年でこの目的とのギャップがむしろ広がっているわけだ。日銀が「物価の基調は着実に改善している」(黒田東彦総裁)と「連呼」してきたのも、経営者の心理を刺激する狙いからだ。 もっとも、企業部門のインフレ心理後退は家計部門の実感と異なるものだろう。円安などを背景に身近な商品の値上げが増えているからだ。23日付日本経済新聞の記事は次のように書いた。「内閣府がモノやサービスの品目ごとに、消費割合を加味して(価格の前年同月比)伸び率の分布を調べたところ、2%程度以上伸びた品目が23.6%となった。消費者がお金を使うモノの4分の1は値上がりしている実態を示す。日銀が量的・質的金融緩和を始めた2013年4月は1割程度にとどまっていた」 ■軽くならない家計部門の負担 もちろん、家計の現場でこれを「デフレ脱却への動き」として歓迎する声は少ないだろう。肝心の賃金の増加が不十分なためだ。厚生労働省によると、物価変動の影響を加味した実質賃金は7月に2年3カ月ぶりにようやくプラス(前年同月比)に転じたばかり。しかも、プラスといっても直近の8月はわずか0.1%増だ。
これでは景気のカギを握る消費者心理の改善が進むはずはない。内閣府が公表している一般世帯の消費者態度指数(季節調整値)は直近の9月まで頭打ち状態が続く。ちなみに、この指数を構成する「暮らし向き」「収入の増え方」「雇用環境」「耐久消費財の買い時判断」の4つの指標が、9月はすべてが前月より悪化した。 つまり多くの家計に訪れているのは、暮らしが楽にならない「偽りの脱デフレ」ということになる。その裏側にあるのが、上述した企業部門のデフレ心理だろう。背景には、原油安や中国など新興国経済の減速がありそうだが、デフレ心理から解放されていない経営者には、十分な賃上げをしようという意識が生まれにくい。
確かに、14、15年と春季労使交渉でのベースアップ(ベア)が2年連続で実現した。上述した通り、値上げの動きが増えている。そこで日銀は従来「ベースアップと価格改定の動きとが軌を一にして本格化していることは、雇用・賃金の増加を伴いながら、物価上昇率が緩やかに高まっていくという循環メカニズムが作用していることを示す」と強調してきたのだが、ここにきて微妙に言い方を変え始めた。 ■黒田総裁の「不満表明」 黒田総裁は9月28日に大阪経済4団体共催懇談会で挨拶した際に次のように語った。「企業は今や史上最高益を享受し、労働市場は完全雇用の状態にある」「ただ、程度の問題として『これだけの収益水準の割には設備投資や賃金の伸びが鈍い』と言われることもまた事実だ。その背景には、長く続いたデフレのもとで、企業や家計のマインドセットの転換に時間がかかっているということがあると考えられる」。つまりデフレ心理はまだ払拭されていないといっているのだ。 安倍首相も月刊誌「WiLL」(11月号)の座談会「安倍総理『長期政権』の抱負を語る!」で次のように語っていた。「企業も積極的に投資をして、もっと給料を上げていく。競争力を回復して、しっかりと生産性を上げて、供給力を付けて、力強い日本にしていきたい」 ■「投資しないのは重大な経営判断の誤りだ」 「未来投資に向けた官民対話」の初会合であいさつする安倍首相(16日、首相官邸)=共同 「未来投資に向けた官民対話」の初会合であいさつする安倍首相(16日、首相官邸)=共同 こうした問題意識から始まったのが、企業に設備投資などの支出を促すための「官民対話」だろう。16日に初会合を開き、経済3団体のトップらが出席するなか、政府側からは「過去最高の原資があるのに、投資しないのは重大な経営判断の誤りだ」(甘利明経済・財政・再生相)といった言葉が飛び出した。「上場企業全体の手元資金は14年度末で105兆円と過去最高水準にある」(18日付日本経済新聞)にもかかわらず、投資も賃上げも十分でないというのが政権や日銀の不満なのだ。 アベノミクス、あるいはその一部を構成する異次元緩和は、大幅な円安を実現したという点では大きな成果をあげた。だが、実は政権や日銀にとって誤算もあった。 ■従来と異なった円安起点のメカニズム 従来、円安を起点とする景気刺激のメカニズムは次のようなものだった。「円安→輸出企業の現地通貨建ての販売価格引き下げ→輸出数量の増加→国内生産増加→設備投資や雇用増加→消費の増加」。ところが、今回の場合は、円安にもかかわらず現地通貨建て販売価格は基本的に維持し、販売数量をあまり増やさずに販売額の増加を狙うケースが目立った。この結果、輸出企業に利益がたまる一方で、生産や雇用の増加に結びつきにくかったのだ。背景には、円高時代に海外生産体制を構築した結果、国内生産を増やしにくくなったという事情もあったのだろう。 もちろん、輸出企業の収益が改善すれば、株価の上昇が投資家に利益をもたらすルートは機能する。株高は富裕層などの消費を促したから、円安を起点とする景気刺激のメカニズムはそれなりに機能したといえるが、従来のような効果も期待していた政権や日銀にとって十分なものではなかった。そこで、輸出企業にたまった利益を賃上げ、設備投資など様々な形で世の中に還元してほしいといっているわけだ。 一方で、根強いデフレ心理を持ち国内市場に関する成長期待をあまり持てない企業としては、おいそれとは支出を増やしにくい。「新産業の創造が不十分で、投資機会が乏しい」(経済同友会の小林喜光代表幹事、17日付日本経済新聞)という反応が出てくるのだ。 ■政府、民間、日銀による協調改めて必要 この状況を打開するには、改めて政府、民間、日銀の協調を進めるしかないだろう。政府は法人減税や規制緩和などで企業が国内での支出をしやすい環境を整える。民間企業はリスクをとって新しい成長分野を切り開く経営に努める。日銀はデフレ心理払拭を促すような機動的な金融政策運営に努める。こうしたバランスのとれた役割分担が、家計部門に「真のデフレ脱却」をもたらすための課題だろう。日銀にとって、しっかりとした協調が実現するまで、貴重な追加緩和のカードは温存するのもひとつの考え方だ。 http://www.nikkei.com/markets/features/55.aspx?g=DGXMZO9318339023102015000000 |