3. 2015年10月29日 06:59:58
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軽減税率で貧富の格差は拡大する 公明党のポピュリズムは大混乱を招くだけ 2015.10.29(木) 池田 信夫 2017年4月に10%に引き上げられる予定の消費税率をめぐって、政治的な駆け引きが活発化してきた。 公明党が食品などに幅広く軽減税率を求める一方、財務省は難色を示している。安倍首相は財務省に近いとみられる自民税調の野田毅会長を更迭し、公明党に理解を示す宮沢洋一氏を会長にして導入の方向を示した。 これは低所得者も同じ税率を負担する消費税の逆進性を是正するというのが建て前だが、TPPに反対する農家への「国内対策」という面もある。これに悪乗りして新聞協会も軽減税率の適用を求めているが、これに賛成する経済学者は、私の知る限り1人もいない。軽減税率がこれまで導入されたEU(欧州連合)などでは、大混乱になっているからだ。 消費税は逆進的か まず議論の出発点になっている「消費税は逆進的だ」というのは本当だろうか。よく言われるのは「貧しい人のほうが所得を貯蓄しないで消費するので、定率の消費税は所得に対して逆進的だ」という議論だが、人々は行き当たりばったりに消費しているわけではない。 生涯を通して消費を考えると、現役のとき貯蓄した人も引退するとそれを取り崩して消費するので、生涯を通じての貯蓄率は所得階層によって大して変わらない。実証研究でも、消費税は生涯所得に対して累進的である。 したがって「逆進性を解消する」という目的がそもそもおかしいのだが、「貧しい人でも食品などの必需品の消費量はあまり変わらないので、税率を軽減すべきだ」というのが公明党などの論理である。 たしかにエンゲル係数(所得に占める食費の比率)は低所得層の約25%に対して高所得層は約20%だが、高所得層のほうが消費税の支払い額は多い。食品に軽減税率を適用すると、負担が大きく減るのは高所得層なのだ。 さらに所得税の捕捉率は低く、特に高所得者ほど租税逃避などのテクニックを使えるので、所得税には不公平が大きい。消費税にも不公平がないわけではないが、これから(非課税の)年金生活者が増える中で、消費に課税することは課税ベースを広げる上で重要だ。 インボイスなしで軽減税率を導入すると大混乱になる このように軽減税率は有害なポピュリズムであるばかりでなく、その納税事務はきわめて複雑になり、EUではトラブルがたくさん起こっている。 公明党の主張しているのは「酒類を除く飲食料品」だが、こんな紛らわしいケースが考えられる。 ・ハンバーガー:店で食べると「料理」だから税率10%だが、買って帰ると「食品」だから軽減税率になるので、ハンバーガー屋の外で包みをあけて食べる。 ・生魚:刺身のパックで買うと料理だから10%だが、切り身のままで買えば食材で軽減税率の対象だから、刺身を袋詰めで買う。 ・おまけつきのお菓子:おもちゃとして売ると10%だが、お菓子のおまけとして売ると「食品」なので、高価なおもちゃにお菓子をつけて売る。 ・高級レストランのテイクアウト:居酒屋は「酒類」を売るので10%だが、高級レストランのテイクアウトは「食品」なので軽減税率。 ・・・などまぎらわしいケースが多く、訴訟になることも珍しくない。 ただEUの付加価値税(VAT)はインボイス(納品書)を義務づけているので、課税業者が仕入れ値ですでに支払われた税額を控除できるが、日本では今のところインボイスが想定されていないので、軽減税率の事務処理は不可能だ。 例えば外食レストランでは数百種類の食材を調理して提供しているが、どの食材が軽減税率の対象か、インボイスがないと分からない。今は課税業者と非課税業者を区別してデータ処理しているが、課税業者の中でも軽減税率の品目があり、しかもその定義が曖昧だと、データ入力ができない。 インボイスがないのは日本の消費税の欠陥なので、この際それを検討するのはいいが、コンピュータのシステム変更などの事務処理はきわめて複雑で、増税に間に合わないだろう。 若者は軽減税率反対に立ち上がれ もう1つの問題は、消費税率を上げても食品に広範に軽減税率を適用すると、約1兆3000億円余り(消費税率0.6%分)の税収減になることだ。消費税は社会保障の財源にあてられる予定なので、これが大幅に減ると、その分だけ社会保障の赤字が増える。 日本で最大の格差は、エンゲル係数にあらわれるような階層間の格差ではなく、払ったよりはるかに多い年金をもらう高齢者と、それを負担する現役世代の格差である。今のままでも社会保障をまかなうには消費税率は30%にする必要があると推定されているが、これに軽減税率という大きな穴があくと、税率はさらに上がる。 団塊の世代が引退した今は、これから拡大する社会保障の格差を少しでも縮める最後のチャンスだ。しかし安倍政権は消費税の増税を延期し、軽減税率を適用して、負担を先送りしている。これは政治的には賢明だが、1100兆円を超えた政府債務は、必ず将来世代が増税として負担するのだ。 この状態で軽減税率を広範に適用することは、実質的な増税の先送りであり、将来世代への負担の転嫁だ。最悪の場合は国債の暴落で、日本経済がEUよりはるかに大きな金融危機に陥るリスクもある。 人口減少社会ではみんなが平均的に貧しくなるのではなく、金融資産の60%以上をもっている上に年金や雇用で優遇される高齢者と、不安定雇用で貧しい若者の格差が拡大する。これを是正するには、軽減税率などという目先の話ではなく、税と社会保障を抜本的に見直す必要がある。 財務省のマイナンバーを使う税額控除は評判がよくないが、このように個別に税を軽減するのではなく、所得税や年金なども含めた全体で公平性を確保すべきだ。今の歪んだ負担の被害者は、「安保法反対」などと街頭でデモをやっている学生だ。彼らは「軽減税率反対」のデモをやったほうがいいのではないか。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45126
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