2. 2015年10月23日 11:08:25
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人気のスラックが問う日本人の基本動作の欠如目指せ、クラウド流免許皆伝 2015年10月23日(金)海部 美知 米国でユーザーが急増している企業向けビジネスチャット「スラック(Slack)」のサイト シリコンバレーで会議に出席する機会があれば、自分より前に座っているほかの出席者が、パソコンやタブレットを開いてどんな「内職」をしているか、ちょっと見渡してみると面白い。数年前はツイッター系のアプリを開いている人が多かったが、最近は、あずき色の枠で縁取られたサイトやアプリを開いている人を多く見かけるはずだ。
それが、噂のスラック(Slack)である。どう噂かというと、売り上げマルチプル(企業評価額が年間売り上げ額の何倍か)という「ベンチャーの人気指標」で、前回に紹介した三冠王、米配車アプリ大手のウーバーテクノロジーズに迫っており、この2社がほかをダントツに引き離している、ということだ(出所はこちら)。 スラックが提供している社名と同名の企業向けビジネスチャット「スラック」は、メッセージベースのチーム・コラボレーション・ツールである。カタカナばかりで申し訳ないが、漢字にしたらますます意味不明になるので仕方がない。 ネット上の共同作業場 「コラボレーション・ツール」とは、プロジェクトに必要なドキュメントを保管したり、連絡やカレンダーなどの情報を1カ所に集めて、チームの中で共有するための、クラウド上の「共同作業場」だ。 過去にも数多くあり、その昔大企業で「ロータス・ノーツ」が業界スタンダードであった時代から、もっと最近では、中小企業向けの外部サービスである「ゾーホー」や「ベースキャンプ」、「チームワーク」などがよく使われている。少々位置づけが異なる「ドロップボックス」や「エバーノート」、消費者向けには「グーグルグループ」や「グーグルドライブ」なども、仲間内で情報をシェアするために使われる。コラボ・ツールは、「クラウド時代」の中心的な存在である。 一時人気になってもすぐに消滅したものも多く、安定した人気と思っていたエバーノートでも最近は人員削減をするなど、この分野は特に栄枯盛衰が激しい。そんな中、ユーザー数を急増させているツールとして注目されているのが、スラックだ。 ユーザーの目から見てほかのツールと比べたスラックの特徴はというと、まず「メールではなくメッセージ」という概念が基本であることだ。重要なお知らせはスマートフォンのアラート、リアルタイムのやり取りはチャット、絵文字も使える。電子メールではなく携帯電話のテキストメッセージ(日本ならLINE)で育った若い世代に親和性のあるインターフェースである。 次に、「たくさんの外部アプリと連携しており、高度に自動化されている」という点。例えば自分のグーグル・カレンダーに入力したミーティング日時が自動的にスラック経由でメンバーに告知されるし、参考ニュースのURLを入れればスニペット(検索結果で表示されるサイトの説明文)と写真が自動表示される。ウェブサービスやアプリとの連携を自動化するスマホ用アプリ「IFTTT(イフト)」を使えば、「こういうことが発生したらこうなる」という多種の動作を自分で組み込むこともできる。 そして、「非定型データの蓄積とサーチ能力」。アップしたドキュメント、URLリンク、コメント、メンバー同士のチャット内容など、あらゆるものがデータとして蓄積され、単一の検索窓でサーチできる。チャットの内容や日時はそのまま記録されているので、議事録を特に書かなくても、後で簡単に見返せる。 コンサルタントとしての私自身の仕事では、ネットで統計数字や記事を大量に集めて読むという作業が大変な割に、これまでのどのツールでも「リンク集」の使いやすいものがなかったので、ちょっとした違いながらスラックのインターフェースはありがたい。チャットが記録として残り、サーチ能力が高いことも、アプリ統合による自動化も、じーんとくるほどウレシイ。クラウドならではの「圧倒的な生産性の高さ」は、慣れてしまうともうやめられない快適さだ。 マイナス点としては、カスタマイズする自由度が高すぎることに加え、アプリ統合も設定に一手間かかるので、初心者には少々とっつきにくいことが挙げられる。料金体系は「フリーミアム」で、無料で試せるがやや高度な使い方は有料である(といっても月7ドル程度)。 スラックを創業した起業家、スチュアート・バターフィールド氏(写真:Bloomberg/Getty Images) スラックの創業者は、写真共有サービス、フリッカーの創業者でもあるスチュアート・バターフィールド氏。フリッカーの後にはマルチプレーヤー・オンラインゲームも手がけており、「多人数でのデータのシェアと共同作業」の経験が深い。
2013年にサービスを開始。アクティブ・ユーザー数は110万人と今年6月に発表されている(出所はこちら)。 爆発的に広がる消費者向け無料アプリの感覚に慣れていると少ないように見えるが、このうち4分の1以上が有料ユーザーでちゃんとマネタイズができている。さらにユーザー数の増加の勢いがよいために、会社の評価額が高くなっている。 クラウド流基本動作をマッスルメモリーに入れる さて、ここまで読んできて、「さっぱり意味が分からない」というあなた。私の記事を読みにくるからには、ある程度はIT(情報技術)に関わったり使ったりする仕事をしているはず、さらに私よりも年下である可能性が高い。それなのに「全然分からん」のならば、あなたこそが、私の心配のタネである。 スラックの魅力自体は、使ってみないと分かりづらいので、それは仕方ない。ただそれ以前に、上記で言っている、ツールの使い方、ネット上での共同作業の仕方、クラウド上のモノの動き、それに対するユーザーの反応、といったクラウドを使うときの「常識・基本動作」部分が身に付いていない、感覚的に分からない人が、実は日本人ビジネスパーソン(学生も含む)に意外に多いと感じている。 私の知る限り、日本企業では、こうした「コラボツール」を使えるところは非常に少ない。おなじみの「セキュリティーがちがち」の問題である。スラックのような外部サービス型でなくても、社内で何かツールがあればまだよいが、存在しないことも多い。あっても、「外部アプリ」にはつながせてくれない。ドキュメントにパスワードでロックをかけてメールで送るという、前時代的で実際にはセキュリティー効果は低いといわれる面倒な方式がいまだに広く使われている。そして、受け取った文書は紙にプリントアウトして読む。これらはいずれも1990年代のパソコン時代のやり方であり、そのままでは最近のクラウド流儀の「基本動作」がマッスルメモリーとして身に付かない。 基本動作が身に付いていれば、初めてのツールを使っても「普通はこういうことができるはず」「そのためのコマンドはこのあたりにあるはず」「こういうトラブルが起こったらこう対処すればよいはず」といった感覚が無意識に働くので、初めてのツールでも少し触ってみればだいたい分かる。初めて乗るレンタカーでも、すぐに慣れるのと同じだ。 クラウド流を使いこなせば、「あー、なんでもするーっとうまくいく、気持ちいい」というように、体が軽くなったような気分になる。しかし、パソコン時代流の状態からでは、そもそも「クラウド流」の快適さの状態を知らず、最初のハードルが高いので、入り口で挫折してしまうのだ。 差が開き始めたのは2000年代後半? そして、コトはコラボツールに限らない。スラックは現在のところ、まだまだシリコンバレーのベンチャー周辺のユーザーが多いが、同様の「基本動作」を用いた類似コンセプトのウェブ/クラウド系システムは、支払い、会計、税務、契約、日程管理、人事、営業・顧客管理、特定業務向けのアプリなど、あらゆる分野でアメリカ全体の一般企業に入り込んでいる。 クラウド流を使いこなせる免許皆伝の人が、企業のいろいろな部署に相当数いなければ、日本企業はますますアメリカに生産性で後れを取り、企業は競争力をますます失ってしまうだろう。また、安倍晋三首相がどんなに頑張って旗を振っても、日本企業がシリコンバレー人を理解して仲間になることはできない。シリコンバレー人のライフスタイルは、この「クラウド流快適状態」を追求することにあるからだ。 日本人のクラウド流習得不足には、いくつも複合的な原因がある。企業のセキュリティー方針はその一つ。実効的なセキュリティーが目的というより、「これだけやってたのに破られました」と言い訳できるための予防線というのが本音だったりする。 また、メディアや教育界や親世代が依然として、「ITは悪である」という原則でモノを言っていることが多い。それと表裏の関係で、「便利にすること」は、すなわち「手抜き、悪いこと」という漠然とした罪悪感も漂っている。製造現場では、「こうすれば工程がひとつ省略されて○円コストが削減できる」と熱心にやっているのに、なぜかホワイトカラーの仕事では逆に無駄な工程を増やすことに熱心な人も多い。 あなたまかせの「iPhoneの罪」 そしてもう一つが、「iPhoneの罪」である。もともと日本では「なんでもケータイ」という風潮があったところへ、iPhoneが登場して圧倒的に「消費」するだけのユーザーを増殖させてしまい、「難しいことをやらせるのは、提供側が悪い」という開き直りが正当化された。このため、自分でプログラムを書く「本職のエンジニア」はもともと一定数いるのだが、あとは徹底的に消費するだけの「ド素人」の両極に分化してしまい、「自分で便利ツールを使いこなすユーザー」という中間的な層が相対的に薄くなってしまった。 非常に感覚的に言えば、2000年代前半の「ウェブ2.0」黎明期には、日本のユーザーはシリコンバレーの新しいサービスを積極的に取り入れ、動きにしっかりついていっていた。ところが2000年代後半から、だんだん差が開き始めたように思う。黎明期の先端ユーザーだけだった時はよかったが、クラウド流が一般企業へ浸透するフェーズにおいて差が出た、ということではないかと思う なにしろ、せめてシリコンバレーと付き合おうという企業の当該部署や、生産性を高めて仕事の無駄を減らす必要に迫られているワーキング・ファミリーの親御さんたちなどは、「苦手」とか「危険」とか、「便利は手抜き」とか言っていないで、一歩進んだ便利なツールを使えるように工夫して試してみてほしい。基本動作が身に付けば、意外に難しくない、ということが分かるはずだ。免許皆伝への道は、意外に短いのだ。 そしてかく言う私も、「基本動作をマッスルメモリーに…」と唱えながら、一向にうまくならない剣道の素振りに励んでいる毎日である。 このコラムについて Tech MomのNew Wave from Silicon Valley ヒューレット・パッカード、アップル、インテル、グーグル──。世界のIT(情報技術)産業を牽引するこれらの米国企業を輩出し、米ハイテク産業の「聖地」であり続けてきたシリコンバレー。カリフォルニア州サンフランシスコの南方に広がるこの地は、ITバブルの崩壊を乗り越え、今なおハイテクやビジネスの新たなトレンドの発信源として世界の注目を集めている。シリコンバレー在住の経営コンサルタントでブログ「Tech Mom from Silicon Valley」の著者として知られる海部美知氏が、現地で話題のビジネスやハイテクのトレンドをリポートする。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/216773/102000006/?ST=print
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