4. 2015年10月19日 17:33:06
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コラム:日銀追加緩和シナリオの落とし穴=嶋津洋樹氏 嶋津洋樹SMBC日興証券 シニア債券エコノミスト [東京 19日] - 日銀が今月末に追加緩和に踏み切るとの観測がくすぶっている。政府が10月の月例経済報告で景気の基調判断を下方修正したことは、日銀への圧力にも見える。確かに、次の参議院選挙まで残された期間が1年を切るなか、政府に景気刺激策を求める声が強まっても不思議ではない。景気対策に追加緩和が重なれば、金融市場へのインパクトが大きくなり、精彩を欠く株価や支持率にも追い風となる可能性はあるだろう。 もっとも、そうした期待はいずれも実現しないか、中途半端に終わるのがせいぜいだと筆者は考えている。というのも、国内景気は停滞気味とはいえ、大きな需給ギャップを前にデフレとの戦いを強いられた2013年頃とは異なっているからだ。 一部には、環太平洋連携協定(TPP)の大筋合意を受けて、政府や日銀がここぞとばかりに拡張的な財政・金融政策に動くとの見方もあるようだが、むしろその逆で、自制がきく時期ではないか。 そもそもTPPは「大筋合意」に達しただけで、各国国内での承認手続きなしでは発効には至らない。米国で早速、次期大統領の有力候補とされるヒラリー・クリントン前国務長官が不支持を表明したことに象徴される通り、その道のりは長く険しいことが予想される。こうしたなかで、日本だけがTPPを理由に派手な景気対策や金融緩和策を打ち出すことは難しいだろう。 そのことは、アベノミクス「第2ステージ」が「第1ステージ」と異なり、供給側の改革に焦点をあてていることからも明らかだ。実際、安倍首相は9月24日の自民党両院議員総会後の記者会見で「少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持する」ことを主張。その実現のために、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」を新たな「3本の矢」とすることも示した。 そして、新たな「第1の矢」では「生産性改革」や「多様な働き方改革」に言及。「第2の矢」は「希望出生率1.8の実現」、「第3の矢」は「介護離職ゼロ」をそれぞれ具体的に掲げた。 新たな「3本の矢」を筆者なりに整理すると、人口減少という現実を前に短期的には生産性の向上や労働参加率の引き上げなどの「第1の矢」で対応。「第2の矢」は長期的な課題なだけに的までが遠く、射るまでに時間がかかる。それを計算に入れ、急いで取り組むという意味で「第2の矢」としたのだろう。 一方、「第3の矢」は的まではそれほど遠くない。しかし、社会保障制度の見直しなど、大きな力が必要な問題。新たな「3本の矢」も「第1ステージ」と同様、射る順番が綿密に計算されている。 いずれにしても、アベノミクス「第2ステージ」は、主に需要不足への対応が目的だった「第1ステージ」とは明らかに異なっている。需給ギャップが縮小し、人手不足などの供給側のボトルネックが目立ち始めたことを踏まえれば、主に需要を刺激する財政政策や金融政策の拡大余地は「第1ステージ」のスタート当初に比べ、限られるだろう。 安倍首相の「もはやデフレではないという状態まで来た」(9月24日会見)との発言や、黒田日銀総裁の「いわゆるデフレ状況ではなくなったと思う」(10月7日会見)との言葉には、そうした意味が込められていたと筆者は考えている。 <緩和の解除模索も大規模な追加緩和も考えにくい状況> また、日銀にとっては、企業の価格設定行動が「量的・質的金融緩和」の導入当初と比べて「かなり様変わり」(黒田総裁・10月7日会見)したことも、追加緩和までの距離を遠くしている可能性がある。 というのも、予想物価上昇率が上昇し、デフレマインドが緩和してくると、企業はエネルギーなどのコスト増加に対し、人件費などの削減で生産性を向上させるよりも、そのまま販売価格へ上乗せする傾向を強めると考えられるからだ。 実際、法人企業統計調査で過去最高を更新した経常利益率を見ると、変動費の改善が最も寄与している。こうした収益構造は、デフレ下で企業が原材料などのコストの下落を価格競争の原資にしていた時代には見られなかった。 黒田総裁は今年4月に米国で行った講演で、「量的・質的金融緩和」の波及経路として、まず、強いコミットメントが2%の目標に対する人々の事前の信念を高め、その後、実際の物価上昇率の上昇が観察されるにつれ、次第に予想物価上昇率も更新されていったということが言えると説明している。このことは、物価がいったん上昇し始めると、予想物価上昇率も上昇し始めることを意味する。 しかし、2014年は消費増税に伴う個人消費の停滞や原油安の進行で物価も下落。それに伴って予想物価上昇率も低下することが警戒された。日本では春闘が本格化する前に予想物価上昇率が低下してしまうと、賃金も上がらず、デフレに逆戻りするリスクがあった。 今年は2014年とは対照的に予想物価上昇率が上昇。企業の価格設定行動はそれを反映していると考えられる。このまま春闘を迎えれば、企業はベースアップを含む賃上げに踏み切らざるを得ないだろう。しかし、その前に追加緩和に踏み切ると、上述した通り、物価のみが先に上昇し、ようやく持ち直しの兆しが見え始めた個人消費を腰折れさせるリスクが高い。 日銀が最新(9月14―15日開催、10月13日公表)の金融政策決定会合議事要旨で「賃金の上昇を伴いつつ、緩やかに物価上昇率が高まっていくことが重要であるとの認識を共有した」のは当然である。 ちなみに、日銀は今からちょうど10年前の2005年10月、福井総裁時代の展望レポートで、2005年度と2006年度の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)を4月時点の前年比マイナス0.1%、同プラス0.3%から、それぞれ同プラス0.1%、同プラス0.5%へと上方修正し、「現在の金融政策の枠組みを変更する可能性は、2006年度にかけて高まっていくとみられる」と、量的緩和を解除する姿勢を鮮明にした。 当時のCPI(2000年基準)は8月、9月ともにコアで前年比マイナス0.1%。偶然にも2015年8月のコアCPI(2010年基準)も前年比マイナス0.1%である。ただし、食料・エネルギーを除くコアコアCPIは2005年8月が前年比マイナス0.5%だったのに対し、2015年8月は同プラス0.8%だ。 黒田総裁が10月7日の会見で「2%の物価安定の目標の達成およびそれを持続的に安定的に維持するという目標からみると、まだ道半ばだと思う」と言っている以上、今の日銀がいきなり「量的・質的金融緩和」の解除を模索する可能性はかなり低い。それどころか、必要な時点まで「量的・質的金融緩和」を継続するために、マネタリーベースの年間目標を維持したまま、内訳を柔軟化することはあり得るだろう。 しかし、日銀が次回の金融政策決定会合で2014年10月末のような規模で追加緩和へ踏み切るとは考えづらい。 *嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら) http://jp.reuters.com/article/2015/10/19/column-hirokishimazu-idJPKCN0SD0H020151019?sp=true |