3. 2015年10月22日 08:48:23
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野口悠紀雄 新しい経済秩序を求めて 【第34回】 2015年10月22日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] ヨーロッパでは当然の軽減税率を なぜ日本で実行できないのか?消費税の構造の問題点はかねて指摘されているが、インボイス導入には事業者の抵抗が大きい 付加価値税の税率が高いヨーロッパでは、軽減税率が広く行なわれている。なぜ日本では、同じことができないのか? それは、日本の消費税にはインボイスがないためだ。そして、免税や簡易課税という特例が存在するからだ。この機会に、日本の消費税の構造を合理的なものへと改革すべきだ。 政府は軽減税率の財務省案を撤回 新たな仕組みを考えると表明 政府は、消費税の軽減税率に関する財務省案を撤回し、新たな仕組みを考えることとした。 この問題に関連して、以下では、つぎの諸点を検討することとする。 (1)ヨーロッパでは、最終段階の税率を軽減税率とすることによって軽減税率を実現している。それはどのような仕組みか? (2)日本でそれを行なえないのは、なぜか? どうすれば実行できるか? (3)日本でインボイスを導入できないのはなぜか? インボイスを導入すると事務負担が増えると言われるが、本当か? (4)インボイスを導入すると、どのようなメリットとデメリットがあるか? インボイス方式: ヨーロッパの付加価値税の仕組み EU諸国などで導入されている付加価値税は、流通の各段階で、取引のたびに課税する。これによる税の累積を避けるため、前段階で課税された消費税を控除する(「前段階税額控除」。これは、仕入れに含まれている消費税を控除することなので、「仕入税額控除」とも呼ばれる)。 前段階税額控除は、取引事業者間でやりとりされる「インボイス」によって行なわれる。これは、取引対象である商品ごとに、取引内容、税率、税額、取引金額などの法定事項を記載した書類だ。 インボイスに基づかずに前段階税額控除を行なうと、税務調査があった場合に否認される。 「インボイスは金券のようなものだ」と考えると、この仕組みが理解しやすい。課税による仕入価格の上昇は、それと同額の金券を得られるために、完全に打ち消される。つまり消費税がかかっていない商品を仕入れるのと同じことになるわけだ。 そして、自分の段階での付加価値を加えた額に消費税率をかけて算出される消費税額を納付する。これによって、付加価値に課税されることとなる(本連載、第29回、2015年9月17日の図表1を参照)。 この制度の下では、財やサービスに対する消費税率は、最終段階の税率で決まる。だから、最終段階の税率を軽減税率とすれば、それによって軽減税率が実現されるわけである。 帳簿・請求書方式: 日本の消費税の仕組み 日本の消費税では、前段階税額控除は「帳簿および請求書等」で行なうことになっている。その計算方法は、大まかにいえば、「仕入に含まれている消費税額を帳簿や請求書等から算出し、これを売上に係る消費税額から控除する」ということだ(実際には、課税売上、課税仕入れなどの区別をする必要があるのだが、その詳細は省略する)。 このため、課税仕入れの事実を記録した帳簿および請求書等を保存しなければならないとされている。 以上が本則であるが、日本の消費税では、免税業者、簡易課税業者という特例的制度がある。それに加え、公的医療、住宅家賃などが非課税とされている。 免税事業者(基準期間の課税売上高が1000万円以下の事業者)には、納税の義務はない。ただし、仕入税額控除を申告することもできない。 簡易課税業者(基準期間の課税売上高が5000万円以下の事業者)は、売上高に係る消費税額にみなし仕入率を乗じることにより、仕入控除税額が算出できる。簡易課税の場合には、実際に仕入先に支払った消費税額よりも控除額のほうが大きくなってしまうことがありうる。これは、「益税」と呼ばれる現象である。 非課税の場合、前段階の税は控除できないため、課税の累積が発生する。 日本の請求書等保存方式とヨーロッパのインボイス方式の決定的な違いは、つぎの点だ。 インボイス方式では、免税事業者はインボイスを発行することができない。他方、日本では、免税事業者も請求書を発行することができる。仕入側も、免税事業者から仕入れた商品に関して仕入税額控除を行なえる。このため、インボイス方式に転換すると、免税事業者が市場から排除されることになる。この問題については、後述する。 インボイスなしの軽減税率方式で何が問題か? その1:免税業者が不利になる 日本の現状でも、請求書には消費税額が記入されている場合が多い。したがって、請求書の記載事項に一定の改正を行なえば、免税業者や簡易課税業者の存在を無視する限り、さして大きな問題なしに、軽減税率を実行できると思われる。 問題が発生するのは、実際には免税業者や簡易課税業者がいるためである。 第1に、最終段階の免税業者が課税業者より不利になり、排除される可能性が高い。この点は、本連載の第29回で述べたが、繰り返せば、つぎのとおりだ。 免税業者は消費税システムの外に置かれていて、消費税を納税する義務がない。だから、当然のこととして、仕入れ税額控除はできない。しかし消費税の影響は受ける。なぜなら仕入れに消費税が含まれているため、仕入価格が上昇するからだ。 通常であれば、免税業者は消費税を納税する必要がないから、販売価格を引き上げる必要がなく、課税業者より有利な立場にいる。しかし、軽減税率が導入されると、この関係が逆転し、免税業者のほうが販売価格が高くなってしまうという結果が生じうる。 軽減税率がゼロである場合には、必ずこの問題が発生する。ゼロでなくても、軽減税率が十分低い場合には、発生する。 インボイスなしの軽減税率で何が問題か? その2:簡易課税が複雑化する 最終段階の軽減税率がゼロの場合、最終段階業者は税を払わない。しかし仕入税額控除は受ける。つまり純粋な還付金を受けることになる。軽減税率がゼロでなくても、十分に低ければ、還付が発生する。 仕入税額が正確に控除されるのであれば、還付があっても問題はない。しかし、簡易課税業者の場合には、不当に多くの還付金を受けることがありうる。 これは、財政当局としては、是非とも避けたい事態だ。還付であるから額は正確に算定される必要があるのだが、現在の制度ではそれが確保できないのだ。今後税率がさらに高くなれば、制度がもたなくなる。 こうした事態を避けるには、簡易課税制度において、みなし仕入率を適切に設定する必要がある。そのためには、事業の区分やみなし仕入率を細分化する必要が生じ、制度は著しく複雑化する。とても「簡易」課税とは言えない状態になってしまうのだ。 インボイス式軽減税率だと免税業者が排除される? …課税業者に移行するよう誘導すべき インボイスを導入すれば、前段階税額控除は正確に行なわれ、軽減税率を実行できる。ただし、問題もある。 第1は、中間段階の免税業者が排除されることだ。こうなる理由は、つぎのとおりだ。 既述のとおり、免税業者はインボイスを発行することができない。仕入側から見ると、免税事業者から仕入れた商品は、仕入税額控除の対象とならない。その結果、仕入れに含まれる消費税は仕入側の負担となり、同じ商品を課税事業者から仕入れた場合よりも利益が減る。 こうして、免税業者から仕入れる人がいなくなるわけだ。これは、「免税業者は、インボイスという金券を発行できないから排除されるのだ」と考えると、分かりやすい。 簡易課税業者の場合には、このような問題は生じない。インボイスを発行できるからである。 なお、インボイスに移行した場合、簡易課税業者がそれまで得ていた益税がなくなる可能性がある。しかし、これは、不当な利益がなくなるだけのことだ。 免税業者が最終小売業者である場合、前段階税額控除を受けられないので、競争上不利になって排除されることがある。これは、前述の場合(インボイスなしで軽減税率を適用した場合)と同じ問題である。 ただし、中間段階では、インボイスが導入された場合には、税の転嫁が確実にできるようになるわけだから、免税業者になるメリットはない。そこで、課税事業者を選択するようになる可能性が高い。現在では、農家のほとんどが免税事業者であると思われるが、これらが課税業者に移行する可能性が高い。 最終段階の場合にも、消費者への転嫁が確実にできれば、課税業者となって前段階税額控除を受けるほうが有利である。このような方向に誘導すべきだ。 インボイス式軽減税率だと事務負担が増える? …多くの業者にとっては大きな負担増にはならない 「インボイスを導入すると事務負担が増える」と言われ、それがインボイス導入の最大の問題点だと言われる。 確かに、業者はインボイスを作成し、保管する必要がある。しかし、現在でもインボイスに近いものが、請求書などの形で実際に使われている。現在でも、多くの業者は、それらの書類を作成し、保管しているのだ。だから、多くの業者にとって、インボイスを導入しても、事務負担が格別増えることにはならない。 小規模な免税業者であっても、取引から排除されないために、請求書を発行している場合が多いと思われる。そうであれば、現在と比べて事務負担が大きく増えることにはならない。 現実に問題となるのは、現在は免税業者である農家が、上述の理由によって課税業者に転換することに伴う問題であろう。 納税のための事務負担は、軽いほうが望ましいことは、言うまでもない。しかし請求書の作成程度の事務は、現代社会で事業を営もうとするかぎり、不可避のことだ。また、納税のために事務処理が必要になるのも、やむをえないことだ。法人形態を取ったり青色申告を選択している場合には、直接税の納税のために、帳簿作成等の義務をすでに負わされている。多くの事業者は、納税のために、多額の出費を余儀なくされているのである。 現代社会でまったく事務負担を負わずに事業を進めたいというのは、甘えた考えだと言わざるをえない。 インボイス式軽減税率だと徴税強化になる? …これまで正直に納税していれば問題はなし インボイスに対する反対が強い本当の理由は、これによって直接税の徴税が強化されるとの懸念があるためだ。 現在の仕組みだと、A社がB社から仕入れた額と、B社がA社に販売した額が食い違ったとしても、その照合は簡単にはできない。請求書と突き合わせれば可能だが、請求書が必ず使われているとは限らない。例えば、少額の取引では、請求書は要求されない(販売者が免税業者である場合には、ことにそうだ)。 ところが、インボイスのシステムを導入すると、照合が可能になる。「だから、売上除外が難しくなる」という懸念が、インボイス導入に業者が抵抗する最大の理由である。 もちろんこれまで正直に納税していたのであれば、何も問題は生じない。問題が発生するのは、これまで売上除外等の操作を行なっていた場合だ。 また、仮にインボイスを税務当局へ提出させることとしても、それを用いて実際に照合作業を行なうのは、現実には困難だとの指摘もある。 インボイスを前段階税額控除の 要件とすることが最低限必要 以上をまとめれば、つぎのとおりだ。 (1)インボイスなしで軽減税率を適用すると、最終段階の免税業者排除、不確実な証拠での還付金配布、簡易課税制度の複雑化という問題が発生する。したがって、避けるべきだ。 (2)インボイスを導入すると、中間段階の免税業者が排除されるが、インボイスがあれば免税業者になるメリットはない。最終段階でも、課税業者を選択すれば、排除されない。 (3)事務負担が増えるというが、現在でも請求書が使われている。インボイス導入反対の本当の理由は、直接税徴税強化の懸念だ。 以上を考慮すれば、軽減税率の導入は、インボイスを導入して行なうべきだとの結論になる。 新聞報道等によれば、政府は、「簡易インボイス」の導入を検討中とされる。その詳細はまだ明らかでないが、最低限必要なのは、「前段階税額控除をインボイスに基づいて行なうこととし、そうでない税額控除は、税務調査の際に否認される」という制度にすることだ。分かりやすく言えば、「消費税においては、インボイスが金券のように機能する」ということを、制度的に確保することである。 http://diamond.jp/articles/-/80359 「還付方式」は消費税の欠陥を隠蔽する苦し紛れの奇策 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] 【第29回】 2015年9月17日 http://diamond.jp/articles/-/78662
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