2. 2015年10月16日 10:03:42
: OO6Zlan35k
今後2年のマーケティングの変化は過去50年を凌ぐ 柳井正氏に聞く「IT・グローバル経営と中国経済、アベノミクス」 2015.10.16(金) 井本 省吾 カジュアル衣料店「ユニクロ」を主軸に2015年8月期に達成した1兆6800億円の売上高を、2020年には5兆円にするという野心的な目標を立てるファーストリテイリング。「世界一のブランド」を目指す中で柳井正社長が今、注力しているのがデジタル・イノベーションを活用した経営の革新だ。 「デジタル技術は今、驚異的な速さで産業界に変革をもたらしている。製造業、小売業といった業種の境い目が消滅する形で生産、物流、販売が進化している。今後2年間のマーケティングの変化は過去半世紀を上回る」と予想。現在同社で5%のeコマースの売上高比率を今後3〜5年で30〜50%に拡大させる方針だ。 単にネットで注文するだけではない。将来的には、顧客が独自デザインの衣料品の画像をネットで送ると、その製品を瞬時に工場で生産し、即日宅配するといったサービスの導入も検討している。 「IT化とグローバル化は世界の2大トレンドであり、今後勝ち残るのはそれを先取りした企業だ」と見る柳井社長。「政府もそれに着目した政策を推進しなければ日本経済の成長はない。規制緩和と行政改革の徹底が不可欠なのに、掛け声ばかりで具体策が乏しい」とアベノミクスを批判する。 グローバル経営で気になるのはバブル崩壊がささやかれる中国経済。ファストリも今後の最大の市場を中国に置いているだけに、大きな懸念材料だが、「中国は生産主導から消費主導に政策転換する途上にあり、消費市場は拡大する。心配していない」と楽観的だ。 柳井社長に「IT・グローバル経営、中国経済の行方、アベノミクスのあり方」を聞いた。 融合が大きく進む実店舗とネットの世界 柳井 正(やない・ただし)氏 ファーストリテイリング会長兼社長。1949年山口県生まれ。早稲田大学政経卒、ジャスコ(現イオン)を経て72年、父親の経営する小郡商事入社、84年ユニクロ1号店を広島市に出店し、社長に就任。91年に現社名に変更。2002年に社長を退くも05年に社長に復帰。著書に「現実を視よ」「経営者になるためのノート」など。 井本 9月5日に掲載された日本経済新聞のインタビュー記事で、柳井社長は「1年に数百店も出すのが本当に良いのか考え直している。社員や経営者が育っていないのに、店を出すのは良いことだろうか」と述べています。 ネット通販が世の中に普及する中で、リアル店舗の出店はもはや限界と見ているのですか。 柳井 いや、そういうことじゃありません。リアル店舗の出店はこれまで通り重要です。しかし、今やネット上でも商品は豊富に提供され、価格もデザインもすべて鮮明な画像で見ることができる時代です。ネットには各商品に対する顧客の評価、コメントまで掲載されており、どんどん便利になっています。 それでも、消費者に来店してもらうのに実店舗はどうすべきか? やはりお客様が店内で楽しさを体験できるようにすることが一番でしょう。 マネキンが着ているTシャツやブルゾンやチノパンの新製品を自分の目で見、それらを棚から取り出して手で触れる楽しさです。ネットでは味わえない。店内照明や商品のレイアウトそのものにもショッピングの楽しさがある。接客のおもてなしも含めてそういう店舗にしないとダメだということです。今までもやってきましたが、これまで以上の工夫、演出、接客が重要になるということです。 井本 最近は店舗で見た商品をネットで購入したり、ネットで注文して店舗で受け取ったりという店舗とネットを融合したマーケティング、オムニチャネル戦略が話題です。 柳井 オムニチャネル戦略も確かに重要なテーマです。ウチがセブン&アイ・ホールディングスと提携したのも、それが1つの狙いでした。 顧客がユニクロのネット通販で注文した商品を国内にある1万8000店のセブンイレブンの店でいつでも受け取れるようにする。消費者の利便性が増します。同じ狙いでセブンイレブンだけでなくローソンやファミリーマートなど他のコンビニエンスストアとの提携も検討しています。 井本 ネットで注文した商品は自宅に送ってもらうのが一番便利なはずです。コンビニの店頭での受け取りを望む消費者がそれほどいるでしょうか。 柳井 いや、働いている女性を中心にかなり増えています。自宅に不在がちな人は退社時などにコンビニで受け取りたいと思っている。サービスが本格化すれば、さらに需要は拡大するでしょう。 井本 セブンイレブンは店内の商品力強化にユニクロ商品の品ぞろえを望んでいるのではないですか。ユニクロの機能性商品であるヒートテックやエアリズムの下着や靴下、Tシャツなどユニクロ商品をコンビニで買えれば便利だな、と思っている消費者も多いはずです。 柳井 それは将来的には可能かもしれません。 「インダストリー4.0」の驚異的なインパクト 井本 海外のセブンイレブンの店にユニクロ商品を陳列するのはどうですか。 柳井 中国や東南アジアでは人気を呼ぶ可能性は高いですね。検討課題です。 最初のIT経営の話に戻すと、私がITと言うのは、オムニチャネル戦略という狭い意味で言っているのじゃありません。今、デジタル技術がとんでもない経営革新を生み出しつつあるという話なのです。 業種、業界の枠を超えて産業界のあらゆるモノ、情報をネットワーク化する「インダストリー4.0(第4次産業化)」が始まっています。すべてのモノがインターネットを介して接続される「モノのインターネット(IoT)」によって、生産と物流と情報が一体化してサプライチェーンが大きく進化し、在庫を大幅に圧縮する時代が訪れようとしています。製造業と小売業、物流業の境界がなくなってきている。 今年、当社に「プレジデント オブ グローバル クリエイティブ」として入社してもらったジョン・ジェイ氏*1を、私は世界一のクリエーターだと思っていますが、その彼が「今後2年間でのマーケティングの変化は過去50年間を凌ぐだろう」と言っています。私もそう思います。驚くほどの速さでマーケティング、そして経営戦略は変化しています。 *1=ジョン・ジェイ氏は1999年の秋冬商戦で爆発的にヒットしたユニクロの「フリース」(裏を起毛させた防寒着)のCMを手がけた人物。米広告代理店ワイデン+ケネディのクリエイティブ・ディレクターとして、ナイキやコカ・コーラのブランド価値を高める役割を果たした。今年1月からファストリグループ全体のブランド戦略を統括している 井本 具体的に言うと、どんなマーケティングになりますか。 柳井 お客様が街中で見つけた素敵な衣服をスマートフォンやタブレットで撮影し、「これに似た衣服が欲しい」とその写真を付けてネットで注文してくる。 当社は本人用にサイズを調整し、消費地に近い工場ですぐに生産し、即日顧客宅に届ける。場合によって3Dプリンターなども活用する。 こんな売り方が目前に迫っています。不良在庫も売り逃しもなく在庫がかぎりなくゼロに近づくことになる。 他にもいろいろなテーマについて研究、実験を重ねていますが、これ以上言うと、企業秘密に触れることになる(笑い)。 マクロ的に言うと、今、日本と欧米、アジアを含め世界には18億人の中産階級がいます。これがいずれ50億人になる。その大半が当社の顧客です。 彼らはみなスマホやタブレットで商品を検索し、直接注文してくる。国境を越えて。それに即応したビジネスモデルの構築を進めているということです。顧客の特徴をビッグデータできめ細かく分析する作業も含めて。この分野に精通しているコンサルティング大手のアクセンチュアと協業を始めたのもこのためです。 eコマースの売上高比率、3〜5年内に30〜50%へ 井本 eコマースによる販売はどれだけ伸びるのでしょう。 柳井 現在、当社の売上高に占めるeコマースの比率は約5%ですが、これを3〜5年以内に30〜50%にしたいと思っています。デジタル・イノベーションはそれくらいの速さで進んでいますから。それに対応しなければグローバル競争から置いていかれるでしょうね。 ユニクロ銀座店 ただ、単にリアル店舗からネット通販に置き換わるというだけではない。 店舗で見た商品をネットで注文ということが増えるのはもちろん、店舗で陳列商品を見て、自分好みのデザインや色に調整して注文すると近くの工場ですぐに製造して即日、宅配するといったサービスも出てくるでしょう。 重ねて言えば、eコマースが普及したからと言って、リアル店舗が不要になることはありません。どんなにeビジネスが発達しても消費者は楽しい店舗体験を求めています。特に中国や東南アジア、それに欧米の大都市など海外では当社の出店はまだまだ増えます。 ただ、魅力のない店はネットにとって代わられる。立地も変化しますから、eコマースの急ピッチな普及を前提にしていなかった以前の出店計画に比べ、リアル店舗の出店が緩やかになるのは確かです。 井本 ITを活用しながら世界でグローバル経営を進めるということですね。 柳井 2020年8月期に年商5兆円、うち国内で1兆円、海外で4兆円という以前からの目標は基本的に変えていません。海外で最も拡大するのは中国市場で、香港を含めると海外売上高の半分近くを中国で達成する計画です。 井本 ただ中国経済は2〜3年前から減速し、今年に入ってその速度を速めています。不動産や株式市場のバブル崩壊で失速する懸念も高まっています。最大の市場が揺らげば、ファストリの強気の成長計画は達成できないとも噂されています。 中国経済は生産主導から消費主導に確実に移行する 柳井 中国市場については心配していません。当社の計画は十分達成可能だと思っています。中国は今、生産主導の経済から消費主導への移行期にある。経済水準が高まって、中産階級が飛躍的に増えています。彼らが求めるのが、我々が提供する高品質で普及価格という商品群です。 井本 しかし、共産党独裁政権の下、地方政府や国営企業の幹部が富を独占し、貧富の格差が広がる一方、1億戸とも言われる新築のマンション群が空き家のゴーストタウンとして放置されている状況です。日本が高度成長期に消費主導の経済に転換できたのは、一般庶民に安い公団・公営住宅を供給し、そこに家電製品や家具、衣料品が入っていったからです。今の中国には、庶民に安い住宅を供給する目立った動きはありません。 柳井 習近平国家主席は幹部の賄賂などの腐敗を撲滅しつつ、庶民の消費をが盛り上げようとしているように見受けられます。そうしないと、中国経済も中国社会も保(も)たないと思っているからです。また、中国経済の失速は世界経済にも深刻な影響をもたらします。中国経済の安定は中国や米国だけでなく世界経済にとって重要です。経済の安定は軍事的な緊張を和らげる効果も期待できます。 井本 楽観的ですね。 ユニクロ上海店 柳井 楽観的ということでなしに、冷静、客観的に見れば、そうなります。中国の消費者の多くは消費水準の向上を求めていますし、中国の政策担当者もそれはよく分かっている。 一方、建物や道路、鉄鋼、セメント工場などの建設は相当に行き渡り、生産過剰になっている。水が低い所に流れるように、生産主導から消費主導の経済に動くはずです。 井本 海外市場のもう1つの柱である米国での出店はどうですか。現在、米国内のユニクロ店は8月末で42店。前の期末に比べ17店も増えましたが、業績は低調で赤字を拡大しています。 今後5年間に1000店くらいに拡大しなければ売上高5兆円の達成は困難です。今の調子でそんな急成長が実現できるのでしょうか。 柳井 米国での出店計画はある程度の見直しが必要だと思います。出店計画の中心はショッピングモールへの入居だったのですが、今や米国のモールは全体的に沈滞しており、集客力がありません。立地や消費者の購買行動が変わったのです。 今後注力するのは大都市中心部に大型店の単独出店を増やすことです。集客力のある旗艦店で知名度を高め、eビジネスで全米に販売していく考えです。大型店中心だと当然、出店数は少なくなりますが、1店当りの売上高は大きいし、ネット通販が大きく伸びると見ています。 国内値上げ、商品価値の向上で勝負 井本 国内商戦に話題を移しますと、平均10%という秋冬物の価格引き上げが客離れを招かないか、という指摘が出ています。ジーンズで最高価格4990円。これまでユニクロのジーンズと言えば1990円か2990円。それが3990円に高まり、今や5000円に手が届く値段では「庶民価格のユニクロ」のイメージを損なってしまわないか、と。 柳井 円は2年余りで1ドル=80円から120円に安くなり、中国など調達先からの輸入価格が大幅に上がっています。店頭価格を据え置くとすれば、品質や機能を下げなければならず、それはしたくない。そこで機能、品質を高めながら価格も上げることにしました。ジーンズも東レが開発した超軽量素材を使って軽量化し、伸縮性を高めています。商品価値については自信があります。 井本 問題は、それを消費者がどう評価するかです。 柳井 実質賃金が地方などで伸び悩んでいることは分かっています。だが、品質、機能性への欲求も強い。どうなるかはやってみなければ分かりません。売れ行きを見ながら、商品・価格政策を調整していくつもりです。 井本 安倍内閣も支持率低下に賃金伸び悩み、株価の下落もあって安保法制成立後の課題を経済最優先にしています。アベノミクスの「新3本の矢」として「強い経済」「子育て支援」「安心な社会保障」を掲げ、名目GDP(国内総生産)600兆円を目指すとしています。どう見ていますか。 中途半端なアベノミクス、このままでは日本経済は没落 柳井 「一億総活躍社会」なんて言っていますが、具体策が不明で、今のままでとても600兆円など達成できるとは思えませんね。 成長戦略を実現し、財政再建を進めるには岩盤規制の撤廃、緩和と行政改革が不可欠なのに、これがいずれも中途半端です。例えば農業なら、もっと大胆に企業参入ができるようにすべきなのに、これがほとんどでできていない。 TPP(環太平洋経済連携協定)の大筋合意が成立したのは成果ですが、不十分な点が目立ちます。 農業で言えばコメの関税を撤廃せず、輸入枠の拡大という方法をとっている。強い農業を育てるには競争原理の徹底しかないのに、政治家は分かっていない。雇用、金融、建設、医療、通信など多くの分野で規制改革が遅れ、このままでは日本経済はジリ貧、没落でしょう。 大胆な改革を打ち出すと、支持基盤が揺らぐからと、中途半端な政策しかとらない。でも、本当は逆なんです。規制改革、行革を望んでいる有権者の方が、規制温存を求める既得権層より多い。既存の支持者が離れても多くの支持者、サイレント・マジョリティを獲得できる。 また、自由な経済活動ができるようにすれば、ヤル気のある経営者が市場を切り開き、経済は成長する。そう思って安倍政権には思い切った改革を進めてもらいたい。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44987 |