2. 2015年10月13日 19:08:47
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【第400回】 2015年10月13日 真壁昭夫 [信州大学教授] TPPの最重要点は関税ではなく「ルール統一」にあるTPPの下で企業や産業は生き残りを懸けた競争に臨まなければならない 10月5日、わが国や米国など12ヵ国が参加する、TPP=環太平洋戦略的経済連携協定が、約5年半の交渉を経て大筋で合意した。今後は、参加国の国会・議会が協定を批准する手続きに入ることになる。 今回の大筋合意の意味は小さくはない。日米を中心とした太平洋を取り巻く12の国が、関税撤廃だけではなく知的財産権や環境保護まで含めて、31分野の広い範囲の経済活動について、明確なルールを作ったことに大きな意味がある。 今まで、国によっては商慣習が異なったり、国有企業を優先したりする傾向が強いため、時にわが国企業などが理不尽な扱いを受けることもあった。そうした国ごとの“バラつき”が、協定に参加する諸国では少なくなる=一定のルールに収束することが期待できる。 それは、わが国だけに限らず、多くの諸国にとって長期的にプラスに作用するだろう。特に、わが国のように天然資源に恵まれず、人口減少・少子高齢化のステージを迎える国にとって大きなメリットになる可能性は高い。 一方、TPPは基本的に、参加国間の壁を低くして、国同士の人・モノ・金などのフローを促進する仕組みであるため、企業間の競争は激化することが予想される。競争が激化するということは、生き残るための戦略や努力が一段と重要性を増すことになる。 つまり、TPPの下で産業や農業はより強くなることが求められる。国際競争力を高めることは口で言うほど容易ではないだろう。しかし、強くならないと生き残れない。 企業の高い技術力や国民の勤勉性を考えれば、苦しい局面はあるかもしれないが、必ず道は開けるはずだ。わが国が強くなるきっかけと考えた方がよい。 単なる関税引き下げ協定ではない TPPの意味とインパクト TPPは単なる関税引き下げ協定ではない。二つの要素を頭に入れると、全体を理解しやすい。 一つは、ネット売買の代金決済の手法や、一部の国での国有企業の扱いなど、ルールが多岐にわたることだ。TPPというと、輸入品の関税が低くなり牛肉や乳製品などが安くなるとか、米価が下落して農家がとても苦しくなるということなどを連想する。確かに、そうした事態が起きる可能性はある。 しかし、TPPで最も重要なポイントは、国境を跨いだ経済活動を行う場合、国によって異なるルールを、一定のルールに統一することだ。 例えば、ある国では商慣習が違って、製品の授受や資金決済などに予想外のエネルギーが掛かることがあった。あるいは、国自身が国有企業を固くガードして、他の国の企業が当該分野に参入しようとしても、実際には入ることができないケースがあった。 そうしたケースは、国境を跨いで経済活動を行う企業にとっては煩雑で、多くのコストを強いられることが多かった。そこにルールを作って、非効率な商慣習などを取り除き、参加国の経済を効率化するのがTPPの狙いだ。 もう一つ、TPPの特徴は参加国が多いことだ。これまでは、特定の二ヵ国や一定のグループ間で取り決めを行うことが多かった。ところがTPPには、太平洋を取り巻く12の国が参加した。 しかも日米が中心となったことで、GDPベースで世界の約36%、人口では8.1億人を要する世界最大の経済圏ができた。そのインパクトは大きい。参加国と非参加国では、経済圏内の取引コストなどが大きく異なることも考えられる。 既に、TPPの大筋合意で、韓国や中国、さらにはロシアなどで反響が出ており、今後、欧州圏と米国の協定交渉にも影響が出るかもしれない。 TPPが中国へ与える影響と もたらされる世界構図の変化 TPP交渉に関して、一時、中国も強い関心を見せたことがあった。中国経済の貿易依存度は主要国の中ではかなり高く、貿易に関する状況変化に機敏に反応したということだろう。 しかし、結局、中国はTPP交渉に参加することはなかった。その背景には、知的財産権に関する問題を抱えていたことがある。同国では、世界の有力製品・ブランドの模造品生産が盛んで、実際、TPPに参加しても知的財産権の問題で窮地に追い込まれることは目に見えている。 また、中国では国有企業が全体の4割を超えており、現状のままでTPPに参加することは事実上難しかった。 今回、日米中心にTPPがまとまると、中国はTPPという広範囲な経済圏から取り残される。それは、同国経済にとって大きな痛手になることも考えられる。 そこで中国は13億人の莫大な需要と、高成長を遂げてきた経済の実力を使って、同国からアフリカ、ヨーロッパに至る独自の経済圏=“一帯一路”を作ることを模索せざるを得なかった。 逆に言えば、日米中心のTPPの狙いの一つに、中国をTPP諸国から引き離すことがあった。12ヵ国が経済的なつながりを強めると、それぞれの国同士の結びつきは自然と重要になる。安全保障の面でも相応の結束ができることは言うまでもない。 TPP参加国の中で、わが国やベトナムなどは直接、中国と領土問題を抱えている。特に、南シナ海での力ずくの領土拡張は、近隣諸国に不安を抱かせる結果になっている。それに歯止めをかける意味でも、TPP交渉の大筋合意は大きな意味がある。 企業・産業は強くならなければ生き残れない それを後押しするのが政府の役目 TPPはわが国にとって重要な転換点になる可能性がある。今回、環太平洋の広範囲な諸国の基本合意が成立したことで、わが国の産業や農業などは競争力を強くする必要がある。 今まで関税などの壁で保護されていたものが、その壁がなくなるか、あるいは低くなるわけだから、自助努力で強くなられなければ生き残れない。それは、国内の産業強化や農業改革の大切なきっかけになる。 それぞれの企業は生き残りを懸けて、自社の強みを強化し競争力に磨きをかけなければならない。政府は、そうした企業の努力を最大限後押しすることが求められる。政策的に、規制緩和や労働市場の改革に取り組むことになるはずだ。 農業部門についても、今までのような農業行政を続けることは適切ではない。コメ中心の農業生産の考え方を変えて、それぞれの農家がどうしたら効率的な生産活動を行い、生き残りの道を見つけられるか真剣に考えなければならない。 時には、補助金のような格好で農家を支援することが必須になるかもしれない。しかし、その場合でも、従来のような単純な米価維持政策ではなく、農家一つ一つに、必要な支援を差し伸べるべきだ。 あるいは、農業法人の設立・発展を促し、農業の改革を進める方策を実施しなければならない。間違っても、従来型のバラマキを踏襲してはならない。農地面積が小さいからと言って、農業改革が難しいことには必ずしもつながらない。オランダのように農地面積の小さい国でも、立派な農業が育っている例はある。 また、TPPのような格好で、世界の主要国が経済活動に一定のルールを定める方向に進む可能性もあるだろう。それが実現すると、TPPで決めたルールが世界のデファクトスタンダードになることも考えられる。 その場合には、TPP参加国は、世界の経済活動ルールの創業者利得を手にすることができるかもしれない。わが国は、TPPを大切なきっかけとして上手く使う方法を検討すべきだ。 http://diamond.jp/articles/-/79803
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