2. 2015年10月13日 11:12:11
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新しい的「GDP600兆円」はどこから出てきたのか?〜もはや崖っぷちギリギリのアベノミクス 2015.10.13(火) 加谷 珪一 自民党の総裁選において再選を果たした安倍首相は「新3本の矢」を打ち出し、GDP(国内総生産)を600兆円にするという目標を掲げた。安保法制で支持率を大きく下げてしまった安倍政権としては、再び経済重視の姿勢を強調し、来年の参院選を乗り切りたいところだろう。 だが政権を取り巻く経済的環境はいつになく厳しい。4〜6月期のGDPがマイナス成長だったことに加え、7〜9月期も連続してマイナスとなる可能性が指摘されている。しかもアベノミクスの根幹ともいえる物価が下落に転じており、金融政策の限界が意識されつつある。このような状況で、果たしてGDP600兆円という目標は達成可能なのだろうか。 600兆円は従来の説明を言い換えたものに過ぎない 従来の「3本の矢」は、金融政策、財政政策、成長戦略の3つで構成されていた。つまり3本の矢は、アベノミクスにおける具体的な政策ツールの中身を示していたことになる。 だが新しい「3本の矢」は、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」となっており、政策というよりはキャッチフレーズに近い。第1の矢である経済政策の具体的な目標として掲げられたのが600兆円という数字である。 現在、日本の名目GDPは約490兆円となっている。これを600兆円にするためには、現在の数字に110兆円もプラスしなければならない。かなり大胆な目標というイメージを持つかもしれないが、実際はそうでもない。すでに安倍政権は発足当初からこれに近い数字を提唱しており、今回の提言は、目新しいように見えて、実は表現を変えただけのものに過ぎないからである。 安倍政権はこれまで、アベノミクスが成功した場合、名目で3%、実質で2%程度の成長が実現すると説明してきた。現在のGDPを基準に名目3%の成長が続けば、7年後にはGDPが600兆円に達する計算になる。内閣府では年に2回、中長期の経済財政に関する推計を行っているが、アベノミクスが成功した場合のシナリオとして、名目で3%、実質で2%程度の経済成長を見込んでいる。この場合には、2020年度に名目GDPが約600兆円に達すると内閣府では試算している。 つまり、これまで実施してきたアベノミクスが着実に成果を上げているならば、GDP600兆円は達成が可能な数字ということになる。 アベノミクスはどこで躓いたのか? すでに打ち出している成長率目標を、わざわざ表現を変えて再度、掲げた背景には、アベノミクスが予定通りに進んでいないことへの焦りがあると考えられる。 では、アベノミクスが当初の目論見通りに進んでいないのだとすると、どこで躓いてしまったのだろうか。 それを考える前に、アベノミクスがそもそもどのような政策だったのか、あらためて整理してみたい。 アベノミクスの根幹は、やはり異次元緩和と称された金融政策にあるとみてよいだろう。よく知られているように、量的緩和策の基本的な狙いは、市場にインフレ期待を醸成することである。インフレ期待が発生することで実質金利が低下し、これに伴って設備投資が拡大するというメカニズムである。インフレ期待による資産価格の上昇で資産効果が発生し、消費が増える効果もある程度は想定していたかもしれない(日本では、株式投資や不動産投資を行う人が富裕層に偏っているため効果は薄いと考えられるが)。 もっとも金融政策だけでは、持続的な成長を実現することは難しい。量的緩和策による景気浮揚効果が出ているうちに、構造改革を実施するというのが成長戦略であり、金融政策の効果が出るまでのより短期的なギャップを埋めるのが機動的な財政政策という位置付けであった。 一連のシナリオのうち3分の1程度までは順調に進んできたといってよい。財政出動を強化した結果、名目GDPの成長率は2013年度はプラス1.8%、2014年度はプラス1.6%となった。インフレ期待は円安という形で具現化し、それによって企業収益は拡大、株価や不動産価格も大幅に上昇した。 ところが安倍政権がもっとも重視していた物価の足取りが予想以上に重く、これが景気の足を引っ張る形となっている。 インフレ期待が十分に醸成されなかった理由 量的緩和策がスタートした当初、物価は着実に上昇していた。2014年夏にはコア指数がプラス1.4%に達し、2%の物価目標達成も視野に入ってきたかに見えた。 しかし、これを境に物価上昇率は低下し始め、今年に入ってからは物価下落も囁かれるようになってきた。とうとう8月にはコア指数がマイナスとなり物価は下落に転じてしまったのである。 政府は物価が上昇しないのは、原油価格下落の影響が大きいと説明している。確かにそうした面は否定できず、エネルギー価格を除外したコアコア指数はプラスを維持している。しかしコアコア指数の過去の動きを見てみると基本的に為替との相関が高いことが分かる。 つまり、これまでの物価上昇は、純粋なインフレ期待というよりも、円安による輸入物価上昇の影響が大きいと解釈することも可能だ。円安が加速すると物価が上昇し、円安の流れが一服すると物価上昇も鈍化するという流れである。 日本経済を俯瞰的に見た場合、やはり経済の拡大による持続的なインフレは予想していないと判断するのが自然だろう。 では、当初の目論見通りに期待インフレが醸成されなかった理由は何だろうか。これにはいろいろな見方があるだろうが、あくまでアベノミクスという文脈の中で考えるならば、第3の矢である成長戦略が不発だった影響は大きいと考えられる。 中央銀行がインフレ目標を設定して市中にマネーを供給すれば、理論的にはインフレ期待が発生する。中央銀行が無尽蔵にマネーを供給すれば、名目上の物価はいずれ上昇することになるからである。 しかし政策には限度というものがあり、市場もそれは認識している。経済が活性化せず、市中でのマネーの回転が鈍いままであると皆が認識してしまうと、中央銀行の期待通りには物価は上昇しないこともある。 現在の日本はまさにそのような状況であり、多くの人がそう認識するのは、日本経済が稼ぐ構造になっていないというコンセンサスが出来上がっているからである。ここに焦点を当てた政策が成長戦略ということになるはずだが、残念ながらほとんどが不発に終わっている状況だ。 日本経済は資本の効率が大幅に低下している GDPについて議論する際には、個人消費や設備投資など、支出面に着目することが多い。しかしGDPには三面等価の原則があり、生産面と分配面からの見方もある。 GDPを分配面から見ると、非常に興味深いことが分かる。GDPに占める営業余剰の割合が年々低下し、一方で固定資本減耗の割合が上昇している。1980年代における固定資本減耗は全体の15%程度だったが、現在では20%に達している。 マクロ経済における固定資本減耗は、企業会計にあてはめると減価償却の概念に近い。つまり、生産設備の償却が利益を圧迫しているという構図が鮮明になっているのだ。 GDPが大幅に伸びているのであれば、減価償却が増えても問題にはならないが、バブル崩壊以後、日本経済はずっと横ばいのままである。つまり、日本経済における設備の生産性が低下しており、同じGDPを稼ぐために必要となる設備が増大している状況が推察される。これはシャープのようなケースを考えればより具体的にイメージできるだろう。 シャープは液晶メーカーへの転換を図り、液晶の生産設備に数兆円もの投資を行った。だが液晶のコモディティ化が一気に進み、価格は下落する一方であった。予定していた収益を確保するためには、さらに大規模な追加投資を実施しなければならないという負のスパイラルに陥ってしまったのである。 多かれ少なかれ、日本企業の多くはシャープのような状況になっている可能性が高く、これが設備投資の採算悪化という形でGDPにもあらわれている。 円安と賃上げによる名目GDPのかさ上げ? もしそうであれば、安倍政権が今後、取り組むべき課題は、インフレ期待が実体経済の成長に結びつくような、産業構造の改革ということになる。 だが、こうした成長戦略を実現するにはかなりの時間がかかる。本来であれば、安倍政権スタート時に実施した改革プランがそろそろ効果を発揮するタイミングである。逆に考えれば、今から取り組んでも、具体的な成果として顕在化するのは2〜3年後ということになる。残念ながら今の安倍政権には時間がない。来年の参院選を視野に、即効性のある政策にばかり目が向いてしまうだろう。 冒頭にも述べたように、名目GDP600兆円を実現するためには、名目3%の成長を持続させればよい。即効性のある政策としては、大型の公共事業を今後も継続するか、金融政策を強化するのかのどちらかとなる。 だが、大型の公共事業は財政規律という観点から継続が難しいと考えられる。安倍政権は2020年度に基礎的財政収支を黒字化するという公約を継承しており、社会保障費を中心とした歳出削減が必須の状況となっているからである。 金融政策ということになると、頼みの綱は日銀の追加緩和である。これ以上の円安はあまり望ましいものではないだろうが、日銀が追加緩和に踏み切り、もう一段の円安が実現すれば物価上昇は加速する可能性が高い。先ほど、述べたようにエネルギーを除いた物価はむしろ足元で上昇基調を強めている。円安によるコスト上昇に耐えきれず、値上げに踏み切る事業者が続出していることを考えると、さらなる円安はもう一段の値上げを誘発するだろう。 追加緩和にプラスして、企業に対する賃上げ要請をさらに強化する可能性もある。企業が賃上げを実施すれば、とりあえず国民所得が増加するので名目上の消費支出が増え、GDPは増大することになる。ただ、これは生産性向上を伴わない賃金上昇なので、実質GDPの増加にはあまり寄与しないだろう。あくまで名目上のGDP増大であり、国民の豊かさとは直接関係しない。 このような状況でも、名目600兆円のGDPを目指すべきか、突っ込んだ議論が求められるところだが、今の与党にそのような余裕はもうないのかもしれない。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44949
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