2. 2015年10月08日 19:34:17
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2014年10月06日(月) 週刊現代 「老後破産」200万人の衝撃第1部 「普通のサラリーマン」だった私は、定年からたった10年で破産した 65歳以上の16人に1人が直面する〔photo〕gettyimages ——長生きなんか、するんじゃなかった 人生の最期を悲惨な状態で迎える人がいま急増している。なぜ、どのようにして人は破産してしまうのか。厳しい老後破産の現実はあなたも無関係ではない。 妻の病をきっかけに 「なんでこんなつらい思いをしてまで、長生きしなきゃいけないんでしょうか」 着古したジャージに身を包んだ香川庄治さん(仮名/71歳)は、嗄れた声を絞り出し、こうつぶやく。6年前に妻を亡くしてから、神奈川県の自宅でひとり「亡骸」のような日々を送っているという。 「家事は妻に任せきりにしていましたから、彼女が亡くなってからも自分で炊事することはありません。食事は日に一食。夜にスーパーで半額になる弁当を買うか、チェーン店の牛丼を食べに行くのが日課です。近所付き合いもないですし、毎日することは何もない。家に閉じこもり、テレビを眺めて一日が過ぎていきます。こんな惨めな生活をしているなんて、誰にも言えません。親戚にだって、無用な心配をかけたくないので、連絡を取らなくなりました」 大学を出て、食品メーカーに38年間勤務し、60歳で退職。一人息子は同居している。定年後は、妻と穏やかな老後を送ろう—そう思っていた。当時の貯金は、退職金もあわせて約3200万円。だが現在、貯金は底をついている。 「定年してから半年後、妻にがんが見つかったんです。進行した乳がんでした。手術しましたが、すでに全身に転移してしまっていた。 現役時代、私は家庭を顧みず、すべて妻に任せて働いていました。これからは楽をさせてあげようと思っていたんです。だからこそ、何をしてでも元気になってほしかった。病院を転々とし、最新の放射線治療も受けました。それに漢方や健康食品など、身体にいいと聞いたものは何でも試した。 彼女が自力で歩けなくなってからは、300万円出して車椅子を乗せられるワゴン車を買い、がんに効くと言われる温泉にも連れて行った。けれど結局、闘病の末に亡くなったんです」 妻の命のために、カネを惜しむという選択肢はなかった。がん保険には入っていなかったため、3000万円という貯金額は、6年間でみるみるうちに目減りしていた。気づいたときには、もう「手遅れ」。現在は月14万円の年金だけで生活している。 「実はウチには、40代になる息子がいて、うつ病を患って会社を辞めてから、家に引きこもっているんです。私の年金だけでは暮らしていけない。 少々具合が悪くても、病院にも行けません。検査なんかしたら、絶対悪い病気が見つかるに決まっていますから。毎日、目が覚めるたびに気が重くなります。何度も死のうと考えましたが、息子がいますし、天国の妻がそれを知ったら悲しむだろうと思って、必死で生きている状態です」 悠々自適な老後を送れるはずだったのに、気がつけば、想像だにしない厳しい現実と向き合わざるを得ない。香川さんのように、破産状態に陥る高齢者がいま急増している。 9月28日に放映されたNHKスペシャル『老人漂流社会老後破産≠フ現実』では、「生活保護水準以下の収入しかないにもかかわらず、保護を受けていない」破産状態にある高齢者の現状を「老後破産」と呼び、特集を組んだ。番組を制作した板垣淑子プロデューサーが語る。 「少子高齢化が進み、年金の給付水準を引き下げざるを得ない一方、医療や介護の負担は重くなっています。自分の年金だけを頼りに暮らしている独り暮らしの高齢者の中には、崖っぷちでとどまっていた人たちが、崖から転げ落ちてしまう、いわば『老後破産』ともいえる深刻な状況が拡がっています」 いったい破産世帯はどれくらい存在するのか。河合克義明治学院大教授が語る。 「私たちが実施した東京都港区と山形県における調査では、生活保護基準よりも低年収である高齢世帯の割合がどちらも56%と、高齢世帯のほぼ半数にのぼることがわかっています。現在、一人暮らしの高齢世帯はおよそ600万人。推定で300万人が低年収世帯と言ってよいでしょう」 そこから、生活保護を受給している高齢世帯を差し引いた、200万以上もの人々が老後破産の状態にあると推定される。日本全国で65歳以上の高齢者の数は3200万人。およそ16人に1人が老後破産の状態にあり、独居高齢者に限れば3人に1人にも上る。 友達もいなくなり 前出の番組で紹介された破産の当事者の姿は衝撃的だった。 番組の冒頭、カメラは東京都港区のアパートに住む田中樹さん(仮名/83歳)のもとを区の相談員とともに訪れる。全国的に見て高齢世帯のうち単身世帯の割合が高い港区では、孤立対策として聞き取り調査を行っている。 カメラに映し出されたのは、ゴミ屋敷になる一歩寸前までモノが散乱し、足の踏み場もない一室。そこで田中さんは、小さく縮こまっている。痩せていて、顔に覇気がない。心配した相談員が尋ねる。 —暮らしぶりはいかがですか? 「ぜいたくはできないねえ」 —もしかして電気止められていませんか? 「そのままにしています。夕飯の仕度をするときはガスの炎を頼りにすれば、なんとか調理できるよ」 —ちゃんと食べれていますか? 「こういう時が来るんじゃないかと思って、ひやむぎを買い置きしておいたんだ。それでなんとか助かっているよ……」 田中さんの頼みの綱は、会社員時代に払った厚生年金を含めた月10万円の年金収入だ。家賃6万円を引けば、4万円しか残らないため、一日500円以下の切り詰めた生活を送っている。 田中さんは、特に変わった経歴の持ち主というわけではない。ビール会社で正社員として23年間働いたのち、40代半ばで独立し、飲食店の経営をはじめた。だが、赤字が続いて倒産し、退職金も使い果たした。 田中さんは番組スタッフに一枚の絵を見せた。黒い背広を着て、口ひげを生やした男性の肖像画。絵が趣味だった田中さんが「社長となった自分の老後」を想像して描いたものだ。 「まさか(現実が)こんなことになるとは夢にも思っていなかったね」 絵を見つめ、こうつぶやく田中さんにいまの生活で何が一番辛いか、と番組のスタッフが尋ねる。 「友達がいなくなったことだね。貧しさを知られたくないから、付き合いを避けてしまった」 年金支給日の前日、食べ物を買うカネも尽きた田中さんは、部屋で横たわったまま動かない。 「やることはすべてやったんだから、早く死にたいというのが正直なところです。でも自殺するわけにもいかないしね。いま抱えている不安をなくすためには、死んじゃったほうがマシだ……」 彼らは決して特異なケースではない。普通のサラリーマンであっても、老後破産状態に陥る可能性はある。そう警鐘を鳴らすのは山田知子放送大教授だ。 「たとえ大企業の部長職まで出世した人であっても、老後破産と無縁というわけにはいきません。住宅ローンを退職金で払い終えたら、残りの金額は心もとないという方は多いのではないでしょうか。 当然、中小企業のサラリーマンはもっと危険で、年金収入のみに頼る状態では、いわば薄氷の上を歩いているようなものです。親の介護や子どもの就職失敗など想定外の出来事で、当初の予定が容易に崩壊するからです」 多くの人は、何をきっかけに破産に追い込まれるのか。まず直面するのが、自身の健康問題だ。西垣千春神戸学院大教授が解説する。 「高齢者にとって、健康問題は避けることはできません。それまで元気でも急にひとりで動けなくなる人もいますし、90歳を超えるとおよそ半数が認知症になると言われています。 家族と離れて暮らしていれば、健康の変化がなかなかわからない。そのため、周りの人が気づいたときには、破産に至っていたというケースは決して少なくありません」 子や孫には言えない… 実際、本誌が取材した中で次のような事例があった。 愛知県に住む浅田隆さん(仮名/73歳)は、大学卒業後、警備会社に就職し、定年後も再雇用制度を利用し、働き続けていた。しかし、腰痛が悪化して欠勤の日が増え、会社にいづらくなって、2年で自主退職。以来、退職金と年金収入のみで暮らすようになる。 そんな浅田さんが破産にいたるまで、10年もかからなかった。浅田さんを保護したNPOの担当者が語る。 「浅田さんの場合、腰痛の治療費に加え、退職後しばらくしてから、軽度でしたが、認知症を発症したのが、破産にいたった大きな要因でした」 浅田さんは妻を60歳のときに亡くし、子どもも離れて暮らしていたため、誰も苦境に気づかなかった。 「息子さんも盆や正月に帰省したときに『少しカネ遣いが荒くなった』とは感じていたそうですが、『やっと退職したんだから自由にさせてあげよう』と放っておいたそうです。 しかし、判断力の低下による無駄遣いや保険の使えない鍼治療などで、あっという間に退職金は底をついてしまった。食うや食わずの生活をしていた浅田さんが万引きで捕まったときに、私たちの団体に引き渡されて、破産がやっと発覚したんです。 捕まったときも『子どもや孫には恥ずかしいから言わないでくれ』と懇願されましたが、連絡を取りました。面会に来た息子さんに対して、『たった10年でどうしてこんなことに』と嘆いていました」 破産に至るきっかけは、病気だけではない。頼りになるはずの子どももリスクになりうる。 神奈川県に住む小野雅俊さん(仮名/69歳)は、都内の建築設計事務所の正社員として定年まで勤め上げた。現役時代は、よく働きながらも、同僚と飲んだりと、サラリーマン生活を謳歌。退職時には、退職金を含めて2500万円ほどの貯金と、株券や保険などを合わせて総額4000万円程度の資産があった。小野さんが語る。 「家は持ち家だし、庭の畑で野菜を作っているし、生活費は光熱費とガソリン代、そして趣味のゴルフや付き合いの飲み代くらいなものでした。二人の子どもたちも独立しており、何年も前にローンは完済。いままで懸命に働いてきた分、『さあ、これから老後を楽しもう』と暢気に考えていました」 そんな小野さんが「いまほど苦しい時期はない」と語るようになるまでに、何が起こったのか。小野さんが続ける。 「きっかけは、すでに独立し家庭をもっていた息子が起こした交通事故でした。100%こちらに責任のある事故で、相手は障害を負ってしまいました。しかも、運の悪いことに、息子は1ヵ月前に保険が切れていたんです。慰謝料に1000万円、相手に治療代や入院費、障害が残ったことで必要になった家の改築費など、総額で5000万円も相手から請求されました。これをすべて払わないといけない。裁判をしても仕方ない、息子の過失責任は逃れられないと覚悟し、そのまま払うことにしました」 毎月30万円の賠償金を払うため、息子の給料は、ほぼ天引きされている。子どものいる息子家族は、住んでいたアパートを出て、小野さんの一軒家に同居することになった。小野さん自身も、貯金や保険をすべて解約したが、5000万円には到底足りなかった。 「大事にしていたゴルフクラブもまとめて売りに行きました。何十万円もしたパターが、2000円という悲しくなるほど安いカネにしかならず呆然としましたよ。会社時代の人間関係も、カネがかかるので畳みました。正直なところ、当初は『こんなことがあっていいのか』と、相手を随分と怨みました。 ですが、責任を重く感じた息子が、休みの日もトラック運転手のアルバイトをしている姿を見て、私も生きているうちに出来る限り助けてやりたいと思うようになり、早朝のチラシ配りのバイトをはじめました」 現在、小野さんはチラシ配りに加えて、隣町にあるコインパーキングの管理人のバイトもしている。孫を含めた一家5人にとって、小野さんの年金は、大きな収入源のひとつだ。 「孫に『おじいちゃん!ファミレスに連れて行って』とせがまれても、『いいよ』とはなかなか言えない。貴重な生活費が何日分か飛んでしまいますからね。『外食は身体によくないからね』と適当な言い訳をして、なるべく断っています。本当に情けなくなります。これで持ち家でなかったら、さらに悲惨な状況になっていたと考えると、本当に恐ろしい……」 息子の会社が倒産して 小野さんのように持ち家が命綱になる場合もあれば、逆に持ち家が大きな足かせになる場合もある。 都内に土地と家をもっていた大木ハルさん(仮名/85歳)は、介護が必要な上、持病の心臓病の不安もあり、40代の息子夫婦と同居することに決めて、千葉の高級住宅地に2世帯住宅を購入した。息子と大木さんの二人の名義で住宅ローンを組み、子どもに見守られながら老後を過ごすはずだった。だが、これが破産への引き金となった。 大木さん一家の相談を受けた、ケアマネージャーオフィス「ぽけっと」代表の上田浩美氏が語る。 「毎月20万円のローンを組んだのですが、息子さんの勤めている会社が不況のあおりを受け倒産するという不運に見舞われたんです。大木さんの預貯金をローンの返済に充てたのですが、おかげで老後のために取っておいたおカネはゼロに。それでも足りずに、お嫁さんも働きに出ています。 大木さんはひと月10万円近くかかる介護サービスを受けています。心臓病だけでなく、認知症もあるので、もっとサービスも必要なのですが、家計の都合もあって、満足に受けられない。生活保護を受けてもいいくらいの水準です」 意外に知られていないことだが、住宅ローンがあると生活保護を受けることができない。というのも、その状態で生活保護を受けると税金で個人の資産を形成していることになってしまうからだ。上田氏が続ける。 「生活保護を受けるために世帯分離という方法もあるのですが、この歳で家族と離れて暮らすのも厳しいでしょうし、ご本人も『お上の世話にはならない』と言っています。大木さんのようにプライドがあって『施しは受けない』『世間様に申し訳が立たない』という人は多いですね」 前述の香川さんたちのように、誰にも頼れず、自らカネに困っていることを声に出せない人だけではない。大木さんのように、家族と同居していてさえ、破産の危険と無縁というわけにはいかないのだ。 大木さんは別れ際、大きなため息をつきながら次のように答えた。 「こんなに長生きするなんて思ってもみなかった。もっと早くコロリと逝くはずだったのに。85歳にもなって、こんなに苦労する目に遭うなんて……」 これが、老後破産に陥った多くの人の本音だろう。超高齢社会が生んだ厳しい現実は、あなたのすぐそばにまで迫っている。 →第2部【破産する人・しない人の分かれ目】はこちら 「週刊現代」2014年10月11日号より http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40603 「老後破産」200万人の衝撃第2部 カネはない、でもプライドはある「破産する人」「しない人」ここが分かれ目だった 65歳以上の16人に1人が直面する 「一人暮らしの男」が危ない 誰にでも襲いかかるかもしれない老後破産の恐怖。第1部では、その実態をお伝えしたが、どんな人が貧困状態に陥りやすいのか。高齢者問題に詳しい淑徳大学総合福祉学部教授・結城康博氏と、生活困窮者への支援を行っているNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏に聞いた。
* 藤田 私が代表理事を務めているNPOでは、生活困窮者の相談を年間300件ほど受けていますが、そのうち半数が65歳以上の高齢者で、しかも一人暮らしの男性なんです。 もともと独身で天涯孤独の方だったり、離婚してしまった方だったりと事情はさまざまですが、誰にも相談できずに貧困状態のまま我慢して暮らしてきて、「いよいよ」という状態になってはじめて我々のところへ来られる。 結城 女性よりも男性のほうが、老後破産しやすいという傾向にありますね。 藤田 女性のほうがコミュニケーション能力が高いので、比較的早めに相談に来るんです。男性の場合、「たくましく、強くなければ」という意識の強い人が多い。 まずいのは誰にも相談できず、自分だけでなんとかしようとするケースです。最悪の場合、孤独死とか餓死という事態になってしまいます。 結城 収入について見てみると、まず国民年金だけでは生活するのは困難です。 国民年金は定年のない自営業者のための年金で、本来なら65歳以上になっても働き続けながら年金を受け取るとか、高齢者は子ども世代に扶養されつつ年金を受け取るという前提で制度設計がされています。 しかし実際にはそんな悠々自適な自営業者ばかりではないし、65歳以上になって新たに就労するのはまず無理でしょう。 では子どもや親族に頼れるかというと、さまざまな事情から家族と絶縁状態にある人もいるし、子ども自体が貧しくて親の面倒を見られないという場合もあります。 藤田 そうですね。高齢者が頼れる子ども世代は、いまや雇用者の約3割が非正規雇用ですから、ワーキングプア状態の人が多い。夫婦と職探し中の息子の3人暮らしで、収入は夫婦の年金10万円だけ、なんていう家庭もあるくらいです。 そのため子どもに世話になるどころか、定年後も子どもの学生時代の奨学金の返済に追われていたり、息子の自動車ローンを払っていたりして貧困状態になっている高齢者も多いんです。子ども世代の貧困問題を親世代が被ってしまっているんですね。自分自身は大丈夫だと思っていても、子どもが自立していない、というのも破産の原因になるんです。 結城 国民年金や無年金の人だけではなく、サラリーマンで厚生年金をもらえる人でも困窮する人は少なくないはずです。 藤田 以前、相談にのったおじいちゃんは、65歳までの40年間、町工場で働き続けながらコツコツ貯金もしていました。引退後は、「貯金もあるし、年金も入ってくるから大丈夫だろう」と思っていたけど、75歳くらいから貯金が目に見えて減り、そのうちアパートの家賃が払えなくなって、78歳になったときに家賃滞納を理由にアパートを追われてしまったんです。 結城 決して贅沢をしていたわけではなくても、気づいたら貯金が目減りしていたということはありえます。定年後は、収入は確実に下がるわけですから、現役時代と変わらない生活習慣を続け、生活のレベルを下げられない人—これも破産に陥る一因でしょう。 藤田 うまくやりくりしていけると思っていても、実際に年金が支給されると、「これだけ低いとは」と驚く人が少なくないんですね。 このように中小企業のサラリーマンはもともと給料が低いので、現役時代の報酬に比例する年金支給額も少ないのですが、かつて高額の給与をもらっていた銀行員のような人でも生活が破綻してしまう場合もあります。 ある元銀行員は、定年後に事業を始めるためのタネ銭として、年金担保融資で数百万円もの多額のおカネを借りていたんです。 ところが、事業を始める準備をした形跡がなかった。借りたおカネはどこに消えたのかと思って調べてみたら、食品やお酒のレシートがわんさか出てきたんですね。どうやら周囲の人に配っていたようで、結局破産してしまった。 おかしいと思って家族が病院に連れて行って診察してもらったら、若年性の認知症だったということが発覚しました。本人も周囲も気付かないうちに認知症の症状が進んで、おカネの管理ができずに貧困化してしまう人も少なくないんです。 それから、悪徳商法やオレオレ詐欺の被害にあったことをきっかけに、貧困状態に陥ってしまう人もいます。そういう意味では、誰もが老後破産に陥る危険性があるわけです。 プライドが邪魔をする 結城 社会の高齢化は急ピッチで進みますから、このままでは社会秩序が崩壊しかねません。実際、貧困から来る高齢者の犯罪も増えていますからね。 藤田 そうですね。高齢者の犯罪の増加は肌身で感じています。多いのは万引きですが、やはり貧困が原因になっているものが圧倒的です。万引きする商品も弁当3つだったりしますから、明らかに生きるために盗んでいる。 もう一つ増えているのが無銭飲食です。牛丼店やカラオケボックスで大量に食べ、支払いの段になったら「警察を呼んでくれ」と。 万引きは窃盗罪、無銭飲食は詐欺罪になりますが、初犯だと逮捕されても罰金刑で釈放されることがほとんどです。でも、貧困状態のままだと同じことの繰り返しになる。そのうち裁判所も「もう社会の中で生活できない」と判断しますから、刑務所に入ることになる。しかし、半年、1年と刑務所生活が続くと、出所した時に帰れるアパートもなくなってしまう。そこから生活を再建するために必要なコストが一層増えることになるんです。 だから貧困問題というのは早期発見、早期介入が原則なんですが、難しいのは外見からは困窮しているのか否かを見分けることができないことです。最近は衣料品も安いので、貧困層の人でも見た目はこざっぱりしている人が多い。背広を着ていながら、「実はネットカフェで寝泊まりしています」という高齢者もいますからね。 結城 だけど、本当は高齢者の貧困問題というのは存在しないはずなんです。なぜなら、事実上就労が困難である65歳以上で困窮状態にある人なら、生活保護を受けられるんですから。 藤田 本当にその通りだと思いますけど、問題は二つあります。一つは、彼らが持っているプライド。とくに高齢の方に多いのは、他人の世話になってはいけないという道徳観が根強くある。 「生活保護受給者となるのは恥だ、お上の世話にはなりたくない」と思う人も多いですし、身近な人にも頼れない。 だけど、そのままでは生活が破綻するし、中には栄養状態が悪化して健康を損なう人もいる。 結城 私は若者の貧困問題は、当事者の甘えも半分はあると思っているんですが、お年寄りに限っては、生活保護の受給は権利であるという認識がもう少し必要なんだと思います。そうしないと、憲法第25条で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」が保てません。 藤田 老後破産のもう一つの問題は、窓口となる福祉事務所の対応です。 結城 わざと生活保護を受けさせなかったり、いい加減な職員が門前払いをしているのが実態ですからね。 藤田 ええ、持ち家のような資産を持っている人の場合、扱いが非常に厳しくなるんですね。 相談に来られる方というのは、古くてボロボロになった家に住んでいる人が多いんですが、自宅を売却しようと思ってもおそらく買い手はつかないような物件です。それでも役所では「生活保護は資産を売ってからです」と言うところがまだまだ多い。 結城 本来、ローンがなくて資産価値が一定基準以下で、生活に利用している持ち家であれば、売却する必要はありません。 藤田 そうなんです。いま住んでいるところに住み続けながら生活保護を受けましょうという方向に国の政策は動いているんですが、福祉事務所の現場では「資産を売却してから」という説明が、まだまだまかり通っているんです。世の中にも「家や車を持っていると生活保護は受けられない」という誤った情報が広まっているので、事前に諦めてしまうお年寄りも多いんですよね。 年金額15万円の落とし穴 結城 制度上の問題もありますよね。 藤田 はい。生活保護を受けるためには、親族に扶養能力があるかどうかを調査してからということになっています。そのための「扶養照会」は三親等以内の親族に対してなされます。つまり厳格に運用されれば、兄弟姉妹やおじおば・甥姪はもちろん、配偶者側の兄弟姉妹やおじおば、子供や孫、ひ孫らの配偶者にまで知られることになる。 生活保護を申請しようと福祉事務所に行ったら、まずそれを説明されるため、「そんな遠い親戚にまで連絡されるなら、生活保護なんて受けたくない」と高齢者は躊躇してしまう。他人には迷惑をかけたくないと思いますからね。 結城 貧困状態にある高齢者というのは、いろんな事情で家族や親族と疎遠になっている人が多いわけです。極言すれば高齢者の貧困問題は、生活保護を受けてもらうことで解決できます。 ですがこれから問題になってくるのは、中小企業に勤めていたサラリーマンなど、定年後の収入も生活保護水準以上にある人ではないでしょうか。 藤田 そうなんです。サラリーマン時代にあまり給料が多くなかった人は、厚生年金の額が15万円以下という人が多いんですが、この程度の収入があると、生活保護の給付対象にならないケースもあります。 受け取る年金は報酬に比例し、現役世代の収入の5~6割に設定されています。たとえばモデルケースとして、月収30万円の人は引退後、65歳以降に月15万円以下で暮らしていかないといけない。このラインの人の生活水準は、おそらく生活保護レベルよりも低くなる可能性が大なのです。 なぜなら、生活保護の人は税金や健康保険・介護保険の保険料も免除になる。医療費も実質的に全額免除です。比べてみると、生活保護レベルの少し上の層が最も生活が厳しいというのが現実なんですね。 結城 サラリーマンとして定年まで勤めたし、年金ももらえるから大丈夫だと思っている人ほど、リスクが高まる可能性があるということですよね。こういう層にまで生活保護のセーフティネットを広げられればいいけれど、財源の問題もあるので、実際問題難しいでしょう。 たとえば、生活保護を受けていなくて収入が一定以下の人に対しては、健康保険料・介護保険料を免除し、医療費も無料にすることも一つの方法かもしれません。 藤田 高齢者が貧困に陥る最大の原因は、病気と介護なんです。無料低額診療施設もあるんですが、この存在はあまり知られていません。そういう中で、結城さんがおっしゃるように医療や介護費の負担が減れば、高齢者は楽になりますね。 結城 老人の貧困は表からは見えにくい。でも、隠れている貧困高齢者をどうにかして見つけ出し、福祉サービスに結び付けていくことが大切です。そうしないと本当に社会秩序が崩壊してしまいます。 藤田 高齢者の貧困問題を解消するためには、若年層の雇用問題もどうにかしないといけないですよね。非正規雇用ではなく、若者が安定的な生活を送れるような雇用環境を整えていかないと、彼らが頼っている親世代の貧困が解決しないし、近い将来、大量の貧困世代が生まれることになりますから。 結城 それと希薄化した家族関係に対する施策ですね。行政に支援を求めているような高齢者は、家族関係が崩壊している人がほとんどなんですから。家族関係を深めていくような何らかの対策が必要です。 現状では、生活保護にせよその手前のボーダーラインのレベルにせよ、就労できない高齢者の貧困は放置しておけない問題です。破産状態に陥らないための知識を個人が持っておくと同時に、国の制度も見直していかないと、老後破産の問題はさらに深刻になってしまうでしょう。 →第3部【年齢・タイプ別 この先「かかるカネ」】はこちら 藤田孝典(ふじた・たかのり)/生活困窮者の支援活動を行うNPO法人ほっとプラス代表理事。反貧困ネットワーク埼玉代表なども務める。著書に『ひとりも殺させない』(堀之内出版)など 結城康博(ゆうき・やすひろ)/淑徳大学総合福祉学部教授。社会福祉士、ケアマネジャー、介護福祉士として地方自治体に勤務した後に現職。近著に『孤独死のリアル』(講談社現代新書)など http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40605
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