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仮に給料が増えて支出を増やすことができても、物価が上がれば豊かさを実感できない Yuya Shino- REUTERS
アベノミクス「新3本の矢」でメリットのある人・ない人
http://www.newsweekjapan.jp/kaya/2015/10/post-3.php
2015年10月06日(火)16時33分 加谷珪一 ニューズウィーク日本版
〔ここに注目〕名目GDPと実質GDPの違い
無投票で自民党総裁の続投が決まった安倍首相が「新3本の矢」を提唱し、そのひとつとして日本のGDP(国内総生産)を600兆円にするという目標を打ち出した。メディアでは、この数字の実現可能性について様々な議論が行われているが、多くの人にとってGDPの絶対値はあまり馴染みのある数字ではない。正直なところ600兆円と言われてもピンとこない人がほとんどではないだろうか。
今回打ち出された600兆円という数字は物価を考慮しない名目の数字なのだが、GDPには名目値と実質値の二つがあり、これが話をややこしくする原因にもなっている。一方、名目GDPは株価や不動産価格などを考える上では非常に重要であり、実は多くの人が知っておくべき数字でもある。今回はこのあたりについて解説してみたい。
■平均的家計では年間10万円支出が増える?
GDPとは1年間にその国の経済が生み出した付加価値の合計を示したもので、日本の名目GDPは約490兆円となっている(2014年度)。生産面から見ても分配面から見ても支出面から見てもGDPは同じ値になるという「三面等価の原則」があるので、この数字は1年間に日本全体で使ったお金の額と等しくなる。これがGDPの支出面と呼ばれるものだ。GDPに関する報道で「個人消費が2%増加、設備投資が0.5%増加」などと言っているのは、GDPの支出面に着目したものである。
490兆円の名目GDPを600兆円にするためには、GDPを約1.2倍に拡大すればよい。1.2倍と聞くと大したことがないように思えるが、機能不全に陥っている日本経済の現状を考えるとそう簡単なことではない。安倍首相は目標達成の時期を明示していないが、一般的には2020年度が目安と言われている。2020年度に600兆円を達成するには、毎年3%以上のペースでGDPを拡大していかなければならない。安倍政権発足以降のGDP成長率は、2013年度が1.8%、2014年度は1.6%だったことを考えると、ハードルは高いとい考えるべきだろう。
ちなみに、2014年における家計の消費支出(二人以上の世帯)は約350万円であった(家計調査)。GDPが3%増えるということは、単純に家計の支出も3%増加すると考えてよいので、このケースでは年間10万円ほど支出が増える計算になる。来年はそこからさらに3%増加するので11万円弱の支出増だ。この数字を聞けば、結構、大変なことだということが分かるだろう。大幅な昇給でもない限りは、毎年支出を増やしていくのはそう容易なことではない。
仮に給料が増えて、支出を増やすことができたとしても、豊かさを実感できるかどうかはまた別問題である。給料が増えて、より多くのモノが買えるようになるためには、物価が上がらないことが条件となる。給料が3%増えても、物価も3%上がってしまっては、結局買うことができるモノの量は変わらず、豊かさを実感できないからである。
■名目GDPは株価や不動産価格との相関性が高い
GDPにおける「名目」と「実質」の違いはこの部分にある。使った金額が3%増えれば、GDPは3%増えたということになるが、ここでのGDPは名目値である。一方、使う金額が3%増えても、モノの値段が上がってしまった場合には、買えるモノの総量は変わらず、実質的に経済は成長していないとみなされる。これを実質GDPと呼び、この場合のGDP成長率はゼロ%である。言い換えれば、名目GDPは金額ベースのGDP、実質GDPは数量ベースのGDPということになる。
そこで今回のGDP 600兆円という目標値だが、これは名目値、つまり金額ベースの話である。乱暴に言ってしまえば、単純に物価が1.2倍になれば、GDP 600兆円は達成できてしまう。だが、物価が上昇しただけでは、その時に消費者が買えるモノの量は今と変わらない。一部の識者が今回のGDP目標について厳しく批判しているのはこうした理由からである。
しかしながら、数値目標を掲げてしまった以上、安倍政権は目標達成に向けて策を講じるはずである。今のところ、もっとも有力な手段はやはり日銀の追加緩和だろう。
日銀が追加緩和に踏み切れば、円安がさらに進行する可能性が高い。安倍政権発足後、日本の名目GDPがプラス成長になったのは、円安によって輸入物価が上昇し、モノの値段が上がったことが大きく影響している。今年に入って、さらに円安が進んだことから、多くの事業者が耐えきれなくなり、相次いで値上げに踏み切っている。原油価格は下がっているものの、ここで追加緩和を行えば、もう一段の円安となり、物価上昇は加速する可能性が高い。
もうひとつ考えられるのは賃上げの促進である。安倍政権は2度にわたって経済界に異例の賃上げ要請を行っている。賃上げ要請を強化し、企業側がこれを受け入れれば、国民の所得は増え、消費が拡大することになる。円安による物価上昇と賃上げによる所得増加が加われば、年3%の経済成長も不可能ではないだろう。ただ、生産性が変化しない中で、賃上げだけを実施した場合、企業の収益が低下してしまうリスクがある。企業はこれを補うため、値上げを加速させることになるため、結局、家計はあまり豊かにならないだろう。
結局のところ、消費者にとってはあまりメリットがなさそうなGDP目標値の設定だが、投資家にとっては別だ。株価や不動産価格は実質GDPではなく、名目GDPと高い相関を示すことが知られている。政府が本気でGDP 600兆円を実現するということになれば、株価と不動産価格もそれに応じて上がっていく可能性が高い。株価や不動産価格が時に、生活実感と大きく乖離するのはこうした理由からである。
加谷珪一
評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『お金は「歴史」で儲けなさい』(朝日新聞出版)など著書多数。
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