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8月の鉱工業生産は予想外のマイナスに。2期連続マイナス成長の懸念も高まっている
安倍首相の経済への理解度に対する疑問
http://diamond.jp/articles/-/79477
2015年10月6日 真壁昭夫 [信州大学教授] ダイヤモンド・オンライン
■「アベノミクス第二幕」の掛け声に説得力はあるか
足元のわが国経済を、一言で表現すると“足踏み”が適切だ。個人消費の回復が遅れていたことに加えて、中国経済の減速の影響もあり輸出が低迷気味だ。8月の鉱工業生産指数は前月対比0.5%減と予想外のマイナスに落ち込んだ。
日銀の9月の短期経済観測(短観)を見ても、大企業製造業の景況感は3四半期ぶりに悪化した。今年7〜9月期のGDPも水面下に下落する可能性が高まる。それが現実になると、4〜6月期に続いて2四半期連続でGDPがマイナス圏に沈むことになる。
金融市場では、アベノミクスの最も目立った成果であった円安・株高に一服感が出ている。特に株式市場は、中国経済の減速懸念などの要因もあり不安定な展開が続く。市場関係者の一部からは、「アベノミクス相場は終わった」との声が出始めた。
景気の減速に加えて、今夏の安保法制の採決などで安倍政権への支持率は低下気味だ。今後、さらに支持率が低下するようだと、「自民党にとって来年の参院選挙は厳しくなる」との見方も台頭している。
安倍首相はそうした状況を打開するために、「アベノミクスは第二幕へと移行する」と宣言し、「新三本の矢」を唱え始めている。第一幕である程度の経済回復が実現できたので、これからの第二幕では、家計部門に恩恵が及ぶ政策運営を行うとの趣旨なのだろう。
しかし、安倍首相の掛け声だけで支持率が回復するのは難しいだろう。足元の景況感は失速寸前で、美辞麗句を並べた掛け声の効果は大きくはないだろう。
こじつけのような新三本の矢に説得力を見出す経済専門家は多くはない。安倍首相自身、足元の経済状況をもう一度よく検証することが必要だ。そうした検証がなく、ある日突然、「今度は第二幕だ」と言われても納得できる人は少ない。
■限られたアベノミクスの恩恵 予想外に重たい景気の足取り
アベノミクスは金融政策一本足打法と揶揄されるほど、日銀・黒田総裁の政策頼みの色彩が強かった。“異次元の金融緩和策”で潤沢な資金を供給し、景気の下支えを図ると同時に、為替市場で円売りを促進することで円安を促進した。
円安が進むことで、自動車等わが国の主力輸出企業や海外展開した大手企業の業績を押し上げた。企業業績を押し上げ、さらに個別企業の経営者を官邸に呼んで春闘での賃上げを促した。
その結果、大手企業の賃上げは1980年代後半以来の高い伸びになり、中国など海外からの来訪客の“爆買い”の効果もあって、一時期、消費もそれなりに堅調な展開になった。
しかし、アベノミクスで恩恵を受けたのは主に大企業であり、景況感が回復したのは多くのケースで都市圏に限られていた。中小企業や地方経済に温かい恩恵が及ぶまでには至っていない。また、非正規労働の割合が高まっていることもあり、家計部門への恩恵は限定的で、期待されたほど消費は盛り上がっていない。
さらに、円安の進行にもかかわらず輸出が伸びていない。2011年11月までの超円高の影響で、多くの企業が海外に生産拠点を移転した。一度、海外に生産設備を移してしまうと、円安になったからといってすぐに国内に回帰することは難しい。
また、家電製品を中心に、わが国企業はかつての製品競争力を失っている。そのため、円安になっても容易に輸出を伸ばすことができない。それは数量ベースの輸出がほとんど横ばいであることを見ても明らかだ。
そこに中国経済の予想を上回る減速が重なった。中国向けの輸出が減少し、輸出の減少と個人消費の回復の遅れがわが国経済の足を引っ張ってしまった。景気の足取りは、予想外に重たくなっている。
■金融政策一本足打法の限界 安倍首相の経済への理解度は十分か
安倍首相の経済政策について、気になることが二つある。一つは、金融政策に対する依存度が高すぎることだ。金融政策は万能ではない。黒田総裁の“異次元の緩和策”をもってしても、金融政策だけでデフレから脱却し、景気を継続的に回復させることはできない。
今から約2年前、日銀の副総裁に就任した岩田規久男氏は、積極的な金融政策で2年以内にデフレから脱却すると明言した。同氏は、それができなければ辞任するとまで言い切った。
しかし、あれから2年以上たったが、原油価格の下落もあり、8月の消費者物価指数はマイナス圏に落ち込んだ状況だ。金融政策のみで、経済状況を大きく変えることは彼らが思っていたほど容易ではない。
その意味では、金融政策一本足打法にはおのずから限界があり、株式など金融資産の価格高騰など大きなリスクをはらんでいる。安倍首相もそれを十分に理解することが必要だ。
もう一つ懸念されるポイントは、安倍首相の経済動向に関する理解度だ。つい最近まで、積極的な金融政策の実施によって、円安・株高が実現しアベノミクスが礼賛された。
しかし、そうした一時的現象を永久に続けることはできない。つまりサスティナブルではないのである。景気回復を持続するためには、規制緩和や構造改革によってわが国の経済構造を少しずつ変革する必要がある。
為替動向にしても、実際の為替レートはわが国の事情だけで決まる訳ではない。ドル・円のレートは、日米相互の経済状況などによって決まるものだ。米国の事情を勘案せず、金融政策によって一方的に円安トレンドを続けられるものではない。
円安に一服感が出ると、わが国の大手企業の業績回復にも天井が見え始める。そうなると、株価も長期間、上昇を続けることは困難になる。安倍首相は、そうした経済のファンダメンタルズを再検証すべきだ。
■継続的な成長戦略の実行が必要 日本企業の持つ実力を引き出せ
安倍首相が、アベノミクスの一時的な成功を誤解することは危険だ。黒田日銀総裁が行っているのは、あくまでも短期的な効果を狙った政策だ。いつまでも非常事態のゼロ金利・量的緩和策を続けるのは現実的ではない。
そうした金融政策を長期間継続すると、株式市場でのバブルの発生や、さらに長い目で見るとインフレが高進するなどの副作用の顕在化が懸念される。
そうしたマイナス面を抑えるためには、どこかの時点で、出口戦略を実施することが必要だ。出口戦略の時期を探るのは口で言うほど容易ではない。タイミングを誤ると、景気の腰を折ってしまったり、悪性のインフレへの誘導口を作ったりしてしまうからだ。
“異次元の金融緩和策”は一時的な弥縫策と考えるべきだ。有体に言えば、風邪をひいて頭が痛いので鎮痛薬を飲むという行為に近い。重要なポイントは、風邪を引かないよう体力をつけることだ。
経済も基本的にはそれと同じことが言える。経済の場合、体力をつけるということは、成長できる実力を高めることだ。具体的には潜在成長率を高めることを意味する。
現在、わが国の潜在成長率は1%を下回る水準と言われている。人口減少・少子高齢化が進むわが国の社会を考えると、そのレベルは仕方がないと言えるかもしれない。
しかし、政府が、本気で労働市場の改革や積極的な規制緩和を推進すれば、厳しい経済環境の中でも経済の実力を高めることができるはずだ。
わが国には高い技術力を持つ企業が多い。大企業に限らず、中小企業の中にも他国では見られない技術力を持つ企業がある。政府が率先して、新しい考え方や仕組みの導入の乗り出せばいい。
アップルの作るスマートフォンの多くの部品は日本製だという。それこそ、わが国企業の技術力の高さを証明するものだ。アベノミクスの第二幕もよいのだが、その中でイノベーション=改革を進めることを忘れるべきではない。
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