4. 2015年10月06日 15:52:33
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コラム:新興国バブル崩壊後の世界経済=河野龍太郎氏 BNPパリバ証券 経済調査本部長 [東京 6日] - 国際金融市場の不安定な状況が解消されない。これまでも基軸通貨国である米国が金融政策の方向性を大きく転換する際には、少なからぬ混乱が新興国経済を中心に生じ、それに伴って国際金融市場でも一時的な動揺が観測されてきた。米国の金融緩和期に新興国に流れ込んでいた資金がブームの膨張を助長、米国の利上げ時期が近づくと、資金流出が始まり新興国ブームの崩壊がもたらされる。大きな流れで捉えれば、今回も基本的には同様の現象が生じていると言える。 では、今回も市場が動揺しているだけで、過去の米利上げ局面と同様、世界経済全体で見れば、悪影響は大きくないと言ってよいのだろうか。残念ながら、そうとも言い切れない。 各国の状況を考えると、世界経済や国際金融市場がソフトランディングに向かうというのは、相当なナローパスであるように思われる。世界的な不況に向かうとは予想しないものの、一方で成長率が高まっていく環境では到底ないだろう。新興国バブルの調整プロセスが続くことを考えれば、世界経済の回復モメンタムは低下する可能性が高い。 国際金融市場に関しても、このまま安定に向かうと見るのは、あまりに楽観的なように思われる。各国の政策当局が、いかにさじ加減に注力しても、政策変更のたびに市場に動揺が訪れるのではないか。筆者の想定に反し、動揺が避けられる場合、それは恐らく問題の解決を意味しない。我々は新たなバブル醸成(バブル代替)を警戒した方がよい。 <破綻した世界経済の回復メカニズム> まず、今回の国際金融市場の動揺は、2009年以降の世界経済の回復メカニズムが破綻したことを反映しているというのが、筆者の仮説だ。 では、その回復メカニズムとは一体どのようなものだったか。大規模な住宅クレジットバブルが崩壊した後、米連邦準備理事会(FRB)はアグレッシブな金融緩和に踏み切った。日本の経験を踏まえるまでもなく、大型バブルが崩壊すると、流動性危機に対し流動性の大量供給は大きな意味を持つが、内需を刺激するという点からは、アグレッシブな金融緩和の効果は乏しい。 もし回復をもたらすメカニズムが存在するとすれば、それはアグレッシブな金融緩和が大幅な通貨の減価をもたらし外需を刺激すると同時に、株高による資産効果をもたらすことである。ただ、基軸通貨国、あるいはそれに準ずる大国や地域の中央銀行は、他国経済への影響が余りに大きいため、大幅な通貨減価をもたらすようなアグレッシブな金融緩和は実行しないというある種の紳士協定がそれまでは存在していた。 しかし、「100年に一度の危機」なら何でもありが許されるのだろうか。FRBは崩壊したクレジット市場の補完を意図した信用緩和(credit easing)だけでなく、外需刺激のために、大幅な長期金利引き下げとそれに伴うドル安を狙った大規模資産購入(large scale asset purchases)を実行した。 それが思った以上の効果を上げたのは、単にドル安が輸出を刺激したからだけではない。FRBは公式には認めていないが、主たる効果はむしろ次のようなものだった。ドルペッグ制ではないにしても、ドルに対して固定的な為替レート制、昔の言葉で言えば「ダーティーフロート制」を取る新興国は少なくない。そうした国々が、減価するドルに対して自国通貨が大幅に上昇するのを避けるため、実体経済に比して極端に緩和的な金融環境を甘受したのである。 もともとリーマンショック後、拡張的な財政・金融政策を採用する新興国が多かったが、その効果がFRBのアグレッシブな金融緩和のスピルオーバー(波及)によって、増幅された。これらの結果、2009年半ばから、ブームに沸く新興国をけん引役に、世界経済は回復を始めたのである。 いわば、米国はアグレッシブな金融緩和によって新興国バブルを作り出すことで外需を刺激し、住宅・クレジットバブル崩壊で低迷する内需を補い、立ち直っていったということである。こうしたバブル代替のメカニズムによって世界経済に回復がもたらされた。 その後、膨張を続けた新興国バブルは2011年半ばにピークを打ち、崩壊過程に入るが、FRBが一連の量的緩和(QE)を続けていたため、急激な崩壊が避けられていた。 それどころか、一連のQEはさらなるバブルを膨らませた。それがシェールバブルなどの資源バブルである。本来なら、新興国バブルが崩壊過程に入ると同時に、原油価格は急落しても不思議ではなかったが、一連のQEが生み出した過剰流動性がコモディティー市場に流入、高水準の原油価格が維持されたため、「コモディティー高の新時代」に入ったと幻想を抱いた人々が、世界各地で資源開発に精を出してしまったのである。現在の原油安は、単に中国をはじめとする新興国経済の悪化で需要が低迷しているだけではなく、資源バブルを背景に、過大な供給能力が生み出されたことも大きく影響している。 しかし、今や内需も回復し、米国はゼロ金利解除が可能な状況になってきた。FRBの利上げ観測の台頭で、資本流出圧力が強まり、それが急激な新興国バブルや資源バブルの崩壊に拍車をかけている。新興国バブルと資源バブルの残骸が世界中にあふれており、現段階ではすべてが露(あらわ)になっているわけではない。 <新興国の固定的な為替レート制も問題> もちろん、FRBが現在検討しているゼロ金利政策解除そのものが問題だと言うのではない。問題は、他国に及ぼす副作用を考慮すれば、基軸通貨国、あるいはそれに準じる大国の中央銀行は、アグレッシブな金融緩和に対して本来抑制的になるべきなのに、そうはなっていなかったことだ。 また、新興国側にも非が無いわけではない。それは、前述した通り、少なからぬ新興国が、ペッグ制とは行かないまでも、ダーティーフロート制を含めドルに対して固定的な為替レート制を取っていたことである。経済規模が大きくなっても、重商主義的発想が抜け切れず、米国の金融緩和局面では、自国の輸出企業に悪影響の及ぶ通貨高を回避するような金融政策・通貨政策を新興国は採用してきた。基軸通貨国がアグレッシブな金融緩和を控えるのと同様に、規模の大きくなった新興国は、ドルに対する固定的な為替レートへのこだわりを捨てなければ、こうした問題は今後も繰り返される。 ただ、今回の国際金融市場、新興国・資源国の混乱は、この2つの問題だけでは説明できない。世界で2番目の経済大国になった中国の構造問題も大きく影響している。1つは、中国の高度成長が終焉し、潜在成長率が大きく下方屈折したことである。そしてもう1つは、中国がいまだに事実上のドルペッグ制を続けていることである。 このことが、新興国や資源国の今回の調整プロセスを複雑かつ困難にしている。中国経済の低迷を受けて、輸出数量が低迷し、コモディティー価格も低迷、さらに米国のゼロ金利解除観測によって資金流出圧力が高まると同時に、人民元切り下げリスクが高まるという「4重苦」に新興国、資源国はさらされる。 ちなみに、今回のコモディティーバブル崩壊と中国経済の急減速の悪影響を最も受けたのは誰か。当然にして資源国であり、地域で言えば中南米諸国である。メキシコ以上に、ブラジルやアルゼンチンは相当に大きなダメージを受けている。 この他、インドネシアやマレーシアなど東南アジアの資源国も、中国向け輸出が減っただけでなく、交易条件も大きく悪化しており、相当に苦しい。東南アジアが日本企業の生産拠点のグローバル分散の対象先であることは今後も変わらないが、ピークの頃に、チャイナ・プラス・ワンなどといって東南アジア投資を囃(はや)し立てた人の責任は相当に重い。 <人民元問題の本質と中国にとって望ましい政策> 最後に、人民元のドルペッグ問題について言い添えておきたい。結局、人民元問題の本質は、世界で2番目の経済大国になった中国が、資本規制を徐々に緩める中で、米国の最適通貨圏ではないにもかかわらず、最適通貨圏のごとく事実上のドルペッグ制を続けていたことにある。 FRBが金融緩和を続けている間は、大きな問題は見えなかったが、景気の方向性に違いが出てきたことから、深刻な矛盾が明らかになってきた。潜在成長率が低下するもとで、過剰ストック問題を抱え内需が低迷する中国にとって、本来なら金融緩和に伴う人民元安が最適なマクロ安定化政策になる。しかし、現実には、FRBのゼロ金利解除観測が広がり始めたため、ドル高に連動し人民元の実質実効レートが上昇、それが中国経済の回復の足を引っ張るようになっていたのだ。 今後、米国が利上げを進めれば、ドル高とともに人民元の実質実効レートが上昇するため、中国経済が疲弊し、人民元切り下げ観測が再び強まる。人民元切り下げは減速する中国経済にとっては望ましいが、疲弊する多くの新興国にとっては、実質実効為替レートの上昇を意味し、回復の足かせになる。 もちろん、中国が他の新興国への配慮から、人民元切り下げを見送るという選択肢もあり得る。ただ、中国経済が一段と疲弊すれば、結局、新興国の中国向け輸出は低迷が続き、中国需要の低迷からコモディティー価格への下落圧力も続くため、人民元切り下げの有無にかかわらず、世界経済にデフレ圧力が及ぶのは避けられないという結論になる。 では、今後どうなるのか。将来予測は大変に難しいが、望ましいと思われる政策はあり得る。 まず、中国にとって望ましい政策は、方向性としては、人民元のフロート制移行であり、経済実勢を鑑みれば、現水準からの切り下げである。しかし、一気に経済実勢に合致した水準まで切り下げると(経済実勢に見合った水準の1つの目安は、過去3年間の実質実効レート上昇を相殺する30%程度の切り下げ)、他の新興国に大きな悪影響を及ぼす。このため、フロート制への移行を目指すとしても、切り下げは相当緩やかに進める必要がある。 その間の悪影響を吸収するのは、財政投融資政策の発動だ。ただ、前述した通り、すでに潜在成長率が大きく低下しているため、過大な財政投融資政策を続けることは過剰ストック問題をこじらせたり、新たなバブルを生み出す恐れがある。 米国については、経済が自然失業率に到達している以上、ゼロ金利解除を含め利上げを進めざるを得ない。ただ、中国と同様で、国内均衡の達成のためだけに動くと大きな問題を引き起こす。つまり、利上げを急ぎすぎると、それが人民元の切り下げ観測や新興国からの資金流出圧力を強め、国際金融市場の動揺の引き金となりかねない。この結果、利上げペースはかなり緩やかなものにならざるを得ない(今後のゼロ金利解除の実施が国際金融市場の動揺を招き、その結果、しばらく利上げが中断されるというケースも十分考えられる)。 一方で、インフレが落ち着いているからといって、あまりにゆっくりとした利上げとなれば、新たな金融的不均衡を作り出すことにもなりかねない。その可能性も大いにあり得る。 *河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(こちら) *本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。 http://jp.reuters.com/article/2015/10/06/column-ryutarokono-idJPKCN0S004320151006?sp=true
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