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米利上げ見送りの背景
中国バブルに懸念強く
櫻川昌哉 慶応義塾大学教授
米連邦準備理事会(FRB)は9月、利上げを見送った。2008年のリーマン危機後の大規模な量的緩和が奏功し、インフレ率は2%前後で推移する一方、懸案だった失業率も目標とする5%前後に落ち着きつつある。国内条件は整い、7年近くに及ぶゼロ金利政策に終止符を打つ絶好のタイミングであった。
イエレンFRB議長は17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見で、米経済をみる限り利上げは適切としながらも、海外情勢を巡る不確実性の増大を踏まえ、金利据え置きを決めたと述べた。
直接的な原因は、中国リスクに端を発する世界同時株安だ。中国が8月中旬に3日連続の人民元切り下げを実施したことを受け、市場では通貨危機を招くのではないかとの懸念から世界同時株安が起きた。1997年7月にタイがタイバーツの対ドル為替レートの切り下げを実施したことをきっかけに起きたアジア通貨危機をほうふつとさせる。
海外の動向がFRBの手足を縛る結果になったようにみえる。本稿では利上げ見送りの背景をもう少し深く探る。
まず、浮上しているのが、米国経済は力強さをいまだ回復していないとの説だ。ローレンス・サマーズ元米財務長官(ハーバード大教授)が問題提起したことを契機に、米国経済は長期停滞期に入ったのではないかとの議論が起きている。ほぼゼロの政策金利からインフレ率を差し引いた短期実質金利はマイナス2%だ。昨今の2%強の経済成長率はこの低金利が支えているにすぎず、むしろマイナスの実質金利は長期停滞の予兆だとの見方が浸透しつつある。
米国は金融危機を経た国の中では成長トレンドの下方シフトの規模は小さい。停滞期に入ったかどうかの見極めにはもう少し時間が必要だが、長期停滞論が利上げの重荷になっていることは事実だ。
次に、FRBが重視した世界経済を巡る懸念の背景には、中国リスクへの厳しい見方がある。図は、世界の経済成長率と米10年物国債の利回りを示したもので、インフレ率を差し引いた実質値で表記している。成長率はおおむね2〜4%の範囲に収まっている。一方、世界の長期金利の代理変数である国債利回りは長期的な低落傾向にある。
90年代には、金利が成長率を上回っているが、この状況は00年を前後に一変する。21世紀になると実質金利は低下を続け、成長率が金利を上回る時期が増えてくる。主流派のマクロ経済学では、金利は成長率を必ず上回り、バブルはめったにしか起きないし、ゼロ金利も短期間しか持続せず、財政規律を守らないと国債は暴落するはずである。しかし現実には、バブルは世界で頻発し、ゼロ金利は長期化し、財政規律が緩んでも国債は暴落していない。
なぜ主流派のマクロ経済学は説明力を失いつつあるのだろうか。有力な説の一つは、過剰貯蓄がもたらした世界的規模での需要不足だ。そして需要不足を生み出しているのが想定外の2つの要素だ。
まず、アジア通貨危機の影響を挙げることができる。90年代のタイ、インドネシア、韓国などのアジア諸国は、海外からの資本流入により経済発展を進める典型的なキャッチアップ型経済であった。ところが、海外金融機関の一斉の資金引き揚げにより、アジア経済は一瞬にして沈んだ。危機から学んだアジア諸国は、海外からの借り入れを抑制して、輸出主導型の成長を目指すようになる。
00年代になると、先進国は全体として経常収支赤字国になり、成長率の高い新興国が黒字国になるという状況となる。行き過ぎた金融のグローバル化は、短期的な資本移動を活発化して、株式相場や外国為替相場の乱高下を引き起こして、新興国経済に負荷を与えることになる。そして金融発展の抑圧と安全資産への逃避を促し、新興諸国への投資の停滞と世界的な金利の下落をもたらす。
2つ目の要素が、これらの新興国の中で象徴的な存在ともいえる中国の台頭である。市場経済とはいいがたい中国は、50%を超える異常ともいえる高い貯蓄率を背景に、脆弱な金融システムを引きずりながら、急速な経済成長と経常収支黒字を実現してきた。14年の段階で、国内総生産(GDP)の世界シェアは14%に近づいており、中国が成長すればするほど、世界の需要不足は拡大するというゆがんだ構図になっている。
世界的な需要不足を埋め合わせるようにして頻発しているのが資産バブルだ。過剰な貯蓄により生み出された資金が、株式市場や住宅市場に流れ込む。金利が成長率を下回るので、金融機関はレバレッジ(過剰負債)を高めて資産を購入するため、市場は過熱してバブルが生まれやすい。
アジア通貨危機により還流した資金で、まず米国の株式市場でITバブルが起き、その後住宅価格が高騰する。リーマン危機で欧米のバブルが崩壊すると、ゼロ金利で米国から流出した資金が新興国に流れてバブルが起きる。そしてリーマン危機以降の世界経済をけん引したのが中国バブルに支えられた好景気だ。こうした構図が、低成長下の世界的な株高を生み出した。
中国リスクの行方は予断を許さない。アジア通貨危機にみるように、小国はバブル崩壊から金融危機へと一気に進む傾向があるが、大国は危機の発生までにタイムラグがある。日本では不動産バブル崩壊から金融危機の発生までに5年、米国では住宅バブル崩壊からリーマン危機までに1年半を要している。対外資産の豊富な大国の中国もまた、不動産バブルの崩壊から金融危機へと事態は急変するリスクを依然として抱えている。
今回の株価暴落に対して、中国政府は付け焼き刃的な株式市場改革や財政金融政策で対処しようとしている。しかし、機関投資家の空売り禁止、国有企業の配当の強制的な引き上げなどの措置は、市場から理解を得られていない。また、さらなる元切り下げは資本逃避ひいては通貨危機を誘発する恐れがあるため、もはや政策手段の切り札としては使えないであろう。
過剰資本の調整、不良債権処理、為替制度改革などの構造調整が望まれるが、経済効率性を重視したこれらの政策を地道に進めるだけの政治力があるだろうか。金融システムが脆弱な中国が、自らの危機を適切にコントロールできると考えるのは楽観的すぎるかもしれない。
世界の経済成長率は、新興国の失速や欧州の停滞を受け2%台とすでに低い水準にある。もし中国に金融危機が発生したら、新興国のみならず先進国も甚大な影響を被り、世界の経済成長率は1%台に失速するであろう。米国が利上げを踏みとどまったのは、中国リスクがもたらす最悪のシナリオを避けるためだ。金融政策の判断で、米国が国内要因よりも海外要因を重視するのは異例ともいえる。
中国リスクが落ち着けば、FRBは早々に利上げを目指すことになろうが、その規模は小幅にとどまると予想される。需要不足の世界経済の中で、ゼロ金利が低成長下の株高と好景気を支えるという構図はそう簡単には変わらないだろう。金利正常化をめざす中央銀行が想定するほど現実の経済は強くない。たとえ利上げに転じても、FRBが持続的な利上げができる環境ではないことは明らかである。
ポイント
○米のマイナス実質金利は長期停滞の予兆
○新興国への投資停滞が需要不足の一因に
○利上げに踏み切れてもその規模は小幅に
さくらがわ・まさや 59年生まれ。大阪大博士(経済学)。専門は金融論、マクロ経済
[日経新聞9月29日朝刊P.26]
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