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独VW排ガス不正は世界の自動車産業を地獄に叩き落とすか
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150930-00016331-president-bus_all
プレジデント 9月30日(水)12時15分配信
■「不正を見つけようとしていたわけではない」
独フォルクスワーゲン(VW)がEPA(連邦環境保護局)から2リットルターボディーゼルエンジンのECU(エンジン制御ユニット)に排出ガス検査を不正にパスする違法な制御プログラムが組まれていると糾弾されてから約1週間。その影響はVWのマルティン・ヴィンターコルンCEO(最高経営責任者)の辞任にとどまらず、世界の自動車業界に拡大する様相を呈しはじめている。
今回の問題を突き止めた環境NGO(非政府組織)のICCT(The international council on crean transportation=クリーンな輸送に関する国際評議会)は他メーカーの排出ガスについても規制値を大幅に超えるケースがあると指摘。これに対してBMWやダイムラーは「我々は排出ガス規制に準拠させるのに違法なプログラムは使用していない」と真っ向から反論している。
VW以外のメーカーの反論はもっともなものだ。今回の問題はあくまで、一定パターンで行なわれる排出ガス検査であることを検出したときだけ排出ガスレベルを減らすようエンジン制御を行なうという不正プログラムが組まれていたことであって、まともに排出ガス検査をパスしたクルマについては、たとえば検査時の走行モードにない急加速で排出ガスレベルが高かろうと違法ではない。これはディーゼルだけでなくガソリンエンジン車も同じ話である。
では、ICCTは単に欧州のディーゼル車に難癖をつけているだけなのかといえば、それも違う。ブルームバーグの報道によれば、ICCTの依頼でディーゼル車の排出ガスを研究していた米ヴァージニア大学のアービンド・ティルベンガダム氏は「最初からメーカーの不正を見つけようとしていたわけではない。何か違った発見をすることを期待して検査していただけだ」と話したという。
何か違った発見を期待して行なっていた検査とは、2017年に欧州でも導入が予定されている世界標準の排出ガス検査の走行パターン、WLTCモードによる試験。欧州では制限速度130km/hの高速道路走行モードまで含むフルテストとなるという(日本は97.4km/hの郊外路までを導入する見通し)。
すなわち彼らがやっているのは将来規制の先取りテストであって、各社が不正をしていると言っているわけではない。現行規制に対応していようとも、新しい基準ではメーカーによって差はあるものの、調査結果は度を越えてボロボロというクルマが少なからず存在しており、排出ガス削減技術の開発をさらに加速させるべきだと指摘しているのである。そのレポートはICCTのホームページに掲載されている(http://www.theicct.org/sites/default/files/publications/ICCT_NOx-control-tech_revised%2009152015.pdf)ので、興味のある方はご覧いただきたい。
■排出ガスは飛躍的にクリーン化できる
「このムーブメントは非常に興味深い」と、レポートを読んだトヨタ自動車のあるエンジニアは言う。
「ニュースを耳にしたときはICCTはディーゼルそのものを存在悪ととらえているのかと思いましたが、実際の彼らの主張は、より厳しい排出ガス規制に適合させる技術開発を加速させることが、欧州の大気汚染問題を緩和するだけでなく、欧州メーカーの競争力をより向上させることにつながるというものでした。
実際に市場で戦っている欧州の自動車メーカーにとってはネガティブに受け取られるでしょうが、あくまでも高みを目指すという欧州委員会のポリシーにはむしろ合致していて、各国政府が調査を始めるという話も伝わっています。地力がありながらこのところ緩い規制に甘えて“眠れる獅子”だった欧州メーカーがディーゼルバッシングで目覚めて本気になるのかどうか注目に値すると思います」
各社が排出ガス規制を不法にクリアしているかどうかについての実態は今後の調査を待たねばならないが、気になるのは今後のディーゼルの行方である。まず、そもそもディーゼルの排出ガスを飛躍的にクリーン化できるかどうかだが、これについてはできると答えるエンジニアが大半だ。
「現行のユーロ6や日本のポスト新長期(現行)規制であれば、NOx(窒素酸化物)触媒方式で十分にクリアできます。さらに厳しい規制となると、NOxとPM(粒子状物質)のバランスを取るためには尿素SCR(選択還元触媒)を使うことになるでしょうが、それでクリアできると思います」(デンソー幹部)
「ディーゼルの排出ガス処理装置が注目されますが、重要なのはエンジンアウト(処理装置を通す前の排気)をできるだけきれいにすること。元の有害物質が少なければ、処理装置も小さいものですむため、簡単にクリーン化できるし、コストもより下げられる。ディーゼル燃焼における有害物質の生成のメカニズムが相当解明されてきていることからも、これ以上は無理とはまったく考えていない」(マツダのディーゼル開発担当エンジニア)
■ドイツコンプレックスのターゲットに
だが、今回のVWのスキャンダルで地に落ちたディーゼルのイメージの回復となると、話は別だ。最も打撃が大きいのは、スキャンダルの震源地であるアメリカ市場だろう。販売されているディーゼルは排出ガス規制に対応していると言っても、ガソリン車に比べれば公害レベルは高い。それを“クリーン”と称し、クルマの知識が豊富な人ばかりとは限らない幅広い層に売っていたことが優良誤認狙いだったと非難を浴びる可能性は高い。なかんずく深刻な影響を受けそうなのは言うまでもなくVWとグループ会社のアウディ。アメリカ、EUに駐在していた自動車業界関係者は次のように語る。
「敗戦国ドイツのメルセデスベンツやBMWにアメリカ製高級車を駆逐されたという歴史的経緯から、VWはアメリカ人のドイツコンプレックスのはけ口にされてきたという側面もあって、もともとブランドイメージが低い。
CEOを辞任したヴィンターコルン氏はトヨタを抜いて世界一になるということに異常なこだわりを見せていたようですが、それを達成するには販売台数の伸びないアメリカを何とかしなければならなかった。ディーゼルの導入を不正を働きながら拙速に行わざるを得なくなったのもそのためでしょう。その不正が明らかになった今、ブランドイメージの既存はガソリン車にも及ぶのは火を見るより明らか。最悪の場合、アウディを残して撤退したほうが話が早いという事態に陥る可能性すらある」
アメリカのメーカーもディーゼル車は発売している。アメリカ市場で現在、ディーゼルのトップセールスとなっているのはクライスラーのサブブランド「ラム」のピックアップトラックだ。カミンズ社製6.7リットルターボやVMモトーリ社製3リットルターボをラインナップしており、ライトトラックカテゴリーに一定数存在するディーゼルファンを吸収してきた。ピックアップが使われるのは地方部で、コンシューマーははるかに排出ガスレベルの高い農耕用トラクターなどを見慣れているため、それほど大きな影響は出ないのではないかという見方が多いが、ここに影響が出るようだとディーゼルのイメージダウンは完全に本物と言っていいだろう。
騒ぎが飛び火したVWの本拠地EU市場ではどうか。
「欧州のディーゼルカスタマーはもともとディーゼルをクリーンだとは信じていない。燃費とドライバビリティが両立しているから使っているだけだと思う。日本のように軽油がガソリンより大幅に安いわけでもなく、自動車税はむしろ高いという国が多いにもかかわらず、売れ続けているのがその証拠です。実際、私自身も欧州でクルマに乗るとすれば、間違いなくディーゼルを選ぶでしょう。が、今回の問題を機に公害問題が再燃し、都市におけるディーゼル走行規制が強化されれば、販売面への影響は確実に出てくると思いますし、そうなる可能性は低くないと思います」(前出の自動車業界関係者)
■マツダへの影響は「今のところない」
最後に日本市場はどうか。日本はディーゼルに対するマスイメージがもともと高くなかったという点はアメリカに似ており、ディーゼルを理解している人の多くは排出ガス規制をクリアしたものでもクリーンなわけではないことを承知のうえで好きで乗っているという点はEUに似ている。VWはブランドイメージがガタ落ちになることは避けられず、近々日本市場への投入が計画されていたディーゼルモデルについても計画がキャンセルになる可能性もある。
他メーカーも、これまでディーゼルに関心のなかった新規コンシューマーの取り込みについては大幅後退を余儀なくされるだろう。一方、元からディーゼルにポジティブなイメージを持っていたカスタマーについては動向が読みにくい。
「少なくとも当社のショールームでは、9月最終週の土曜も来店されるお客様が『マツダさんのディーゼルは大丈夫なんだよね』と、そのまま成約していただけるケースがほとんどでした。今後はわかりませんが、今のところは大きな影響は感じられません」(東京都内のマツダ系販売会社幹部)
一方、ドイツ車のディーラーでは、ディーゼルそのものの販売より、ドイツ車のブランドイメージが下がることを心配する声が聞かれた。
「メルセデスベンツの商品特性を気に入って買っていただいているお客様はそうそう離れていかないという実感がある一方で、ディーゼルがダメだったら先進安全システムはどうなんだ? といった技術への疑念を持たれるのはある程度仕方がない流れだと思っています。信頼感の回復は誰かがやってくれるわけではない。我々の手でで何とかするしかない」(メルセデスベンツを扱うシュテルン店関係者)
VWのスキャンダルを機に、排出ガス規制の是非論からマーケット動向まで、一気に波紋が広がっているディーゼル問題。エンジニアの間からは、緩い加速しか行わない現在のモード測定そのものが疑問視されると、問題がガソリンエンジンにも飛び火して自動車産業そのもののあり方が問われかねないということで、何とかフォルクスワーゲンの不正だけが悪かったのだということで収束してほしいという声も漏れ聞こえてくる。事態はまだ進展中で、顛末はまだ霧の中。今後の展開が興味深いところだ。
ジャーナリスト 井元康一郎=文
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