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フォルクスワーゲン本社工場(「Wikipedia」より/AndreasPraefcke)
VW規制逃れ、耳を疑うほど悪意に満ちた手口 待ち受ける「深刻な事態」
http://biz-journal.jp/2015/09/post_11744.html
2015.09.30 文=町田徹/経済ジャーナリスト Business Journal
独フォルクスワーゲン(VW)によるディーゼルエンジン車の不正な排ガス規制逃れが、同社の経営問題にとどまらず欧州経済の新たな火種になりかねない状況だ。VWは、最高経営責任者(CEO)のすげ替えで事態の早期収拾を試みたものの、思惑は外れた。欧米やアジアで、VW車の再調査や排ガス試験強化を打ち出す国が相次いでいる。また、スイスは先週末(9月25日)、各国の先頭を切って問題のディーゼル車の販売禁止に踏み切った。
規制逃れ車の排ガス対策コストや180億ドル(2兆1600億円)といわれる米当局の制裁金、米国で相次いでいる訴訟などの費用が、経営の屋台骨を揺るがすのは確実だ。ブランドの毀損に伴い、好調だった販売が一転して不振に陥る懸念もある。折からの中国経済危機で稼ぎ頭の中国市場が変調をきたしており、VWにとっては弱り目に祟り目だ。
ほんの数週間前まで、世界一の座をトヨタ自動車から奪うと目されていたVWが、いまや金融・資本市場から「ギリシア危機よりも深刻なリスク」とみられている。自動車業界では、早くもVWの北米からの撤退まで取り沙汰され始めた。世界の自動車市場の勢力図が大きく変わるだけでなく、地球温暖化対策の旗手のひとつと期待されていたディーゼル技術が失速する可能性も浮上している。
■規制の40倍の有害物質
騒ぎの発端は9月18日。米環境保護局(EPA)が、VWに2008年以降に米国で販売した50万台弱のディーゼルエンジン車で排出基準の規制逃れを図った疑いがあると発表したことだ。EPAは、VWに大気浄化法違反で1台につき最大3万7500ドル(約450万円)、トータルで180億ドル以上の罰金を科す可能性があると明らかにした。
規制逃れの手口は、電子制御式の燃料噴射装置に「Defeat Device」(無効化機能)と呼ばれるソフトウエアを組み込み、ハンドル操作の有無などから、車が屋内のテストベッドで排ガス試験を受けているのか、路上を走行しているのかを判断。試験中ならばエンジンの出力を抑え、窒素酸化物など有害物質の排出を抑制するモードに切り替えて試験をパスする仕組みになっていた。路上走行モードの時は、排ガス低減機能を無効にすることで強大なパワーが得られるものの、米排ガス規制の10〜40倍の有害物質を垂れ流す状態だった。規制逃れ車が排出する有害物質を合算すると、イギリス1国分に相当するとの試算もある。
過去数年間、米市場ではトヨタ自動車のブレーキやタカタのエアバッグなど、さまざまな欠陥とリコール対応がやり玉にあげられてきたが、いずれも過失だ。メーカーの想定外の使用状況で発生した問題であり、意図的に不正な規制逃れを狙ったものではない。それだけに、VWのケースは悪意に満ちた行為として、規制当局はもちろん世界中のユーザーが衝撃を受けた。
もうひとつショッキングなのは、規制逃れが、排ガス基準が厳しいことで有名なカリフォルニア州など米市場だけを狙い撃ちしたものではなかったことだ。この事実は、VW自身が2008年以降世界中で販売した1100万台に問題がある可能性を認めたことから明らかになった。実際、VWの本国ドイツでは、ドブリント運輸大臣が該当する可能性のある車両が約280万台あることを明らかにした。VWは日本で問題の車両を販売していないものの、個人や業者の並行輸入で200台を超す該当車両が日本にも持ち込まれているという。
■耳を疑うほどのVWの対応
疑惑の目が向けられてからのVWの対応も、耳を疑う内容だ。
ロイター通信によると、EPAとカリフォルニア州大気資源局(CARB)の問題提起に対して、VWは15カ月以上いい加減な釈明で誤魔化そうとした。あるときは、NGOの国際クリーン交通委員会(ICCT)を経由してCARBの調査を委託されたウエストバージニア大学(WVU)の研究者たちのテストのやり方に問題があると言い、またあるときは、路上走行時に排ガスの有害物質濃度が急上昇するのは調査対象になった車両に固有のエラー(誤作動もしくは不良品の意)だと主張したという。業を煮やしたEPAが、VWとアウディが来年発売する予定のディーゼル車の承認を保留すると圧力をかけたこともあった。
ロイターの取材に対してVW米法人の元幹部は、米法人でディーゼル車開発に関わった人間はいないし、「ソフトウエアの変更について何も知らない」と答えたという。真相は依然として藪の中だが、このコメントが事実ならば、不正な規制逃れのためのDefeat Deviceの組み込みなどは、ドイツ本国サイドで行われたと考えるべきかもしれない。世界中で販売された1100万台に問題があるとVWが認めているだけに、同社の中枢部に根深い病巣が存在する可能性がありそうだ。
この点に関連して独紙ビルトは9月27日、問題のソフトについて、VWの内部調査で部品メーカーのボッシュROBG.ULが供給したものだが、07年の段階で規制逃れに使うことは違法だと文書で指摘していたことがわかったと伝えた。また、独紙フランクフルター・アルゲマイネも同日、VWの監査役会に9月25日に提出された社内報告書に、11年の段階で社内から不正な排ガス規制逃れに関する警告があったと報じた。
■問題の車種や年式、いまだ非公表
VWの誰が、いつ、どういう意図でDefeat Deviceの組み込みを決定したのか。これらの点は、今後の調査で徹底解明されなければならない。他の産業も含めたディーゼル技術の今後や、排ガス試験のあり方を左右しかねないので、そもそもVWに排ガス規制をパスする技術力があったのか、単に排ガスを浄化する触媒を搭載することに伴うコストの上昇や居住・ラゲージスペースの縮小を嫌っただけなのかは、重要な調査項目になるだろう。
有害物質の排出を抑えた「クリーンディーゼル」は、欧州で販売される乗用車の5割を占め、日本でもマツダ主導で販売を伸ばして「第3のエコカー」として期待を集めてきた。そんな状況に、冷水を浴びせかねない事態となっている。
VW日本法人は9月26日付で、ホームページに「Volkswagenに関する報道について」と題する文書を掲載し、日本のユーザーに対して、問題の起きた車種であっても「その安全性、道路上の使用について問題はございません」「問題は、排出された汚染物質のみに関わっております」と釈明している。さらに、「現在、EU域内で販売されているEU6ディーゼルエンジンを搭載したフォルクスワーゲングループの新型車両は、法的要件と環境基準に適合しています」として、問題があるのは「(日本で販売していない)EA189タイプのディーゼルエンジンのみです」と述べている。
しかし、これまでのところ、VWは問題の車種や年式などを特定して公表することすらできていない。事はディ−ゼル技術全体への信頼を左右する話だ。VWの釈明を裏付ける調査の早期公表が待たれる。
■世界経済の行方を左右しかねない
一方で、深刻な問題として懸念されているのが、今回の不祥事がVWの経営に与える影響だ。問題の車両について、すでに米EPAがリコールを指示しているのに続き、9月27日付でドイツ当局も10月7日までに問題車両の回収方法や時期を具体的に示すよう命じたという。
VWは、不正車両の是正対策費用として65億ユーロ(8700億円)の引当金を計上した。今年6月末時点のVWの自己資本は962億ユーロ(13兆円)なので、これぐらいの出費で済めば、目先の資金繰りには支障はないだろう。
しかし、すでに米EPAが最大で180億ドル(2兆1600億円)の罰金を科す構えをみせているほか、米国で相次いでいる民事訴訟費用、さらに刑事事件に発展した場合の費用を勘案すれば、引き当てた積立金では対応不能だ。
さらに厄介なのは、あのナチスドイツのヒトラー総統の「国民車構想」に基づいて、1937年に「フォルクス(国民の)+ワーゲン(自動車)」として設立された歴史をはね返し、いくつもの人気車種を世に送り出すことで積み上げてきた世界的なブランドイメージを失墜させたことだ。
日本経済新聞によると、英調査会社ブランド・ファイナンスの調べで、VWのブランド価値は9月24日時点で210億ドルと、不正発覚前に比べて100億ドルも毀損した。自動車メーカーではブランドイメージ首位のトヨタ(350億ドル)、2位の独BMW(331億ドル)に肉薄していたのが、大きく後退した。
格付けの格下げも避けられない見通しだ。すでにムーディーズ・インベスターズ・サービスはVWの格付けを「安定的」から「ネガティブ」に変更、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)も引き下げ方向での見直し方針を公表している。
加えて、ライバル各社をリードするかたちで開拓してきた中国市場が、経済危機の影響で販売不振に陥っていることも、VWにとって強いアゲンストの風だ。中国を含む新興市場での躍進は、トヨタと米ゼネラル・モーターズの2強が争ってきた世界自動車市場のトップ争いに、VWが近年、割って入る原動力だった。今年1〜6月時点では、世界新車販売でトヨタを抑えて首位に立ち、年間でも世界最大のメーカーの座を射止める可能性があるとみられていたが、不正発覚前の7月にトヨタに再逆転されている。VWの失速は避けられないだろう。
それどころか、生産工場の経営に全米自動車労組(UAW)の参加問題を抱える米国市場で、これまでのようにビジネスを継続できるかどうかさえ疑問視されている。VWの米市場での市場シェアはわずか2%程度。「少なくともディーゼル車は撤退を余儀なくされるのではないか」(自動車業界団体幹部)といった見方が浮上しているのだ。
こうした状況を反映して、VW株も急落している。一時は4割以上下げて、時価総額でダイムラーに逆転を許した。独株価指数DAXは9月24日に年初来安値を更新したが、市場のムードを冷え込ませているのがVW問題だ。
ドイツ本国では、VW本体だけで27万人の従業員を抱えており、今回の不正発覚でリストラを余儀なくされ大規模な解雇に踏み切れば、EU域内のけん引役であるドイツ経済が変調をきたす引き金になりかねない。金融・資本市場では、「ギリシアの債務問題に代わる新たなリスク」と懸念されているという。
世界経済の行方を左右する問題に発展しかねないだけに、我々も対岸の火事と傍観してはいられない。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)
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