1. 2015年9月29日 15:41:39
: OO6Zlan35k
「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」 2人に1人はがん時代「アナタは会社に“がん”と伝えますか?」働き盛りに急増する“共に生きる病”2015年9月29日(火)河合 薫 川島なお美さんが胆管がんで亡くなられた。1980年代の女子大生ブームの火付け役ともなった、「ミスDJリクエスト」に憧れていた世代としては、ボディーブローを打たれたみたいで。なんと言葉にしたらいいのか分からない。メディアの激やせ過熱報道に嫌悪感を抱いていたので、めちゃくちゃ複雑な気持ちだ。
訃報を聞くと「がん」という病に恐怖を抱く人が多いが、「Cancer journey」や「がんサバイバー」という言葉があるように、がんの多くは「共に生きる病」である。この理解不足から生まれる“偏見”が、がんを患った人たちを苦しめるケースも多いので、気をつけなければならない。 私の母も40代で乳がんを発症し、全摘。リンパへ転移する可能性があったため3カ月間にもわたり放射線治療をし、術後10年は、月1回検診に通い続けた。腫瘍は卵大にまでなっていたが、70歳を過ぎた今もピンピンしている。 がんの5年生存率の平均は60%。発見が早ければ90%だ。 が、その一方で、サザンの桑田さん、つんくさん、そして、北斗晶さん……と働き盛りのがん患者は増え続け、2人に1人が生涯がんになるとされ、その半数は現役世代だ。40〜50代は3割を占め、特に男性は40代後半から急増する。 「とりあえずやっとこ〜」と受けたがん検診で見つかるかもしれないし、ちょっと具合が悪いと病院に行って分かるかもしれない。 いつなんどき家族や会社の同僚、あるいは部下から「がんが見つかった」と告白されるかもしれないのだ。 以前フィールドインタビューに協力してくれた男性(51歳)から、先日、一通のメールが届いた。 「大腸がんが見つかった」と。しかも、それを「上司に言えずにいる」のだと。 アナタは、上司に言うだろうか? 部下に「がんが見つかった」と告白されたら……どうするだろうか? 大腸がんは、比較的若い年齢から罹患する人が多い。かつては欧米で多いがんだったが、近年は日本でも急増。その要因のひとつが、生活スタイルの変化だ。 動物性たんぱく質や動物性脂肪の摂取量の増加、野菜類などの食物繊維や穀類の摂取量の低下、飲酒量の増加、身体活動量の低下、肥満、喫煙などなど。欧米型の食生活がリスクを高める。 生活スタイルの影響は10年、20年後の疾患に影響を及ぼすため、どんなに“今”健康的に暮らしていても、安心できない。健康ブーム以前の生活スタイルが悪さする。 そこで今回は、この男性とのやり取りを紹介しようと思う。 1年半前、フィールドインタビュー中に乳がんが見つかったことを告白してくれた女性(40代)を取り上げたコラムでは、女性活用、女性キャリア、など、女性の視点を交えた意見を書いたが、今回は別の角度から考えてみます。 みなさまも、是非「部下ががんになったら、どうするか?」という視点で考えてください。 「まさか自分ががんになるなんて。どんな悪いことをオレがしたんだ?って、医師から告知されたときは憤りさえ覚えました。最初は妻にも言えなかった。まだ、51です。下の息子は高校生です。がんのこと知ったら、妻もショックを受けると思うとなかなか言い出せなくて。今は一緒に頑張って行こうって言ってくれていますけど、申し訳ない気持ちでいっぱいで。自分が情けないんです」 「来月から治療に入る予定ですが、上司にまだ言ってません。というか、このまま言わないでおこうかと思っています。医師からは、『会社に事情を説明して、上司や周りの社員に協力してもらいなさい』と言われました。でも、私の場合、何カ月治療したから終わりということが断定できない。ひょっとしたらずっと治療が必要になるかもしれないし、手術が必要になるかもしれない。治療方針は状況を見ながら最善策をとっていくので、断定的なことは言えないと医師に言われました。ってことは、上司に言ったらどうなるか? ってことです」 「もし、自分が部下に言われたら、困る」 「もし、自分が部下に言われたら、困ると思う。心情的にはどうにかしてあげたくても、現実的には厳しい。大切な会議を『治療日だから』と休む部下を、上司はどう思うでしょうか? 会社に来ても抗がん剤の副作用でしんどそうにしている部下に、仕事を任せられるでしょうか? 会社も休みがちで、出社してもたいして働いてない50代の社員を見て、若い社員たちはどう思うか? 恐らくモチベーション下がるでしょうね。私も昔そうだった。20代のときに、脳梗塞で復職された50代の方がいて。大変そうだなぁとは思ったけど……。自分よりも高いお給料をもらっているのが、どうも釈然としなかった」 「副作用のない治療法を試すことも、選択肢としてあるんですが、保険適用外なので高額です。しかもやってみないと効くか効かないか分からない。もう、なんというかすべて不安で…。それで薫さんの知っている方で、仕事と両立している方がいたら、どういうふうにしているのか教えてほしい。不躾で申し訳ないと思ったのですが連絡させていただいたんです」 少々情報を補足しておきます。 この男性の勤める企業は、誰もが知っている大手企業。上司との関係も、「どちらかというといい」という。 また、他の部署で40代で胃がんになった男性がいたが、半年ほど休んで復職したものの3カ月後に退職。『治療に専念するため』というのが理由だった。 これはあくまでも私の推測だが、“治療に専念”という理由は表向きのものだと思う。 かつてインタビューさせていただいた男性は、がん治療のために定期的に休むことに対して上司に苦言を呈され、会社を辞めた。もうひとりの方は、同僚たちに“申し訳ない”と思う度に、仕事への意欲がどんどんと萎え、耐え切れずに辞めた。 ただひとり、治療と仕事を両立させていた男性がいたが、彼は61歳。嘱託で賃金は現役時代の半分以下。 「粛々と仕事をし、65歳まで働くつもりです。今辞めるわけには……」と、言葉を詰まらせた。必死で耐えていたんだと思う。 がん患者が急増し、国も就労支援策を2000年以降、進めているにもかかわらず、診断後の依願退職や解雇になった人の割合は、この10年間でほとんど変わっていない。 厚生労働省によれば、2003年は34.7%で、2013年は34.6%。国の支援策は全く効果が出ていないといっても過言ではない。 件の男性には、上記の3名の方の情報と、治療法、および副作用に関する私の持っているすべての情報を彼に伝えた。ホントは「上司に相談した方がいい」と言いたかったけれど、現実を考えると言えなかった。「奥さんとよく相談して考えてくださいね」というのがせいぜいだったのである。 がんを告知されることは、想像以上に心理的負担がかかるものだ。 私の父は80歳でがん告知を受けたが、ボケてもないのに「自分ががん」であることを受け止めることができなかった。 医師から告知を受けたときに、患部を写した画像を見ながら「手術しないのは年齢的な問題ですか?」とまで質問し、抗がん剤治療が始まり、医師から「抗がん剤治療の手引き」なるものを渡され、そこにはデカデカと“がん細胞”という文字が書かれているにもかかわらず、だ。 人はとてつもない心理的ショックを受けると、自己防衛本能が働き無意識に現実逃避するとされているが、まさしくそういう状況だったのかもしれない。 「今日、下のコンビ二に行ったら、知り合いにあってビックリしたよ。隣の病室にいるんだって。胃がんだって〜」 父が気の毒そうにそう言ったときには、金縛りにあった(苦笑)。「(えっと……パパもガンなんだけどね)」と言いたいのをぐっと抑え、「そう……」と答えるのがやっと。 退院後、母から「2、3回通院すれば治るって思っているみたいで、来月の予定とかどんどん入れ始めちゃってるから、ちゃんと、がんだって説明してあげて」と言われ、何度もその後説明をした。 ひと月ほどたってからだろうか。やっと、そう、やっと受け止めてくれたのだ。 「なんだ! そうだったんだ。ああ、なるほど。これで分かったよ。でも、パパががんになるとは思わなかったな〜。いや〜びっくりした!」 とこれまた、金縛りにあう受け止め方だったけど……。いずれにせよ、「がん」は、とてつもない恐怖を煽る病名なのだ。 さらに、働きざかりの場合、 家族をちゃんと養っていけるだろうか? 子どもの学費を払い続けられるだろうか? 家のローンを払い続けられるだろうか? 親が介護になったときに、面倒をみてあげられるだろうか? と、経済的不安も加わる。 年間120万円の治療費がのしかかる 一般的に治療費(自己負担額)、健康食や交通費などの間接費用を含めると、年間平均120万円程度で、副作用が「少ない」、あるいは「ない」とされる先進医療を選択した場合、とんでもない高額になる。 例えば、先進医療である重粒子線治療は300万円以上、免疫細胞療法では月額60万円以上の自己負担の治療費がかかるとされているのだ。 ただでさえ病気への恐怖と経済的不安で、押しつぶされそうなのに、その上、上司に「言えない」だなんてしんど過ぎる。 いや、「言えた」としても余計にストレスがかかるかもしれない。言った途端に、立場が危うくなる可能性は存分にある。 「言えない」ストレスと、「言うこと」によるストレス。病気への不安、金銭的不安、仕事への不安。 そのどれもが、患者という極めて弱い立場に置かれた人にのしかかる悲しい現実が、今、ここに存在しているのだ。 先日公表された、がんの死亡率の抑制やがんとの共生のための「がん対策加速化プラン」の概要によれば、 がん検診の受診率アップ 全国のハローワークにがん患者の就職相談を担う専門職員を配置 がん患者の在宅療養を支える「地域緩和ケア連携調整員」(仮称)の育成 難治性がんや希少がんの治療薬の開発に向けた国際共同研究 などの取り組みを強化するそうだ。 ううむ…。ハローワークでの相談窓口の強化? なんでもかんでも、問題の解決に「相談窓口」を設置する、お得意のパターンだ。これで就労支援が加速するとは、到底思えない。なんか違ってないか? と疑問を感じてしまうのである。 福祉政策に詳しい政治学者の宮本太郎氏は、「日本では雇用レジームから福祉レジームへの円滑な転換ができていない」と指摘。「日本では戦後一貫して社会保障に大きな支出をせず、生活保障、すなわち『雇用』とセットで成り立ってきた」と訴える(参考文献:『福祉政治 ―日本の生活保障とデモクラシー』)。 日本では企業内福利厚生が公的福祉を補完してきたのだと。そして、いまだに、働く人の生活の安定、健康・安全の確保など、企業の役割に対する期待は依然として大きいことに、警鐘を鳴らしているのだ。 確かに、終身雇用や年功序列の賃金制度だけをとってみても、「病と仕事の両立」を可能にしてきた部分は多い。 「病気であることを伝えれば、昇進できなくなる」と不安になっても、 「病気であることを伝えれば、会社にいられなくなる」と絶望的になることは少なかったように思う。 だが時代は変わった。企業経営の価値観の変化、非正規雇用の増加など、もはや企業は働く人の生活安定を保障する場ではない。 「健康に働く人」を基準にした政策ばかりが横行しているが、「病をかかえながら働く人」への政策のウエートは小さい。結果、両立支援の受け皿が貧弱になってきているのだ。 アメリカはがん患者を障害者と認定 アメリカでは、がん患者は障害者と認定され(アメリカ障害者法=ADA)、雇用上の差別は禁止されているので、離職率が極めて低い。 ADA(Americans with Disabilities Act)は、1990年に制定された連邦法で、障害による差別を禁止する適用範囲の広い公民権法。この法律の中核にあるのが、「合理的配慮(reasonable accommodation)」という概念である。 合理的配慮とは、「ここを配慮してくれれば、ちゃんと働けるよ」って考え方。例えば、企業側は基本的な合理的配慮として、「他の従業員(または顧客)からの障害に対する懸念や偏見への擁護」をしなければならない。 さらに、reasonable、accommodation、という単語が示すように、従業員が医療機関などの証明をベースに、 「抗がん剤治療の日は休みが必要だし、治療後3〜4日は免疫力が下がるので、自宅勤務が必要」 と声を上げれば、企業はその従業員に便宜を図らなければならない。“配慮”にかかる費用が、企業を倒産させるほどのものであることが証明されない限り、免除されない。 当然ながら、企業側には負担がかかる。が、政府もただただ指をくわえて見ているわけじゃない。 「障害」は「社会」の問題である アメリカでは連邦政府が1980年代から、企業向けの障害者雇用の無料コンサルティングサービスなど(Job Accommodation Network) を積極的に進めている。 修士号、博士号を持つ障害専門のコンサルタントが、依頼があれば、企業に出向き相談にのる。年間60回以上のセミナーや研修会の実施、電話によるコンサルティングサービスなど、さまざまな方法で、国が企業をサポートしているのだ。 ハローワークに「相談窓口」を設置する日本とは、大きな違いだ。「障害」を個人ではなく「社会」の問題と考え、「自立」と「共存」を当然とする考え方がこういった政策を可能にしているのである。 とまぁ、「言うもストレス。言わぬもストレス」という現実をたどって行くと、かなり大きな根本的な問題にたどり着いてしまい、ますます暗澹たる気持ちになる。 同質なモノを好む日本人の性質だろうか? 「和を乱す」ことを嫌う考え方が、仕事との両立の壁を厚くしているのだろうか? あまりにも根本にある問題が大きすぎて、具体的にどうすればいいのか? を、ここで一言で示すほど簡単な問題ではない。 ただ、がん患者の場合、合理的配慮で仕事との両立問題の多くはカバーできると思うし、実際、米国ではそれが数字(=離職率の低さ)として表れている。 なので、もし、部下からがんを告白されたら、上司の方は個人の問題としてじゃなく、職場全体の問題として受け止めてほしい。最低限、「他の従業員(または顧客)からの障害に対する懸念や偏見への擁護」をし、合理的配慮に乗り出してほしい。 え? そんなことしたら、自分の立場が危うくなるって? でもね、そんな会社は、アナタががんになったときも簡単に見捨てるし、“人”に投資しない企業はいずれ滅びる。……ところで、一億総活躍社会って、何なんでしょうね。 このコラムについて 河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学 上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/092500015
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