1. 2015年9月16日 14:02:44
: OO6Zlan35k
これならわかるよ!経済思想史 【第9回】 2015年9月16日 坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員] スティグリッツもクルーグマンもピケティも… 経済理論を根底で支える思想史を理解し旗色を鮮明にして主張することで経済政策は深化佐和隆光氏×坪井賢一対談(前編) 経済理論や経済政策の背景にある思想史を学ぶことに、どんな意味があるのか。『これならわかるよ!経済思想史』を上梓した坪井賢一(ダイヤモンド社論説委員)が、経済学の師とあおぐ佐和隆光氏(滋賀大学大学長)を迎えて語り合います。今回はその前編として、ガルブレイス、クルーグマン、スティグリッツ、ピケティ…と代表的な経済学者の立ち位置も事例に挙げながら、経済思想史の意義を考えていきます。 坪井?恥ずかしながら、『これならわかるよ!経済思想史』をこの6月に出版しました。おわかりのとおり、30年前から佐和先生に教えを受け、ずっと考えてきたことをまとめたものです。新古典派、ケインズ経済学、マルクス経済学という3つの経済学とその基盤となる思想史を理解しておくと、世界各国の経済政策が基本的にはこの3つのいずれかから選択的に打ち出されていることが分かり、日々耳にするニュースも理解しやすいと思っています。 佐和隆光(さわ・たかみつ)?滋賀大学長。京都大学名誉教授。専攻は計量経済学、エネルギー・環境経済学。経済学博士(東京大学、1971年)。1942年和歌山県生まれ。東京大学大学院経済学研究科修士課程修了後、同大学助手、1969年に京都大学経済研究所助教授、スタンフォード大学研究員、イリノイ大学客員教授などを経て80年より京都大学経済研究所教授。京都大学経済研究所所長、京都大学大学院エネルギー科学研究科教授、国立情報学研究所副所長などのほか、国民生活審議会、交通政策審議会、中央環境審議会の各委員を歴任。1976年よりEconometric SocietyのFellow。1995年より2005年まで環境経済政策学会会長。2007年11月紫綬褒章受章。 『計量経済学の基礎』(東洋経済新報社、1970年度日経・経済図書文化賞受賞)をはじめ、『経済学とは何だろうか』(岩波書店、1982年)、『平成不況の政治経済学』(中央公論社、1994年)、『漂流する資本主義?危機の政治経済学』(ダイヤモンド社、1999年)、『グリーン資本主義』(岩波書店、2009年)『日本経済の憂鬱』(ダイヤモンド社、2013年)など著書多数。
写真:住友一俊 佐和?この本に書かれているとおり、仮に経済学の理論が水面上に浮かんでいるとすれば、それを水面下で支える思想構造というのがきちんとあることを、意外と経済学者ですらが意識していないのではないでしょうか。
?アメリカの大学で4年間ほど研究や教育に携わった経験からいうと、アメリカの経済学者は研究に専念しているのは無論のことですが、自分の思想の所在を率直に表明します。新古典派の経済学者ならば、政治的にはリパブリカン(共和党指示者)らしき主張をします。市場経済の効率性への信頼が篤く、政府の市場介入には疑義を停止ます。他方、ポール・クルーグマン(1953-)やジョセフ・E・スティグリッツ(1943-)らケインズ経済学者は、アメリカ経済学界の左派として、所得格差の是正を主張し、政府の財政金融政策による市場介入を督促するといった具合に、デモクラート(民主党支持者)としての政治的な旗色を鮮明にしていますよね。 坪井?佐和先生はアメリカから帰国された後、『経済学とは何だろうか』(岩波新書、1982年)で「経済学の制度化」というアメリカの知的風土を分析されたり、『平成不況の政治経済学』(中公新書、1994年)では大不況に陥った日本の経済政策の思想的な基盤と政治思想の関係を整理されました。 佐和?アメリカには、経済学者が思想をはっきり主張する土壌が昔からありますよね。 ?先ほどの例に加えて、日本でも最も著名な経済学者のひとりであるジョン・K・ガルブレイス(1908-2006)は左派の思想家として名を残しました。彼は1946年に41才でようやくハーバード大学教授に昇任したのですが、なぜ、そんなに遅かったのかというと、次の理由が挙げられます。彼の若い頃の専門は農業経済学という地味な分野であり、狭義の業績(査読付き専門誌へのパブリケーションズ)が少なかったことに加え、彼の左派思想が教授昇進の邪魔をした面が多分にあったのです。 ?ガルブレイスはアメリカ経済学界では最左翼でした。第2次大戦後、マッカーシー旋風が渦巻くなどアメリカが右傾化した時期だったにもかかわらず、連合国の戦略爆撃調査団の一員として来日したガルブレイスは原爆投下直後の惨状を目の当たりにし、「原爆など投下しなくても8月11日までに終戦をむかえられただろう」といった批判的な発言を堂々としていました。こうした姿勢が徒となって、ハーバード大学の人事を最終決定する評議会????当時は卒業生など大学に多額の寄付をしている人や元教授、名誉教授などで構成される極度に保守的な組織????でいつも難癖がつき、なかなか教授になれなかった、と言われています。 経済学はサイエンスであり思想とは無縁なのか? 小宮、宇沢…日本にも気骨のある経済学者はいた 佐和?面白いのは、ガルブレイスが1972年にアメリカ経済学会の会長に選出されたときのエピソードです。ケインズ派か新古典派かという分類でいえば、1970年代当初はケインズ派が優勢な時期、ガルブレイス(制度学派)よりもっと左のラディカル・エコノミックスが学界を席巻していた時期でした。 ?新古典派の泰斗ミルトン・フリードマン(1912-2006)が、「ガルブレイスと同じく制度学派であり、その元祖だったソースタイン・ヴェブレンですらアメリカ経済学会会長にはなれなかったのに、ガルブレイスを会長に選ぶのは筋違いだ」との私見を披露すると、ラディカル派経済学者たちは「ヴェブレンを会長に選出しなかった過ちを2度と繰り返さないためだ」とやりかえしたそうです。時代の逆風にめげずフリードマンが孤軍奮闘さながら保守派経済学者としての立場を貫き通したのは、いかにもアメリカならではの感ありですね。 坪井賢一 坪井?ガルブレイスにしろ、フリードマンにしろ、生涯を首尾一貫した経済思想で通したわけですね。日本ではどうですか。
佐和?日本の経済学者の多くは「経済学は思想とは一切無縁なサイエンスである」と思っている節がある。 坪井 ?なるほど。たしかにマルクス経済学ですらそうですね。 佐和?そのうえ、経済学の流行り廃りに対して極度に敏感で、経済学の流行り廃りを「進歩」だと勘違いしている。ですから、日本の経済学者にも是非、坪井さんの本を読んでもらい、経済学の理論を水面下で支える思想構造の所在を見極めて欲しいですね。 ?学者に限らず、政治家、官僚、経営者にも読んでもらいたい。安倍(晋三)首相は「アベノミクス」と称する一連の金融政策、財政政策、成長戦略などを展開なさっておられますが、アベノミクスの背景にどんな思想構造があるのかについては、黒田(東彦)日銀総裁をはじめ政策運営の舵取りをなさっておられる方々も含めて、ほとんど意識されていないと思われます。 坪井?日本は昔からそうだったのでしょうか。 佐和?そんなわけではありません。たとえば小宮隆太郎さん(1928-)は、1960年代初頭、マルクス経済学者が打ち出す国家独占資本主義という観点を批判して、新古典派の立場から「日本に独占は存在しない」と主張して、当時の主流派であるマルクス経済学に一矢を報いました。その主張は一貫しており、八幡・富士製鉄(現新日鐵)の大型合併に対しても反対の狼煙を上げました。宇沢弘文さん(1928-2014)はシカゴ大学から帰国後まもなく、左派の立場から「自動車の社会的費用」と題する岩波新書で、自動車文明を徹底的に批判しました。このように、昔は、経済学者もみずからの思想に基づいて時の権力を批判することがあったのですが、昨今、経済学者の批判精神は萎縮してしまったかのように見受けられます。 坪井?佐和先生はアベノミクスを国家資本主義だ、と批判されていますね。確かに、日本経済団体連合会の幹部を呼びつけて賃金を上げろなんて、自由主義国とは思えない。漫画みたいです。左側の社会民主主義どころか、国家資本主義だというご意見ですね。 佐和?国家社会主義と言ってもいいのではないでしょうか。 坪井?そうですね。1番左のような社会民主主義がグルっと回って、1番右とつながっている感じです。 佐和?自民党政権のカウンターパートになるとすればリベラルでしょう。民主党がリベラルの旗色を鮮明にするべきだったのですが、民主党の政治家もまた、みずからの立ち位置というか自民党との思想的な差異化を意識していないのではないでしょうか。 坪井?リベラルという政党名を掲げていながら、徹底的なリベラル政策を主張しなかったですね。 米経済学に嫌気がさしてフランスに戻ったピケティを それでもクルーグマンやスティグリッツが絶賛するワケ 佐和?フランスに目を転じると、『21世紀の資本』(みすず書房、2014年)という著作が大ベストセラーとなったトマ・ピケティ(1971-)は、フランス社会党のブレーンであり、自分の政治的なポジションを明確にして経済学研究をしています。 『21世紀の資本』は壮大な古典だが、ひとつの学派を形成する理論とは趣が異なる、と佐和さん ?彼の経歴はご存じでしょうね。16才でバカロレア(高等教育機関に入学するための国家試験)に合格した秀才です。合格者は自分の好きな大学の好きな学部に原則として入学できるのですが、成績優秀者の多くは、準備学級で1?2年専門基礎を学んだ上で、エリート養成校のグランゼコールに進学します。ピケティは準備学級で数学を専攻し、その後、経済学に関心が移り、文系の最高峰エコール・ノルマル(・シュペリウール)に進学したのです。
?その後、パリ社会科学高等研究院とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス&ポリティカル・サイエンスの共同学位(博士号)を取得したのです。もともと数学が得意だったこともあり、格差問題を数学的に分析したピケッティの博士論文はアメリカで絶賛され、22才で米MIT(マサチューセッツ工科大学)の助教授に採用されました。経済学の大学院生たちにとって憧れの的というべき職に就いたのです。しかし、ピケティはMITの助教授を2年で辞してフランスに帰ってしまう。数学の僕と化したアメリカ経済学に飽きたらなさを感じたからと、著書の中に書いてあります。 坪井?ピケティの手法は新古典派ミクロ的でマルクス経済学ではありませんが、数学マニアの経済学に飽きたのでしょうか。 佐和?彼はフランスに戻って、次の2つのことを成し遂げました。ひとつはグランゼコールの中に、経済学院を創立したことです。もうひとつが『21世紀の資本』という大著の執筆です。15年間かけて、英独仏米4ヵ国の過去200年にわたる税務統計から、所得と資産の不平等度の推移を示す歴史統計を作り、それに基づき1980年代後半以降の格差拡大を実証して見せたのです。理論面でみれば、格差拡大の主たる原因を「r>g(資本収益率>経済成長率)」というシンプルな不等式に求めています。そして、これ以上の格差拡大に歯止めをかけるためには、国際的に均一の累進資産課税をやれといった…(笑)。 坪井?実現できそうもないようなことですよね(笑)。 佐和?そうですね。そういう点では『21世紀の資本』は壮大な古典というべきであり、文学や歴史書に近いのではないでしょうか。ですから、かつてケインズ『一般理論』がケインズ経済学を、マルクス『資本論』がマルクス経済学をといった具合に、「学派」を作ったのと比べると、ピケティ経済学はできそうにありません。それでも、クルーグマンやスティグリッツはピケティを褒めそやすのには、2つ理由があると思います。 ?ひとつは、両者が格差拡大に批判的なピケティの思想に共鳴していること。アメリカでは上位1%の富裕層に分配される所得と資産が増え続けている現状に抗議して、2011年に“We are the 99%”をスローガンとする「ウォール街を占拠せよ」デモが起こりましたよね。クルーグマンやスティグリッツはこのデモを支援していました。もうひとつは、バルザックの『ゴリオ爺さん』(1835年)を引用するなどの博覧強記ぶりを見せつけられたことへの羨望です。ピケティの哲学や歴史といった人文知の深さは、アメリカの経済学者に対し一方ならぬショックを与えたのだと推察します。 坪井?佐和先生が最近よくおっしゃっている「人文知」の深さですね。佐和先生は最近、人社系学部の改組・廃止を求める文部科学省とバトルを繰り広げられておられます。人文知とは何か、そしてそれを身につける教育の在り方について、大学教育に携わっておられる立場から、ぜひ詳しく聞かせてください。(後編は9/18公開予定です) http://diamond.jp/articles/-/78440
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