2. 2015年9月09日 00:14:56
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コラム:人民元安、米中首脳会談後に再燃するか=加藤隆俊氏 加藤隆俊国際金融情報センター理事長/元財務官 [東京 8日] - このところ落ち着きを取り戻しつつある中国人民元相場だが、果たしてこの凪(なぎ)がいつまで続くのか。見極めの重要なポイントは、今月下旬に予定される習近平・中国国家主席の訪米となりそうだ。足元の経済指標の弱さ、特に輸出の不調を考えれば、中国政府も現局面では元安誘導による輸出刺激で景気テコ入れを図りたいところだろうが、その前にオバマ政権や米議会の反応を確かめておきたいはずだ。場合によっては、習主席の訪米後ほどなくして、人民元相場が再びじりじりと下降し始める可能性には注意が必要だろう。 ただ、中国政府がひたすら通貨安志向かと言えば、そう単純な話ではないように思われる。国際決済銀行(BIS)の統計データによれば、人民元の実質実効為替相場指数は、中国が2005年7月に管理変動相場制に移行して以来、すでに55%程度上昇している。特にここ数年は、円やユーロが減価する中で、かなり割高なレベルとなっていた。 むろん、ここ数年の実質実効レートの上昇は事実上のドルペッグを取る中でドルの増価と歩調を合わせたという側面もあるが、そもそも投資主導型から消費主導型経済へと舵を切る中国政府が緩やかな元高を志向してきたことが背景にはある。周知の通り、中国人民銀行(中央銀行)は8月11日、人民元の基準値算出方法の変更と基準値の大幅引き下げを発表し、その後も連日切り下げたが、この緩やかな元高の方針を180度転換したとは思えない。むしろ、ここまでの動きは、行き過ぎた元高に対する修正だったと捉えるべきだろう。 今後の注目点は、当面の輸出刺激策として、この先さらにどの程度、通貨安を目指すかだが、中国内部でも意見は割れているのではないか。経済と貿易を管轄する商務部はある程度急な元安誘導による輸出拡大を望むだろうが、人民銀行は金融緩和と整合的な通貨安に異論はないものの、物価安定の観点から緩やかな元安にこだわると思われる。中国指導部の判断は、足元の景気が実際どの程度悪いのかにかかってきそうだ。 ただ、通貨価値を短期間に大きく切り下げれば、キャピタルフライト(資本逃避)の心配もある。実際、中国当局は8月の人民元切り下げ後、資本流出懸念への対応から相当規模の人民元買い・ドル売り介入のスムージングオペを強いられている模様だ。メインシナリオとしては、景気の状況次第では再び元安誘導に動くものの、そのペースは人民銀行の意向に近い、非常に緩やかなものになるのではないだろうか。 <中国株安の影響は限定的> では、肝心の中国経済の状況はどうなのか。中国政府は今年の成長率目標を「7%前後」としている。国家統計局の公表値によれば、今年上期の実質国内総生産(GDP)成長率は前年比7.0%であり、その水準をクリアしているが、貿易統計における輸出の弱さや、鉱工業生産、発電量、貨物輸送量などの低迷を見ると、実態はその水準より低そうだ。一部で言われているように、4―5%台のハードランディングに向かうとまでは思わないが、6%台後半の成長持続がやっとという状況にあるのではないか。 とはいえ、悪い材料ばかりではない。小売売上高はこのところ前年比10%台の伸びで安定している。 また、不動産投資が持ち直しつつある点も明るい材料だ。ちなみに、不動産と株式の相乗バブルだった1980年代の日本とは違い、中国では両資産市場はさほどリンクしていない。要するに、片方の市場が軸になって信用が相乗的に膨らんでいる状況にはない。その意味で、6月中旬以降の株急落の経済への影響は限定的だろうと現時点では考えている。そもそも富裕層は別にして、中国国民の家計金融資産に占める株式の割合は小さい。株価水準も下がったとはいえ、まだ昨年比で高く、さらに大幅な下落が続かない限り、消費マインドを一気に冷え込ませることもないのではないか。 ただし、長期的な中国経済の行方について、筆者も楽観しているわけではない。これまで固定資本形成に過度に依存してきた中国経済は、大量の不良債務問題を抱え込んでしまっている。日本の例を見るまでもなく、その処理には膨大なコストと時間が必要だ。特に中国の場合は金融機関に負担を背負わせる方向で処理が進んでいることもあり、実体経済への影響が長期化する可能性が高い。 また、消費主導型経済への転換で重要なカギを握る社会保障制度の整備についても、着実に進み始めているとはいえ、消費喚起には一層の取り組みの加速が求められる。国有企業改革も依然、遅々として進んでいないし、金融自由化についても、今回のような市場の混乱に対する当局の強権的な対応を見ると、改革の表看板と実態面の違いが明白で、時間がまだかかりそうだ。その意味で、秋に予定される中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)でどのような改革加速方針が出されるのか注視したいと思う。 <アジアの経済指標悪化は気がかり> 最後に中国経済減速の世界経済に対する影響について言い添えれば、当面は楽観できない状況が続くのではないか。5日に閉幕した20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、中国の成長率鈍化について神経質になる必要はないとの認識で一致したが、アジアを中心に経済指標の悪化や成長率見通しの下方修正が相次いでいるのは気がかりだ。 先進国についても、日本が4―6月期にマイナス成長に落ち込んだほか、欧州中央銀行(ECB)スタッフによるユーロ圏成長率見通しも2015年から17年までの3年間について下方修正されている。世界経済は米国経済頼みの様相をますます強めている。 その米国経済も、手放しで先行きを楽観できるような状況にはない。8月の雇用統計は、失業率こそ前月の5.3%から5.1%に改善したものの、非農業部門雇用者数は市場予想(22万人前後の増加)を大きく下回る17.3万人増にとどまった。他の経済指標も強弱まちまちの内容であり、9月の利上げ判断はかなり難しい状況だ。 ちなみに、国際通貨基金(IMF)が2日にまとめたG20向けスタッフ報告では、ドル高、新興国通貨や商品相場の下落、資本流入の減退といった複合的リスクが下方向に傾いていること、そして、そうしたリスクの一部が同時に現実化すると世界経済の見通しは著しく悪化することなどが指摘された。前述したように、中国の景気を含めて過度の悲観は不要だが、足元の複合的なダウンサイドリスクについて楽観できる状況ではないことも事実だ。今後しばらくの間は、世界経済の霧が晴れることはないと考えたほうがよさそうだ。 *加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。 http://jp.reuters.com/article/2015/09/08/column-takatoshikato-idJPKCN0R80OH20150908?sp=true
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