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2兆円のテレビ市場、本当に消失するかもしれない 快適すぎるネットフリックスの驚異
http://biz-journal.jp/2015/08/post_11311.html
2015.08.30 文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役 Business Journal
月額980円で音楽が聴き放題の音楽配信サービス「Apple Music(アップル・ミュージック)」に続いて、動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」が9月、日本に上陸することになった。ネットフリックスの登場は、世界の動画コンテンツビジネスのモデルを根底からひっくり返すといわれている。
本稿では、それがどういうことかを解説したい。
■「居心地が良い」
アメリカで誕生したネットフリックスは有料動画配信の世界最大手で、2015年6月時点のアメリカにおける加入者数は4230万人、全世界50カ国で計6560万人に上る。それらの加入者に対して、月額1000円前後(日本円換算/米国の平均月額課金は8.41ドル)で動画を配信している。
動画配信サービスとしては、日本では日本テレビ傘下のHuluが会員獲得で先行している。こちらは税抜きで月額933円、人気映画やドラマなど約1万本が見放題のサービスだ。ビジネスモデルの細部は違うが、Huluもネットフリックスも同様のサービスといっていい。画質は大画面テレビで見ても地上波とそん色なく、今のところは米国製のコンテンツ中心だが、Huluもネットフリックスもこれからは日本製のコンテンツを充実していくという。
基本的にネットフリックスは、米国ではCATVと競合するサービスとして成長している。日本では当初WOWOWやスカパー!と競合するはずだが、アメリカでネットフリックスユーザーに聞くと、配信コンテンツの充実しているアメリカのネットフリックスの場合、CATVよりも3つの点で「居心地が良い」という。
1つは、ドラマや映画を見ていても途中にコマーシャルが入らないこと。2つめに、お薦めの番組コンテンツをレコメンドしてくれ、それがなかなか加入者のツボを突いているので番組選択が楽でいいということ。そして3つめが、価格がCATVの半額ですむということ。結局、筆者が話を聞いた知人の家庭では、CATVを解約して現在ではネットフリックス中心にテレビを見ているという。
■国内既存プレイヤーたちは劣位
日本ではどう発展するか未知数な点は多いが、仮にネットフリックスが順調に日本でも発展していくと、これから先、5年から10年後には配信される番組コンテンツ数はWOWOWとスカパー!を合わせたものと同じくらいになるだろう。当然、ネットフリックス側としてはそういう状況を目指すはずである。
WOWOWやスカパー!、J:COMのようなケーブルテレビ会社など国内既存プレイヤーたちにとって、厳しい戦いになることは間違いない。なぜなら、前述したネットフリックスの3つの強みにおいて、既存プレイヤーたちは劣位にある。
そしてそれ以上に脅威なのが、ネットフリックスの時価総額が驚異的に大きいことだ。直近の時価総額は520億ドル、日本円で約6.4兆円。この莫大な時価総額は、ネットフリックスが主にアメリカで上げている年間純利益の276倍。ネットフリックスの株主たちは、アメリカで成功したこのビジネスモデルが世界中で通用することを見込んで先行投資しているということを意味する。
だからハリウッド的コンテンツが受け入れられやすくかつ市場が大きい場所、具体的には香港やシンガポール、カナダやメキシコに加えて、日本市場はネットフリックスにとっては重要な攻略目標になる。
迎え撃つWOWOWの時価総額は8月時点で約1000億円、スカパー!で約2000億円だから、仮にネットフリックスがその資金力で本格的に同質化戦略、つまり既存勢力とほぼ同等の番組ラインナップを揃える戦略を取り始めたら、既存勢はかなり苦しい戦いを強いられることになる。
■地上波テレビとの競合
さて、さらにその先の話をしよう。
前述のとおりアメリカ国内でのネットフリックス加入者は4230万人だが、同国内ではほとんどの世帯がCATVに加入している。これらをすべてネットフリックス、ないしは競合する同等のサービスが駆逐してしまったとすると、動画配信事業者全体でアメリカの世帯数と同じ1億2000万くらいまで加入者を延ばすことができる可能性がある。
この仮説を日本に当てはめると、5200万世帯分の潜在市場が存在することになる。10年後か20年後かどれくらいの未来になるかはわからないが、世帯の大半がネットフリックスのような月額1000円レベルの動画配信サービスに加入すると、その売り上げ規模は6000億円くらいになる。
そのときに浮上してくるのが、2兆円市場といわれる地上波テレビがどうなるかという問題だ。
ネットフリックスの場合、日本ではフジテレビと提携してサービス開始当初にはフジの『テラスハウス』などの人気コンテンツが先行配信される。地上波のバラエティ番組だが、仮にテレビではなく動画配信で見ることができるようになると、視聴者にとっては結構いい経験ができる。例えば、コマーシャルの前後で同じ映像を二度見する必要がなくなるのだ。「えーっ」というシーンで放送が中断して、「この後、驚きの展開がっ」という番組ナレーターの声とともにコマーシャルに入り、それが終わった後にもう一度その「えーっ」というシーンの30秒前から二度見させられるあの作法が、コマーシャルのないネット配信では必要がなくなる。
つまり同じくらい力を入れたコンテンツなら、地上波よりもネット配信のほうがおもしろい。そしてネットフリックスがやろうとしているのは、巨額な資金を背景にした地上波クオリティの自社番制作なのである。
■開いた「パンドラの箱」
経済学的にいうと、一度加入した視聴者にとって月額1000円の出費は埋没費用になる。「どうせ払っている」という前提なら、コマーシャルのある放送よりもない放送のほうが居心地が良い。今夏、地上波でもWOWOWでもHuluでも人気だった細田守監督の映画3作品も、放送時間しか見られないよりもいつでも見始められたほうが快適だし、コマーシャルが入らないほうが感情移入できるのは当然だ。
そんなかたちで競争が深化すると、当初CATVや衛星放送の競合として登場したはずのネットフリックスは、最終的には地上波の競合になる。CATVが地上波の競合になってしまったアメリカでは、この事態への脅威が日本よりはるかに現実的に思えるはずだ。
究極の展開を迎えると、現在の2兆円のテレビ市場は、ネットフリックスともう1〜2社の寡占状態になった動画配信事業者が形成する6000億円市場との本格競争になる可能性がある。場合によっては2兆円市場が負けて、テレビとコマーシャルという一大産業が日本から消失する可能性がないとはいえない。
すでにパンドラの箱は開いてしまった。月額980円のアップル・ミュージックに加入した知人によれば、もうCDを購入する世界には戻れないという。筆者個人でいえば、月額400円の「dマガジン」(NTTドコモ)に加入して150誌以上の雑誌が読み放題になって以降、店舗で雑誌を買うことがなくなってしまった。「週刊文春」(文藝春秋)も「週刊現代」(講談社)も「AERA」(朝日新聞出版)も「週刊SPA!」(扶桑社)も定額で、というか気分的には無料で読めるようになってしまったら、もう有料の雑誌購読に戻ることはない。
ネットフリックスという黒船がどこまで本気で日本に上陸しようとしているのか。日本のテレビ界の未来は結局、彼らの本気度次第でどうなってしまうのかわからないという危うい岐路に来ている。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)
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